ホワイトアウト 4







「さみぃってばよ!」

いつもと変わりない単純な任務。
Dランクの雪かきに、ナルトは早くも弱音を吐いていた。
サスケはさすがに無言だったが唇が紫色で・・・こちらもまた心底嫌そうな顔をしている。

   こんなものじゃないよ。

息の凍る寒さというものをサクラは知っている。
こんなものでは、ない。

   それに・・・空腹でもないし。

暖かい布団、腹一杯の食事、自分を取り巻く優しい人達。
あの頃に比べて『今』のなんて幸せなことか。
二人の様子を盗み見ていたサクラは僅かに口の端で笑うと再び手を動かし始めた。

「何がおかしいの?」

いつの間にか背後に立っていたカカシの問に、サクラは硬直する。
「・・・先生。驚かせないでよ。」
「はは。ごめんごめん。寒くない?」
解けかけていたサクラのマフラーを結び直してやりながらカカシが訊ねる。
「大丈夫。」
「そっか。」
サクラのそっけない返事も気にとめず、カカシはそのままサクラに抱きしめた。
「で、何がおかしかったの?」
「別に。二人とも寒がりだなーって思っただけ。」
繰り返された問にサクラは言葉を濁す。
「ふぅん。妬けるね。」
「何、ソレ?!」
「サクラがナルトとサスケばっかり見てるからデショ。オレだけ見てればいいのに。」
「先生・・・子供みたいなこと言わないでよ。」
本気にしちゃうから・・・という言葉は飲み込んで、サクラは腰に巻きついているカカシの腕を引き剥がす。
「任務の邪魔!」
「はいはい。」
両手を挙げて降参のポーズをとるカカシがその場から離れかけた時、この時間受付に居るはずのイルカが通りの向こうから走ってくるのが見えた。
尋常でないその様子に、ナルトとサスケもカカシの下へと集まる。
「イルカ先生、どうしたんだってばよ!」
声を掛けられた当のイルカはナルトすら見えていないようで・・・いつものようにカカシに挨拶することもなく、サクラの前に立った。
「春野、落ち着いて聞くんだ。実はたった今お前のお父さんが・・・」
真剣な表情のまま言葉を詰まらせたイルカに目配せをし、察しの良いカカシが言葉を続ける。
「サクラ、すぐにイルカ先生と一緒に行け。」
不安に揺れる翡翠の瞳がカカシを見上げ、小さく首を横に振る。
カカシの服の裾を掴んだ手は震えていた。
「大丈夫だよ。」
腰を折り、サクラの目線に合わせて優しく頭を撫でる。
「・・・イルカ先生、お願いします。任務終了後すぐに私も伺いますので。」
イルカに向き直ると、カカシはそっとサクラの背中を押した。
「はい。では、失礼します。」
ペコリと頭を下げ、来たとき同様あわただしくイルカは去っていく。
その手に引かれる薄紅の髪の少女が一度だけこちらを振り向いたが、二人ともすぐに建物の陰に隠れて見えなくなった。




   見つかったか・・・
   ま、見つけてもらうためにあんな所に放置したんだけどね。

「・・・くくく。」

   誰がどう見ても疑いようのない事故死だったデショ?
   ね?イルカ先生。

カカシが目を細め薄く笑ったことに、傍に居たナルトとサスケが気付くことはなかった。















「サクラ、知ってる?」
「何を?」
「アンタが居た娼館ね・・・火事になったって。」
「え?」
「全焼らしいわ。出火原因は不明。」

暖かいシチューをすくうスプーンの動きが止まった。
やっと顔を上げたサクラとは対照に鴇は皿へと視線を落とす。
無意味にシチューをかき混ぜながらポツリと呟いた。

「銀の鬼。」

サクラは訳がわからず、ただ鴇の言葉の続きを待つ。
ただカチャカチャと皿にスプーンのぶつかる音だけが不気味に響き、サクラが何ともいえない居心地の悪さを感じ始めた時、やっと鴇が口を開いた。
「・・・銀の鬼が出たんだって。一人だけ生き残ったヤツがいてそう呟いたってさ。もっともソイツも頭がおかしくなってたらしいけどね。」

   銀の鬼。

鬼なんてこの世に存在しない。
迫りくる恐怖の中に見た幻だと誰もがそう思うだろう。
しかし、サクラにとってその言葉はどこか心の琴線に触れた。

   『銀の鬼』
   それは・・・先生?

だとしたら、カカシはもう勘付いているのだ。
自分達の存在に。
娼館を焼いた意味はよくわからないが自分達のルーツを探られている気がしてならない。
鴇もサクラと同じ気持ちに違いなかった。
「写輪眼の件、明日中にどうにかなさい。なんなら手伝ってあげるから。」
顔を上げた鴇がサクラを見据えてキッパリと言い切る。
「わかってるでしょう?もう・・・危険なのよ。浅葱のヤツもここ最近帰ってきてないし。」
「・・・うん。」
頷いた後、口に運んだシチューはすっかり冷めていた。




昨夜の会話、夕食の冷えたシチューの・・・そのザラりとした粉っぽさを思い出しながら、サクラはイルカに導かれてアカデミーの門をくぐった。

   父がどうしたというのだろう?
   まさか・・・

父・・・浅葱の顔は暫く見ていない。
鴇もそう言っていた。
普段使われていない一角の、裏口から建物の中へと入る。
数人の、人が居た。
中央には簡素な・・・ベッドというよりは台があり、何かが寝かされている。
足を縫われたようにその場から動かないサクラの肩をイルカが掴んだ。
「1時間ほど前に里の奥の・・・岩山で発見されたんだ。地質調査している途中、誤って足を滑らせたらしい。あの辺りには鉱物資源がありそうだから調査させてくれと要望があって・・・火影様からの許可書はオレが手渡した。」

   知ってる。
   それが浅葱のやり方なの。

もっともらしい理由をつけて一般には立ち入りが難しい場所に爆薬や術を仕掛けたり、抜け道を作るのだとサクラは浅葱に聞いたことがあった。

   足を滑らせて?
   ・・・有り得ないわ!

地質学者として有名な浅葱だったが、それはあくまでも表の顔だ。
草忍の忍び、『浅葱』。
仮にも上忍が転落死などあろうはずがない。
憶測が、現実になる。
誰の仕業かなんて・・・もう、考えるまでもなかった。

「死後解剖の結果、亡くなったのは1週間前の夕刻。死因は転落による頭蓋骨骨折及び内臓破裂。他者からの関与は見当たらない。・・・事故死だな。」
「ご自宅へお戻りいただいても結構ですよ、奥さん。ご主人は我々がお連れします。」

聞こえてきた会話にサクラは鴇を探す。
鴇は浅葱が寝かされているだろう台の傍で蹲っていた。
サクラの視線を感じたのか、急に鴇が振り向く。

『アンタのせいよ!』

当然声には出さなかったが、鴇の瞳はそう物語っていた。
自分を地獄の淵から救ってくれた鴇。
任務のためとはいえ、自分の面倒を見続けてくれた鴇。
サクラにとって何よりも大切な鴇からの刺す様な視線に、一瞬にして頭の中が真っ白になった。

ぐらりと、視界が傾ぐ。
受け止めてくれたらしいイルカの声を、サクラは遠くなる意識の中で聞いた。














2004.02.22
まゆ