ホワイトアウト 5





吐息の合間にのみ、自分の名を呼んでくれるようになった少女の髪に指を滑らせる。
カカシは無造作にその一房を絡めとり、そっと口付けた。

   オレのこと、好きなくせに。

サクラが自分に惹かれはじめていることなどとうに解っているし、自分の気持ちだってサクラに伝わっているはずだ。
サクラはオレが好き。
オレはサクラが好き。
ただそれだけの、こと。

   なーんでサクラは認めないんだろうねぇ?
   自分の気持ちも、オレの気持ちも。
   ・・・楽になりたいデショ?

身体を重ねている時以外では憎まれ口しかきかないサクラの寝顔をカカシは愛しげに見つめた。
おもむろに、座っていた椅子から少し腰を浮かせて唇を重ねる。
「ん・・・・」
息苦しかったのだろう、僅かに眉間にシワを寄せてサクラは浅い眠りからすぐに目を覚ました。
「カカシ・・先生。ここ・・・?」
瞳を射す、白い空間。
白はサクラの好きな色ではない。
サクラにとって嫌な思い出は常に白と共に存在するのだから、好きになれという方が酷というものだろう。
「アカデミーの保健室。」
カカシの返事にサクラは辺りを見回した。
確かに見覚えのある場所だ。
「サクラが倒れたって・・・任務を片付けて戻ってきた時、イルカ先生に聞いたんだ。・・・無理もないケド。」
カカシの言葉を真似てサクラは小さく「イルカ先生?」と呟く。
そうすることによってサクラの意識は急速に覚醒した。

火事のコト。
浅葱のコト。
・・・先生の、コト。

「大丈夫?」
カカシに顔を覗き込まれ、サクラは慌てて瞳を反らした。
「先生でしょう?」
「・・・何が?」
「隠さなくても、いい。わかってるから。」
「あ、そう。」
軽く肩を竦めて、カカシは圧し掛かっていたベッドの端から椅子へと身を引いた。
人好きのする笑顔が消える。
「・・・先生がやったんでしょう?」
「じゃ、オレも聞いていーい?正直に答えてね。」
サクラの問に、カカシもすかさず言葉を返す。

「写輪眼とオレ、サクラが欲しいのはどっち?」

サクラは弾かれたように顔を上げ、カカシを見つめた。
シーツを握り締めた両手は可哀想なほどにカタカタと震えている。
血の気を失った青い顔のサクラを見て、カカシは口の端を歪めて笑った。

   ・・・ホント、可愛い。
   気付かれていないと本気で思っていたのだろうか?

「もし写輪眼だけなら今すぐあげるよ。目ン玉を抉り出したって死なないのは実証済みだしねぇ。持って行けばいい。」
カカシはそう言いながら左目を隠すようにかけられていた額あてをとる。
色違いの対になった瞳。
元は違う人の瞳でも、サクラにとってもうすでにそれが『カカシ』なのだ。

「ねぇ、どっち?選んでよ。」

選べるはずが、なかった。
そんな簡単なことならサクラだってとっくに実行に移している。
サクラが選ぶべき選択肢はふたつ。
『写輪眼かカカシか』
もとい、『鴇かカカシか』だ。
縁も所縁もない草忍などどうでもいい。
ただ・・・鴇だけは裏切れない。
鴇が居なければ今の私はいないのだから。

   ・・・どうしたらいいの?

畳み掛けるようにカカシの無情な声がサクラの耳に届く。


「写輪眼なんて関係なく『オレ』が欲しいなら・・・サクラもそろそろ覚悟を決めてね。」















「家まで送るよ。」

差し出された手を反射的に掴んだら、そのまま抱き上げられた。
俯いたまま一言も声を発しないサクラを気にとめた風もなく、カカシの様子は全く普段と変わらない。
いや、むしろ機嫌は良いみたいだ。
サクラを抱えたままいとも簡単に窓から抜け出すと、鼻歌交じりに日暮れの道を急ぐ。

「先生・・・私、一人で帰れるから。」

聞き逃しそうなほどの小さな声。
サクラの呟きにカカシは足を止めた。

カカシを連れて家に帰るのは危険だ。
浅葱を殺されて・・・鴇がカカシを許すはずない。
もう何年も本当の夫婦のように暮らしてきた二人。
あの仲睦まじい姿が演技でないことはサクラが一番良く知っている。
写輪眼のことはさておいても、鴇はカカシに死をもたらそうとするだろう。
一戦交えるとどうなるか・・・結果は見ずとも、わかる。

   鴇が死んじゃう!!!

「オレはサクラが好きだよ。ずっと傍に居て欲しいって思ってる。」

カカシの静かな声にサクラが顔を上げると、その両の色の違う瞳に全てを絡め取られた。
呼吸すらままならない。

   ずっと傍に居られるの?
   先生の傍に?

「だから、アイツのことは忘れて。」

チームワークが一番大切だと教えてくれた本人が忘れろと言う。
仲間を棄てろと、私に言う。

「・・・忘れられるわけ、ない。どちらか一方を選ぶなんて私には無理よ!」
「サクラはオレが居なくても生きていけるの?」
即座にそう聞かれ、サクラは息を呑んだ。
カカシはそんなサクラの反応を満足気に眺めて笑う。
「後悔はさせないから。」
優しい囁きに何も言えなくなったサクラはカカシの胸へ顔を押し付け・・・声を殺して、泣いた。














白い壁の小さな家。
手入れの行き届いた花壇が見える。
そう。
此処は『春野サクラ』の家。



いつもとは違うひっそりとした『家』の雰囲気にサクラはカカシを見上げた。

『決めたら迷うな』

カカシの瞳がそう告げている。
まだ揺らぐ気持ちに気付かれないようカカシの手を握り返して、サクラは一歩を踏み出した。
呼び鈴を鳴らさず玄関を開ける。
二人が家の中へと入り、カカシが後ろ手でドアを閉めた瞬間、ソレは飛んできた。
頬を掠めて壁へと刺さったクナイを振り返ることなく、カカシは正面を見据える。

「よくもまぁ、のこのこと・・・」

二人に対する紛れもない悪意に満ちた声は意外に近くから聞こえた。
「鴇!」
「馴れなれしく呼ぶな!裏切り者!!」
「裏切り者ねぇ?サクラは『木の葉』の下忍だよ。」
三人の、複雑に絡み合ったそれぞれの想いが合意に達することは有り得ない。

殺るか、殺られるか。

「サクラぁ!!」
身を裂くような鴇の声に背を向け、サクラはカカシの胸にしがみ付いて視界を遮った。

   ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい、鴇・・・

謝罪の言葉を口にしながら、サクラの背中に回した手がいっそう強くカカシを抱きしめたその時、それを待っていたかのようにカカシは行動を起こした。
写輪眼がクルクルと回る。
カカシの紅い瞳に掴まった鴇は構えていたクナイを床へと落とした。
そのままぺたりと床に座り込むと気がふれたようにケラケラと笑い出す。
「・・・何、したの?ねぇ!鴇に何したのよッ!」
予想外の事態にサクラはカカシの胸から離れて鴇へと駆け寄った。
一瞬で片がつくと思ったのだ。
鴇を苦しまず浅葱のもとへ送ることなど、カカシにとっては造作もないことのはず。

「殺しちゃうのは簡単だけど・・・後々困るんだよ。『サクラのお母さん』には自殺してもらうのが一番都合がイイ。」

言っている言葉の意味がわからないとばかりに呆然と自分を見上げる翡翠の瞳を無視してカカシはリビングへと上がりこみ、カーテンを引きちぎった。
即席のロープを作り、天井から垂らす。
垂れたカーテンの先は当然のように輪っかになっていた。
あまりの手際の良さにサクラが口を挟む暇も無い。

「此方へ来るんだ。」

カカシの声にのみ反応する鴇は大人しく支持に従った。
サクラの手を振り解き、フラフラと歩く。
「鴇!!」
振り返りもしない鴇の背中が涙で曇る。
サクラはその場に座り込んだ。

鴇は用意されていたダイニングチェアーに登り、躊躇いなく『ロープ』に首をかけた。
カカシによってとうに精神が崩壊している鴇は遠足へ行く子供のような笑みを浮かべては奇声を上げている。
「じゃあね。」
至極あっさりとカカシは椅子を蹴り倒した。

サクラからは死角のその場所でガタンと大きな音がした。
耳を覆っても聞こえてくる、呻き声と手足が宙を掻く音。
それでもサクラは瞳をキツク閉じたまま・・・根が生えたように動かなかった。
白い闇が全てを覆い尽くす。

   ・・・もう遅い。
   自分はカカシを選んでしまった。
   
   自らも鬼となり、鬼と共に生きていくことを選んだのよ!!








暫くして、鴇の死亡を確認したカカシがサクラのもとへ戻ってきた。

「・・・私はきっと地獄に落ちる・・・。」
カカシは泣きじゃくるサクラを抱き上げて、あやすように背中をさする。
「オレはもうとっくに地獄行きが決まってるよ。今までもいろいろやってきたし、ね。」
サクラにとって優しく安心できる手が、頬を撫で涙を拭った。

「サクラも地獄へ来てくれるなら死んでからも一緒に居られるデショ?サクラには悪いけど、オレにとってこんなに幸せなことはない・・・」




草隠れのヤツラは用心深い。
すぐには動き出さないだろう。
動き出す前に、カカシにはやるべきことがまだ残っていた。

   明日はサクラが生まれた村を見に行くよ。
   伝えたい言葉があるから、実の両親にも逢いたいし。

   『サクラを産んでくれて有難う』
   『サクラを売ってくれて有難う』

   感謝と憎悪を込めて。
   最も残忍な方法で殺すけど・・・イイヨネ?




   そして、自由になったサクラの自由を奪んだ!!

   共犯者の烙印を押し、愛という名の鎖で縛り上げる。

   ・・・逃げられないデショ?

   だから、ずっと一緒にいようね。













・・・こんなに何度も書き直したのは初めてです。(笑)
時間を空けると話がだんだん変わってしまってどうしようもなく・・・
しかもオリキャラなんて初めて書いたよ(爆)
あやふやな終わりでスミマセン。

2004.03.10
まゆ