ホワイトアウト 2







覚えているのは、白。
ただ真っ白な闇。





土の国の更に奥、見渡す限り雪に覆われた山岳地帯。
その一角にサクラが生まれた村がある。
そこが村とは名ばかりの・・・恐ろしい場所であることを一体どれほどの人間が知っているのだろうか?

一年中雪の消えることのない土地での農作物の生産量は実に微々たるもので、主な収入は狩猟からだった。
その土地周辺にしか住まない動物の、珍しい色の毛皮・・・白銀のテンや狐は高額で取引されたが、それもまた近年では乱獲により数が激減しているのが現状。
慢性的な飢えと寒さ。
そのために村を離れる者もいた。
しかし、白の支配する村の住民にとって『下界』の日差しは強すぎて身体に悪影響を及ぼす。
子供のうちなら徐々に慣れていくことも可能だったが、身体が成長しきった大人では対応できずその生の半ばで命を落とすことが常であり、あまり良い選択とはいえなかった。

こうしたなか『山神さまへの捧げ物』と称して行われていた『口減らし』は次第に人身売買へとカタチを変える。
人間だって白銀のテンや狐と同じということだ。
太陽の光を浴びることの無い村人の色素は薄く、雪のように細やかな象牙の肌を持つ。
『下界』の者にはない儚げな美しさは人目を惹き・・・特に女の子は高値で売れた。
『しょうがない』を口癖に自らの子供を手放す彼らには、もはや良心の呵責など存在しないのかもしれない。
売るために産む。
最近ではそんな村人もいるぐらいだ。

そこは、神を冒涜した村。
今日も一人、鬼に手を引かれ年端も行かない幼女が・・・・・・。




鳴り止まない吹雪に視界を奪われ立ち竦む。
ただただ白い闇の中、サクラを捕まえている大きな手が強引に動いた。

「ちゃんと歩けよ。お前にはもう買い手が付いてるんだからな。」















ジャラリ・・・
動くたび響く耳障りな音。

   死んじゃいたい・・・

足枷を嵌められ、束縛された身体の上にはすでに今日3人目の男が乗っていた。
絶頂が近いのか・・・速さを増す男の動きに合わせて上下する視界。
しかし生気を失った翡翠色の瞳は宙を漂うだけで何も映しはしない。

サクラの売られた先は土の国と火の国のちょうど境目にある比較的大きな町だった。
交易に行き交う人で溢れ、人は町に潤いをもたらす。
サクラが生まれた村とは比較にならない、全てが恵まれた町。
その町が一望できる、小高い丘の上に建った娼館にサクラは居た。

ちっぽけなプライドも身体と共に引き裂かれ、今のサクラにとって守るべきものはもう何一つ無い。
不思議と両親のことなど思い出しもしなかったし、生まれた村へ帰りたいと思うわけでもなかった。
ただ、消えてしまいたいと願う。

   ・・・塵も残さず、空気に溶けるように。

自我さえも手放したサクラは揺すられるだけの人形に成り下がっていた。

   誰か私を殺して。

何度そう思ったことだろう。
今日もまた心の中で神ではない誰かに縋りながらその時を待つ。



なのに、死んだのは自分ではなく、自分の上に乗っていた男の方だった。















「ふぅん。アンタ、綺麗な子ね。」

頭の上から居るはずも無い第三者の声が聞こえた。
女だ。
手には血の滴ったクナイが握られている。
咄嗟に身体を起こそうとしたサクラの白い肌は見る間に男の胸部から溢れ出る血にまみれた。
ぬるりとした生暖かい感触とむせ返る匂いに鳥肌が立つ。
甘美な誘惑の、現実の姿。
『死』という現実を目の当たりにしたサクラは自分が常にソレを望んでいたにもかかわらず、カタカタと震えだした。

「アンタ、此処に居たい?」

どうしてこんなことを聞かれるのか、この女が一体誰なのかサクラには考える余裕すらない。
が、かろうじて小さく横に首を振る。
「おっけ。じゃ、一緒に来な。」
サクラを死体の下から引きずり出すと一瞬にして足枷の鎖を断ち切った。
「アタシは鴇。アンタは?」
「・・・サクラ。」
鴇は床に転がっている死んだ男の上着を拾い上げ、それを血で汚れたサクラに被せた。
そして片手で荷物のように軽々とサクラを担ぎ上げて印を結ぶ。
いつの間にか死体の上には札が置かれており、男の死体は煙幕と共に跡形もなく消滅した。
それを見届けてから鴇は更に印を結ぶ。
今度は掻き消えるように二人が消え・・・部屋にはシーツに広がる血溜まりだけが残っていた。




















鴇は草隠れの里の忍びだった。
そして、恐ろしいほどサクラの母に似ていた。



「どうして私を助けてくれたの?」

「気まぐれ。」

納得できずに見上げてくる翡翠色の双眸を気にも留めないで、鴇は軽くかわす。
鴇の自宅(と思われる)の浴室に2人して立っていた。
「・・・ウソだ。」
人間の、欲にまみれた姿ばかりを見てきたサクラには到底信じられる言葉ではない。
鴇は黙々と熱いシャワーでサクラの『血』を洗い流し、続けて石鹸を塗りたくった。
「別にいいでしょう?何も取って食おうってんじゃないんだから。」
「・・・」
はぐらかす鴇をサクラはまじまじと見つめた。
そしてあることに気付く。
鴇の肌は傷だらけであるものの、とても白い。
それだけでなく、髪の色までがサクラとそっくりだった。
いや、鴇の方が少しだけ紅色が濃いか?

   もしかして・・・同じ?

「鴇って・・・・」
「あ、バレた?」
ニヤリと笑った鴇は意外にあっさりと自分もかつてはサクラの生まれたあの村に住んでいたことを認めた。
そして、同じように売られたことも。
「他人ごととは思えなくてね。アタシはアンタほど幼くなかったから自力で逃げ出せたけど・・・」
鴇がそこまで告げるた時、サクラは出会って初めて笑みを見せた。
年相応の素直な笑みに鴇もつられて微笑む。
鴇に悪意は無いと確信したのだろう。
浴槽の中、サクラは鴇にもたれかかって寝息をたてはじめた。

   可愛い子。

受け答えもしっかりしている。
頭の回転も悪くはなさそうだ。
なにより自分に良く似ている。
これなら『家族』として十分に通用するだろう。

   いい拾い物だったわね。

にやりと邪な笑みを浮かべた鴇は、サクラを抱いて立ち上がる。

「何をやってる?暗殺の件、無事遂行したのか?」
「滞りなく。」

不意に聞こえてきた声に臆することもなく、鴇は完結に答えた。
「のんびり風呂など入る前に先に報告書を出さないか。連絡が無いから浅葱のやつが心配していたぞ。」
「ごめん。ちょっとワケありでね。そんなことより・・・」
姿は見えないが、すぐ近くに居るはずの同僚へ鴇は笑って告げる。

「長に伝えて頂戴。例の任務、適役が見つかったと。」















「木の葉の里にスパイを送る。」

主だった皆を集めて里長が告げた。
現在最も栄えている里、木の葉。
優秀な忍びの数においても財力にしても群を抜いており、他の里から煙たがられている。
それ故、木の葉の情報はいつでも高額で取引された。
情報は外交の一部という考えを持つ草隠れ。
影で他の里の政局の鍵を握り、操ることこそが彼らの戦い方だ。

「正確な情報を手に入れ、安全且つ迅速に伝えられるように定住型のスパイの派遣を考えている。」

長の一言にさまざまな案が出されたが、任務は長期となるため、派遣されるチームは最も怪しまれない『家族』で構成されることになった。
表向きは地質学者として知られている『浅葱』を父に。
『鴇』を母に。
そして、最後まで決まらなかったアカデミーへ入学を希望する子供に・・・『サクラ』を。



三人は偽の戸籍を持ち、木の葉の里へと移り住むこととなった。
















2004.01.29
まゆ