つま先立ちの恋 2 『ね、先生。暑くないの?』 『息苦しくなんない?』 『寝る時もしてるの、それ?』 波の国から戻ってから度々繰り返されるサクラの言葉。 はっきりと口には出さないが、面布を取った素顔が見たいのだろう。 バレバレだね。 でもそう簡単には見せてあげない♪ だって、今までサスケを見ていた時間、オレを気にして見てるんだよ? こんなオイシイことってないんじゃない?! カカシにとっても『波の国』での任務はとても大事な意味を持った。 あの時・・・ 自分が白を殺し、ザブザが倒れ、すべてが終わったあの時。 やりきれない想いと極度の疲労に達していた肉体を持て余し、カカシの中では暗部時代の陰湿な記憶がフラッシュバックしていた。 現実へと連れ戻してくれたのは、薄紅の髪の少女。 乾くことなく、まだ血に濡れたままの自分の手を白い小さな手がぎゅぅっと掴み、サクラはカカシを見上げて微笑んでいた。 『二人のお墓を造ってあげようね。だから大丈夫だよ?先生・・・。』 そう言って・・・いつもの微笑をくれたんだ。 人を、殺したばかりのオレに。 今までの女に対する価値観なんか、ぶっ飛んだね。 なんてったって、サクラはトクベツvvv 初めて欲しいと思った、唯一の女。 大人の男のプライドにかけて! こんな気持ち、サクラの前ではおくびにも出さないけれど。 ニヤニヤと頬を緩ましているのが面布の上からでもわかる。 こんなキャラだっけ?コイツ・・・ アスマは咥えたままのタバコの煙を肺の中へと吸い込み、ゆっくりと吐き出した。 目の前の男は誰もが一目置く実力の持ち主。元暗部。 写輪眼のカカシ、・・・のハズ。 しかし今、下忍でも後ろを取れそうなほど(実際は取れないのだろうが。)油断しきっているカカシにアスマは驚きが隠せなかった。 コイツにこんな顔をさせる女がいるなんてな・・・ 勝手に『オンナ』のことだと決めつけ、苦笑いをする。 視線を感じてか、カカシが不意に顔を上げた。 「・・・なんだよ、アスマ。なんか用か?」 「いや?・・・それより、もう終わるだろ?報告書。それ出したら久しぶりに飲みに行くか?」 「今日はダメだ。」 あっさりと断りの言葉を告げるカカシにアスマは『やっぱり!』と心の中で叫ぶ。 「女、だろ?」 「・・・そんなんじゃないよ。」 「どうだか?」 疑わしそうに見つめるアスマを右目一つで牽制すると、カカシは書類を片手に立ち上がる。 そのままアスマをおいて部屋を出て行く為に歩き出し・・・出口付近で中忍二人とすれ違った。 「イルカの傍に立ってた女の子、みたか?」 「あぁ、教え子らしいぞ?」 「・・・カワイイよなぁ。あんな子を受け持てるならオレも教職に就きたいよ。」 「そーだよな、めぼしい子にはツバつけたりしてな。ははは。」 ・・・・嫌な予感がする。 こういう予感は大抵当たるものだ。 カカシは忍らしからぬ足取りで受付へとドアをくぐった。 受付には3人が並んで座っており、イルカは一番左端にいた。 その隣にちょこんと佇んでいるのは・・・。 サクラぁ?! ついさっきまで泥だらけの、見慣れた忍服姿だったのに。 ・・・私服、初めて見た・・・ すっごくカワイイんですケド。 Aラインのシンプルな白いキャミワンピから伸びるすらりとした足。 シースルーの生地から透けて見える細い肩とそこに掛かる肩紐。 覗き込めば見えそうなほどに開いている胸元。 一目見てその場に釘付けになってしまったカカシは、暫くして・・・それが自分だけじゃないことに気が付いた。 イルカのところだけ異様に列が長い。しかも男ばかり。 そわそわと動く男どもの視線の先はもちろん、白いワンピを着た薄紅の髪の少女へ向けられている。 ふざけんな? 誰が見ていいって言ったよ?! アレはオレのだ!! そう思った瞬間、静かな殺気を纏いカカシは動き出していた。 音もなくサクラに詰め寄り、肩へと担ぎ上げる。 「きゃっ・・・え?・・ちょっと・・カカシ先生?!」 小さな悲鳴とともに肩の上で足をバタつかせるサクラにカカシは一言だけ告げた。 「・・・暴れるとパンツ見えるぞ。」 「!!」 カカシはぴたりと動きを止めたサクラをヨイショと担ぎなおし、背後に気配を感じるアスマへ振り向かずに声をかけた。 「6時に噴水前。」 「はぁ?」 「ナルトとサスケが来るから、メシ食わせてやってよ。」 殺気を滲ませたカカシに逆らうとどうなるか・・・予想がつくだけにアスマは簡単に引き受ける。 「・・・了解。」 アスマの返事を聞くや否やカカシはひらひらと手を振り、ゆっくりと出口へ向かって歩き出した。 ・・・そう、ゆっくりと。 自分の腕の中のサクラを、受付にいる全ての男に見せ付けながら。 静まり返った受付の中は、カカシの殺気で確実に5℃は室温が下がったと思われた。 カカシが出て行ってようやく張り詰めた空気が和らぎ、あちこちでふーっと息を吐く音が洩れる。 「・・・何だったんですか・・アレは。」 イルカの呆然とした呟きにアスマが苦笑した。 アイツにあんな顔をさせる女が・・・まさか春野とはね。 意外というかなんというか・・・。 「何でもないさ。ただの嫉妬だよ。」 「え?」 アスマは聞き返されたそれには答えず、床から拾ったカカシの報告書と自分のモノとを・・・どさくさに紛れてイルカへ渡す。 「じゃ、それ頼むわ。」 新しいタバコに火を付け、アスマは美味そうに紫煙の煙を吸い込むとカカシ同様振り返らず受付を後にした。 「上忍って・・・よくわからん。」 イルカは一般的に至極普通な感想を述べて・・・それから再び仕事へと取り掛かった。 「・・・先生?・・・怒ってるの?」 「・・・・・・」 無言のまま大股で歩くカカシの背中で揺られながら、サクラは疑問符で頭が一杯だった。 どうして、何も答えてくれないのよ? ・・・怒ってる? なんで、こんなことになってるのッ? いつもよりずっと高い位置にいながら見えるのはカカシの背中と石畳のみ。 しかも、心臓より低い位置に頭があり・・・ 頭に血が上りそうだわッッ サクラはカカシの背中に手をついて、なんとか上体を起こすことに成功した。 首をいっぱいに回してカカシの顔を覗き見ようとしたが、どうにも角度的に無理のようだ。 サクラは諦めて、前方・・・カカシにとっては後方・・・に視線を向けた。 「あ!待ち合わせの場所、通り過ぎてる。・・・」 目を凝らしてみるが、まだナルトもサスケも来ていない。 サクラはもう一度だけカカシに呼びかけた。 「先生、約束は?」 「・・・キャンセル。」 いつもより少し低い声にサクラは身体を硬くした。 知らない人みたいで怖い。 なに怒ってんのよぅ・・・ 私、何かした? 考えれば考えるほどわけがわからなくて。 情けないやら、腹が立つやら・・・・感極まったサクラはぽろりと大粒の涙を零した。 ひとつ、ふたつと続けざまに落ちてきて、それはすぐに嗚咽に変わる。 「ひぃっく・・・ふぇっ・・・」 「・・・泣くなよ。怒ってるわけじゃないんだから。」 カカシは肩に担ぎ上げていたサクラを胸の前で縦に抱きなおし、顔を覗き込む。 「ごめん。ほら、泣かないで。」 男の人にしてはすらりと伸びた細い指が、サクラの頬に伝う雫をそっと拭き取った。 「ただ・・・」 「・・・ひっく・・ただ、な・によ・・・?」 「ただ、いつもこんなかっこうしてるのかなって・・」 は? あまりにも予期していなかったカカシの言葉に、サクラは涙の溜まったままの瞳をぱちぱちと何度も瞬きさせた。 ・・・涙、引っ込んじゃったじゃない。 「任務のないときとか、いつもこんな洋服着てるのかなって。」 「・・似合わない?」 「これで出かけたりするんだ?」 カカシは薄い生地のスカートの裾を軽く摘み上げた。 「何すんのッッ。・・・もしかして、本気で似合わないって思ってるでしょ?先生。」 「イヤ、そうじゃなくて・・・・」 「どうせ私は胸もペッタンコだし。似合わないですよーだ!!・・・だからなの?私、一緒にご飯食べるの恥かしいぐらいヘン?」 続けざまに言葉を返すサクラを黙らせようとカカシは少し声を荒げた。 「だから違うって!!聞けよ、人の話を!!」 いつも眠たそうな瞳が今はただまっすぐサクラを見つめている。 ・・・こんなに近くで男の人の顔を見るのは初めてかもしれない。 空色の瞳。 それに隠された左目が加わったら? いつもイジワルばかり言う口元が見えたら? きっと素敵! 涙の痕の残る顔で突然に微笑まれ・・・サクラのくるくるとよく変わる表情にカカシも力が抜ける。 ホントに、まいった。 降参だよ・・・。 「サクラを誰にも見せたくない・・・。さっき受付でね、そう思ったんだ。」 とうとう、カカシは本音をこぼした。 「・・・先生?」 「その服、よく似合ってる。」 「え?」 「好きだよ。」 一瞬、キョトンとなったサクラだが、話の流れからして服のことだろうと解釈し、再び笑顔を見せた。 「・・・あ、・・服が、ね。ヤダもう、びっくりさせないでよ。」 「服じゃなくて、サクラが好きなの。」 先生が、私を好き?! まさか!! 「子供だと思ってからかってるでしょ。その手にはのらないんだから!!」 全く信用しないサクラにカカシは肩を落とす。 「・・・そんなことして何の得になるのさ?・・・オレはサクラが好きなだけ。だからサクラにもオレのこと好きになって欲しい。もちろん、サスケよりもね。」 いつものようにはぐらかさず、サクラは返ってきた言葉の意味に驚く。 「突然そんなこと言われても・・・。」 「迷惑?眼中にもない?」 カカシは思ってもいないけれど、とりあえず聞いてみた。 眼中にないわけないよな? オレのこと見てるでショ。 気付いてないだけなんだ、サクラは。 to be continue 2002.07.05 まゆ |
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