つま先立ちの恋 1





   波の国で見た、カカシの写輪眼。
   ルビーのような澄んだ赤。
   見慣れた右目は晴れた空の色で・・・。
   色違いの瞳がキレイだった。

   とても・・・とてもキレイだった。


   面布が邪魔だなって、・・・そう思った。









今日も時間通りに来ない男が一人。

「先生、遅いってば〜〜」
もう何度目になるかわからないナルトのセリフに、サクラがいい加減相槌を打つのも面倒くさくなった頃、ようやく通りの向こうから銀色の頭が近づいてくるのが見えてきた。
「よっ、おはよ!」
悪びれる風もなくゆっくりと近づいてきたカカシが、いつもと同様に挨拶を告げる。

   おはよ、じゃないわよッッ
   もうお昼過ぎてるじゃない!!

続けてカカシが口を開く前に、早々とサクラが釘をさした。
「はいはいはい。いい訳はいいから、今日の任務は何?」
「・・・サクラちゃんが冷たい・・・。」
カカシは本気で思っているわけではない言葉を、拗ねたように呟く。
「今日は・・・逃げ出したペットの捜索・・みたいだねぇ。」
「また?!」
ナルトの嫌そうな声が聞こえたが無視し、カカシは受付で貰える依頼書のコピーに目を通しながら説明を始めた。
添付されている写真を3人の部下達に目を通させる。
「ペットは・・・子猿、だな。時間は5時まで。・・・え?・・5時?!」
カカシは右手にしている腕時計で『今』の時間を確認する。
・・・現在、3時少し前。
「ホラホラ、早くしないと間に合わないよ?」
人事のようなカカシの言葉にナルト、サスケ、サクラの3人はお互いに顔を見合わせ溜息を吐いた。


   『・・・誰のせいだ?』









「この森にいるらしいんだけど。」
「・・・らしい?」
あやふやな情報にサクラが眉をひそめた。

   5時まで約2時間しかないんだから・・・
   正確な情報でないと!

「うん。一応目撃者がいてね。」
「あ、そう。」
サクラがそっけなく言葉を返している間にナルトとサスケはイヤーマイクを装着し、マイクテストを始めていた。
サクラも慌てて準備をしながら二人のもとへ駆け寄り、子猿を捕まえる計画を立てる。
与えられた任務の段取りを組むことは、いつの間にかサクラの役目となっていた。

   この森はそんなに広くないし・・・手分けして探した方が効率が良さそうね。
   まずは一番高い木に登って地形を把握しなくっちゃ。
   後は・・・子猿ちゃんが食べそうな木の実や植物が生えてる所を重点的にチェックして。
   あ、水のある所も・・・。

   運がよければ・・・首輪がまだ付いてると思うし・・・
   鈴もはずれてないよね?

   ・・・案外、早く捕まるかも?!

ナルトとサスケに段取りを一通り話して聞かせると、サクラは少し離れた所に座り込んで『イチャパラ』を読みふけっているカカシに声をかけた。
「ねぇ、先生!賭けをしない?」
「賭け?どんな?」
「私達が一時間で子猿ちゃんを捕まえられたら、夕食は先生のオゴリね!!」
「はい?・・・じゃ、捕まえられなかったら?」
「・・・」
当然賭けならば交換条件があるはずだ、と訊ねたカカシには答えが与えられず・・・そのまま流されてしまった。
変わりにナルトとサスケの声が聞こえてくる。
「よっしゃー!やってやるってばよ!!」
「・・・おう。」
サクラが悪戯っぽく微笑みながらカカシに念を押す。
「じゃ、決まりね?!先生も・・・イイでしょ?」

   どうやら、オレに選択権はないらしい・・・

「・・・わかったよ。じゃ、一時間な。一秒たりとも待たねーぞ?」
カカシは腕時計をストップウォッチ機能に切り替えると0にセットした。

「じゃ、いくよ?・・・よーい、スタート!」

カカシの合図で3人は振り返りもせず森の中へと消えていった。








かくして、その結果は・・・。

「お前ら・・・・いつもこれくらいテキパキ任務こなせよ・・・。」

58分42秒。
・・・子猿はカカシの腕の中にいた。

「いつも遅刻してくる先生にだけは言われたくないわ!!」
「その通りだってば!。」
「・・・だな。」
小さな部下達にあっさりと言い返される。

   ホント、立場ないね・・・オレも。

「で、何が食べたいの?ラーメンか?」
苦笑しながらカカシが訊ねた。
「いやよ。だって折角の奢りなんだから!」
『ラーメン』に反応しかけたナルトの口を、サクラは小さな両手で押さえ込みながら考える。
「・・・・・居酒屋さん。」
「は?」
「居酒屋さんがイイわ!私、行ったことないんだもん!」

   そりゃ・・・ないだろ、普通は。
   12、3の子供が行く所じゃないんだし。

「あのさぁ、サクラ。もうチョットこう・・・子供らしくファミレスとか言えない?」
「言えない!」

   そうきっぱりと言い切られても困るんですケド。

意志の強そうな、澄んだ瞳はまったく引く様子がない。

   ・・・しょうがない、か・・・

「・・・わかってるとは思うけど、アルコール類は一切ダメだからな!」
しぶしぶ、といった感じで告げられた了承の言葉にサクラは満面の笑みを浮かべた。
「うん!・・・あ、サスケくんは?!」
「・・・オレはどこでもイイ。」
「じゃ、決まりね!」

『噴水の前に6時集合』
そう決めてとりあえずの解散となった。
今、ちょうど4時。
カカシは3人の背中を見送ってから、報告書を片手にアカデミーへと向かう。

   あいつ等と『晩ご飯』、ねぇ・・・
   ま!いいでショ。









「ただいま!」
靴もそろえず玄関を上がり、そのまま二階へと階段を駆け上る。と、またすぐに降りてきて。
着替えを片手に浴室へと駆け込む娘にサクラの母は溜息を付く。

   落ち着きのないこと。
   話も出来ないわ・・・

10分ほどで髪を拭きながら出てきたサクラを母が廊下で捕まえた。
「あら、どこかへ出かけるの?」
つい先日買ったばかりのキャミワンピにシースルーのカーディガンをはおっている。
「うん!・・あ、お母さん。私、晩ご飯要らないから。先生の奢りなのv」
「そう。ちょうど良かったわ。お母さんこれからチョット病院に行かなくちゃいけないのよ。」
「え?!」
「おばあちゃん、転んで足を骨折したらしいの。念のため今日は病院に泊まる事になると思うから・・・一人で大丈夫?」
「うん。・・・あ、でも私も行った方が・・・」
「いいわよ、サクラは。命に別状ないんだし。デートを楽しんできなさい。」
ふふふ、と口に手を当てて含み笑いをする母親にサクラは慌てて弁解をする。
「デ、デートじゃないよぅ。ナルトもサスケくんも、みんな一緒なんだから!」
「?・・はいはい。でも、あまり遅くならないようにね?」
「はぁーい。」
まだ少し生乾きの髪を丁寧に櫛で梳きながら返事だけはしっかりと返す。
そして、ラベンダー色のミュールを靴箱から出して足に引っ掛けるとそのまま玄関の戸を開けた。
「サクラ、鍵はいつものところへ置いておくから・・・」
「わかってる!」

   ホントにわかってるのかしら・・・
   我が子ながら、案外抜けてるところがあるのよねぇ。

「いってきます!」
「いっらっしゃい。」

帰ってきたとき同様、慌しく出て行く娘を送り出したサクラの母は、頭の隅に引っかかっていた先ほどの会話を思い出す。

   『ナルトもサスケくんも、みんな一緒なんだから!』・・・ということは。
   あの子が好きなのは誰?

   サスケくんじゃなかったのかしら???









待ち合わせは6時。
今ようやく5時を回ったところ。
サクラが向かっているのはアカデミーだった。

アカデミーの脇にある受付を入り口からひょっこり顔だけで覗き込む。
「多分、まだいるわ・・・きっと。」

   我ながらいい考えよね!!
   いくらなんでもご飯食べるときは面布はずすでしょ?!

どうしても、見てみたかった。
波の国から帰ってからずっと気になってた。
カカシの素顔・・・。

   今日こそは見ちゃうんだから♪

「サクラちゃん?何やってるの?」
突然声をかけられて、振り向くとそこには長い黒髪をかき上げる紅の姿がある。
紅は忍服ではなく私服姿のサクラを見て、少し驚いているようだった。
「今日の任務、終わるの早かったのね。うちは今までかかっちゃったわ。」
赤い、紅のその名に負けない赤い唇が柔らかな弧を描き微笑む。

   綺麗、よねぇ・・・紅先生。

「カカシを待ってるの?」
「・・・あ、はい。私服だとなんとなく入り辛くて。」
艶やかな微笑みに見とれ、返事が遅れた。それがまた恥かしくて、サクラは頬を染めて俯く。
「そうね。じゃ、一緒に行きましようか。」
紅はサクラの背中にそっと手を沿え、コクンと頷いたサクラを促し歩き出した。

「お疲れ様です。」
イルカが紅に気付き、声をかける。
「はぁい、イルカセンセ。お待たせしました、報告書です。」
紅から報告書を受け取る時、イルカはやっとサクラに気が付いた。
「あれ?どうしたんだ、サクラ?」

   気付くの遅いわよ・・・イルカ先生。
   紅先生に見とれるのもわかるケド!

「カカシを待ってるそうよ。カカシは?」
少しむっとしたサクラに代わって紅が訊ねてくれる。
「・・・カカシ先生は別室で報告書の書き直しです。もうすぐ終わられると思いますが?」
「じゃ、ココで待ってる?サクラちゃん。」
「・・・そうします。」

イルカの傍に立ち、暫くイルカと紅の会話をぼーっと聞いていたサクラが突然口を開いた。
「紅先生はカカシ先生の素顔を見たことある?」
「え?あるわよ。」
なんとなく・・・ホントになんの含みもなくサクラが訊ねた。
でも。
それが?という顔で振り向かれた瞬間、サクラは鼓動が跳ね上がるのを感じた。
黙ったままのサクラの顔を紅が訝しげに覗き込む。
「サクラちゃん?」

   見たこと、あるんだ・・・

『ない』という答えを期待していた自分が笑える。
今日見れるはずのカカシの素顔を自慢したかった自分が・・・笑える。

「私はありませんが。」
一人、空気を飲み込めていないイルカが明るい口調で『素顔はどんなですか?』と紅に話をふった。
「どんなですかって・・・。普通よ?や、一般的にはカッコイイ部類じゃないかしら?」
「そうなんですか・・・いやー、見てみたいですね。」
「ふふふ。皆が思ってるよりカカシの素顔を知ってる人は多いハズよ。特に女の子はね。」
「何故ですか?」
「やぁね、イルカセンセったら。いくらカカシでもヤル時にははずすわよ、面布。」
「!!紅先生!子供の前で・・・言葉を選んでくださいっっ。」
サクラはチラリとイルカの視線を感じて、更に落ち込む。

   子供、ね。
   わかってるけど、そんなにはっきり言われちゃうと・・・

   あ、でもチョット待ってよ。
   ってことは何?
   紅先生はカカシ先生とヤッたことあるってこと?!

もの問いた気に見つめてくるサクラへ紅は苦笑を見せた。
女の子は大人になるのが早い。
イルカが思っている以上にサクラは『女』なのだ。
紅はサクラが自分に嫉妬していることに気が付いていた。

「若気の至りよ。」

今はもう全く関係ないとばかりに片手を振って、そのまま出口へと向かう。
紅は一度だけ振り向き、サクラへ微笑みかけて何やら呟くと今度こそ本当に帰っていった。

『頑張ってね!』
確かにそう動いた赤い唇。

   そんなんじゃ、ないのに!
   私はただ・・・素顔が見てみたいだけ。
   ただそれだけなんだから!





to be continue





2002.06.23
まゆ