北斗は還らず 溺れる太陽 3 自分が何を考えているのかさえつかめない。何を願っているのかもよくわからない。目指すべき港も見いだせず、荒れる海原をたださまよっている船みたいだ。 なんだかすべてが、どうでもいい。 もう胸の中がぐちゃぐちゃだ…。 「…」 せつない胸の中を紛らわせようとして自分の腕をつかんだらそこにも朱い花が咲いていて、思わず指が震えた。 息苦しくなるほどにどきどきした。 また体の奥でなにかがぶり返す。炭火に似た、炎はなくとも燃えるなにかがそこにあるような気がする。 すぐに頬が火照った。 残っている感触で体を熱くしているなんて、今とても自分がふしだらな女だと思った。 「…」 布団を頭からかぶったその暗闇のなか、サクラは目をあけて呟いた。 「…きたない」 何に対しての言葉なのか、やはり自分でもよくわからなかった。 ひどく浅い眠りのなかで夢を見ていた。 覚えてもいないはずの、あのはじめて抱かれた日の夢。 ものの話によれば、初めてのときはものすごく怖いうえにひどく痛いらしいのだが、夢のなかでは腹立たしいというか少し安心したというか、最初に言われたように、痛くしないという言葉通りだった。 夢であることがわかっているので、そのあたりは自分に都合のよいように解釈されているのだろうと思う。 あの日、気がついたら瞼が腫れぼったくて泣いたことがわかっていたからだ。 きっと現実には泣き叫ぶくらいに痛くて怖かったに違いない。 「迎えにきた」 「だれを」 「サクラを」 「…へえ?」 玄関口で、壁に手をつきながらおもしろそうに見下ろしてくる銀髪の上忍。 気に入らない。 「いるんだろう。入るぞ」 最初から気に入らなかった。 いかにもやる気がなさそうで、いつも本心をあいまいな虚言にすりかえて、のらりくらりとかわして。 そのくせ、奪われたくないものを横からかっさらっていくような、そんな卑怯な手口を堂々と笑顔をうかべて使ってくる。 「不法侵入罪で検挙されたい?…家人の許可がなけりゃ刑法適用されるんだよ」 「だからなんだ」 「…話の通じない男だねえ」 「お前に言われたくはない」 なにか、焦っているなという自覚はサスケにもあった。 でもだからといってこのまま指をくわえて見ているつもりもない。 それほど自分のプライドは安くはない。 「せっかく寝ついたとこなんだからそっとしといてやってよ」 自力で立てないくらいなんだから、とまるで反応をおもしろがるような、試すようなことまで言われ、さすがに拳を握りしめた。 決して誘いに乗ってはいけない。 この男はいつもそうやって手の平のうえで、誰かを踊らせようとする。 「…」 ふと笑みを強めてみせて、カカシはさらりと言った。 「…ようやく認めたわけだ?」 「なんの話だ」 「好きなんだろ、サクラが」 探るような口調すらしていない事に気付いて、やはりどこかでひどく愕然とした。 ゆえに、態度を揺るがさずに言い返すことができたことさえ奇跡に近いと思った。 「だったら何だ。お前には関係のないことだ」 「たしかにお前が誰を好きになろうと俺には関係ない話だな…じゃ、ひとつイイこと教えてやろうか」 「…」 なにかの予感を感じて聞きたくないと小さく叫びかけた矢先に、まるで見計らっていたようなタイミングで幅寄せされて、なんだか低い旋律の音楽のような大人の男の声が耳元におちてきた。 なにか絶対的な差のようなものを自覚した瞬間だった。 「サクラ、首すじが一番感じるみたいだよ」 ぎりぎりで押さえていたものが一気に吹き飛んだような気がした。 沸点をこえた怒りが、顔ばかりか行動にまで出た。 あえて紙一重のところで苦無をよけたらしいカカシが、声をあげて笑う。 「怖いねえ」 「俺は最初からふざけてなんかいないよ?」 「そんなこと…」 「俺はいつでも本気だよ、ことに…サクラに関しては」 ひたりと正面から見すえる色違いの瞳に、どきりとした。 まだ苦無を握ったままの手の平に汗が浮かんだ。殺気を放っているわけでもないのに、まるで突然両肩に重い荷物を乗せられたかのほうな重圧感があった。 「サクラのほうから好きだ好きだ言ってくれるのに甘えて、呑気に構えてたからそういう目にあうんだよ」 「おれはお前みたいに力で奪うような真似はしない!」 「それで、あわてて今になって取り返しにきたわけ?」 ずいぶん都合のいいこと言ってない?と今いちばん痛いところを、あまりにも正確に突かれた。 「…っ」 「だから最初から言っておけばよかったのに」 哀れむような口調ですらないのが、さらに焦燥感をあおった。 「俺はサクラと違って否定はしないけどね。…お前の思ってる通りだよ、サクラの処女をもらったのは俺」 「お前それでも、教師なのかよ…!!」 カカシの頬から笑みが消えた。 発言に反応してのことではないと、なぜか本能で悟った。 「…どうやらお前を過大評価していたらしい」 「なんだと」 「この世界でそんな綺麗事が通ると本気で思ってんの?」 言葉に詰まった。 「下忍のくの一が、本格的なくの一任務がはじまる中忍に昇格するまで純潔守ってるなんて思ったら大間違いだよ?…才能のありそうな生徒なんかはアカデミーから仕込まれるんだからな。お前だって、もしも将来俺みたいな下忍付き教官の職に就いたら、中忍までには一人前に調教しとけって当たり前のことみたいに命令されるんだよ?」 頭ではそのことはわかっていたつもりだったが、感覚がついていっていなかった。 あからさまな内容を口に出されたせいでさすがに頬へ朱がのぼる。 「だから下忍付き教官って意外と競争率高いんだよね…オシゴトでいくらでもやらせてもらえるんだから、こんなにおいしい話そうそうないし」 「お前、サクラを何だと思ってっ…!!」 激怒にあかせて斬りかかろうとした動作を、たった一瞥されただけで止められた。 再度視線が合ってしまったことをサスケは本気で後悔した。 「だから過大評価していたと、最初に言ったはずだ」 やはり殺気の片鱗すら匂わない。なのに。 もう指先ひとつ動かせなかった。 自分がなぜこんな、凄まじいほどの圧迫感を感じているのかわからなかった。 「俺が下忍付き教官であるかぎり、たとえサクラを抱いても、どこまでもそれは『お仕事』なんだよ」 「…」 「だからお前には、サクラに甘えて呑気に構えていたことへの、相応の報復があって当然なんだよ…俺の言いたいことがわかるか、サスケ」 口元が笑みにゆがんだ、そんな気がした。 そこでようやくサスケはこの圧迫感の正体を、おぼろげながらに理解した気がした。 この男はなにかに怒っているのでも、責めているのでも、ましてやさきに体を手に入れた優越に浸っているわけですらもない。 …嫌悪し、怨悪しているのだ、たくさんのものを。 「カカシ…おまえ」 「…いやわからなくていい、わかってくれとも思わないからな」 ゆらりと身をひるがえそうとするその肩に、あわてて叫んだ。 「待て!」 「やだね」 肩ごしに、なぜかにやりと笑ってカカシはうしろ手に扉を閉じた。 けっこうな音を立てて目の前で閉じた扉を前に、サスケはしばらくなにもできずに立ちつくしていた。 その後、表面上はなにごとも変わりなく数日が過ぎた。 ただひとつ変化があったと言えば、あのあとカカシは以前ほどサクラを頻繁に抱くようなことはなくなった…いや、むしろその後、たったの一度も求められていないことに、サクラは得体のしれない不安すら感じていた。 本当ならここで喜ぶべきなのに、不安に感じている自分がさらに理解できなかった。 サスケも、やはり態度がよそよそしい。 そのことがよけいにサクラの気分を重くさせた。 任務の合間にナルトが水筒を持ってやってきた。 「なんか最近サクラちゃん元気ないってばよ」 「…そんなことないわよ」 「サスケの奴もなんか変だしよ!」 なぜか鼻を鳴らして、ナルトは水筒の蓋をあけた。 「冷たい麦茶だけど。飲む?」 「…ありがとう」 ちょうど喉がかわいていたので、素直にナルトの厚意に甘えることにする。 よく冷えた麦茶をちびちび飲んでいると、珍しくナルトが溜め息をついた。 もとから豪胆な性格であるということは認めているので、さすがに驚く。 「なんかあったの、ナルト」 「…なんか皆、最近おかしいってばよ」 「…」 「サクラちゃんは元気ないし、サスケはいっつも何かに怒ってるし、いやサスケが何かに怒ってんのなんていつものことなんだけどよ!!…先生は先生で、なんにも言ってくれねえし…」 「そんなことないよ」 「すぐに嘘だってわかること言われても、オレ全然嬉しくないよ」 なんだかいつも見ているナルトとは別人のような真面目な顔で言われたので、サクラはあやうく麦茶の入ったままの水筒の蓋を取り落とすところだった。 ナルトがこの変調に気付いているとは思わなかったのだ。 「あの…ナルト…?」 「オレひとりで皆のこと盛り上げようとして、バカみたいだ」 「…」 「悩みごとがあるなら話してくれなんて、オレってばサクラちゃんよりずっと頭悪いから言えるけないし。サスケにしてもオレに何か言うなんて絶対ないし」 そっぽを向いたままで独白のように、怒ったような口調で言うナルトがひどく大人になってしまったように見えた。 いつも何かしら喚きながら、がむしゃらに突き進むだけの相手だと思っていたのに。 「こんなんでチームワーク、できてるって言えんのかな」 さらりと言われた言葉だけに、ぐさりと胸の中心に突き刺さった。 迷惑をかけている。 この問題に、まったく関係ないはずのナルトにまで余計な気をつかわせている。 そう思うと情けなくて、どうしようもなく気分が沈んだ。 「オレ、前みたいなほうがずっとよかったな…」 「…」 何も言わずにいたら涙が出そうな気がして、サクラはあわてて口をひらいた。 「…ごめんね」 「…」 「ごめんね。ナルト」 「謝ってもらってもあんまり嬉しくないんだけどな…」 「…ごめん…」 「オレは皆がもとどおりになれば嬉しいけど、それはオレの勝手な都合だろ?…もとどおりにならなかったらそれはそれで悔しいし哀しいけど、それもオレの勝手。だから、サクラちゃんが今ここで謝ることなんかないんじゃねえの?」 「…」 また、いかにも当たり前のことを語るようにさらりと言われたので驚いた。 「…サクラちゃんが今何考えてるのかオレにはわからないし、オレはサクラちゃんじゃないんだから、そんなのわからなくて当たり前だと思う。だからサクラちゃんがオレが何考えているのかホントの意味でわからなくたって当たり前」 「…ナルト」 「だからさ、謝らないでよ。オレはサクラちゃんに謝ってほしいって思ってるわけじゃないんだよ」 「うん…」 「オレってばバカだからうまく言えないけどさ」 そんなことはない、と言おうとしてサクラはあわててやめた。 ナルトのほうがもしかしたら、自分よりずっと頭がいいのかもしれない。 でもそんなことを言えばナルトはきっと今度こそ怒るだろう。 「…ね、ナルト」 「なに?」 「ありがとうね。ずっと心配してくれてたんだ」 「…やっぱりサクラちゃんおかしいってばよ」 なぜか、にっと笑ってナルトは水筒をその場に残して立ち上がる。 「いつも、あんたになんか心配されたくない、って言うのに」 一瞬、何も考えられなかった。 間抜けな沈黙の最後に、サクラはまるで爆発するみたいに笑い出してしまった。 ひさしぶりに声をあげて笑った気がした。 「やーっと、笑った」 うわあ、まだオレ草むしり全然進んでなかったんだった、とナルトが走り出していく。 暗い気分のなかに、ひとすじ明るい光がさしこんできた気がした。 「あんた、そんなに急いで走って転んでも知らないからね!」 背中に叫びを叩きつけてやったら、案の定ナルトが何かにけつまづいて見事にすっ転んだ。 アンタはどうしてそんなにお約束なのよ、とそれを見てまた笑いながら、サクラはふうっと溜め息をついた。 ナルトに救われるなんて、本当にどうかしている。 でもあの言葉のなかにはまぎれもない真実がたくさん眠っていた。 自分の中にしか、自分の心の真実はない。 誰が教えてくれるわけでも、道しるべになってくれるわけでもない。 どんなときにも、真実はいつでも自分の中にあるものなのだ。 「ありがとうね、ナルト」 言い表せない、もっと大きな思いをこめてもう一度呟いた。 視線の先には、頼るべき導かれるべき上忍の姿。 「先生」 目をおとしていた、なにかの資料らしき紙束からカカシが顔をあげる。 「なに、サクラ。用事?」 「それ急ぎのお仕事?」 「…べつに。なに?」 「だいて」 あきらかに、カカシが目を瞠ったのがわかった。 「…なんだって?」 「抱いて。いつもみたいに」 しばらくの間、カカシはなにごとか考えをめぐらせているようだった。 「…私ね、考えたの。いつも先生に抱かれたあとは記憶があやふやで、だから自分がなにを考えているかわからなかったの。なんでいつも流されるんだろうと思うし、嫌だったら必死に抵抗してるはずなのにそのことさえ全然覚えていない。でも術かなにかで記憶を奪われてるような気もしない。絶対におかしいのよ…」 「それで、結論がこれ?あんまり事態の解決になるとは思えないけどね」 「解決には、なるのよ。少なくとも、私自身が先生に抱かれるのが嫌かどうかがはっきりするわ」 それさえはっきりすれば、自分がとるべき選択もはっきりする。 「…困ったね」 「なにも困ることはないじゃない。ほらまわりには誰もいないし、ナルトもサスケ君も任務の仕上げであと一時間は帰ってこない。十分じゃないの」 「ふつう、鍵のかかる部屋でって言うんじゃないの?」 心底あきれたみたいに紙束を放り出して、目をそらしたままカカシが自嘲するような低い笑いを漏らした。 「けっこう大胆だねサクラは」 「そうかしら。今まで抱かれてきた相手が、アカデミーの教室とかお風呂とか、もっと大胆だったからそんなこと思いもしなかったわ」 辛辣なことを言ってサクラは息をつく。さすがに頬が熱い。 「…で、どうなの?」 「降参」 肩の高さに両手をあげて、カカシはなぜか寂しげな笑い方をしてサクラを見た。 「…サクラはやっぱり頭がいいね。俺の暗示に気付いたわけだ」 「…」 「『最初の夢』は見た?」 ごくりと喉が鳴った。 「…みたわ」 やはりあれか、という思いがあった。 夢で見た、あの一番最初の記憶に全ての真実が詰まっている。 「おいで、暗示を解くから…そのあとはサクラが決めたらいい」 言われた内容に驚きもしなかった。 ゆっくりと、腕をのばせば届くくらいのところまで歩み寄っていく。透明な頭の中に、なぜだか審判という言葉が浮かんで消えた。まっすぐにカカシの指がのばされてきて、サクラの眉間をつい、とかるく押した。 ただそれだけだった。 記憶の奔流がサクラの意識を濁流に呑みこんだ。 サクラが術の気配を感じなかったのも当然のことだった。完全に記憶を奪うのであればたしかに忍術で消去するか幻術をもってして偽りの記憶を上書きするかしなければならないが、巧妙に深層意識に封印また隠蔽しておくだけなら、簡単な暗示、もといチャクラなど必要としない高等催眠術で事足りる。 われに返ったあとしばらく涙を流していたサクラは、目を覆ったまま恨みがましく呟いた。 「なんでこんな事したの…」 返る言葉はない。 「…こんなの、ひどいよぉ」 信じていたのに。 心をあずけてもよい上司だと信じていたのに。 「サクラは、俺のことを買いかぶりすぎだよ」 「だからって…!!」 「俺は誰のことも信じない」 あっさりと言われた言葉にサクラは目を瞠った。 みっともなく泣きはらした目もとから手を放してしまうほどに驚いていた。 「…信じないって…」 「そう。俺は自分以外の誰のことも信じない」 しずかな口調でしずかな表情で、ごくあたりまえのことを言うようにカカシは呟いて、ちらりとサクラを見た。 「だからサクラの言うことも信じられない」 あまりと言えばあまりのことに、サクラは返すべき言葉まで失った。 「どうとでも言い繕える人の言葉なんてものは絶対に、信じない」 仲間の裏切りはもとより、本物の絶望の深淵をのぞきこんだ事もあるであろう相手だけに、なにも言い返せない。 「だからサクラに信じてもらおうとも思っていない」 「…」 「信じている、なんていくらでも口先で言い繕えるんだからね」 先刻の言葉を頭ごなしに否定されたことになるのだが、なぜかサクラは腹立たしくは思わなかった。事実を事実として受け入れた、そんな感覚に近い。 「俺のことも信じてくれなくていいよ」 「…でも…それじゃ…」 「だからこれから何度だって、サクラを抱くから」 「…」 ふと眉根を寄せた。 話題が微妙に別のことに移ったように思えたからだ。 「…どうして?」 「信じてくれなくてもいいし、わかってほしいとも思わない。でも何もしないで見ていることなんてできやしないからね、俺は男なんだから」 「私は気晴らしをするのにつごうのいい道具ってこと?」 「まさか。俺は気晴らしの為だけに同意もなく好きな女を抱くほど不自由はしてないからね」 なにか今、うまく遠回しに大変なことを言われたような気がしたが、このさいそのことは適当にうっちゃっておくことにした。 「精神的な恋愛でもかまわないと思うほど浄い人間じゃないし」 「…私のこと好きなの?先生」 「そうだよ」 あまりにもあっさりと即答で肯定されたので、そうですかと言うしかない。 「…だったら、なんで私が泣くようなことするのよ…」 「だから最初に言ったでしょ。俺は誰の言葉も、誰の心も信じない」 信じないと言っているわりには、なぜかその声に猜疑心は混じらない。 ながい指がさらさらと髪をかきあげてゆく、悔しいけれどその感触がとても心地好くてサクラはやるせない。 「信頼を得てから距離を埋めていこうとも思わない。言葉や心なんて、どうとでも繕えるものは信じられない…」 暗部に所属してながい年月を過ごしたという経歴は、忍であれば誰もがうらやむ、誇るべき立派なものだ。 しかしその過酷な任務の数々は、ときとして人の心をひどく蝕む。 きっとそのかたくなな主張の根拠は、暗部のときの辛い経験に裏打ちされているのだろうなとサクラはまだひどく熱っぽい頭のなかでぼんやり思った。 「それでもサクラが俺のなにかを信じようと思うんだったら」 「…?」 「目に見えるものだけ信じてもらえればいい」 「見えるものなの?…見えないものは信じたらいけないの?」 「幻術でもないかぎり、見えるものは全部事実でしょ」 だから記憶も信じてはいけない、という言葉に目を瞠った。 「どういうことなの」 「記憶は脚色されるからね」 だから一回しか言わないからね、となぜか泣きそうな笑顔で言われた。 なぜだろう、いまの言葉を決して忘れてはいけないと本能にも近い部分でサクラは悟っていた。 「…先生?」 「あいしてる」 「…」 「…サクラに、胸はって事実だって言える俺のなかの真実なんてこれっぽっちしかないんだよ…」 あとは事実か、真実かさえ判然としない。 「どうとでも言い繕えるものをサクラに言おうとは思わない」 「…ねえ…先生、待って。いま、何かしようとしてるでしょ」 「サクラには事実だけ見てもらえればいい」 「だめ。待って、ねえ!」 永遠の一瞬というものがあるのだとしたら、きっとこのことを言うのだろうと思った。 大事に大事に、なにか壊れものを引き寄せるようにして抱きよせられた腕のなか、サクラは必死になって顔をあげようとして、そして言うべき言葉も失った。 大事な大事な言葉も。 …忘れてはいけない言葉も。 「深層心理だけは人を裏切らない」 なぜか涙があふれた。嫌だ、と思った。 「言い訳できないところに『鍵』を隠しておく」 …そういう方法は悲しすぎる、と思った。 「…でもサクラはほんとうに頭がいいから、俺の暗示なんかよりも先に『鍵』を見つけるんだろうね」 「嫌よ、私、絶対に忘れてなんかやらないんだから」 記憶を奪われるのだと本能が警鐘をならしていた。 「隠しておくだけだよ」 『鍵』は夢。 いちど鍵をまわせば、その金庫のなかのものはすべて手に入る、それと同じことだ。 サクラは涙でゆがむ視界のなかで必死に目をあげ続けて、そして自分の意識が暗転したことを知った。 なにもかもが手の中からすりぬけてどこか遠くにいってしまった事も。 頬を涙が伝っていることに気付いた。 伏せていた目をあけたら、眉間を押した右手をあげたままのカカシが目に入った。 寂しそうな、どこか泣きそうな笑顔があのときのままだとふと思った。 「どうする?」 …あいしてる、と。 そんなたったひとつの言葉にこめられた真実と、たくさんの事実。 「サクラが決めればいい」 とてもこの人は残酷だと、またサクラはぼんやり思った。 目指すべき北極星は見上げるこの空のどこにもいまだ輝いてはいないのに。 サスケ、こてんぱんにヤラレてますっっ。 フフフ、期待通りですわ・・・みやちゃん♪ 〈サスケスキーさん、ごめんなさい。) それにしても、またもやバトンが回ってくるとは!! 課題は『カカシ×サクラ』、『サスケ×サクラ』の関係ですか・・・ みやちゃんが『カカシ×サクラ×サスケ』の三角関係を引っぱってくれたので・・・ わたし的にはサクラがサスケをフリやすくて良いですわvvv ・・・フリます。〈笑 いつも素晴らしいSSを有難う御座いますデス。 私も頑張るよv |
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