明けの明星





   『どうする?』

寂しそうな、どこか泣き出しそうな・・・そんな笑顔で先生に尋ねられたのは、もう一週間も前のこと。
なのに、いまだ頭が混乱して考えがまとまらない。

   『サクラが決めればいい。』

ずるい、と思う。
どうしてそんなに残酷なことが言えるのだろうか?
私の意思を尊重しているようで、突き放している気もする。

   『あいしてる。』

確かに先生はそう言った。
・・・でも、それが先生のただ一つの真実だと言うのなら・・・
私の真実は・・・何処?

   『どうする?』
   『サクラが決めればいい。』
   『あいしてる。』

サクラの中でカカシの声が何度もリプレイされる。
私の真実は自分自身で探しださなければならない。


サクラは一人、雲に隠れた北極星を眺め、大きな溜息を吐いた。









「おはよう。」

カカシが上忍としての単独任務に就いてから一週間が過ぎた。
未だ任務から戻らない上司のために、7班の3人は自主的な修行を余儀なくされている。
カカシの不在にも慣れ、緊張感の薄れたナルトは集合時間ギリギリにならないと来ない。
いつものように15分前にはやって来るサスケと、サクラは朝の挨拶を交わした。

「・・・はよ。」

気まずい雰囲気はかなり解消されたとはいえ、サスケと二人きりだとやはり落ち着かない。
沈黙に耐えかねてサクラの方から話を切り出す。

「ね、今日は何をする?」
不意に声をかけてきたサクラをチラリと一瞥したサスケはまた視線を元に戻してぼそりと答えた。
「・・・オレは崖登りに行く。」
「そっか。じゃ・・・私も。」

   ナルトはサスケくんと張り合って同じ事をするに決まってる。
   一人で違うことするのも、ねぇ?

サクラの考えを他所に、サスケは一言で突き放した。
「やめておけ。」
「どうして?」
「・・・危ない。」
「!!」

   危ない、ですって?!
   何のために修行するのよ?
   修行を怠って任務をしくじらせたいの?
   これ以上ナルトにもサスケくんにも・・・カカシ先生にも置いていかれたくない・・・
   足を引っ張りたくはないのよッ!
   

「私も同じモノをやるわ!」
「・・・勝手にしろ。」

視線をあわせることなく会話が終了し、再び沈黙が訪れた頃ようやくナルトが現れた。
「おはよう、サクラちゃんv」
「おはようじゃないわよ、ナルト。集合時間、過ぎてるじゃない。」
「うっ・・ゴメンってば。」
「先生がいないからって弛んでるわよ!」
ピリピリとしたサクラの態度にナルトは肩を竦めた。
「・・・どうしたの?サクラちゃん。」
サスケに助けを求めるように振り向いたがそこでも視線をかわされ、ナルトはそっと溜息をついた。

   まだだ・・・まだしっくりこねぇ・・・
   どうすればいいんだってばよぅ。
   
カカシ不在のなか、不協和音を奏でたままの7班はそれぞれの思いを胸に演習所にある谷へと向かった。




僅かな凹凸を見つけては指を引っ掛け身体を持ち上げる。
至極単純な作業。
ただし、崖の下は昼間だというのに薄暗く底が見えず、足を滑らせるとただではすまないことは容易に想像できた。
演習所の中なので防御用ネットを張り巡らせてはいたが、落下速度を考えると突き破ってしまいそうなほど脆く、通常は下忍のみで修行することはありえない場所。
・・・そんなところの崖を3人は登っていた。

「サクラちゃん、飛ばしすぎだってばよ!!」
先頭を切って登っているのは、予想を反してサクラで・・・その後にナルトが続き、サスケがいた。
まだ頂上は見えず、自分の荒い息だけがサクラを支配する。
腕力のみで登るナルトとサスケと違い、サクラは指先にチャクラを練りこんでいる。
ただでさえ少ない体力とチャクラの量はもう底をつきかけていた。

   失敗・・・した。
   ふふ。こんなんじゃ、ホントどうしようもない。

自嘲を口の端に浮かべ、再び頂上を仰ぎ見る。
「サクラちゃん!!」
「・・う・・るさ・いわよ・・・」
ココで止まってもどうしようもない。
こんな時に助けてくれるハズの上司、カカシは不在なのだ。
登りきるか、来た道を戻るか・・・結局のところ二者選択しかないのなら、前に進むことを選んだサクラが片手を離し上へと伸ばした時、突然、谷から突き上げるように突風が吹いた。
「あ!」
羽のように軽いサクラの身体が崖から離れふわりと舞い上がり、それはすぐに自由落下に変わる。
慌ててナルトが手をさし伸ばすが間に合わず、サクラの身体はさらに下へと降下していった。
「サクラちゃんッッ!!」
サクラを追って谷を見下ろしたナルトの瞳に黒い影が動くのが映る。

   頼む!サスケ!!!

サスケは瞬間的に両足の裏にチャクラを溜め、曲げた膝を伸ばすと同時に崖へとチャクラを叩きつけてサクラへと飛んだ。
広げた腕にかろうじてサクラの身体を引っ掛けるとそのまま抱え込み、きたるべき衝撃に備える。
後はネットがもってくれることを祈るだけだった。









サスケが瞳を開けるとそこは見慣れない白い天井だった。
独特のニオイが鼻につき、そこが病院であることがすぐに知れる。

   オレが生きてるということは、サクラは大丈夫だろう。

ほっと息をつき、身体を起こそうと手を突くと激痛が走った。
腕をかざすとギプスがはめられ、ガッチリと固定されている。
「くそッッ」
舌打ちと同時に洩れる、何に対してかよくわからない怒り。

   怪我なんて、してる場合じゃないのに!
   強く、
   強くなりたいんだ!
   アイツに負けないぐらい・・・いや、それ以上に!!!

少し前まで頭を占めていた兄、イタチのことは忘れたわけではない。
しかし、今は。
忌まわしい銀髪の男・・・同じ写輪眼を持つ男、カカシの存在がすべてだった。

   アイツより強く・・・そして取り戻すんだ、サクラを。
   誰にも文句は言わせない!!

カカシがどういうわけか本気でサクラに執着していることをサスケは肌で感じていた。
本心を滅多に・・・というか、全く見せようとしないカカシには珍しく、自分に対して露骨に重圧をかけてくる。
本人に自覚があるのかどうかわからない。
しかし、それはサスケにとって力任せであり、豊富な経験を生かした大人ならではのズルく汚いものだった。

   あんなヤツにサクラはやれないだろう?

自由にならない腕を忌々しく見つめ、反対の手を使って身体を起こす。
「くっ」
腹部にも鈍い痛みが走った。

   アバラまでやられてやがる・・・

形の良い眉が苦痛に歪められた時、遠慮がちにドアがノックされ、ナルトとサクラが病室へと入ってきた。
「気が付いたのか、サスケ!!」
上体を起こしているサスケに駆け寄るナルトを尻目にサクラは戸口から離れようとはしなかった。
「ほら、サクラちゃん、こっち来なって。」
ナルトは振り返りそう言った後、サスケへと視線を戻しバツが悪そうに鼻の頭を掻いた。
「こってりしぼられたってばよぅ。」
『担当の上司もいないのに必要以上の過酷な修行・・・自分の実力をわきまえず何たることか!!』と、今の今までナルトとサクラは3代目からじきじきに説教を受けていたのだ。
サスケがナルトの言葉に戸口へと視線を飛ばすと、俯いてよくは見えないがサクラの顔が赤く・・・見えた。
泣きはらした顔に違いない。
ぐっと気が重くなった。

いきなりベッドから降りようと足を床に着けたサスケに慌ててナルトが止めにはいる。
「何やってんだよ、サスケ。少なくとも一週間は入院だって先生が!」
「一週間?馬鹿言え。そんなに居られるか!・・・帰る。」
サスケは立ちはだかるナルトをなぎ払うように腕を動かしたが、途端に走る激痛にうめき声を漏らした。
「大丈夫かよ・・・」
「うるせーウスラトンカチ。大丈夫に決まってんだろ。」
なお強がるサスケの声に溜まらずサクラは嗚咽を漏らした。
「っく・・ごめ・ん・・な・さい。」

   はぁ・・・サクラちゃんのせいだけじゃないって言ってんのに。
   これ以上ギクシャクするのはヤだってば。

ナルトはサスケをベッドへと押し戻し、耳もとに顔を寄せて囁いた。
「一週間は無理でも今日ぐらいはこのまま病院で過ごしてやれよ。サクラちゃんが付き添いをかってでてくれたんだぞ。・・・何があったかは知らないけど、二人で話す時間も必要なんじゃない?ゆっくりと、さ。」
早口でそう言われ、サスケは驚きの瞳でナルトを見た。

   まさかナルトにココまで気を使わせているとは思わなかった。

悩み事などなさそうなナルトの顔をまじまじと見つめ、それから了承の溜息を吐く。
「・・・わかった。」
サスケの返事に軽く頷くとナルトは戸口へと向かい、すれ違いざまにサクラの肩をポンと叩く。
「付き添い頼むね?」
真っ赤に目を腫らした桃色の少女がコクリと頷くのを確認して微笑みかけると、ナルトはそのまま病室を後にした。





残された二人の間に沈黙が落ちる。
病室の大きな窓から西日が射し、すべてを朱色に染め上げ・・・濃い影を伸ばした。
重なり合わない二つの影・・・その距離がそのまま二人の関係を現わしている様に思えた。

「・・・こっち、来れば?」
「うん・・・。」

来客用のパイプ椅子を指差され、サクラはゆっくりとした歩みで近寄るとちょこんと座った。
「・・・ゴメンナサイ。」
相変わらず俯いたままで表情がよく見えない。
サスケの腕がサクラへと伸び、顎に手をかけるとそっと顔を上げさせた。
「も・・泣くな。」
優しい言葉にさらに涙が盛り上がる。
「ごめ・・んな・さい。」
「謝らなくていい。」
「でも!自分の実力をわきまえず・・・」
「サクラに怪我がなくて良かったと思ってる。」
サスケの意外な一言にサクラの言葉も途中で止まってしまった。
「サスケ・・・くん・・・」
照れ隠しなのか、横を向いたままのサスケを翡翠色の瞳が真っすぐ見つめ、微笑んだ。
「有難う。」


またしても静寂が訪れ、しばらくの間、二人して沈みゆく太陽を眺めていた。
不意にサスケが口を開く。
「サクラ・・・」
「何?」
「・・・スキだ。」
「え?」
「お前がスキなんだ。」
「ウソ!!」
大きな瞳をさらに大きくしてサクラはサスケを見た。
絡み合う二つの視線。

   サスケくんが・・・知らないはずがない。
   私と先生の関係を。
   どうして『スキ』だなんて?

嬉しいはずの告白。
確かに自分はサスケが好きだったはずだ。
過去というほど昔のことではない気持ちの行方に・・・躊躇い、動揺している自分がサクラは信じられなかった。

「オレは大切なことに気付くのが遅いんだ・・・いつも。」
ギュッと握られた拳に震える肩は誰に対しての怒りか・・・
「サクラ・・・お前、カカシがスキなのか?」
「・・・・・」
「あんなヤツ!」
「先生を悪く言わないで!!」
サクラの一段大きくなった声にサスケは思わず口をつぐんだ。

   無理やりだと思っていた関係は実はそうではなかったと?
   アレは合意の上での行為だと?

「・・・アイツがスキなのか?」
再び繰り返される質問。
「わかんない。・・・そんなのわかんないよ!!」
一週間、悩んで答えの出なかった質問に八つ当たり気味のサクラの叫びが病室を覆った。

   確かに好きになってた。いや、なり始めていた矢先に強引に抱かれた。
   その行為に翻弄され、自分を見失った私。

「サクラ?」
「・・・わかんないの・・・。」
カカシのことを享受しているとも取れるサクラの返事に全身が燃えるように熱くなる。

   何故、否定しない?

片腕でサクラの細い手首を掴みグイッと引き寄せると、よろけたサクラが椅子から立ち上がりベッドへと倒れこんだ。
顔を上げると黒い影が見え、それがサスケの顔だと理解すると同時に唇を奪われる。
カツンと歯がぶつかり触れるだけのキスが終わるとすぐに顔は離れ・・・サクラはサスケに抱きすくめられた。
「アイツの何処がいいんだよ?ただのズルイ大人だろ。力任せで強引で・・・そのくせ虚言ばかりて本心は絶対見せようとしない。」

   そう。
   本心は絶対見せない・・・見せてくれない。
   そのカカシ先生の真実を自分は知ってしまった。

   『あいしてる』
   確かに先生は私にそう言ったのよ・・・

抱かれたまま抵抗しないでいると、くるりと身体を反転させられベッドへと組み敷かれた。
もう一度唇を塞がれる。
今度は歯もぶつかることはなく、サスケの唇はそのままサクラの首筋へと移行された。
「んッッ」
ピクリと身体を震わせてサクラが身を捩る。
サスケの頭の中をカカシの言葉がよぎった。

   『サクラ、首筋が一番感じるみたいだよ。』

内心舌打ちしながらサクラの服へと手をかけ、ジッパーを引き降ろし始めた。
「ちょ・・ちょっと待ってよ、サスケくん。」
「アイツは・・・カカシはよくてもオレはダメなのかよ?」
ぐっと押し黙ったサクラへと愛撫が再開された。
カカシに比べれは随分と稚拙なものだったが、そういう行為になれたサクラの身体は確実に反応する。
「や・・ぁんッ」
剥き出しにされた膨らみかけた胸の蕾を口に含んだ時、サクラはこれ以上にないというほどの甘い声を上げた。
サスケの行為に拍車がかかる。
「ふッ・・・ぁ・あん」
スパッツにも手を掛けられ、下着と共に引き降ろされた。
「ヤダ!」
サクラの言葉に対して返答はなく、秘所へと手が滑り込んできた。
「やめ・・て・・・ンンッ」
女の身体を知らない指は強くそこを弄り、無理やりに蕾から顔を出さされ・・・最も敏感なところを直接擦る。
「ヤ・・いたッ」
腰を引き、ズルズルと逃げるがベッドヘッドに阻まれてこれ以上は無理だった。
「おねが・・い・・も・やぁッ」
振り回したサクラの指先が、あらかじめ用意されていた患者用の食事のトレイを引っ掛けてガシャンという大きな音と共に床へと落とした。
それでもサスケの行為は止まらない。
「先生!」
愛しげに触れるカカシのそれとは全く異なるサスケの愛撫。
その焦りを伴ったかのような性急さはサクラを怯えさせた。


「助けて!カカシ先生!!」








乱れた服を胸元でかき合せ、暗い夜道をサクラは駆けていた。
目的地はなく、ただひたすらに走る。
ひんやりとした夜風がまだ熱い身体を心地よく吹きぬけた。

   どうしよう。
   どうしよう。
   どうしよう・・・

里の中心にある公園の噴水の傍でようやくサクラは足を止めた。
とめどなく流れる水を眺めながら息を整える。
水面に映る自分の顔は歪んでいて今にも泣き出しそうだった。
はだけた襟元に浮かぶ、くっきりとしたいくつかの赤いシルシ。
カカシがつけたものではない、シルシ・・・。
大きな翡翠色の瞳からぽろぽろと雫が零れ落ちた。

   ヤ、だった。
   嫌だったの・・・・
   助けて欲しかったの・・・先生。

サクラはその場にうずくまり肩を震わせて泣いた。



   目に映るたくさんの事実。
   その中の、自分にとってただ一つの真実を・・・
   やっと見つけた。

   私も、あいしてる・・・

   言葉を信じない、記憶すらも信じられないと言う『アノヒト』へ
   私の『真実』を・・・どうすれば伝えられる?
   ねぇ!誰か教えてよ・・・・・








   『それでもサクラが俺のなにかを信じようと思うんだったら』
   『目に見えるものだけ信じてもらえればいい』

カカシの言葉が不意に思い出された。

   『目に見えるもの』・・・それなら先生も信じるのだろうか?
   私から抱きしめてキスをしたなら・・・信じてもらえるのだろうか?
   『あいしてる』という私の真実を伝えられる?

僅かな可能性を見出して、サクラは居ても立ってもいられなくなった。

   先生に、逢いたい。

立ち上がり、土を払うとカカシの家の方角を見据える。
任務に出ているカカシが家に居ないことは十分にわかっていた。
いつ任務から戻るかわからないが・・・それでも。






もうすぐ夜が明ける

カカシの家へと急ぐサクラはふと顔を上げ、空を仰いだ。
日の出前の、薄明るい東の空に浮かぶ金星。
その淡い輝きがこれから先の自分の道を照らしているようで・・・サクラは嬉しそうに目を細めた。











みやちゃんへ
遅くなって申し訳ないっす。
それにしても、ヤっちゃいましたねぇ・・・サス坊。(笑
いくところまでいったのか・・・それは内緒♪
いやー、どこでエ○を入れようかとマジ悩みました。
だって、このシリーズ、エ○必須でしょ?!(え、違うって?!
フフフ。
最後、シメちゃってください。ええ、もうラブラブで!!

2002.08.15
まゆ