lolipop 3 元春野家の豪邸とは違い、この家の、外への出入り口は一つだけ。 重い鉄の扉の玄関だけだ。 カカシはその扉に背を預け、サクラのローファーと自分のスニーカーを避けるように座り込んだ。 サクラはカカシがあてがった部屋に引きこもったきり出てこない。 ただ泣いているだけならそれでいい。 いつか涙は枯れるだろうから。 しかし残念なことにサクラがそんな愁傷な子供でないことをカカシは知っている。 十中八九、自分の隙をついて父親に会いに行こうとするはずだ。 それだけは阻止しなければ・・・ カカシにはサクラに話していないことが、あと一つあった。 たった一つ。 されど、先ほど以上に重い内容だ。 石のタイルは冷たく・・・じわじわ体温を奪い始め、カカシは目を閉じて小さく息を吐いた。 カチャリ ドアノブの回る僅かな音に反応してカカシが両目を開けた。 あれからどれほどの時間が経ったのか・・・ 人々が寝静まった時間であることは間違いない。 恐る恐る部屋から顔を出したサクラの、予想通りの行動に、カカシは肩を竦めて笑う。 「何処行くの?」 真っ暗な廊下に出た途端、掛けられる声。 自分には何も見えない。 でも・・あの闇の向こうにはカカシが居る。 サクラは無意識に一歩下がった。 すぐにばれるとは思っていたけれど待ち構えられているとは・・・これではどうしようもない。 「オレは世話役兼ボディーガードだったデショ?サクラの性格も行動も全部把握してる。オレの目を盗んで逃げ出せると思った?」 暗闇に慣れてきたサクラの瞳に薄ぼんやりとカカシの体が浮かび上がって見えた。 ほんの二メートル弱の距離を、サクラは猫のようにそっと進む。 ローファーにつま先を滑り込ませても、カカシは座り込んだまま全く動こうとはしなかった。 「・・・そこ、退いてよ」 「駄目」 「退きなさいったら!」 「退かない」 怒りに任せて振り下ろした手は、カカシの頬に届く前に止められてしまった。 そのまま軽く捻られ膝を付く。 氷のように冷たいタイルとカカシの真っ直ぐな眼差しはサクラにそれ以上の反撃を許さなかった。 「ここを出たって会長には会えないよ」 「・・・なんとかするもん」 「サクラには出来ないね。ていうか、オレにだって出来ないし・・誰にも無理」 「どういう意味なの?」 「・・・そのまんまだよ。死んだ人間には誰も会えない」 カカシの最後の台詞に、サクラが息を飲むのがわかった。 「交通事故。飛び出してきた子供を避けて電信柱に激突。・・・即死だったってさ。葬式はもう四日も前に終わってる」 瞬きを忘れたサクラの瞳から大粒の涙か零れ落ちた。 「自殺じゃないかって一部で報道されたけど、それはないよ。オレと別れた時、会長はすごく前向きだったんだ・・・資金繰りや社員の再就職先のことを色々計画してたし。だから・・・サクラは見捨てられたわけじゃ、ない。一人、置いていかれたなんて思うなよ?」 カカシはサクラの後頭部に手を回し、ぐいっと引き寄せる。 自分の胸に倒れこんできた彼女を受け止めて子供をあやすように背中を撫でると、サクラは堰を切ったように大声で泣き始めた。 東の空が白む頃、ようやく嗚咽を漏らすことのなくなったサクラに、カカシはほっと息を吐いた。 「ほとぼりが冷めたら、お墓参りに行くか?」 カカシの言葉にサクラが無言で頷く。 大会社の倒産と会長の事故はもう暫くテレビや紙面を賑わすだろう。 しかしそれは決して長い時間ではない。 「もう泣かないよな?」 「・・・たぶん」 「多分かよ・・・」 カカシが、くくくと喉の奥で笑う。 懐かしい笑い方だ。 三年ぶりのカカシの胸はやっぱりとても大きくて。 そして安心できる・・・はずなのに。 不意に跳ね上がった鼓動はサクラに戸惑いを与えた。 勉強そのものが楽しくてすっかり忘れていたけれど・・・ 留学を決めたきっかけはカカシにあったことを思い出す。 カカシに子ども扱いされたくなかったからなのよね 早く大人になりたかった。 知識を身に付け・・学校さえ卒業すれば大人として接してくれると思い込んでいた幼稚な発想。 初恋と呼べるそれが三年の時を経て、サクラの中に急速に甦り始める。 「どうした?顔、赤いぞ」 黙ったままのサクラの顔を覗きこんでカカシが尋ねた。 低い低い声。 吐く息が、耳にかかる。 「な、なんでもない!」 これから此処でカカシと二人きりで生活していくことを、サクラはやっと今、現実として受け止めた。 カカシの顔から逃げるように更に俯いたサクラはさっきまでの悲しみは何処へやら・・・声にはならない叫び声をあげる。 カカシと親子だなんて、なんてことしてくれたの?! 私の初恋が・・・ 初恋が・・・ お父様の馬鹿ー!! 前置きが終わりました・・・ 次から生徒と先生の学園ドラマがスタートする・・・はず・・・ 2005.12.30 まゆ |
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