lolipop 2



「ただいま!カカシ!!」

大きく手を振って現れた少女に、カカシは目を見張った。
彼が三年前まで世話をしていた少女とはまるで違う。
すらりと伸びた腕も、細い腰も、長い髪も・・・
それはまるで知らない『女の子』だった。

「カカシ?」
「・・あ、うん」
「出迎えはお前だけなの?お父様は?」
「・・・」
「・・・仕事が忙しいのね。もう!まぁ、いいわ。この荷物をお願い」

何も告げないカカシを責めることなく、サクラはトランクがいくつも載ったカートをカカシに押しやった。
そして、両手を挙げて伸びをする。

「うーん!日本に戻ってきたのよね、私。早く皆にも会いたいわ!お土産もどっさりあるの!!」

何も知らされていないお嬢様。
父親の会社が多額の負債を負って倒産したなど・・・どう説明すればいいのだろう?
再会の喜びも驚きもカカシの中から一瞬にして消え去る。

「何をしてるの?帰るわよ、カカシ」

先に歩き始めたサクラが振り返って自分を呼んだ。
帰る家など・・・とうに無いことも知らずに。










見慣れた黒塗りのベンツではなく、白い普通乗用車に乗せられて着いた先は・・・十二階建てのマンションだった。

「・・・ココ、何処?」
「オレの家。イヤ、オレ達の・・・だな」
「はぁ?」

サクラはカカシの言葉が理解できず、ぽかんと口を開いた。

   三年間留学していた間に・・・日本語が理解できなくなったとか?
   そんなわけ、ないっしょ!
   それにカカシはうちに一緒に住んでたじゃないの・・・

サクラの混乱もよそに、カカシが淡々と告げる。

「とりあえず中へ。部屋で全部説明するから」
「・・・わかった」

カカシはサクラが三歳の時にうちへ来た。
聞くところによると亡くなった母方の遠縁の者らしいが詳しくは知らない。
両親を失い親戚をたらい回しにされているところを自分の父親が引き取ったのだという。
冷めた瞳が印象的で・・・幼いながらサクラは何故かカカシを放って置くことが出来ず、よく付きまとっていた。
それが父の耳に入ったらしく、その後父の計らいでカカシは自分の世話役となり・・・現在に至っている。



トランクを三個、軽々と持ってカカシはエレベーターに乗った。
サクラが入るのを確認して七階のボタンを押す。
再び訪れた沈黙に、耐え切れなくなったのはサクラの方だった。

「・・・何か、あった?」
「・・・」

カカシは真っ直ぐ前を見つめたままこちらを見ようともしない。
ただその端正な顔を一瞬歪ませただけだ。
カカシは部屋で全部話すと言っていた。
あまり良い予感はしない。
サクラは不安を募らせつつ、部屋に着くのを待った。



玄関の鍵を開け、中に入る。
入ってすぐの廊下の両脇にそれぞれ部屋が一つずつ。とその奥、右にバスルーム。
左にあるキッチンは正面に見えるリビングに繋がっているようだ。
リビングへ通されたサクラはぐるりと部屋を見渡す。
ベージュを基調とした、落ち着いた部屋といえば聞こえがいいが・・・必要最低限の物以外はほとんど置かれておらず、サクラには少々寂しく感じた。

「・・・こっち、来て」

二人がけのダイニングテーブルに入れたての紅茶を置きながらカカシがサクラを呼んだ。
サクラは手にしていたボストンバッグを床に下ろすと大人しくカカシに従った。
此処にはサクラのために椅子を引く執事は居らず、サクラは自ら椅子を引いて座る。
カカシも正面に座ると、やっと重い口を開いた。










「・・・これからカカシが・・私の、父親ですって?!」
「そういうことになる」
「いい加減なこと言わないで!」

カカシは一週間前あの神経質そうな弁護士にされたように、黙ってテーブルの上に書類を滑らせた。
サクラがひったくる様にしてそれを取り上げる。
サクラの顔がだんだん青ざめてくるのを、カカシは黙って見つめていた。

あの日、渡された紙袋の中身は札束だった。
全部で三千万。
春野財閥の人間にとっては一日の小遣い程度のはした金であったであろう金額。
しかしカカシがそれを受け取ったのは倒産が確定してからであり、春野会長がどれほど苦労して工面した金かということをカカシはちゃんとわかっていた。

『サクラのために必要なもの、そうでないもの』

カカシは一週間の間に選択し、金を使った。
その中でも一番大きい買い物がこのマンションだ。
中古物件だが二千万はこれに消えた。

「会長は債権者の手がお前に向けられるのを防ぐために・・・」
「防ぐために、私をカカシの養女にしたっていうの?!」
「そう。『春野サクラ』でいる限り借金からは逃れられないからね。今は未成年だからいいけど・・・サクラが働ける歳になれば負債義務がでてくる」
「お父様の借金なら私が返すわ」
「サクラが一人で返済できる金額じゃないんだよ!」

カカシの初めて聞く大きな声に、サクラはびっくりして口をつぐんだ。

「・・・いくらだと思ってんの?一生かかったって無理だ」

世間知らずのお嬢様。
働いたこともないくせに。
そう言われた気がして唇を噛む。
じわりと盛り上がってきた涙でサクラの視界が滲んだ。

「とにかく、オレとサクラは法律上親子なの。一週間前からな」

変えられない事実だとカカシが宣言する。
サクラの瞳からぽろりと涙の雫が零れ落ちた。










やっと書きたかった話のスタートラインに立てたカンジ・・・

2005.12.05
まゆ