lolipop 1




「・・・以上で手続きは完了しました」

眼鏡をかけた神経質そうな男はそう言って手元の書類を片付け始めた。
テーブルの上でトントンと揃えてからアタッシュケースの中に仕舞う。
カカシはその様子をぼんやりと眺めていた。

彼の手に残された控えの書類。
それを自分に差し出されて、カカシは慌てて受け取る。

「ご苦労様でした」

労いの言葉は別のところから聞こえた。
神経質そうな男・・・弁護士はそちらを見やると軽く頭を下げ、椅子から立ち上がる。

「それでは私はこれで失礼します」

相変わらず黙ったままのカカシに代わって立ち上がった男が扉を開く。
口髭をたくわえた、品のよさそうな紳士だ。
年の頃は五十前後。
再度軽く会釈してアタッシュケースを持った男を送り出すと、その扉をまた静かに閉めた。

「・・・会長。本当にこれで良かったんですか?」

二人きりになってやっとカカシが口を開いた。
『会長』と呼ばれた男が振り返り、大袈裟なほどに肩をすくめて笑みをこぼす。

「最善の策だと、私は思っているよ」
「しかし!お嬢様にも内緒で・・・」
「悠長に説得している時間はないだろう?」

そう言われてはカカシも黙るしかない。
確かにあの勝気で真っ直ぐな少女を説得するには、自分達には時間が足りなさ過ぎた。

「面倒をかけるが娘のことを宜しく頼む」

お前だけが頼りだとその瞳が語っている。
もちろんカカシは誰に言われずとも全身全霊彼女のために尽くすつもりだった。
そうでなければ自分が今、生きている価値はない。
春野グループの会長である彼もカカシの気持ちをよく理解しているのだろう。
そうでなければこんな手段・・・考えつかなかったはず。

「・・・これをもって行きなさい」

カカシの目の前に置かれたのはどこにでもある市販の安っぽい紙袋だった。
ついで、差し出されたのは解雇通知と・・・

「教員採用通知・・・?」

カカシが慌てて頭を上げた。
初めて二人の視線が絡み合う。

「知り合いの経営する中学校でね」
「・・・会長・・・」
「悪いが、勝手に次の就職先を決めさせてもらった。まぁ・・・娘を託す父親の最後のお節介だ」

全ては一人娘のサクラのためだと彼は言う。
カカシは急に不安になった。
この人はこの後、一体どうするつもりなのだろう?
最悪の考えがカカシの頭を過ぎった。

「私のことは心配しなくていい。まだ片付けないといけない書類も手続きも山のようにある。守らなければならない社員も、ね」

冗談を言うような軽い口調で春野は告げた。
さぁ、とカカシに立ち上がるよう促す。

「娘の帰国は一週間後だ。忘れず成田まで迎えに行ってやってくれ」
「・・・わかりました」
「この部屋を出れば・・・君はもう春野グループとは全く関係のないただの男だ。いいね?」
「はい」

先の弁護士を送り出したように扉が開かれる。
部屋の中は二人だけ。
自分のために、開かれた扉だ。
カカシはずっしりと重い紙袋と数枚の書類を持って暗い廊下へ出た。
振り返り・・・少し低い位置にある春野会長の顔を食い入るように見つめる。

「・・・お嬢様のことはご心配なく」

やっとの思いでカカシが告げた一言に、春野は嬉しそうに笑った。
ゆっくりと深く頷く。
そして。

目の前の扉は閉められた。










なんか思ったより暗い話になってきた・・・失敗?

2005.12.05
まゆ