刺青 2





こんな屈辱は初めてだった。



首筋に突きつけられたクナイは自分のモノ。
切れ味の鋭さは十分に承知している。
ソレはぐっと力を入れられただけでカカシの皮膚を裂き、血を滴らせた。

「此処まで辿りつけた事を褒めてやるべきかな?」

緊迫した場面にそぐわない、からかう様な口調でソイツは言った。
クナイはそのままに、背後から伸びてきた手がカカシの顎を掴み上を向かせる。

「ふぅん?いい眼をしているじゃないか。」

ニヤリと表現するのが一番妥当な笑みを浮かべた男はそう呟き、なおもあがらうカカシを片手で押さえ込んだ。












   初めて人を殺したのは幾つの時だったか?

   物心つく頃からそういう技を徹底的に教え込まれていたから・・・・
   まだ十にも満たないガキだったように思う。
   今では、何度洗い流してもこの両手に染み付いた血のニオイは消えやしない。
   でもまぁ・・・殺さなければ生きてはいけなかったのだから、しょうがないでショ?
   生きることに執着は無いけれど、理不尽に死ぬことを許容できるほど悟ってもいないし。

   幸か不幸か、自分はその組織の中でも優秀な部類に入った。
   どこの誰ともわからないが、そういう才能を携えて産んでくれたことを素直に感謝している。
   この組織・・・
   暗殺を生業とする忍の集団『暁』に属する限り、食いっぱぐれることはないだろうから。  

空腹を覚えない程度の食事とむさぼる様に女を抱いて眠る日々。
それだけでカカシには十分だった。

そんなある日、忍び頭から直々に呼び出されたカカシは『木の葉の当主殺害』という任務を請け負うことになる。
気は進まなかったが任務は任務。
この世界で生きていくならやるしかなかった。












4代目火影が眠る寝所まで意外にあっさり忍び込め、いささか拍子抜けした。
あの綿密な計画が必要だったのだろうかと、カカシ自身首を傾げたくなる。
進入ルート、退却ルートはもちろん、城内の見取り図から割り出した身を潜める為のスペース確保に数々のトラップ・・・。
実にまる2ヶ月の時間を費やしたと言うのに。
カカシは失笑し、クナイを握り直した。
後は起きる気配の無い男に持っていたクナイを突き立てる・・・ただ、それだけで良いのだから。


黄色の影が動いた、そう視界に捕らえた次の瞬間、左目から焼け付くような痛みを感じて膝を付く。
何が起こったのかカカシには理解できず、不覚にも全く動けないでいた。
声を発しなかっただけ、奇跡だったと思う。
男の手にはいつの間にか長刀が握られ、その剣先は紅い血が滲み月明かりに淡く浮かび上がった。
血とはもちろんカカシのものだ。
こういう場合、動きを止めては殺られるだけだということを身をもって経験している。
伊達に修羅場を潜り抜けてきたわけではない。
カカシは痛みをこらえ、素早く一文字にクナイをふるった。
いつもならそれでカタがつく・・・今回もそのはずだったのに。
男は持っていた長刀を放り出し、カカシの手からクナイを取り上げるとソレをカカシの首に押し当てた。
クナイが宙を切り、その手応えの無さに戸惑ったカカシがみせた一瞬の隙にそれだけの事をやすやすとやってのけたのだ。
しかも終始物音を立てることなく・・・。
自分より遥かに上をいく力と技。
カカシは初めて戦慄というものを感じた。

「此処まで辿りつけた事を褒めてやるべきかな?」

カカシが押し黙ったままでいると、背後から手が伸びてきて上を向かされた。
「ふぅん?いい眼をしているじゃないか。」
「くそっ!放せ!!」

「何故こんなことを?誰に頼まれた?」
「・・・」
「単独ではないだろう・・何処の組織の者だ?」
「・・・」
「言うわけない、か。・・・死にたいの?」
「・・・」

四代目のチンケな脅しに当然ながらカカシは眉一つ動かさなかった。
依然何も語らないカカシに、四代目火影は少し肩を落として質問を変える。


「お前、名前は?」











「あの子はオレが引き取るよ。」

昨夜の出来事と暗殺者の処遇について朝早くから城の一角で会議が行われていた。
集まっているのは政治を取り仕切る城の役人数名と主に警護を担当している忍びの上層部、・・・そしてこの国の城主、4代目。

「正気ですか、四代目!!」
「うん。オレの寝所まで来れた刺客は初めてだろ?しかも単独で。」
「・・・申し訳御座いません。全ては我々が・・」
頭を下げたその者達は単なる雇用関係で警護についているわけではない。
城主を・・しいては木の葉の国を守る『木の葉の忍び』。
国を愛し、4代目火影を慕う者ばかりだ。
「お前達を責めているわけではないよ。あの子は特別だった。手合わせした自分が一番良くわかってる。」
[しかし!」

   誰が何と言おうと逸材だな、アレは。
   自惚れるわけではないのだが・・・オレでなきゃ暗殺も成功していたはずだ。

「背後関係を早急に調べるべきです。」
諜報活動及び拷問を含む取調べを得意とするイビキが身を乗り出して上申した。
「イビキ・・あの子を拷問にかけても無駄だよ。ああ見えてもプロだからね、自害を選ぶだろう。そうなったらもったいないじゃん。」
「そういう問題では御座いません!危険すぎます!!」
「いいのいいの、もう決めちゃったんだから。あの子は『木の葉』で使う。そうだな・・お昼過ぎにでもあの子をオレの所へ連れて来てくれないか?」
にこにこと上機嫌で四代目が立ち上がった。
「さて、と。もうそろそろサクラが起きる時間だからもう行くよ。目が覚めたときにオレがいないと大泣きするからねぇ。」

全ての者が納得したわけではない。
むしろ、災いの種を処分しない4代目いぶかしむ者をの方が多いだろう。
しかし、主が決めたことだ・・4代目が部屋を出て行った後、その場に残された面々は苦い顔を見合わせた。












「表へ出ろ。っても無理か。」

両手両足を縛られ、しかし堂々と牢の真ん中で寝転がっているガキにイビキは顔をしかめた。

   ネジが一本キレてやがる。
   自分の処遇が気にはならないのだろうか?

眉間にシワを寄せたまま、イビキは不届きな暗殺者を担ぎ上げた。
自分に下った命令は『昼食後、暗殺者を4代目まで届けること』。

   4代目は一体何をお考えなのだか・・・

肩の上の暗殺者をがっしりと抱え込み直し、長く細い階段を登る。
地上部分へ出たとき肩の上の荷物がはじめて口を開いた。

「その頭、何?」
「・・・拷問のあとだ。お前もこうなるはずだったんだがな。」

大股で移動を続けるイビキがある部屋の前で立ち止まった。
「大きな荷物がありますので立ったまま失礼します。」
いつもなら膝を折り、両手で開けるべき襖を片手で静かに引く。
奥へと進み4代目の前にその荷物を置いた。
「ご苦労だったね、イビキ。もう下がっていいよ。」
「ですが!何度も言いますかこの男は危険です。」
「大丈夫、大丈夫。オレが面倒見るって言ったろ?」
なお口を開きかけたイビキは4代目に真っすぐ見据えられ、口を噤んだ。

   4代目はコイツをどう扱うつもりなのだろうか?
   ・・・・余計な詮索、だな。

4代目は『木の葉の忍び』の中でも飛びぬけた能力を持った先代の忍び頭の愛弟子でもある。
忍びとしての実力は自分などより遥かに上だ。
何か起こったとしても十分に対応できるだろう。
昨夜だってそうしたのだから。
「・・・では、失礼します。」
短く挨拶を交わし、イビキは部屋を出て行った。







「名はカカシ、だったか?」
「・・・」
拘束していた紐を断ち切られ、カカシは自由になった手を軽く振る。

   よし、イケる。
   腕一本動かせれるならそれでいい。

先ほどとは全く違う意思を湛えた瞳は右目だけ。
左目には包帯が巻かれ、痛々しくもまだ血が滲んでいる。
しかしカカシにとってそれは些細なことだった。

   一撃で倒すとなると・・・『千鳥』しかねーな。

足の紐が解かれるのを待って、その瞬間に飛び起きる。
左腕を4代目の首に絡ませ捕縛するとカカシは右手にチャクラを貯めた。

「おとーさま?」

新たな気配に気を取られたカカシの隙を付き、4代目は自らの左手をカカシの右手に合わせてチャクラを吸引する。
カカシと目を合わせるとニヤリと笑った。

   くっ
   剣だけでなく忍術も使えるのか。

「なにしてるの?」
「何も。サクラはちゃんと残さずご飯を食べたのかい?」
「うん。」
「ホントに?」
トコトコと近づいてきた幼いわが子を抱き上げてその瞳を覗き込む。
「・・・ちょっとだけ、のこしたの。」
「ほうれん草だろう?サクラ、嫌いだものな。」
「だって、おいしくないもん!」
「しょうがないなぁ。大きくなれないぞ?」
さして怒っている様子もなくサクラの頭をガシガシと撫でる。
手触りのよさそうな薄紅の髪が左右に揺れた。
「じゃあこの子を頼むよ、カカシ。オレはこれから建設途中の用水路の視察に行かないといけないものでね。」
四代目火影に両手で差し出されたおかっぱ頭の小さな女の子はきょとんとして父親と父親と向かい合っている男の顔を見比べている。
「可愛いだろう?オレの娘だ。名はサクラ。」
「・・・」

   この男は・・・馬鹿だ。
   自分へ来た暗殺者に何をさせようというのだろう?
   我が子を差し出すなんて!

「これからお前が面倒見るんだよ、カカシ。」
去年妻を亡くして以来すっかり甘えん坊になってね、と聞きもしないのに言い訳じみた言葉を口にしながら更にカカシへと押し付ける。
「ほら、サクラ・・・お兄ちゃんに挨拶して。」
「・・こんにちは。」
はにかんだ笑顔がとても可愛い。
カカシがつられて張り詰めた気配を解くとサクラの方から手を伸ばして抱きついてきた。
信じられない展開にカカシは唖然と立ち竦む。
無垢で純粋な魂を持つ者ほど魔の気配には敏感なばす。
カカシは子供に近寄られたことなど、ただの一度も無かった。
ましてや抱きつかれるなど・・・。
「お、サクラも気に入ったか!」
そんなカカシの心情を知ってかしらずか・・・4代目は嬉しそうに微笑む。
「そうだな・・・さしずめの任務はサクラにほうれん草を食べさせることかな?じゃ、後は頼んだよ。お前の部屋はサクラの隣に準備させよう。」
そういって部屋を出ていく4代目の背中をカカシはサクラを抱いたまま見送った。



「おにいちゃん、カカシっておなまえなの?」

「・・・ああ。」



こうしてカカシはサクラのもっとも身近な者となる。

カカシが15、サクラが3才のことだった。











2003.07.12
まゆ