刺青 1






「誰か、サクラを呼んできてくれないか。」

近くに控えていた者に用を言いつけると、現当主、四代目火影は深い溜息を吐いた。
目の前にある山積みにされた書簡。
その全ては・・今年15になる我が娘への見合いの申し込みだった。

つい一週間ほど前に行われた迎春の宴。
自国、木の葉の国ではことに桜が美しいことで有名で、毎年桜が満開の時期に近隣諸国の主だった人物を集めて宴が催されるのだが・・・
次期当主としてのお披露目には良い機会だと思い、皆の前でサクラに琴を弾かせたことが軽率だったのかもしれない。
書簡の送り主は全て招待客だった面々だ。

   皆、体よく『見合い』とは言っているが・・

自分にはサクラの他に子供は無く、後を継ぐ男児はいない。
よってサクラは女ながら次期当主として育てられていた。
それ故、サクラと婚儀を結ぶ者は労せずして木の葉の国を手中に収めることが出来るのだ。
一通り書簡には目を通したが、実際それを踏まえた上での脅しまがいの内容のものがあったことは否めない。

   どうしたものか・・・

   いや待てよ?
   ・・・意外と使えるかもしれないな。

四代目火影は自分の考えに邪な笑みを浮かべた。












「姫さま、四代目がお呼びで御座います。」
「父上が?」

サクラは読みかけの本から顔を上げ、声のするほうを見た。
天気が良いために開け放されていた襖の向こうに片膝を付き、やや頭を下げた家臣が一人。
確か、カブトと言ったか・・・
人当たりが良く女中達にもモテる、父上付きの参謀。
医療にも長けているらしいが・・・サクラは何故かこの男があまり好きにはなれなかった。

「カカシも同行させるようにとのことです。」
「・・・わかりました。すぐに参ります。」

伝言を伝え終え、踵を返したカブトを見送ってからサクラが宙に視線を漂わす。
何処にいるかわからない、でも確実に傍にいる銀色の・・・守護者に向かって。

「カカシ!」
「・・・此処に。」

一拍だけ間を開けてサクラのすぐ後ろから声が聞こえた。
振り向かなくてもわかる、耳に馴染んだ低い声。

「今の聞いてたでしょう?」
「はい。」
「何か良くないことでもあったのかしら?カカシも同行させろだなんて。」

同行、というからには・・・影としてではなく、姿を現したままのカカシを一緒に連れて行くべきだろう。
本を閉じ、くるりと振り向いたサクラの不安気な呟きには答えず、カカシは首をすくめた。
カカシの耳にはサクラが心配するような『良くない情報』など届いてはいない。
別に大した用ではないはずだ。
カカシは単なる暇つぶしにからかわれるだけだろうと軽く受け止めた。

「さ、行きましょう。4代目を待たせてはいけない。」
カカシは安心させるよう微笑みながらサクラを廊下へと促し、自らもその後に続いた。












「見合いー?!」

大きな翡翠色の瞳を更に丸くしてサクラが叫んだ。
「そうだ。」
「ちょ・・ちょっと待ってよ!私はまだ、そんな・・・」
寝耳に水。
まさに開いた口が塞がらないとはこのことだ。
サクラの動揺を他所に四代目火影は淡々と告げる。
「サクラももう15だ。早すぎるという年でもあるまい?」
「でも!急にッッ」
「・・・カカシはどう思う?」
サクラから視線を外し、その斜め後ろに控えていたカカシに照準を合わす。
不意に話を振られたカカシは質問の意図が掴みきれず問い返した。
「どう、とは?」
「サクラに見合いの話が来ると可笑しいかい?」
「・・・いえ。」
「だろう?ほら、サクラ。カカシもそう言ってる。」
ふふん、と子供のように勝ち誇った笑みを浮かべられ、サクラは拳を握り締めて背後のカカシを睨みつけた。
「カカシの馬鹿!裏切り者!!」
「・・・。」

   裏切り者と言われても・・確かに年齢的にはおかしくないんだよ、サクラ姫?
   大体、一国の主の娘として、今までそういう話が無かったことのほうが不思議だし。
   オレだって気付かなかったわけじゃない。
   ただ・・・そういうコト、考えたくなかっただけ。
   決まって気分が悪くなから。

   ・・・ホラ、頭がガンガンしてきた・・・・。

カカシは半ば目を伏せ、深く沈みかけた意識をかろうじて切り替えた。
「こらこら、カカシに八つ当たりは駄目だろう?」
諭す口ぶりの四代目だが、もはやからかって楽しんでいるとしか思えない。
「とにかくイヤよ。全部お断りしてよね、父上!!」
サクラは念を押すと用は済んだとばかりに勢いよく襖を開け放ち、振り返りもせずに部屋を後にする。
ドスドスと畳を踏み鳴らして歩く姿は全くもって姫らしからぬものだった。
他人にはわからない程度の笑みを滲ませ、後を追うため立ち上がったカカシに四代目が声を掛ける。
「ある程度の人選は私がやっておく。見合いは絶対だとサクラによく言って聞かせておいてくれないか?」
「・・・わかりました。」
首だけ捻って軽く頭を下げる。
合わさった視線は一瞬だけで、カカシは音も無くその場を離れた。

一人残された四代目火影は上座で胡坐かく。
台風のようだった我が娘を思い出し、苦笑がもれた。

   サクラの反応は予想通りでつまらないなぁ。

   それにしてもカカシのヤツは・・・
   全く顔色を変えないなんて、さすがというべきか。
   大した自制心だ。
   私はオマエが取り乱すところが見たかったのだがな。
   取り乱し、なりふりかまわずあの子を・・・サクラを求める姿が、ね。

   ・・・そうすれば四の五の言わずくれてやるものを。












「父上ったら、何考えてるのかしら!」

未だ怒りが治まらないサクラは親指の爪を噛む。
カカシはその手を強引に取り上げた。
「おやめなさい。爪の形が崩れてしまう。」
「カカシもやめてって言ってるでしょ!その言葉遣い!!」
カカシの手を振り解き、真正面からじっと見据える。
「そう言われましても・・・」
「昔みたいに話して。そんな他人行儀な話し方は嫌だって何度言わせるのよ?」
「・・・すみません。」
サクラはそれでもなお言葉遣いを改めないカカシからプイっと顔を背けた。
この話題に関してはいつも堂々巡りなのだ。
カカシは謝るくせに直そうとはしない。

「もういいわ。私、これから琴の練習だから。」

だから・・・消えて、と言葉にしないサクラの命令にフワリと一瞬だけ空気が動き、カカシの姿が掻き消えた。












弦をつま弾くサクラの様子に落ち着きが無い。
持ち前の集中力は何処へやら・・・心ココに在らず、だ。
母を早くに亡くしたサクラ姫。
紅にとって琴を教える他に姫の体調管理や話し相手となることも重要な仕事の一つなのだが・・・
しかし、そういう仕事抜きで紅は目の前の姫をとても気に入っていた。

「どうしたの、姫?琴の練習どころではないようね。」
「・・・ごめんなさい、紅。」
「何かあった?」
「ううん、何でもないの。」
「そう?私でよければ相談にのるわよ?」

「・・・・・・どうして紅は結婚しないの?」

ホントに唐突な質問に一瞬言葉が詰まる。
「・・姫?」
サクラにからかっている様子は無い。
その真っすぐなその瞳に紅は自然と顔をほころばせた。
「したくないわけではないのよ。私に見合うオトコがいないから、かな?」
肩をすくめてあっけらかんと紅が言い放つ。

確かに、サクラにとって紅は強くて綺麗で・・とにかく非の打ち所が無い女性だ。
でも・・しかし、城内でも優秀な家臣は沢山いるとサクラは自負している。
「アスマは?イルカは?ハヤテは?」
サクラは知りうる身近な家臣の名を上げた。
もちろん、女中の中で噂話の絶えない適齢期のモテる男達の名前を。

『みんな役不足だ』と答えながら、紅はカカシの名を出さなかったサクラを密かに笑った。
紅はもう何年もサクラの傍に仕えているし、サクラの意中の人の想像ぐらい簡単につく。
本人にはまだ自覚がないようなのだが、そこがまた微笑ましい。

   ・・・それにしても。
   いきなりこんなことを言い出すなんて・・何かあったわね?
   後でカカシに確かめておかないと!

「さて、今日はここまでにしましょうか。」
紅の言葉にサクラがこくりと頷く。
琴の片付けを始めた紅を手伝いながら、サクラは逆らうことの出来ない時の流れがゆっくりと動き始めたのを漠然と感じ始めていた。





   わかっている。
   私だって・・わかっては、いるのよ。
   この刺青がある限り、私に結婚相手に対する選択権が無いことぐらい。

   すべては木の葉の国のため・・・その繁栄のために。
   それが四代目火影の娘として生まれた私の務め。













to be continue








2003.06.08
まゆ