刺青 3



「絶対に嫌ッッ!」

姿見の大きな鏡の前で、サクラは派手な柄の着物を肩にあてがわれていた。
部屋中に所狭しと広げられた着物と忙しげに立ち回る女中。

「こなもの、必要ないわよ!お見合いなんてしないんだからねッ!」

サクラの意見に誰も耳を貸す様子もなく、次から次へと柄あわせは進められる。
幼いとはいえ、女の着替えを覗くことは意に反するのだろうか?
カカシの気配も今は感じられない。

「お父さまは何処なの?!」
「四代目は会議中ですよ、姫。」

痺れを切らして叫ぶサクラにやっと答えが返る。
女中達が道を開け、現れたのは紅だった。

「紅〜・・・どうにかして!!」
「今日はどちらの方が?」

さりげなく、サクラの『お願い』は無視されて逆に問われる。

「知らないッ!!」

サクラは頬を膨らませてプイっと横を向いた。
紅はその愛らしさに苦笑せざるを得ない。

四代目が選んだ婿候補は4人。
ほんの数刻話しただけでは決め辛かろうと、候補者には1ヶ月の城内滞在が許可された。
一ヶ月もの間、よく知らない男達と終始顔をつき合わすことは、このお見合いに乗り気でないサクラにとってありがた迷惑な話だが・・・
それでも一国の主として独断と偏見でサクラの婿を決めてしまわなかったことは周りから見て十分に譲歩しているといえる。
数日のうちにもその顔ぶれが四代目からの書簡を手に城へと集まるはずだ。
・・・そして今日、最初の一人がやってくる。

「ネジ様で御座います。」

サクラに代わり、一番年若い女中が頬を染めて答えた。
どうやらネジ殿の株はかなり高いようだ。
他にも数人の歓声のような囁きが聞こえ、紅は肩をすくめた。

「・・・日向一族、ね。」

日向一族の領土はこの国と隣接しており、最も近い。
あの一族も完全な世襲制で、次期当主は女だと聞いている。
姫の婿候補の『ネジ』は分家の者だが・・・本家以上の実力を兼ね備えた、日向にとっても『虎の子』といえた。
その『ネジ』を出してくるのだ、日向もよほど木の葉と縁戚関係を結びたいとみえる。
紅は納得したように頷き、サクラを見た。

「姫、日向一族は滅多に外の人間と婚姻しませんのよ。」

だから何なのだ、とサクラは思う。
有難いと思えとでも言うのだろうか?

「もしネジ様を婿として迎えることになれば・・貴重な『血』が入ることになりますわね。四代目の狙いもそれかしら?」
「そんなの、私には関係なーいッ!!」

もう何度目かの叫び声をあげて、サクラは部屋を飛び出した。















「もう!いい加減にしてほしいわッ!」

ブツブツと文句を言いながらサクラは廊下を人気のない方へと進む。
一国の主の一人娘という立場。
利害の絡まない婚姻などは有り得ないし、それを拒めるはずもない。
それでも。

「・・・まだあと2年・・・いえ、1年は大丈夫だと思っていたのに。」

サクラが自らの肩を抱くと、その動きに反応するかのように背中の刺青が僅かに熱を帯びた気がした。
きつく瞳を閉じる。
刺青の存在を知るものは父とカカシの二人だけ。
3人目となる未来の夫は、自分に課せられた務めを理解し、共に歩んでくれるのだろうか?
自分の中で蠢く邪悪な気配を感じて、サクラはその場にしゃがみこんでしまった。

「どうかされましたか、サクラ姫。」

不意に背後で声がした。
慌てて立ち上がりながら振り向くと、音も無くカブトが歩み寄ってくるのが見える。

「・・・いえ、何も。」

それ以上近づいてこないでと心の中で思いながらサクラは言葉を返した。
理由など無く、初めて会った時からサクラはこの男が苦手だった。
さわやかな笑みの下に見え隠れする陰湿な感情。
どうして誰も気付かない?
サクラはそれが不思議でしょうがなかった。
とにかく、誰が何と言おうともこの男だけは好きになれそうにない。
そんなサクラの気持ちを知ってか知らずか・・・カブトは無造作に距離をつめ、肩に手を置いた。

「皆が探しておいてですよ。」
「・・・」

カカシはどうしたのだろう?
こういう時は必ず姿を現し、自分と対話する人物との間に入り、適度な距離を作ってくれるはずなのに。

「姫の影は・・今朝早くから城を出ていますが。」

声に出したわけではなかったが、カブトから不気味なほど的確な答えが返ってきた。
知らなかったのかと問うような視線が痛い。

「今日お越しいただく日向殿をお迎えに。」

ゆるりとした笑みを浮かべながらカブトはそう付け加えた。
自分の婿となるかもしれない男をカカシが迎えに行っている・・・。
他の誰でもない、カカシが。
しかも自分に断りも無く。
何故かそんな些細なことが更にサクラの胸を締め付けた。

   なんでそんなコト、してんのよ・・・

「・・・少し部屋で休みます。」

憂鬱な気持ちに拍車が掛かる。
俯いたままそう告げるとサクラは立ちはだかるカブトの脇をくぐるようにしてすり抜けた。

「そんなにお嫌でしたら態度で示されてはどうです?そう・・・例えば、姿を隠してみる・・とか。」

背中に掛けられた謎かけのような言葉。
揶揄を含んだカブトの声に縛られないよう、サクラは急ぎ足でその場を離れた。















「痛ぁーいッ!」

足を滑らし、思わず壁についた手を慌てて引っ込めた。
剥きだしの岩肌で裂かれたらしく、ぬるりとした感触がある。
今此処で手当てする手段なんてない。
サクラは手のひらの傷をぎゅっと握り締めて先を急いだ。

サクラが今使用している『道』は、とてつもなく険しい。
いや、実際には道と呼べるものではないのだけれど。
そう。此処は『抜け道』。
どんな城にも存在する、いざという時に城から抜け出すための避難ルート。
通常、当主と主だった重臣しか知らない抜け道だ。
サクラも12の時刺青を背負うと同時に教えられた。
その道をサクラはひたすら進む。

「もう随分下ったはずよ?」

人一人通れるほどの狭い空間は薄暗く、所々に埋め込まれた発光石による明かりが僅かに足元を照らしている。
湿っぽく、カビ臭い。
不意に空気の流れを感じた。
出口だ。

「悪趣味〜!」

甦った死人のように墓石の下からひょっこりと顔を出し、辺りを見渡す。
人の気配が無いことを用心深く確認したサクラはゆっくりと墓から這い出した。



目指す城下町はもう目の前だった。









あ、カカシ・・・出てない!!!
久しぶりなのに・・・(爆)

2005.05.03
まゆ



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