baby baby 3




秋の国の領土に入ってからの移動は実に早かった。
広大な国土の為、『転移門』と呼ばれる扉が各地に点在しているのだ。
直接王都へ移動することは出来ないが、その門をくぐることにより瞬時にして何千キロもの移動が可能となる。
本日三度目の転移門の使用により、サクラ達一行は王都に隣接する街へと到着した。
短冊街と呼ばれるその街は有名な観光地であったが…急ぐ旅路のため、残念なことだが今回は素通りするしかない。

向かい合わせの馬車の座席。
自分の真正面には悪びれた様子もなくいのが座っていた。
艶やかな蜂蜜色の長い髪を一つに束ね上げ、そのすそは無造作にたらしているだけだというのにどこかしら近寄りがたい気品がある。
大きな瞳にふっくらとした唇。
常々、サクラはいのが四姉妹の中で一番綺麗だと思っていた。
ちらりと上目遣いにいのを窺い見ては溜息を吐く。
どうしてトランクなんかに隠れていたのかと問われ、『サクラを見初めるなんてどんなヤツか気になるじゃない?』と、あっけらかんと答えたいの。
確かに秋の国に近づくたび心細くなっていたサクラにとって心強い味方ではあったのだが…

カカシ様がいののことを気に入ったらどうしよう?

それが今、サクラにとって一番心配なことだった。












「おい、カカシ。ご所望のお姫さんが到着したってよ」

王を王とも思わないぞんざいな呼びかけにカカシは気を悪くすることなく振り返った。
猿飛アスマ。
カカシにとって最も信頼の置ける参謀だ。

「了解ー。すぐ行く」

目の前の書類の山に目もくれず、言葉通り即座に立ち上がったカカシをアスマは苦虫を噛み潰したような顔で見る。
書類のことは…まぁいい。(いや、良くはないのだが)
そんなことより到着したばかりのサクラ姫を一足先に見てきたアスマはカカシに一体どんな思惑があるのか…それが知りたかった。

「お前、女に飽きたのか?」
「んなわけないデショ。いきなり何言ってんの、お前」
「…だよな。サクラ姫なんだが、見合い写真とかは…」
「無いよ」
「無いって…じゃあ一体どうやってあの子に決めたんだ?」
「自分で探すのも面倒臭くってさ。ナルトに頼んだの」
「ナルトぉ?あの、鏡に閉じ込められてるっていう妖狐か?」
「うん。だから間違いないはずだよ。楽しみだなー」

にこにこと笑うカカシを前に、アスマは開いた口が塞がらなかった。
ポロリと落ちた煙草が敷き詰められている絨毯を焦がす。
アスマは慌ててそれを踏みつけて…これから起こるであろう騒ぎに頭を抱え込んだ。







王城は今までに見たことのない広さだった。
春の国の城の何倍あるだろうか?
こんなお城の王様が自分を選んでくれたなんて!
サクラがそんな誇らしい気持ちで一杯になったのはほんの僅かな間だけだった。
本当に自分で良かったのかと不安が不意に押し寄せてくる。
思えば自分は結婚相手のカカシのことを何も知らない。
この広い大陸の中、結婚相手に自分を選んでくれたことが嬉しくて、どんな人かなんて深く考えず此処まで来てしまった。
貰った一通の手紙から優しそうな人だと感じることは出来たが…
でも、それだけ。
顔も…年さえも知らないことに今更ながら慌てた。

すっかり萎縮してしまっているサクラのおでこを、隣に立っていたいのが不意に人差し指で小突く。

「ほら、何やってんの。ちゃんと前を向く!」
「いのぉー」
「俯いてばかりだと暗いヤツだって思われるわよ」
「…そんなのヤダ」
「じゃあ、しっかり顔を上げてなさい」

いのの言葉に頷いて、サクラが進むべき道を真っ直ぐ見据えた。
その先には王の座する椅子がある。

「いつもどおりのアンタでいいから」

いのの囁きが終わらぬ間に、王を迎えるための扉が開かれた。







謁見の間に入り、王座に着く。
わくわくした気持ちでカカシは花嫁を探した。

……。

正面に居るのは三人。
いや、厳密に言うなら四人。
もう一人は顔に真一文字の傷のある男で、やや控えめに後方で膝を付いている。
春の国の護衛だろう。
そいつはもちろん対象外。

…どれ?

正面の三人の女…を凝視する。
とはいっても、そのうち二人はどう見ても子供で。
カカシは黒髪の女に焦点を合わせた。
年齢的に自分とつり合うのは彼女しか居ない。
なかなかの美人だし。

胸、小さくないけど…?

しかし、豊満な胸を強調するぴったりとした服に視線を移した時…カカシはそれがメイドが着用するものであることに気付いた。
国が違えど服の持つ機能性や装飾はさほど変わるものではない。
ということは、だ。

…まさか…

カカシは右隣に立っているアスマを仰ぎ見た。
言葉を発する前にこくりと頷かれれば、自分の恐ろしい想像が間違っていないのだと思い知らされる。
そう。
あの二人の子供のどちらかが『サクラ姫』なのだ。

…割る。
絶対後で鏡を割ってやる…
あのクソ狐!!

声に出なかったのが奇跡のようなカカシの心の叫びを知る由も無く…ガイがサクラを促す。

「サクラ姫、前へ」
「…はい」

一歩、一歩…確実に近づいてくる子供は、まだ少女と呼ぶのも躊躇われるほど幼い。

…オレは一体どうすればいいのでしょうか。

動揺を隠しつつ、カカシは前を見据える。が、瞳を合わせる余裕など無くて。
サクラ姫が足を踏み出すたび薄紅の髪と同じ色のドレスの裾が床すれすれで揺らめくのを眺めていた。
決して優雅とはいえない歩き方。
踏みそうだな、とカカシがそう思った瞬間…

「あ…」

カカシの目と鼻の先で。
サクラ姫が転んだ。

「「「姫さまッッ」」」

真っ先にサクラの元へ駆けつけたのは秋の国の騎士達だった。
彼らは春の国から此処までサクラを護衛してきた部隊の者で、この部屋の両脇を固めるように並んでいたのだが…その素早さといったら!
隊長の命令でもない限り勝手な行動を取るはずのない彼らが我先にとサクラ姫の元に集まったのだ。
これにはカカシのみならず集まっていた秋の国の重臣も、春の国サイドのイルカ達も驚きに目を見張った。

「大丈夫ですか?」
「姫さんは強い子だからな。泣かないよな?」
「痛いの痛いの飛んで行けー」

リーが手を差し伸べてサクラ姫を助け起こせば、イズモとコテツがそれぞれ頭を撫で、乱れた服装を正す。
見事なコンビネーションだ。
立ち上がったサクラのおでこが擦れて赤くなっているが、どうやら他に怪我はないらしい。

それにしても…おでこって…。
勢いよく顔面から床へ倒れ込むと普通は鼻デショ。

ぶつぶつと呟いて現実から目を背けようとも…目の前の可愛らしいピンクの物体は消えて無くならない。
大きく息を吸い込む。
そして。
カカシは椅子から立ち上がり、サクラの側へ自ら歩み寄った。
視線を合わすために膝を折れば、リー達もそれに合わせて後方に下がる。
急に一人きりになって不安げに揺れるエメラルドグリーン瞳から今にも零れそうな涙を、カカシは指の腹で拭った。
それから…サクラの、赤くなったちょっぴり広いおでこに優しく口付ける。

「…ようこそ秋の国へ、我が姫」







「どんなヤツが来るのかと思えば…」

その様子を見つめていた黒い影が低く吐き捨てる。
なんと愛されることに慣れている少女だろう。

気に入らない。

サスケはさも嫌そうに舌打ちし…ビロードの重厚なカーテンの奥へと身を翻した。











さっき書き上げたトコ。
見直してないので誤字脱字は勘弁(笑)
ムッターさんのために。

2006.08.20
まゆ


2010.08.15 改訂
まゆ