baby baby 2 雪に埋もれていた街道がその機能を回復して間もなく、秋の国からの使者が再び春の国を訪れた。 前回の少数の使者での訪問とは様子が違い、随分と物々しい雰囲気が漂っている。 それもそのはず。 今回、春の国へ足を踏み入れたのは秋の国が誇る軍…その中に置いても選りすぐりの精鋭部隊なのだから。 冬の国との国境警備という通常の任務を一時解かれ、彼らがやってきた理由とはもちろん自国の国王カカシが迎え入れる花嫁の護衛。 サクラ姫を、迎えに来たのだ。 「では、行って参ります」 ドレスの裾を両手で摘んで軽く持ち上げると、サクラは両親と親しき者たちへ優雅に微笑んで見せる。 「…幸せにな」 そう返した国王の心情はなんとも複雑だった。 経済力、軍事力共に大陸一の秋の国には逆らえない、それが現実。 だから国王としての判断はこれで正しいのだ。 しかし、父親としての判断は…どうだろう? やっと八つになろうかという娘を嫁にくれというような男と果たして幸せになれるのだろうか? 「一ヵ月後に再会した時、もしあの子が泣いていれば連れて帰れば良いのです。わたくし、事と次第によっては秋の国の王の足を踏んで差し上げますわ」 口軽く告げられた妃の無謀な提案に少しだけ心が救われた気がした。 準備のためにサクラは一足先に国を出立するが、結婚式自体は一ヵ月後なのだ。 その時、もう一度娘に会えるのだから…今は何も考えるまい。 姉達と抱き合い別れを惜しんだ後、秋の国の国王が寄越した豪華な馬車に乗り込むサクラの小さな背中を見て、春の国の国王はこの日一番の大きな溜息を吐いた。 「秋の国までどのくらいかかるの?」 見慣れた景色が後ろへと絶えず流れていく。 やっと国を離れるということを実感してきたらしい小さな姫は、つい先ほどまでのはしゃぎようが嘘のようにぽつりと尋ねた。 「この様子だと夕刻には完全に春の国を出るでしょう。今夜は夏の国で宿を取ると聞いております」 「…そう」 一緒に馬車の中で揺られているのはサクラの家庭教師のイルカと身の回りの世話をしてくれるメイドの紅。 特にイルカはサクラが物心着く頃から傍に居り、教師というよりは歳の離れた兄の様な存在だ。 結婚するに当たって必要なものは全てこちらで揃えるからと秋の国からの使者に告げられた手前、余計なことをして不興を買わまいとサクラ一人で旅立たせるつもりだった国王に詰め寄り、イルカは強引に同行の許可を得た。 理由は当然この結婚に反対だからである。 この五年間大切に育て上げてきたとはいえ、姫はまだ花の咲く前の蕾。 その蕾がロリコン変態野郎の手によって無残に摘み取られるだなんて…断じて許しがたい。 「もうホームシックですか?」 イルカが膝の上で拳を握り締めて怒りを鎮める努力をしている側で、紅がうっすらと笑みを浮かべてサクラに尋ねた。 「違うもん!」 「無理しなくてもいいんですよ?姫のことはヒナタ様より伺っております。たいそう寂しがり屋だとか」 「…ヒナタ姉様、他に何か言ってた?」 「えぇ。姫は白玉あんみつが好物なのでしょう?逆に辛い物が苦手。あと…そうそう、一番怖いモノがお化けですとか…」 「まだあるの?!ヒナタ姉様ったら!」 一旦言葉を区切った紅が思い出したように話し始めるのを、サクラは口を尖らせて遮った。 そもそも紅は姉であるヒナタ付きのメイドだったのだ。 それが何故自分と共に秋の国へ行くことになったのかというと…サクラの世話をしていたメイドのコハルと入れ替えられたから。 コハルはもう年で長旅や新しい環境変化など体力的にも精神的にも厳しいだろうと皆々から諭されると、さすがにサクラも我侭は言えなかった。 「コハル…」 もう会うことは無いだろう小柄なその姿を思い出し、サクラが瞳を潤ませて俯くのとほぼ同時に馬車がぴたりと止まった。 外側から扉が開かれ、ガイが顔を見せる。 「姫、この辺りで昼食を取りたいのだがいかがかな?」 そう言われてみればお腹が減った気もする。 だから弱気になっちゃうのよ、しゃんなろー!! 「頂きます!」 サクラは差し出されたガイの手を取って外へと飛び出した。 「あつっ!」 サクラの目の前で一人の騎士が持っていたポットを手を滑らせて地面へと落とした。 火にかけていたばかりのそれには熱い湯が入っており、自らの足にその全てを撒き散らす。 慣れない給仕役をかってでたリーの元へ、ガイが慌てて駆けつけた。 「リー、大丈夫か?!…何をしている、早くブーツを脱がせろ!」 周りの者へ素早く指示を出す。 ブーツを剥ぎ取り、ズボンの裾を裂いて現れた患部は既に赤くただれている。 火傷は冷やすのが鉄則。 しかしこの近くに川など無い。 「飲料水の入ったタンクを此処へ!」 旅の途中において飲料水がどれだけ大切な物か解っていたが、ガイは迷わず決断した。 数名の者がバタバタと駆け出したのを見届けて、リーの足へ視線を戻す。 「…ガイ隊長…」 リーの心細げな声にガイ顔を上げると…いつの間に来たのだろう、サクラ姫がすぐ側に立っていた。 「私に見せて」 驚きのあまり返事が出来ないでいるとサクラはガイを無視して患部を覗き込む。 そして安心したように微笑んだ。 「これぐらいならすぐに…」 そう呟くが早いか小さな手のひらをそっと火傷の上に重ねる。 少し呻き声が聞こえたが、サクラは気にせず瞳を閉じた。 程なくして輝き始める小さな両手に、ガイとリーは息を呑んだ。 じんじんと響いていた痛みがすっと治まっていく。と同時に爛れた皮膚さえも元の色を取り戻し始めたのだ。 「…姫?」 水を持って騎士が戻ってくる僅かな時間、その間にリーの火傷はすっかり治ってしまった。 目の前で起こった奇跡にイルカ以外のすべての者が言葉を失くしてサクラ姫を見つめている。 それに気付かないサクラはリーの顔を下から覗き込んでにっこり笑った。 「ほら治った!」 「…あ、有難う御座います」 「良かったね」 自分のことのように喜ぶ他国の小さな姫君を、リーは頬を染めて見つめた。 そしてすらりと剣を引き抜くとサクラの目の前でうやうやしく掲げる。 「このお礼はいずれ。この剣にかけて」 「…なるほど。王が是非にと嫁に乞うだけのことはある」 「まさかああいう力があるとはな。サクラ姫を見た時あまりの幼さにどういう訳かと思ったが…さすが我らが王」 あちらこちらで似たような騎士同士の会話が聞こえてくる。 ヤバイことになったとイルカは眉間に皺を寄せた。 手をかざしただけで病気や怪我を治してしまう治癒能力。 春の国でも自分とコハル、そしてサクラのひとつ上の姫、いのしか知らない秘密だったのに。 この力が悪用されないよう今まで以上に気を配らなければ…… イルカは一人決意を新たに今は亡き薄紅色の髪を持つ初恋の君に誓った。 春の国の四姉妹の姫、テンテンとヒナタといのとサクラ。 この中で同じ母…つまり王妃が産んだのはテンテンといのだけだ。 ヒナタとサクラはまたそれぞれ母が違う。 ヒナタの母は夏の国の王族で、一度は春の国第二王妃として嫁いだものの祖国の事情で出戻り…今では夏の国の王妃に納まっている。 再度第二王妃として迎え入れられたサクラの母はテンテンといのの母と同じく春の国の貴族の出身だったが、産後の肥立ちが悪くサクラが三歳のときに亡くなったのだ。 薄紅色の、長い髪。 エメラルドグリーンの瞳。 イルカが…密かに思いを寄せていた相手だった。 「「いの姫!?」」 当初の予定よりやや遅れて夏の国に着き、夏の国の国王、ヒアシと再婚したヒナタの母の好意により提供された避暑用のこじんまりとした城の一室で、紅とイルカが大きな声でその名を呼んだ。 サクラの着替えを詰めた大きなトランクの中でぐったりとその身を横たえているのは間違いなくいの姫だ。 「…み、みずぅ……」 絞り出すような干からびた声に、紅は素早くいのの口元へ水を運ぶ。 ごくごくと音を立ててコップ一杯の水を飲み干して、いのはやっと一息吐いた。 「とにかく…此処から出して頂戴…」 紅とイルカの騒ぎに様子を見に来たサクラの目の前で…いのがイルカの手を借りてトランクから這い出している。 ありえない光景だった。 サクラが思わず甲高い声で叫ぶ。 「いのったら…なんでこんな所にいるのよ?」 設定の説明であんまり話は進んでないです…スマン。 次はやっとご対面vvv 2006.08.14 まゆ 2010.08.15 改訂 まゆ |
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