baby baby 1




どこの国の城にも宝物庫というものはあるもので。
当然この秋の国にもそれはあった。
秋とは実りの意。
その名のとおり国土の大半が豊饒の大地であるこの国は他国の追随を許さないほど強大だ。
一年を通して作物は実り、しかも海に面した地域ではあらゆる種の魚が取れるとくれば栄えないわけが無い。
そんな大陸一豊かな秋の国の宝物庫。
最も奥まった壁にかけられた古びた鏡の前に一人の男が立っていた。
月の雫のような銀色の髪に映える闇夜の衣を身に纏う者。
『はたけカカシ』
秋の国の王、その人だった。







煌びやかな宝石の数々…そして山積みの黄金の中にして、『それ』が放つ光は随分と異質なもの。
カカシはドアをノックするようにコツコツと二回拳を当てた。

「居るんデショ?出てこいナルト」

お伽話に夢中の少女でもあるまいに…いい年をした大人が鏡に話しかけるなんて馬鹿げている。
こんなところ誰かに見られでもすれば一瞬にして噂は広まることだろう。
とうとう王は頭までおかしくなった、と。
しかし何度も言うようだが…此処は秋の国の王が住まう城の宝物庫。
入れる者はごく一部に限られており、今は王その人しか居ない。
誰かに見られる心配など全くもって無用だった。
暫く反応を待っていたカカシだがなんの変化も示さない鏡に大袈裟な溜息を一つ吐く。

「ハァー…何だよ、王の呼びかけに答えないなんて。割られたいの?」

最後の一言が脅しではないこと示すかのように、カカシが傍にあった宝剣を鞘から抜く。
装飾重視の、剣としては実用性に欠けるものだがこの際どうでもいい。
単なる脅しだし。
剣先を一度鏡に向け、上段に振りかぶると鏡から慌てた声が発せられた。

『ば、馬鹿!危ないってば!!』
「お前が早く出てこないからだろ」
『…子供かよ…』
「何か言ったか?」
『…何も』

再び振り上げられた剣にナルトは言葉を飲み込み怒りを押し止める。
コイツはこういうヤツなのだ、昔から。
我侭で人使いが荒い。
…いや、妖狐使いか?
くだらないことを真剣に考え込む、そんなナルトを無視してカカシは一方的に話し始めた。

「毎日毎日見合い写真を見せられるのはもういいかげんウンザリなんだよね。結婚とか…そんなのまだする気ないのに。今日だけでどれだけ目を通したと思う?」

…はいはい、お疲れさん。
でもオレには全くさっぱり関係ないもんねー…なんて言い分は通用しないんだろうな、きっと。
自分は大陸全土にその名を轟かせた尾獣…九尾の妖狐だというのに、カカシの前の前の前、そのまた前の王に捕らえられ鏡に閉じ込められて以来、歴代の王にいいようにこき使われている。

「それでさぁー、お前に探してもらおうと思って」
『…何を?』

…ホラ、きたよ。
不吉な予感を感じつつ、一応ナルトは問い返す。
今までの経験から言うと無理難題を押し付けられるのは目に見えていたのだが…。

「嫁さん候補。つか、嫁さん」
『…そんなの自分で探せばいいってばよ。見合い写真の中から』
「いったいどれぐらいあると思ってる?全部で荷馬車一杯分はあるぞ…面倒臭い」
『はぁ?自分のことじゃん!』
「…国のことデショ」

カカシは今年二十二になった。
先王が妃を迎え入れ、一人息子であるカカシが誕生したのが二十二だったこともあり、そろそろ身を固めろと重臣がこぞって口煩く言うのだ。
確かに一国の主として後継者を得ることも大事な仕事の一つには違いないが…

「どの見合い相手も政治的思惑がみえみえでね…・しかも見目麗しくない」
『それはしょうがないってば。大体さー…王の結婚なんだから見た目より付属する価値が重要なんだろ』

国内部の結束を固めたり外交をスムーズにしたり…王の結婚はそもそもそういうものなのだ。
そして子を成し未来永劫国の繁栄を。

「…まだ結婚なんて…遊べなくなるー」
『それが本音かッ!』
「ははは」
『ははは、じゃねぇよ!!もっと王としての自覚をもて!』
「お前までそんなこと言うのな。…じゃあ探してくれよ、ナルト。政治的にも問題なくて、美人でしかもナイスバディな女を、ね。おまけに頭もそこそこ良くって優しければ言うこと無い」
『…そんな完璧な女がいるか!』
「何処かにはいるだろ?一人ぐらい…このオレが命を掛けて忠誠を誓いたくなるような女が。じゃないと生まれてきた意味が無いっていうか…」

カカシの意外な一面を見たような気がした。
『運命の人』ってか?
ナルトは…鏡の中の、たんぽぽ色の頭をした少年は腕を組んで考える。

『わかった。ちょっと待ってて』

そう言うが早いか鏡は少年の像を崩し渦巻き始めた。
ナルトがカカシの願いを聞き入れた証拠。
魔力を使っているのだ。
鏡の中の小さな台風、それが収まる時をカカシは大人しく待つ。

いつもより長い時間を待たされて再びナルトが顔を見せた。

『…居るには居たケド』
「けど、何だよ?」
『胸は小さい』
「それだけ?他の条件はクリアーなんだな?」

念を押されるように問いただされて、ナルトは曖昧に…しかし、間違いなく縦に首を振った。

「よし。いいよ、胸ならオレが揉んで大きくしてやるから。で、何処の誰?」
『…春の国の末の姫、サクラ』
「サクラ姫、ね」

カカシが口の中で繰り返して呟いた。












「どうなさいます?あなた」
「どうするもこうするも…」

国を統べる王の私室とは思えないほど質素なその部屋で、春の国の王と妃は秋の国からの親書を広げたまま途方にくれていた。
親書には丁寧な…それは丁寧な言葉で『命令』がしたためられている。
末の娘を嫁に寄越せ、と。

「何かの間違いじゃないのか?」
「…そうですわよねぇ」

しかし、二人が何度読み返しても『末の姫サクラ』と書いてあるのだ。
長女のテンテンではなく、次女のヒナタでもなく、三女のいのでもない、末のサクラを望んでいる。
もうすぐ八つになる、サクラを…。
常識では考えられなかったが、この親書を持ってきたガイという男は秋の国の王の近衛隊長で親書が王直筆のものであることを保障している。
ともなれば春の国としてはおいそれと断る訳にもいかない。
そもそも大陸の東の端、秋の国の十分の一程度の国土しか持たないこの国の外交の基盤は『長いものには巻かれろ』なのだ。
YesかNoかと聞かれればYesというしかないだろう。

「…サクラの意見を聞いてみよう」

眉毛を八の字に曲げたまま、春の国の国王はサクラを呼び寄せるため使いの者を走らせた。







「私、行くわ!」

パタパタと廊下を走る音が聞こえたかと思うと部屋へ飛び込んできたサクラは父と母の顔を見るなりそう宣言した。
零れそうに大きな瞳はエメラルドグリーン。
紅色に染まった頬がその肌の白さを際立たせる少女だ。

「サクラ、これは大事なことなんだぞ?もっと慎重…・」
「行くったら行くの!」

何故だか解らないが当の本人は至って乗り気だった。
怪訝そうに眉を顰め、顔を見合わせる国王夫妻の前でサクラは興奮した様子で捲くし立てる。

「秋の国はね、四月の半ばに桜が満開になるんだって!だからその頃に結婚式を挙げましょうって仰ってるの!!それでね、それでね、奥さんはサクラ一人って約束してくれるって!」
「……そうか」

先ほどまでサクラはガイと中庭が一望できるテラスでお茶をしていたと聞く。
サクラのような本好きの、夢見がちな幼子を懐柔するのはとても簡単だったことだろう。
この場に居ないガイの顔ををちらりと思い浮かべて…国王は大きく息を吐いた。

「わかった。先方にはそのように返事をしよう。サクラ…もう下がっていいぞ」
「はい。お父様」

部屋に入ってきたときと同様、慌しく出て行く娘の背中を眺めてがっくりとうなだれる。
四月といえばもう半年も無い。
サクラの為にも恥をかかない程度の行儀作法は身に付けさせねば…

「…まずは扉の開け閉めからか」







サクラの手には薄い若葉色の封書があった。
秋の国の王、カカシが春の国の末姫サクラに宛てた手紙だ。
先ほど秋の国の使者、ガイとお茶をした折に直接渡されたのだが…中の文章は八歳のサクラには難しくて。
読めない文字もあったことからガイに読んで聞かせてもらったモノ。
それをサクラは枕の下にそっと忍ばせた。
『夢に見たい人の写真を枕の下に敷いて寝るとその人の夢が見られるのよ』
一つ上の姉が言っていたのを思い出したからだ。
写真ではないけれど…手紙でも代用できることを祈って。
サクラは夜が待ち遠しいと、未だ空高くにある太陽を恨めし気に眺めた。





   サクラ姫

   一騎士として貴女に永遠の愛と忠誠を誓います

   どうか我が元へ花嫁としてお越しください












アダルシャンの花嫁を読んで。
いやん、カカサクでやりたいわー…と思ってたんだが…書いてみた(笑)
設定は全然違うけどね!
続く続くよ…

2006.08.06
まゆ



2010.08.15 改訂
まゆ