一つ屋根の下で 4 「サクラ、聞いた?あの強盗野郎ってば私達がお茶してたカフェに居たヤツだったのよ」 「はぁ?」 「隣のテーブルに座ってたの!やたらとこっちをチラチラ見てたから私覚えてたんだけどさ」 「…マジ?」 唖然として問い返してくるサクラに、いのは神妙な顔で頷くと話を続けた。 「あの時、サクラ…処女処女って叫んでたじゃない?どうやらそれでアンタに目を付けたらしいわ」 「って、あれは確かいのが先に話を振ったんでしょッ!」 「そうだっけ?」 いのがケラケラと笑った。 都合のイイ奴。 しかし、二人でこうしていると昨晩の出来事は単なる夢であったようにも思えてくる。 ひとしきり笑った後で、やっと本来の用件を思い出したらしい。 いのは少し真面目な顔になってサクラに問いかけた。 「身体の方は大丈夫なの?」 「おかげさまで。…未遂だったし」 「そっか。サクラの貞操は守られたのね」 「…そのことだけど。あのさ…」 「何よ、はっきりしゃべりなさいよ。」 「あー…うん。だから、その…」 「サクラ!」 「ごめんなさい!私、処女じゃないの!!」 「…別に謝らなくてもいいんじゃないの?」 一呼吸置いて、いのが答えた。 やけにあっさりとしたいのの対応に、逆にサクラは瞳をぱちくりさせて小首を傾げた。 身構えていた自分が馬鹿みたいだ。 「そりゃー少し驚いたけど…アタシに謝るようなことじゃないでしょう?それとも何?相手がシカマルだったりするわけ?」 「ち、違うッッ!」 「じゃ、いいじゃない」 それにしてもと腕を組んだいのが椅子から身を乗り出してサクラに詰め寄る。 意外に古風なところのあるサクラのことだ。 遊び感覚でしたりするわけない。 相手は誰なんだろうといのは考えを巡らせた。 サスケが一番有力な線ではあったが…暗部に配属されたらしく、このところぱったり噂を聞かない。 ナルトに至っては随分と前からヒナタと交際中だ。 いのにはサクラの相手が全く検討がつかなかった。 「ふーん。へー。そうなの。サクラってばいつの間にか脱処女してたのね。アタシに内緒でさ」 「…」 「相手は誰なのよ?!アタシには知る権利があるわよねぇ、サクラ?」 いのに詰め寄られて、サクラは乾いた唾を飲む。 教える義務っていうのはあるのだろうかと真剣に考えそうになった。 知ってもらいたい気はするケド。 でも、理解してもらうのには時間が掛かりそうな相手だし… どう説明したらいいのかな? その時、遠慮がちなノックが二回、二人の耳に届いた。 また誰か見舞いに来てくれたのかもしれない。 話題がそれることを祈って、サクラはいのを両手で押しのけてドアの方を見た。 「どうぞ」 サクラの了承の声と同時に音も無くドアが開く気配だけを感じた。 次いでパテーションから長身の男が顔を覗かせる。 サクラの絶体絶命のピンチに現れたのは救世主でもなんでもなかった。 くすんだ灰色の髪に群青の瞳。 いのが今一番会いたいであろう人物。 「カカシ先生…」 カカシは白いドアをノックした後、静かに部屋の中へ滑り込んだ。 何もかもが白い部屋だ。 そこは木の葉病院の一室で、サクラは綱手に休養と精神安定のため三日間の入院を言い渡されていた。 仕切りの、これまた白いパテーションを避けてサクラの居るベッドへと進む。 そこにはサクラだけではなく、サクラの親友が居座っていた。 「あ。むっつりスケベ!」 一瞬動きを止めたカカシに、いのが先に声を発した。 何か言おうとカカシがもたついている内にまたしてもいのが早口で捲くし立てる。 「何よ、アンタ最近サクラに纏わり付き過ぎてるんじゃない?」 「ち、ちょっと…いの!!」 「いいからサクラは黙ってて!」 サクラが慌てていのの服の裾を引く。 しかし、当のいのはカカシを前にサクラを庇う様に立ちはばかった。 「…ごめん」 カカシは反射的に謝って、それから『失敗した』とでもいうように顔をしかめた。 ここは謝るべきところではない。 彼女はサクラの親友だし、サクラの両親亡き今…自分にとって一番超えなければならないハードルなのだから。 「じゃなくて」 カカシはがしがしと頭を掻くと、慎重に言葉を選びながら告げた。 「あの、さ。オレ…サクラを泣かせたいと思うんだ」 「はぁ?!」 「我慢させたくないの。辛い時や悲しい時にはちゃんと泣かせてあげたい」 「…」 「もちろん、嬉しい時や楽しい時は一緒に笑って…サクラにとって最も近い存在でありたいと思ってる」 最初、何を言い出したのかと眉間にシワを寄せたいのが徐々に考える顔になった。 まるでプロポーズの台詞のようじゃない? そしてサクラを振り返る。 これから始まるのか、はたまた始まってしまっているのか… どうやら気恥ずかしそうに頬を染めた親友を見る限りには、すでに彼女も了承済みのことらしい。 アタシの出る幕、ないじゃん。 いつも18禁本を持ち歩いているドスケベな奴だとしても。 顔のほとんどを覆い隠している怪しげな奴だとしても。 サクラが彼で良いなら自分は何も言えない。 ……なんて思ったら大きな間違いなのよ! アンタね!? サクラの処女を奪った不届き者はッ!! 再びカカシに向き直ったいのは思い切り正拳を突き出した。 身長差からそれは見事に鳩尾に決まり、カカシが身体を折ったところをすかさず延髄へ回し蹴りを繰り出す。 ガイ並みの、見事な連携技だ。 消毒液くさい床に這いつくばったカカシが咽るような咳をしながら呟いた。 「…二発、とは…思わなかっ…た、な」 「一発はアタシの分。もう一発はサクラのお父さんの分よ!それで勘弁してあげるんだから安いモンでしょうが!ね、サクラ」 急に話を振られたサクラが反射的に頷いて…それがかなり可笑しかったらしく、いのは暫くの間一人で笑い転げていたが、カカシが立ち上がるのを見届けて身を翻した。 「サクラを迎えに来たのよね?後は宜しく。…じゃーね、サクラ!」 最初の台詞はカカシに向けて。 最後の一言はサクラに。 そうして、いのは病室から出て行った。 「ありがとう」 「何が?」 「避けないでくれて…ありがとう」 「はは。アレは避けるわけにはいかないデショ」 いのの、サクラに対する愛情なのだから。 カカシはサクラに手を差し出した。 「気分が悪くなければ退院してもいいってさ。さぁ家に帰ろう、サクラ」 「…何処行くの?」 カカシに連れられて退院手続きを済ませたサクラが不思議そうな顔で尋ねた。 一歩先にいくカカシはサクラの住まいの、あのアパートへ帰るための曲がり角を直進し…更にずんずん歩いていく。 終始無言でサクラの問いにも笑って誤魔化すだけ。 繁華街を抜け住宅地に差し掛かりそのはずれの一軒家でカカシはやっと歩みを止めた。 こじんまりとした古い木造の二階建ての家だった。 剥げかけた柵のペンキ。 ところどころ草が伸びた庭。 …そして、大きな桜の木。 サクラは一目見て、それがさくらんぼの成る種類のものだとわかった。 自分の家にもあったから。 毎年多くの実を付けるその木によじ登り収穫するのは小さい頃から自分の役目だった。 「買ったんだけど…どう、かな?」 桜の木を見つめたままのサクラに、カカシは照れくさそうに人差し指で顎を掻きながら尋ねた。 「実はすでにサクラの荷物も運び込んじゃってたり…」 家とカカシの顔を何度も見比べて返事をしないサクラに、カカシの声がだんだん小さくなる。 一緒に暮らすというのは勇み足過ぎたのか? …それとも。 気持ちが通じ合ったと思っていたのは自分だけだったのか? 沈黙は不安を呼び、そんな根本的なことさえカカシの脳裏を過ぎった。 「…先生、隣の部屋に住んでたって…本当?」 「え?あ、うん。すごい偶然だよねぇ」 アスマから軽い事情調書を受けたサクラがそのことを知った時、開いた口が塞がらなかった。 偶然なんて言葉で片付けられないような気がした。 例えるなら『必然』で『運命』。 両親を亡くし、全ての幸福を失ったと思っていたのは間違いなのだ。 これから先もきっと沢山の幸せが自分を待っているだろう。 瞳を閉じて、大きく息を吸い込む。 瞼の裏に浮かんだ両親の顔は…いつものように心配そうなものではなく、サクラの背を押すように笑っていた。 「先生、大きなベッドを買いに行こうよ。二人がごろごろしても落っこちない、大きなヤツ」 とりあえず、完結。 てか、これで終わらせてください… カカシがどうも偽者ぽくて(笑) 2005.10.07 まゆ 2009.05.06 改訂 まゆ |
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