一つ屋根の下で 2 「オレが帰った後、一人で泣くんデショ?」 そう言いながら先生は私の顔を覗き込んだ。 返答に困り思わず顔を背けたら両手首を掴まれ…額が触れ合いそうなほど顔を近づけてきた。 カップに残ったままのコーヒーはとっくに冷たくなっている。 「そんなコトさせなーいよ。ホラ、泣きなって」 耳どおりの良い優しい囁きはなおも続く。 しかし、先生に泣き顔を見せるのだけは嫌だった。 心配をさせたくはない。 …それにあともう一つ。 何よりも、子ども扱いをされたくなかったから。 班を解かれて教師と生徒、上司と部下でもなくなって。 滅多に顔も合わさなくなったが、先生は今も以前と変わらず自分に接してくれる。 それが嬉しくもあり、何故か腹立たしくもあった。 初めて逢った頃と同じ、柔らかい絹の織物で包まれ、全てのものから守られているという感覚がサクラを少し苛立たせるのだ。 …自分はもうあの頃のような幼い子供じゃないのに、と。 それなのに…卑怯だ。 こんな優しさは、ズルイ。 「はは。オレ、こう見えてもモテモテでね。任務に引っ張りだこなの。忙しくて…サクラの泣き顔なんてすぐに忘れるさ」 背中を…あやすようにそっと撫でられて、とうとう涙がぽろりと零れた。 一度流れ出すと止める術は無く、あっという間に視界は滲み…気が付けば自分は先生の腕の中に居た。 「だから今夜一晩、一緒に居てあげる。うんと泣いちゃっていいよ、サクラ…」 先生の胸は広くて。 そして、とても暖かかったことを思い出す。 両親の死後…初めてまともに泣けた夜だった。 「サクラ…サクラってば!!」 いのはテーブルを挟んで座る薄紅色の少女に何度も声を掛ける。 何を考えているのか・・・ここ最近のサクラはいつもこんな調子だ。 慌てて顔を上げたサクラに、いのはストローに付いた水滴を散らした。 「冷たいじゃない。何すんのよ、もう」 「アンタが話を聞いてないからでしょーが!」 「だからってねぇ!」 確かに話は聞いていなかった。 いのの言葉に一瞬怯んだサクラだが、なんとか言い返す。 当人同士は馴染みのやり取り。 しかし、それは傍から見れば声の大きさも相まって口論に映ったようだ。 ウェイトレスをはじめ、周りの客が自分達を見ていることに気付き、二人は急に声のトーンを落とした。 「馬鹿サクラ!此処を何処だと思ってんのよ」 「いのこそ!」 顔を見合わせてニヤリと笑う。 私たちは今も昔もこんな調子だ。 たぶん一生変わらない。 でも、カカシ先生とは…… 「ほら、またボーっとして!」 「…ゴメン。何の話だっけ?」 「一人暮らしの女性ばかり狙ってる強盗の話だってば」 「あぁ…アレ、ね」 サクラの眉間にシワが寄った。 今、木の葉の里を荒らしまわっている強盗。 強盗だけでも許し難いのに強姦までやっていくという最悪のヤツだ。 どうやら他国の抜け忍らしく、まだ捕まっていない。 「ほんっっと、最低よね。アンタ、気をつけなさいよ。一応一人暮らしなんだし」 「大丈夫よ…いの。ウチに取れるもんなんてあると思う?」 いのは少し考える素振りをしたが、すぐにゲラゲラと笑い出した。 失礼な話だ。 ま、哀れみを持たれるより全然イイけど。 「それもそうね!今のアンタんちには金目のモノなんてないか。あ、でもあるじゃない、一つだけ大事なモノ!」 「は?何それ?」 「ぷぷぷ。処女!」 「……いの」 今はもうそれすらも無いのだと言うのはさすがに憚られた。 まだ自分の中ですら整理できていないことを他人に説明するのは難しい。 サクラはいのに気付かれないようにそっと息を吐いた。 「昨日、綱手様直々に捕縛指令が出たのよ。任務にはアスマ上忍が就いてる。今日明日中には捕まるわ」 サクラの言葉にいのは軽く肩を竦めた。 「ご愁傷様。アスマ先生の最も嫌いなタイプだもんね、ソイツ。多分ボコボコにされるわよ」 「でしょ?だからもう心配要らないって」 「そーね。サクラの処女も当分守られたってカンジ。つまんなーい!」 忘れたい言葉を何度も何度も…… サクラは思わず椅子から立ち上がって叫んだ。 「処女、処女って…うるさいわよ、いの!!」 一瞬にして店中の視線を集めたサクラは、我に返るといのの腕を引っつかみ、慌ててレジへと向かった。 逃げるように店を出た二人は橋の袂で別れた。 いのは散々『馬鹿じゃないの?』とか『信じらんなーい!!』とか言ってたけど…まぁ、次に会う時にはきっと笑い話にしてくれると思う。 サクラは一人アカデミーへ向かう道すがら、またあの夜のことを考え始めた。 今思えば、あの行為は慰めの延長だったのだと思う。 先生は優しいから…縋りついて泣く私を放っておけなかったに違いない。 だから、もういいの。 そんなことより…ふとした時間の合間にいつもあの夜のことを思い出している自分の方が問題なのだ。 安心できる広い胸と自分を包み込む優しい腕を、私は多分…欲している。 『あの腕の中から抜け出せなくなるよ』 これ以上カカシに会うのは危険だと頭の中でもう一人の自分の声が聞こえた。 そうだね。 甘えて、頼って。 泣いて、縋って。 …一人で立つことが、出来なくなっちゃうね。 「綱手様、これ…カカシ先生に渡しておいて貰えます?」 休みの日にわざわざ自分の所まで顔を出しに来た可愛い弟子は、ストラップも付いていない、そっけない黒色のケータイを差し出してきた。 椅子に座ったままの綱手はケータイを見た後、サクラの顔を見上げる。 「なぜ自分で渡さない?カカシなら今日夕方には戻ってくるぞ?」 「……」 「喧嘩でも?」 そういえば確か…カカシのヤツ、話がどうのこうの言ってたな。 任務へ行く前のサクラとの電話を思い出し、綱手はまっすぐサクラを見つめた。 「いいえ、そんなんじゃないんです」 「…まさか、カカシのヤツ強引に言い寄ってたのか?」 「違います!」 すぐさま否定したサクラの、その語尾の強さに綱手は少し驚いた顔を見せた。 それに気付いたサクラが慌てて言い繕う。 「先生とは本当になんでもないんです。…綱手様、誤解してるようだけど」 その言葉をすんなり受け入れる綱手ではない。 しかし、当の本人のサクラが話してくれる気にならなければどうしようもなかった。 暫くの間待ってみたが、サクラは黙ったまま俯いている。 「カカシが何をやったか知らないが…許してやってくれないか?なんなら私が説教してやってもいい」 やんわりと問いかけてみるものの…違う、とまたしてもサクラが頭を振った。 そして書類だらけの机の上にそっとケータイを置く。 「…カカシ先生に、渡してください」 まだ何か言いたげな綱手に背を向けて、サクラは逃げるように部屋を後にした。 自分は独りだ。 いつ無くなってしまうかわからない優しさに甘えるのは怖い。 護られる心地よさに、慣れてしまっては困る。 …だから先生には逢いたくない。 サクラは夕食を終え、皿を洗っていた。 先生はもう任務から戻ってきた頃だと無意識に考えてしまう自分に溜息が漏れる。 乱雑な扱いで皿を水切りへ立てかけた。 パリン。 かすかな音だが、忍びとしてのサクラの耳には確実に届いた。 もちろん自分が扱っていた皿の割れる音じゃない。 続いて外から流れ込む空気を感じて素早く振り返ったが…既に遅く。 口を塞がれ、揉み合う様にして引きずられた後、サクラはベッドの上に押さえ込まれた。 窓からの侵入者は黒ずくめの男だった。 強盗?! 昼間の、いのとの話が脳裏を掠める。 強盗の狙いは二つ。 金目のモノと…女の、身体。 引っ張られるようにして脱がされたスカートが視界に入った時、サクラの頭は一瞬にして真っ白になった。 スミマセン、嘘つきました。…中篇デス。(オイオイ) いやー…まとまりきらなくて。 それにしても普通にラブいのって書くの難しいっすね(爆) あ、ちゃんとカカシが助けに来ますから。(当然!) 2005.03.06 まゆ 2009.05.06 改訂 まゆ |
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