はじめてをあげる 3




紙吹雪とライスシャワーのアーチをくぐり、カズマとサンゴ…そしてアワビが姿を現す。
純白のドレスに深紅の髪を結い上げた花嫁とその脇を固めるナイトが二人。
幸せそうな『家族』を眺めながら、サクラは式が始まる直前になされたサンゴとの会話を思い出していた。



「…一つだけ尋ねてもいいですか?」
「何かしら?」
「カカシ先生に対して何の感情も芽生えなかったんですか?」

おずおずと、でもサンゴの目を見据えてサクラは問いかけた。

「確かにカカシさんを愛した時期もあったわ。でも…側に居てくれないと女は駄目なのよ。…わかるかしら?」

小さくこくんと頷く。
サクラはサンゴの言いたいことがなんとなく理解出来た。
だって…自分も同じだったから。

もちろんサスケのことは大事だ。
でも今はそれ以上に先生のことが大事。

いつの間にか…サクラの中でサスケ以上に心を占めるのはカカシの存在にすり替わっていた。



「所詮、遠くの二枚目より近くの三枚目ってことよね!」
「…何だ、ソレ?」
「女の都合!」
「へ?」

訝しげなカカシを無視してサクラが弾んだ声を上げる。
サクラの視線をたどれば教会の鐘を鳴らし終えたサンゴがブーケを掲げて背を向けるところだった。

「先生!先生!私、アレ欲しい!」
「…あのねぇ、サクラ…」
「欲しいの!」

だからといって忍術なんかでちょちょいと取ってしまったならばサクラの好きな『ジンクス』とやらは意味を成さないと思うんだけどねぇ。
取れなきゃ取れないで罵詈雑言を浴びるに決まってるし…
悩んだ挙句、カカシは背後からおもむろにサクラの細い腰を両手で掴んだ。

「ちょ、ちょっと先生?!」

不意に視界が高くなり、サクラは慌てる。
小さな子供のように持ち上げられた身体は上半身分周りから浮いていた。

「ほら、前見て。来るよ」

カカシの声に正面を向けばサンゴの手を離れたブーケがゆるい放物線を描いてまっすぐこちらに……

「先生、もう少し前!」

カカシが一歩踏み出して。
サクラが前へと両手を伸ばす。
数秒後、それはサクラの手の中にすとんと落ちてきた。








二人並んで木の葉へ続く一本道をゆっくりと歩いていく。
サクラは何事も無く結婚式が終わったことにそっと安堵の吐息を漏らした。

良かった。
先生が「ちょっと待った」とか言わなくて。

「…ホントに良かったわ」
「うん。いい結婚式だったね」
「え…?あぁ、そうね」

サクラが良かったと思ったのは式の内容なんかじゃなくてサンゴの相手がカカシでなかったことに対してだったのだが…うっかり声に出してしまったらしい。
慌てて作り笑いを浮かべたサクラを有難い事にカカシが深く追求することは無かった。

「来てよかったよ」

着慣れないスーツで肩がこったのか…カカシは首を左右に傾けた後、両手を伸ばしてうーんと背伸びをした。

「サクラの言うとおり踏ん切りが付いたし…なんかスッキリした」
「…じゃあ、次にイケる?」
「次って…?」
「次の恋に決まってるじゃない」
「そーだねぇ…」
「何よ、その歯切れの悪い返事は!」

正直、当分色恋なんて興味わかないと思うのだが…サクラの勢いに押されてカカシは「前向きに検討します」と答えてしまった。
それに気を良くしたサクラが手にしていたブーケをずいっとカカシに突きつける。

「このブーケは二人で取ったのよ」
「…うん?」

サクラの言いたいことがわからずにカカシは小首を傾げる。
ブルースターとジャスミンをあしらった野草系のナチュラルなブーケ。
サクラにはもっと華やいだ…ピンクのガーベラなんかが似合いそうだとカカシが思いを巡らせていた時、サクラの爆弾発言が耳に飛び込んできた。

「だから二人は結婚する運命なの」

結婚?
…誰と、誰が?

足を止めまじまじとサクラを見つめる。

「今…何かとんでもない言葉が聞こえたんだけど」
「先生は私のコト、嫌い?」
「いや…それとこれとは次元が違うっていうか…根本的に…」
「私は先生のことが好き」
「…え?」
「大好き。愛してる」
「…サクラ?」

あまりにも突然なサクラの告白に、カカシは完全に我を忘れていた。
目の前でおいでおいでする手に誘われるがまま腰を屈める。
ジャスミンの香りがきつくなった、そう感じた瞬間…唇に触れる柔らかな……
それがサクラの唇だと視覚からの情報で理解して、カカシはそのままぺたりと地面に尻餅をついた。

「私のファーストキスよ」

サクラの声が遠くに聞こえる。
反応が無いオレに少しばかり肩を竦めて彼女もそこにしゃがみこんだ。

「『はじめて』を全部先生にあげる。だから先生は私と…最後の恋をして頂戴」

おねだりとは少し違う言い回し。
でもこの強引さはサクラの魅力の一つでもあるわけで。

そんなことを頭の片隅で考える余裕が復活したとき、カカシは初めてサクラの体が小刻みに震えていることに気が付いた。
心なしか綺麗な翡翠の瞳も潤んでいる。

「…ホントにサクラはいつも体当たりなんだから」

両手を伸ばしてサクラの頭を引き寄せた。
そのままきゅっと抱きしめて、あやすように背中をぽんぽんと軽く叩く。
今までにない、じんわりとしたモノが胸に広がるのを感じつつ…カカシはサクラの耳元に囁きかけた。

「お手並み拝見といきますか」

了承ともとれるカカシの返事にサクラは弾かれたように顔を上げた。
少なくとも自分の告白は真面目に受け取ってもらえたらしい。

「…任せておいて。先生なんか私の魅力でイチコロよ!」

先に立ち上がったカカシが手を差し伸べる。
その手を取って…サクラはこの日最高の笑顔を見せた。





木の葉まではもう目と鼻の先。
再びゆっくりと歩き出したカカシが繋いだ手をサクラの目の前まで掲げて尋ねた。

「これも初めて?」
「残念でした。これはサスケくんと経験済みデス」
「あ、そう」

サスケという単語に軽い引っ掛かりを覚えたカカシだが、それが嫉妬だと気付くのはもう少し先のこと。












2008.0.6.23
まゆ



2009.05.06 改訂
まゆ