はじめてをあげる 1




ちょうどその日は任務がお休みで。
サクラは母の使いで隣町の祖父の家に来ていた。
祖母は五年前に亡くなっており、一人暮らしの祖父のために時折手製の料理を持って顔を出す。
家族総出だったり、母だけだったり…今回のようにサクラだけだったりするのだが、それは月に二度ほど行われていた。



二人で近くのスーパーに日用品の買出しに出た帰り、サクラ達の前を歩く家族連れがふと目に留まった。

「ねぇ、おじいちゃん」
「なんじゃ…サクラ」
「あれ、誰?」

指差した先には五歳前後の子供を挟んで両親らしき大人が歩いている。
男は両手にサクラ達と同じスーパーの袋を提げていた。

「ん?…あぁ、磯野さんか。磯野サンゴさんと息子のアワビくん…その隣の男は知らんがな。身寄りは居ないはずじゃし…はて、どなたかの?」

男の方は…私が知ってる。
だって昨日も一昨日も…毎日会ってるもの。

「ほれ、一軒隣のアパート。そこに親子二人で住んでおる」
「二階建ての?」
「そうじゃ。確か以前は波の国に住んでいたと言っておったかの」
「…旦那さんは?」
「亡くなったそうじゃよ」
「ふぅん」

アパートが近づき、子供が一人飛び出した。
階段を駆け上がり上から母親に向かって手を振っている。
それに答える母親の、微笑みを見つめる男の顔はサクラすら普段めったに見ることの出来ない極上の……

「サクラ、何やってる。早く家に入ってお茶にするぞ」

おじいちゃんの声も耳を素通りする。
サクラは男が…いや、『木の葉の天才忍はたけカカシ』が見知らぬ女の人と同じ部屋に消えていくまでじっとその様子を見つめていた。










「カカシ先生の好きな人ってどんな人?」

十以上も年の離れた女の子に正面から見据えられ、カカシは正直焦っていた。
質問というにはあまりにも個人的なことだし、内容も内容だ。

「ナンナンデスカ、サクラさん。藪から棒に…」
「見ちゃったのよねぇ…昨日」
「な、何を?」
「ウチのおじいちゃん、隣町に住んでんの。…意味、わかるでしょ?」

ドクンと心臓が大きな音を立てた。
こんなこと任務でも滅多に無い。

「何のことかわからな…」
「ホントに?」

言い終える前にサクラの声が重なる。
まるで誤魔化しなど許さないというように。
カカシは苦笑を張り付かせて頭を掻いた。

「磯野サンゴさんだっけ?子持ちの未亡人が相手とは先生もなかなかヤルわね」
「………」

名前まで知られているなんて…サクラの情報収集能力もなかなかのモンですよ。
声には出さずにそっと息を吐く。
全く持って逃げられそうに無い。
待ち合わせの橋の上、まだ来ていないのはナルトだけ。
カカシは一秒でも早くナルトが来ることを祈りながら好奇心丸出しのサクラの餌食になる覚悟を決めた。










出会ったのは三年前の任務の時。
彼女…磯野サンゴは依頼人の奥さんだった。
請け負った依頼は『商船の護衛』
海賊から船と他の船員は守りきったものの、唯一依頼人である磯野海里だけが大怪我を負ってしまい暫く後に亡くなるのだが…その折、妻と子供のことを宜しく頼むと告げられたという。
今際の際の頼みごとをカカシが邪険にするはずも無く…
いろいろと面倒を見ているうちに惚れたのだとカカシは照れながらサクラに語った。

「三年前って…ちょうど七班がバラバラになった頃よね」

本日の任務は死の森から逃げ出した虎の捕獲だ。
目撃情報では五メートルクラスの大虎三匹。
すでに数名の死者が出ており、七班が緊急の任務として請け負ったのだが……一人囮となって山道を歩くサクラは先ほどカカシから聞いた話を頭の中で反芻し、物思いに耽っていた。

「カカシ先生、単独で任務受けてたし…」

自分が知らないことがあっても可笑しくは無い。
だからといって素直に納得出来る訳でもなかったが。

「『弱い女』を武器に男を捕まえるなんてサイテー」

口に出して呟いたけれど…それは単に恋の戦いに敗れた女のひがみにしか聞こえなかった。

「何がサイテーなの?」

イヤーマイクからのほほとした声が聞こえてくる。

「今のこの状況がよ!」
「…ごめんってばよぅ」
「しょうがないデショ。あいつ等メス…あ、イヤ…女の人の匂いに敏感だからね。ここは一つサクラが頑張るしか…」
「それはわかってるっつうの!」
「サクラちゃん……」

イライラする気持ちが押さえられない。
本当に自分は…いい加減でスケベで鈍感な、でも絶対的に頼りになるこの男のことが好きなのだ。
……サスケではなく。
だからこそ、今までに感じたことの無い焦りにサクラは戸惑う。

「任務が終わったら餡蜜奢ってよね、先生!」
「ははは。了解」

風に乗り、僅かだが獣の匂いが運ばれてくる。
この様子だと十分後にはターゲットと遭遇しそうだ。
さり気なくデートの(つもりの)約束を取り付けて、サクラは人気の無い森の奥へと歩みを速めた。










新鮮な、摘み取られたばかりの苺。
スーパーで売っている量で例えるなら…四パック分のそれを抱えてサクラは祖父の家にいた。

「有難う、サクラ」

つい先日来たばかりの孫がまた顔を見せてくれたことを祖父はとても喜んでくれた。

「ううん、いいの。忍の私にとって此処はそんなに遠い距離じゃないから」

本当は母が来る予定だったのだがそれを強引に取り上げたのはサクラ自身だ。
予想外に孫に会えて喜んでくれているおじいちゃんには申し訳ないけれど…サクラにはどうしても確かめたいことがあった。

「ね、おじいちゃん」
「なんじゃ?」
「この苺…少し分けてあげてもいいかなぁ?磯野さん、だっけ?小さな男の子が居たよね?」
「あぁ、そうじゃの。それがいい。苺が嫌いな子供はおらん。すぐに持って行ってあげなさい」

祖父の了承を経て、サクラはボウルに苺を山盛りのせると一軒隣のアパートへと足を進めた。







呼び鈴を押す指が震える。

しゃーんなろー!!
此処でビビってどうすんの、自分ッ

敵視察。
そして、ライバル宣言。
この二つが自分に課した今回こなすべき『任務』だ。
こんな孫でごめんなさいと祖父に心の中で謝りつつ…サクラは大きく息を吸い込んだ。

嫌な女ならコテンパンにノしてやるんだから!

そう。
カカシに二度と頼りたくならないように。





ピンポーンと涼しげな電子音が響く。
サクラは一歩下がってドアが開くのを待った。

「はい。どなた様?」

妙齢の女のヒトがサクラの前に姿を現す。
年の頃は三十路前半といったところか。
華美な服装ではないのに…何故だろう?
ソレは彼女に良く似合っていて嫌味の無い華がそこにはあった。
人目を引く赤い髪は一つに束ねられ、白い肌をいっそう強調している。
黙ってじっと見つめているサクラに…彼女は小首を傾げて再度問いかけた。

「何か用かしら?」
「…あ!えっと…私、春野と申します」
「あぁ。もしかして春野さんちのお孫さん?話を伺ったことがあるわ。木の葉で忍になられたとか…」
「はい」
「思ってたより随分と…お若いのね」

言葉を選んでくれたのだろうが少しカチンときた。
まぁ、カカシの想い人というだけでもとより良い印象は持っていないのだからしょうがないけれど。

「これでも十六です。…あのぅ…来客中でしたか?」

つっけんどんに言葉を返したサクラだが、サンゴの肩越しに複数の人の気配を感じて少し慌てた。

「いいのよ。今家に居るのは息子と…お隣のカズマさんだから」
「カズマ、さん?」
「えぇ。私達来月結婚するの」
「…え?」

寝耳に水とはこのことだと思った。
この女性は先生と付き合っているのではなかったのか…
単に先生の片思いだった?
それにしても…結婚って…

この後サクラはサンゴと何を話したか記憶が全く無い。
ただ両手からは苺が消えていたのでそれはちゃんと渡せたのだろうが…
サクラはおじいちゃんへの挨拶もそこそこに木の葉の里へと走り戻った。












なんか最近ピュア(爆)な恋に飢えてるみたいで…

2008.06.23
まゆ



2009.05.06 改訂
まゆ