はじめてをあげる 2




先生は知っているの?
…多分知らないに違いない。
教えたらどうするだろう。
アノ人に会いに行くのかな?
会いに行って…告白とかしちゃう?
『ずっと好きでした』、なんて。

…そしたらアノ人は結婚を取り止めにしたりするのかしら?





「サクラ……サークーラ!!」

耳元で叫ばれて飛び上がる。

「び、びっくりするでしょ!急に大声出さないで」
「サクラがぼーっとしてるからじゃないか。ナルトとの組み手終わったけど…サクラはどうする?」

任務の無い今日はナルトたっての願いで演習場で組み手の修行を行っている。
スタミナだけは人一倍のナルトの相手をした後でカカシも相当へばっているだろうに…それをおくびにも出さないで自分に手を差し伸べている。
サクラはその手を取って立ち上がると片手でお尻の土を払った。

「今日はもう終わりにしましょう。でないとナルトはともかくカカシ先生は明日の任務に支障が出ちゃうわ」
「おいおい。年寄り扱いはないでしょーよ」

苦笑交じりにカカシは告げたがサクラはそのままスタスタと演習場の出口に向かって歩き出した。

「じゃーね、ナルト。また明日」
「…お、おう。ばいばい、サクラちゃん」

繋いだ手はそのままだったので。
カカシも引っ張られるようにしてサクラの後を付いて行く。

「何かあったのかな、サクラちゃん」

ナルトは不思議そうに呟いたが特に行動を起こすことは無く…その場にころんと転がった。










「今日は先生の家で晩御飯食べるわ」
「…はぁ」

食べてもいい?とか可愛い聞き方じゃなくて断言だもんな。
まぁ、いいけど。
そんな我侭もサクラの魅力の一つには違いない。
カカシはくすりと笑ってサクラの頭に手を置いた。

「で。何が食べたいの?」
「…カカシ先生」
「は?」
「冗談よ」
「…だよね。あーびっくりした。まさかサクラがそんな親父ギャグを言うなんて思わなかったよ」
「そう?」

半分本気だったんだけど、とは言わないでおこう。
そんなことより磯野サンゴの結婚話、だ。
告げるかどうか散々迷った挙句…サクラは告げることに決めた。
遅かれ早かれ耳に入ることだからと割り切って。





「ねぇ、先生」
「んー…」

愛読書を広げたカカシはサクラの方を見ることもなく気の無い返事を返した。
夕飯の買い物も済ませてしまったし、カカシのアパートはもう目の前だ。

「あ、悪い。ちょっとこれ持ってて」

サクラが思い切って声を掛けたのに当の本人はそうとは気付かずスーパーの袋を押し付けてくる。
無言のまま受け取れば、カカシは少し錆びた郵便受けの蓋を強引に開けた。
中にはダイレクトメールらしい手紙が何通かと夕刊が入っており、それらを無造作に掴みサクラの背中を押す。

「ほら、何してんの。部屋に行くよ」
「う、うん」

ぽてぽてとカカシの後に続いて階段を上り部屋へと上がる。
キッチンにある二人がけのテーブルにスーパーの袋を置いたサクラがカカシの異変に気が付いたのはそれから暫くしてからだった。
部屋の換気ののため窓を開けに行ったカカシがいつまで経ってもキッチンに戻ってこない。
サクラは引き戸一枚で区切られたカカシの寝室を覗き込んだ。

「…先生?」

カーテンすらまだ開けてない状態の薄暗いへ部屋にカカシは突っ立っていた。
足元には夕刊とダイレクトメールが散らばっている。
唯一手にした封書を凝視したまま動かないカカシに、サクラは慌てて駆け寄った。

「カカシ先生、どうしたの?!」

忍服の裾を掴んで呼びかける。
カカシは壊れたロボットのようにゆっくりとサクラの方を見た。

「…結婚、する…らしいよ」
「え?」
「サンゴさん」

サクラがカカシの手元を覗き込めばそれは磯野サンゴから送られてきた結婚式の案内状だった。



「案内状、着たんだ」
「…知ってたの?」
「うん…まぁ、偶然ね…話聞いちゃって」
「そう」

何も映さない瞳は深い深い海の色。
そこにはどれだけの悲しみを湛えているのだろう?
そう思えばサクラの胸はきゅっと締め付けられた。

「泣いてもいいよ、先生。皆には内緒にしてあげるから」
「ははは。泣かないって。………どうしてサクラが泣くの?」
「先生の代わり決まってるでしょ!」

サクラは手の甲で大粒の涙を拭い、カカシを見上げた。
そのまま体当たりするようにその体を抱きしめる。

「サ、クラ…?」
「…先生、本当にあの人のことが好きなのね。でも私だって……」

続きの言葉は今は言うべきではない。
唇をきゅっと咬んで声を飲み込む。
サクラはカカシの背に回した腕に力をいれ…ただ、強く強く抱きしめた。












2008.0.6.23
まゆ



2009.05.06 改訂
まゆ