恋は焦らず 2 しっかりと繋がれていた筈の手がするりと解かれ、彼は自分を置いて走り去っていく。 「サスケくーん・・」 一生懸命追いかけて・・・やっと背中が見え始めた時、彼もまた、誰かを追いかけていることに気が付いた。 彼の・・・サスケの前には、短く揃えられた黒髪の女の子。 「ヒナちゃん・・・」 ヒナタもまた、ナルトへ一直線に走る。 そんな中、ナルトは私に気付くと笑顔で手を振り・・・駆け寄ってきた。 私はサスケくんを、 サスケくんはヒナちゃんを、 ヒナちゃんはナルトを、 ナルトは私を・・・・・・・・・・・・・・・ 4人は輪になりグルグルと走る。 まるで昔読んだ童話のよう。 きっと最後はバターになるのよ・・・・ その時、誰かが私の足を引っ掛けた。 転んだ私を軽々と抱き上げて、『輪』から離れる。 青銀の髪の男。 「カカシ・・先生・・・・」 うっらと目を開けると見慣れない色が飛び込んできて・・・ えっ・・・と? ゆっくりと上体を起こし、あたりを見回す。 サクラはブルーグレイの落ち着いた色で統一されているベッドの上にいた。 サスケの、部屋ではない。 もちろん、自分の部屋とも違う。 ココ、どこ? 何かを思い出そうとして、とんでもないものが目に入る。 ベッドから見下ろす床に脱ぎ散らばっている、自分の服。 サクラはぎこちなく俯くと、自分の格好を確かめた。 よ・・かった・・・・下着は着てる。 ほっと息をつくと同時にドアがノックされて、ひょっこりと顔を覗かせた長身の男は・・・ 「カカシ先生・・・?」 カカシは呟くようなサクラの呼びかけに答えず、目も合わさない。 ただ、視線がやや下のほうで固定されている。 「・・・朝から、ラッキーだな。」 数秒の沈黙が流れ、言葉の意味を理解したサクラが枕を掴んで投げつけた。 「出てけ〜〜!」 枕は狙った人物には当たらず、直前に閉まったドアへとぶつかって落ち・・・ドアの外からはくっくっ、という笑い声が聞こえてくる。 「朝食、食べるだろ?起きてきて。」 サクラはカカシの声にやっと昨夜のことを思い出した。 ・・・とはいっても、一部のことだったが。 そうよ、昨日のブランデー!! 先生のコーヒーに入ってたヤツ・・・ アレのせいで、すごく眠くなっちゃったのよっ! 「サクラ?」 返事のないサクラに、再びカカシが呼びかける。 ここで返事をしておかないと先生がまた部屋へ入ってくるだろう、と容易に想像できたのでサクラは急いで返事を返す。 「すぐ行くから、向こうで待ってて!!」 カカシの『はいはい』と笑いをかみ殺した声が聞こえ、足音が遠ざかっていくのがわかった。 サクラは急いでベッドから降りると服をかき集め、袖を通す。 やだ、もうっ!! 下着姿・・・・見られちゃった。 パタパタと煩いスリッパの音が近づいてきて、リビングへのドアが勢いよく開いた。 風圧で薄紅の長い髪がフワリと舞い上がる。 「何もしなかったでしょうね?!」 カカシがフライパンを持ったまま振り返ると、しっかりと服を着込んだサクラが仁王立ちで立っていた。 開口一番、ソレですか・・・。 はぁ〜、とわざとらしく溜息を付く。 昨夜、サクラはカカシからの告白をされた後、電池が切れたようにコテンと眠ってしまった。 どうもサクラは、アルコールには強くないようだ。 寝室へ運んだものの、どうしようもないのでそのまま寝かせ、自分はリビングのソファで一晩を過ごした。 服に手をかけた覚えはない。 そんなことをすれば、自分を止められないし。 「してもよかった?」 逆に尋ねられ、サクラは顔を赤くした。 「顔洗っておいで。」 立ちすくむサクラにタオルを押し付け、洗面所へと促す。 諦めたように歩き出したサクラの後姿を見つめるカカシの口から、今度は正真正銘、本当の溜息が洩れた。 やっぱり、まだ子供だねぇ。 普通、昨夜のあの状況では何されたって文句は言えないでショ・・・ オレの理性に感謝して欲しいな、まったく。 ・・・でも、『次』はないよ? 本気でいくって、決めたんだから・・・。 「イイにおいv」 サクラが顔を洗って再びリビングに現れたとき、小さなダニングテーブルの上にはすっかり朝食の準備が出来上がっていた。 「・・・先生って、料理出来るんだ?」 「ははは、フレンチトーストが料理に入るかどうかはわからないけどな。一人暮らしが長いから、これぐらいはね。」 サクラは唯一空いている椅子に座り、手を合わせた。 「いただきますv」 「ドーゾ。」 うわ〜・・・オイシ♪ サクラはあまりの美味しさに、ぱくぱく頬張る。 「あれ、先生の分は?」 「あ、オレ、いつも朝食はヌキなの。」 「ダメよ!朝はしっかり食べないと!ほら、これ食べて。すごく美味しいから。」 切り分けたトーストがのった皿をカカシへと寄せた。 オレが作ったんですケド。 苦笑したカカシは差し出された皿を無視して、サクラが手に持つフォークの先のフレンチトーストをパクリと食べた。 「ん〜、まあまあかな。」 急に身を乗り出して近づいたカカシの顔に、瞬間、サクラの鼓動が跳ね上がる。 その無意識な行動・・・!! めちゃくちゃ女慣れしてそうだわ・・・。 見た目以上にやわらかな青銀の髪をかき上げる長い指は、少し骨ばってはいるけれど細くて綺麗。 面布をとったら表れるすっと通った鼻筋に涼しげな口元。 左右色の違う瞳は・・・どれだけの人が見たことがあるのかわからないけれど、サクラは神秘的で好きだった。 少々猫背気味。でも、背は高くて。 木の葉の里でも5本の指に入るであろう、実力を持った上忍のカカシ。 モテる要素は・・揃ってるのよねぇ? 「オレ、今日任務なんだけど・・・サクラは?」 トーストを飲み込んだカカシがサクラに問い掛ける。か゜、ぼうっとして反応がない。 「サクラ?」 「え・・?・あ・・・私はお休み。ナルトと・・・・サ・・スケくんに個別の任務が入っちゃってるの・・・」 引きつったような笑顔と共に返す言葉。 『サスケ』という単語に、やはり少なからず動揺を見せるサクラに気付かないフリをして、カカシは言葉を続けた。 「じゃあさ、オレ、夕方には帰れるから・・・夕食一緒に食べない?っていうか、サクラの手料理が食べたいんだケド。」 「・・・何で私が!」 「あぁ〜、ソファで寝るとあちこち身体が痛いんだよね。」 カカシは首を左右に傾けながら両手を上へ上げると、『う〜ん』と伸びをした。 わざとらしい!! 「・・・何が食べたいのよ?」 「サクラvvv」 サクラのフォークを持つ手がふるふると震えている。 「・・・冗談だよ・・・。好き嫌いはないから、サクラが食べたいものでいいし。・・・と、時間だ。」 ちらりと時計を見やったカカシは読みかけの新聞をたたみ、腰を上げた。 いつものように面布で顔を覆うと、額あてをぎゅっと結ぶ。 「後は、ヨロシク。」 カカシはポケットから取り出した財布と家のカギをテーブルの上に置き、玄関へ向かった。 その背中にサクラの声が掛けられる。 「いってらっしゃい。」 何気ない朝の『送り出しの言葉』 それがカカシにとってどれだけ嬉しいものだったか・・・・サクラには理解できないだろう。 カカシはゆっくり振り向くと、片手を軽く上げた。 「いってきます。」 部屋に残されたサクラは、皿の上のトーストに添えられていたプチトマトをフォークで突付く。 皿の隣にはまだ湯気の立つミルクティー。 昨日は、コーヒーしかなかったんだよね? 冷蔵庫も空っぽで。 なのに・・・ テーブルの上には立派に朝食と呼べるものが並べられている。 しかも、コーヒーではなくてサクラの大好きなミルクティー。 先生・・・自分は朝、食べないって言った。 ということは、これらすべてはサクラの為で。 朝起きて買い物へ行ってくれた事も、料理をしてくれたことも、すべて・・・・。 サクラだけのため。 そう考えると、なんだか心が温かくなった。 サスケくんにフラレたというのに・・・。 こんなに穏やかな気持ちでいられるなんて・・・信じられない。 昨日、たくさん泣いたからかなぁ? 一人では泣けなかったのに、先生の顔を見るとほっとしちゃって。 昔から先生が傍にいるとすごく安心できるのよね。 ・・・なんでだろ? 昨日・・・カカシに告白された。 そのことを思い出し、サクラは桃色に染まる頬を両手で覆う。 ここまで自分の為にしてくれる先生からの告白が・・・冗談だとは思えない。 いや、例え冗談だったとしても・・・・・ このまま流されてみるのも、イイかもしれないわ。 まだ・・・サスケくんのことを想うと、どうしようもなく切なくなるから・・・。 少しの間でいいの。 サスケくんを・・・忘れさせて。 「サクラちゃん!」 紙袋を抱えた黒髪の少女がこちらへ走ってくるのが見える。 それは今、サクラにとって、サスケの次に会いたくない人だった。 彼女は全然悪くない。 彼女のせいではない。 私がフラレたのは、しょうがないこと。 わかってるのに、サクラは憂鬱になる気持ちは止められず、買ったばかりのスーパーの袋をぎゅっと握り締める。 万人に愛されるひたむきな少女。 彼女は本物の優しさと強さを持っている。 ・・・きっと、サスケくんもそんな所に惹かれたのだろう。 もちろん・・・私も大好きな友達。 「ヒナちゃん・・・」 はあはあと肩で息をするヒナタを見てサクラは少し心配になる。 自分も体力のあるほうではないが・・・この程度の距離で息が上がるのは忍びとしてどうなのだろう? 「・・サ・・クラちゃん、よかった・・・家に電話しても出ないし、携帯も繋がらないから心配しちゃったよ。今、家の方へ行こうと思ってたの。」 「え?ホント?」 サクラが慌ててポケットから携帯を取り出すと、待ち受け画面は真っ暗で・・・ 「・・・ごめん。バッテリー、きれてる。」 二人は顔を見合わせて笑った。 「あ、コレ。クッキー作ったの。サクラちゃんに味見してもらおうと思って・・・」 差し出された小さな包みは可愛くラッピングされており、開けるのがもったいないぐらいだった。 もう一つ同じ包みを持っているということは、きっとナルトの分だろう。 でも、ナルトはラッピングなんて気にも留めないでしょうねぇ・・ そんなことを考えながら受け取ろうとしたが、両手がふさがっていることに気付いた。 カカシのうちの台所をチェックしたサクラは、足りないものを調味料から全て買い込んでいて・・・おかげですごい量の買い物となった為だ。 そんなサクラの姿を見て、ヒナタから遠慮がちな言葉がかけられる。 「サスケくんの所へ行くんでしょ?荷物、一つ持とうか?」 何も知らないヒナタに『サスケ』と言われ、サクラは体を強張らせた。 その無邪気な微笑が心に刺さる。 「あ・・いいよ。大丈夫だから。それに、味見も必要ないと思うわよ?ヒナちゃん料理上手だし。・・・ごめん、私、急ぐから。」 慌ててその場を離れるサクラはいつもと少し様子が違うように感じたが、ヒナタは引き止めることも出来ずその後姿を見送った。 「・・・あれ?サクラちゃん、どこに行くのかな?」 ヒナタが見送ったサクラの後姿はサスケの家の方角ではなく、全く逆の方へと消えていった。 小さなダイニングテーブールの上に料理が並べられる頃、素晴らしいタイミングでカカシが帰ってきた。 「ただいまv」 「・・・お帰り・・」 ご機嫌なカカシが料理を並べているサクラの背後から両手を腰に回し、抱きしめる。 すぐに叫び声が上がるだろう、と冗談半分でやったこと。なのに、叫び声どころか完全無視だった。 「サクラ?」 カカシがサクラの前へと回り込み、顔を覗き込む。 泣いてはいない。しかし、何かを我慢するような曇った表情はカカシにとって泣いているも同然だった。 両手でサクラの顔をそっと包むとこちらへ向かせる。 「どうした?」 カカシの手の中で『なんでもない』という風に、サクラが顔をふるふると小さく振った。 「サスケに、会った?」 「・・・ちがう。・・でも。」 「でも?」 「何でもないよっ。ほら、先生!ご飯食べよう。私の手料理なんだから、残さ・・・」 『残さないで』と言おうとしたサクラの唇をカカシのそれが塞いだ。 「んっ・・」 サクラの言葉も、気持ちも、全部カカシが飲み込んでいく。 やさしく動く舌はサクラの思考を麻痺させた。 「ふ・・はっ・・」 唇が離れた途端、大きく息を吸い込んだサクラが可愛くて、カカシは喉の奥で低く笑う。 こういう『キス』には慣れてないみたいだねぇ。 「・・いきな・り、何すんのよ?!」 「キス。・・・したかったから。」 したかったから・・・って、?! 相手を無視して、ヤルものなの? そこまで考えて、サクラは大事なことに気が付いた。 一つは、さっきまでのもやもやした気持ちが吹っ飛んで消えちゃったこと。 もう一つは・・・・イヤじゃなかったこと。 突然で驚いたけど、先生とのキスがイヤじゃなかった、こと・・・・・! 「おいしそうだね。」 カカシの声にやっと我に帰ったサクラがつられてテーブルを見た。 二種類のパスタにポテトニグラタン。 お手製のドレッシングをかけた生サラダ、タンドリーチキン、わかめのスープ・・・・ ・・・よく見ると、サスケの好きなものばかりだ。 『サクラの好きなもの=サスケの好物』、といった図式がサスケと付き合っていた5年の間に成立していた。 私、先生にすごく失礼なことしたかも。 フラレた彼氏の好物ばかり作っちゃうなんて・・・ サクラはいきなりパスタの皿を持ち上げるとキッチンへと向かった。 シンクの上で皿をひっくり返し、パスタを捨てる。 「お・・おい、サクラ?」 唖然とするカカシの横をすり抜け、今度は両手にグラタンの皿を持ってきた。 それもシンクへと中身を捨てて・・・サクラはカカシに向き直る。 「ごめんなさい、先生。コレ全部、サスケくんの好きなものなの・・・だから、え・・っと・・ごめんなさい!」 意を決したようなサクラの表情に、カカシは心の中で満面の笑みを浮かべた。 バカだなぁ、サクラ。 そんなこと言わなきゃわかんないでショ。 でも、嬉しいかも・・・。 まるっきり脈なし、ってわけでもなさそうだ。 暫くの沈黙の後、俯いていたサクラの頭をカカシの手がくしゃくしゃと撫でた。 「サクラさぁ・・・オレのこと利用しちゃっていいから、付き合おうよ?昨日、考えてくれるって言っただろう?」 「・・・利用?」 「そう。サスケを忘れるためにね。」 サスケにフラレて約27時間後。 サクラはカカシと・・・付き合うことになった。 to be continue 2002.04.01 まゆ |
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