恋は焦らず 3





「ちょっと、どうなってんのよ、一体。私がいない間に何があったの?!」


サクラは今、木の葉通りのオープンカフェで3ヶ月ぶりに里へ戻ってきたばかりのいのと向かい合って・・・と言うよりは、一方的に詰め寄られていた。

「何がって?」
「すっとぼけてんじゃないわよ!!あんた、カカシと・・・あのセクハラ上忍と付き合ってるんですって?!」
「あ、うん。」
「・・・まぁ、百歩引いてあんたがカカシと付き合っているのはいいわよ。でもサクラ・・・自分のこと、なんて言われてるか知ってんの?」
「・・・大体。」
「『大物食いのサクラ』よ!!笑っちゃったじゃない。」

   『大物食いのサクラ』、か。
    他にもいろいろあったなぁ・・・。
   『二股サクラ』とか、『渡り鳥サクラ』とかねー。
   ゴロが良すぎて笑えるわ・・・。

サクラのふと遠くを見る目にいのが大げさなほど大きな溜息を付いた。
「アイツとはいつからなの?」
「んー、2ヶ月ほど前・・・かな。」
「サスケくんはどうしたのよ?」
「えへへ。振られた。」
「・・・」
軽く受け答えをしているが、いのはサクラがどれだけサスケのことを好きだったかをよく知っている。
きっとかなり泣いたに違いない。

   そこに付け込んだわねッ!アイツ!!

『顔の殆どを隠した、いつも飄々として掴み所のないヤツ。』
『いかがわしい本を白昼堂々と読む、セクハラ上忍。』
『自分の担当上忍だったアスマとは似ても似つかない怪しい男。』
・・・コレがいののカカシに対する認識だった。
意外にモテルという事実を知ったのはごく最近のことだ。

年頃の女性を対象に人気投票をしたならば上位を占めることは間違いないサスケとカカシ。
この二人を手玉にとった、とサクラはここ暫く里中の噂の的になっていた。

「振られた理由は?」
「・・・言わなきゃ駄目?」
「言いたくないなら無理には聞かないけどさぁ・・・じゃ、どこまでいってのよ?アイツとは。」
「ど、どこまで・・・って?」
「ヤったの?ヤってないの?」
「うっ・・・聞くかな、そんなこと。」
真っ赤になって俯くサクラにいのは追求の手を緩めない。
「もったいぶらずに言いなさいよ!」
「・・・まだ・・・シテない。」
「キスは?」
「あ、それは・・・。」

   ・・・してるのね。
   そーよね、もう子供じゃないんだし・・・相手が相手だもの。
   ヤってないのか不思議なくらいだわ。

意味深にニヤリと笑ったいのに頬を染めたサクラが叫ぶ。
「そう言ういのこそどうなのよ、3ヶ月の間シカマルと二人きりだったでしょ!任務そっちのけでイチャイチャしてたんじゃないの?」
「馬鹿サクラ。任務は任務でしょーが。」
二人顔を見合わせてくすくすと笑い転げた。

女友達とこんな感じで会話するのは、久しぶりだった。
サスケファンからはサスケを振ってカカシに乗り換えた、と顰蹙を買い・・・カカシの取り巻きからは意味もなく呼び出され、難癖をつけられる。
そんな日々が続いていたから・・・。
それもようやく最近落ち着いてきたばかりだ。

「私、もう行かなきゃ。」
チラリと腕時計に目を走らせ、伝票を持って立ち上がったサクラの手首を不意にいのが掴む。
「・・・サクラ。振られてやけになってカカシと付き合ってるんじゃないわよね?」
瞳の奥を探るような視線。
真顔で尋ねるいのにサクラもいつに無く真剣な表情を返した。
「最初はそうだったかもしれないけど・・・今は違うわ。」
きっぱりと言い切った後、恥かしそうに微笑んだサクラを見て掴んだ腕をゆっくりと離す。

「そう。それならいいのよ。」

そう呟いていのはサクラの後姿を見送った。

   どんなマジックを使ったのかしら?
   ・・・確かにサクラは恋している。








   『今は違う』

   今は・・・違うの。
   サスケくんを忘れる為でもなく、流されているわけでもなく。
   私は先生が好き。
   心の中では何度も言えるのに・・・声に出し、言葉にすることの難しさったら!!
   今日こそは頑張るわよッッ


サクラはまだ自分の気持ちの変化をカカシに伝えてはいなかった。
抜け目無い先生のことだ、もうとっくに気付いているかもしれないけれど・・・
それでも・・・サクラはきちんと自分の口から伝えたかった。
『好き』
その一言を。





「今日は何にしようかな?」

スーパーでかごを片手にうろうろと見て回る。

   この前はパエリヤ作ったんだよね。
   今日は・・・和風にしよっかな?

サクラは不規則な生活を送るカカシの世話を焼く様になっていた。
食事の世話から洗濯、掃除まで・・・。
お手伝いさんじゃないんだから!と突っ込むこともあるけれど・・・それが苦痛じゃないから恋って不思議だ。
・・・サクラは苦笑いをしながら茄子を手に取った。


「あ、サクラちゃん!!」

声のする方を見なくても誰だかわかる。
サクラのもとへと尻尾を振らんばかりの勢いでナルトが走ってきた。
「ナルト〜店の中では静かに・・・」
と、顔を上げたサクラの視界に飛び込んできたのはナルトだけではなくて・・・いつものメンバーだった。
ナルトと・・・ナルトの後ろにはサスケとヒナタ。
「みんなでバーベキューでもしようってことになったんだってば。後でキバとシノも来るって。」
「そーなの?良かったじゃない。たまには栄養のバランスの取れた食事をしなって!アンタ、ラーメンの食べ過ぎだから。」
「サクラちゃんも一緒に・・・」
「だーめ。私、今日は先生の所へご飯作りに行くの。」
「まだ、付き合ってるの?・・・別れちゃわない?」
軽口っぽいが結構マジなナルトのセリフを受け流し、でこピンを入れる。
「何言ってるのよ。じゃーね、ナルト。・・・あ、野菜も食べるのよ!」
後ろのサスケとヒナタにも軽く手を振り、そのままサクラは先にレジへと向かった。




   変わらないサクラ。

別れを切り出した時はただ黙って俯き、オレの言葉を聞いていた。
最後まで涙は見せず、笑ってさよならをした・・・。
もちろん、それがサクラの強がりだと言うことは十分に解っていたのだけれど。
気まずくなるかと思われた別れた後の顔合わせも意外にサバサバしていて拍子抜けを喰らった。
今思えばその頃すでにカカシが手を回していたのだろう。
担当上忍を辞めてから姿さえ見せたことが無かったカカシをよく受付で見かけるようになったのは・・・カカシ自身がサクラに逢うため。

   抜け目のないヤツだ。

カカシが昔からサクラのことを気に入っていたことは知っていた。
当時はただのロリコンだと思っていたのだが・・・そうではなかったらしい。
『サクラ』が好きだったのだ、アイツは。

   気にいらねー・・・。


「サスケくん?」
「おい!サスケってば!!」
二人に呼ばれてサスケは自分がぼうっとしていたことを知る。
「・・・なんだ?」
「なんだじゃないだろ、聞いてなかったのかよ?こっちとこっち、どっちにする?」
差し出された二つの種類の違う肉。
「・・・どっちでもいー。」
「なんだよ、それ・・・ヤル気がかんじられねーぞ、サスケ!」
ナルトはぶつぶつと文句をいいながら、それでも独断で片方を選びかごへと放り込んだ。
そんな二人の様子をハラハラと後ろから見ていたヒナタはサスケに視線を合わせた。
サスケがぼうっと見ていたのは・・・サクラが去っていった方角。

   どちらから、どういう理由で別れたのか、私は知らないけれど・・・
   サスケくん、サクラちゃんのことまだ好きなんじゃないかしら?

幸せそうなサクラを見た後なので、ヒナタはなんとも複雑な表情で溜息を付いた。








いつものようにサクラの作った食事をきれいに平らげ、食後のコーヒーを飲みながらサクラの傍でくつろぐ。
そして、初めて出逢った頃よりも丸みを帯びたやわらかい声が今日の出来事を話すのを聞く。
・・・これがカカシの新しい日常。

   なんて幸せなんだろう。
   二人だけの会話・・・二人だけの時間。
   オレの『サクラ』。
   あの時・・・7班の受け持ちを辞退しようと決めた時・・・
   こんな未来は想像すら出来なかった。

不意に笑顔を見せたカカシに自分のためのミルクティーをかき混ぜながらサクラが怪訝な表情をする。
「・・・なによ?!」
「いや?幸せだなって思っただけ。」
カカシの言葉にサクラが赤くなって俯く。会話が途切れ・・・沈黙が訪れた。

カカシがタバコを探し、胸のポケットを探る。
出てきたのは空箱で・・・そのまま片手でクシャリと握りつぶした。
ゴミ箱へ向かって放物線を描いたそれは縁にあたって床へと転がる。
「こら!不精者・・・」
サクラがカカシに向かって吐いた言葉は意味をなさず、途中で飲み込まれた。
不意に伸びてきたカカシの腕がサクラの後頭部へ周り・・・引き寄せたから。

「んっ・・」
絡み合う舌と舌。
サクラの長い髪を梳くように優しく撫でる手。
サクラにとって・・・すべてがどうでもいいと思える至福の時間。

ゆっくりと離れていく唇をサクラはうっとりと物足りなさ気に目で追う。
潤んだ瞳で見上げられ、カカシはこのまま押し倒したい衝動をなんとか押さえ込んだ。
しかし、もうそれも最近では限界に近づきつつある・・・。

「・・・いつも突然よね、先生ったら・・。」
「タバコがなかったから。」
「タバコがないからって・・・キスするの?」
「いいでショ、別に。オレはサクラが好きなんだし。」
「・・・」
「いいでショ?」
「・・・いいけど。」

頬を染めて呟くように答えるサクラにカカシは無言の笑みを浮かべる。

   付き合い始めは息継ぎも出来なかったのにねぇ?
   舌を絡めても逃げなくなったし。
   そろそろ次のステップにいきたいんだけど・・・。
   まだ聞いてないんだ。
 
   ・・・次へ進む合言葉を。


カカシはサクラを背後から抱え込むように抱いた。
こうするとサクラは猫のようにカカシに擦り寄ってくる。
あつらえたようにすっぽりと収まるそこは居心地が良くて・・・安心するらしい。
「先生・・・。」
「ん?」
「・・・何でもない。」


   先生が待ってる。
   先生が、待ってる。
   先生が待っているのは紛れもなく・・・私の言葉。
   わかってるのに!!

きっと自分の『好き』という一言がなければこれ以上先へ進まない・・・進めない。
頭ではそう理解してても、勇気の足りないサクラはきっかけを掴めずに他愛もない会話で場を濁す。
これもまた、いつものことだった。

暫くサクラの出方を待っていたカカシはしょうがないと苦笑する。

   まだ、ダメ?
   一体いつ言ってくれるのかねぇ・・・?
   オレ、そろそろ限界・・・。

カカシの冷たい指先がサクラの頬に触れた。
そのままつい・・っと細い顎へすべり、顔を上げさせる。
「先生・・・。」
カカシはサクラの吐息と共に胸の奥に隠された言葉をも飲み込んだ。

「・・・サクラ。」



今日もまたお互いの胸のうちを隠したまま時間だけが過ぎ、東の空が白くなりゆく・・・。








to be continue







2002.09.09
まゆ