恋は焦らず 1




春野サクラ 17歳。
今日、5年間付き合ってた彼にフラレました・・・・



楽しいはずの今日のデートは早々とお開きになった。

   ・・・っていうか、もう『終わり』なのよねぇ・・・

不思議と涙が出ない。
サクラはまだ実感がわかず、彼の・・・サスケの言葉を頭の中で反芻していた。

   『お前より気になるヤツが出来たから・・・』
   『心配でほっとけないんだ』
   『アイツがナルトを好きなのは十分にわかってる』
   『それでも・・・』
   『すまない、サクラ。』

「すまない、か。」
長く伸びた髪を指でくるくると巻きつけながら呟いた。
彼が好きだといった長い髪。
毎日の手の込んだヘアケアーのおかげで枝毛などあろうはずもなく、指を解くとさらりと流れる。
「謝られても、ねぇ?・・・しょうがないじゃない。」

   しょうがない?
   私はホントにそう思ってるの?
   まだ、好きなのでしょう?彼のこと。
   どうしてそんなに物分りのいいフリをするのよ?

「はぁ・・・・」
あてもなくブラブラと街の中を歩きはじめてもう3時間は経つ。
太陽は山裾へと沈み、薄暗くなってきた繁華街はネオンが燈って夜の顔へと姿を変える。
サクラは街路樹の下にあるベンチに腰掛けて、腕を組んだ恋人達が通り過ぎるのをぼうっと見ていた。
去年から一人暮らしをしている為、当然家には誰も居なくて・・・

   家に戻っても一人ならまだココにいるほうがいい。

夜の街のざわめきが心地よく、何も考えなくてすみそうだった。


「あ・・・カカシ・先生・・・?」
遠くから歩いてくる懐かしい青銀の頭が人ごみの中、ひょこひょこと揺れている。
その隣には・・・彼女だろうか?さもカカシの好きそうなメリハリのあるボディのお姉さまが腕にすがりつくように引っ付いていた。

2年ぶり、だった。
彼が7班の上司を辞めてから一度も逢うことがなく、今に至っている。
サクラは跳ねるように立ち上がると真っすぐカカシへと走り出した。



「せんせ!」
サクラはいきなりカカシの背後から飛びついた。そう、昔よくナルトがやっていたように・・・。
背後からの急なタックルに躓きながらもカカシが振り返る。
「サクラ〜!!」
「へへ。ひさしぶりだねv」
「・・・元気にしてたか?」
「もちろん♪」
なんとなく、話が長くなりそうな気配を察知した女性は甘えるようにクイッっとカカシの服の裾を引いた。
「カカシ?」
「あぁ・・・」
先生が女の人呼びかけに軽く頷くのを見て、サクラも負けじと反対側の裾を引っぱる。
「先生、2年ぶりなのよ?!」

   さあ、どっちを選ぶの?!

ふたりの女性に睨まれて・・・カカシは肩を落とし短いため息をつくと、連れの女性の方を向き両手を合わせて謝った。
「ゴメン!この埋め合わせは・・・・」
と、言いかけた言葉は最後まで告げることは出来なかった。
バシッという小気味よい音と共にカカシは平手打ちを喰らい、そのまま女性は振り返りもせず去っていく。
「ははは。『埋め合わせ』は出来そうにないね。」
「お前なぁ・・・人事のように言うなよ〜誰のせいだ?」

   面布の下はきっと赤い手形が付いているに違いない。

「私のせい?」

   自分を見上げて不敵に微笑むサクラはホントに可愛くて。
   ・・・やっぱり、まだ好きなんだよなぁ・・・

「・・・イエ。オレです。」
触らぬ神になんとやら・・・カカシはぼそっと答える。
とにかく、サクラはカカシが『ナイスバディのお姉さま』ではなく自分を選んでくれたことがとても嬉しくて・・・自然と笑みが広がった。

   そういえば先生は昔から、私の我侭なら大抵聞き入れてくれたのよね〜♪

   唯一どうしても聞いてくれなかったのは、『7班の上司を辞める』こと。
   あんなに一生懸命お願いしたのに、どうしてもダメだった。
   ・・・後にも先にもその一回だけ。

「で、サクラはどうしたんだ?今にも死にそうな感じだぞ?」
「・・・私、そんな悲壮な顔してる?」
「してる、してる。大方、サスケと喧嘩でもしたんでショ。」
『サスケ』と言ったとたん、サクラの顔から笑みが消えた。

   しまった・・・地雷踏んだか?

「あ・・まぁ、なんだ・・・気にすんなって。仲直りの方法なら一緒に考えてやるし・・・な?」


その言葉にサクラはとうとう泣き出してしまった。





「コーヒーしかないけど・・飲む?」
サクラがわずかに頷いたのを確認して、カカシはキッチンに立った。

   どうしたんだろう、私。
   一人でいるときは全然涙なんて出なかったのに・・・・
   先生の前でこんなに泣いちゃって。

スズッと鼻を吸い込みながら、先生が貸してくれたタオルで瞳を軽く抑えた。
ほぅ、吐息を吐きあたりを見回す。
昔と変わらない先生の部屋。物が少ないのになぜか雑然とした感じがして、女の気配はカケラもない。
ようやく涙が止まり、少し落ち着いた様子のサクラを見てカカシが口を開く。
「・・・喧嘩の原因は?」
「喧嘩じゃないの。・・・・今日、別れたのよ・・・サスケくんと。」
「え?」
予想外の言葉にカカシは両手にマグカップを持ったまま固まった。

   うそだろ、オイ。
   そりゃー、まだこいつらは若いけど・・・結婚までいくと思ってたんだぞ?
   二人が結婚したら、いくらなんでも諦めがつくだろうから・・・
   それまでは逢わないようにと気を付けていたんだ。

   ・・・今日逢ったのは、ホントに偶然で・・・
   好きだった子が・・・イヤ、今も忘れられずにいる娘が・・・
   自分のすぐ目の前で『彼と別れた』と言って泣いている。

   オレはこの『偶然』をどう受け取れば???

カカシはとりあえず持っていたマグカップを差し出す。
猫舌の先生が入れる少しぬるめのコーヒーも・・・何もつけない素顔の先生も、2年ぶりだな・・なんて思いながら、サクラは両手で受け取った。
そのままコーヒーを口に運び、コクコクと飲む。
「!・・うわっっ、何コレ!」
何とも言えない不思議な味と、飲んだ後からくるカーッとした熱。
「あ、ワルイ。サクラのはこっちだ・・・」
中身が約半分になったマグカップを取り上げると、代わりにカカシが持っていた方を差し出した。
「それ、何入れたの?」
「ブランデー」
「よくそんなもの飲めるわね・・・」
「オトナですから。」
「何よ、私が子供だって言いたいの?もう17になるんだから!立派な大人でしょ!」
「・・・立派な、オトナの女?」
意味深に訊ねるカカシにサクラは眉を寄せた。
「何が言いたいのよ。」
「べつにィ。そんなことよりさ、何で別れたか聞いてイイ?」
「・・・せんせぇ・・・よくそんな傷を抉るようなこと聞けるわね。慰めてよ!!」
「慰めてほしいの?」
「え?」

   2年ぶり、だからかなぁ・・・?
   先生・・・時々、知らないヒトに感じるよ・・・

不思議そうな顔をして黙ったサクラにカカシが言葉を続けた。
「例えば・・・サクラは何も悪くないよ、とか・・サスケだけが男じゃないでショ、とか?」
「そ、そうよ。」
二人は小さなガラスのテーブルを挟んで向かい合ってソファに座っている。
カカシはテーブルに中身のなくなったマグカップを置くと、その手をサクラへと伸ばした。
不意に手首を捕まれ、こぼしそうになるコーヒーにヒヤリとしながらサクラが喚く。
「ちょ・・ちょっと、何すんのよ。こぼれちゃうじゃない!」
カカシは黙って空いている手でサクラのマグカップももぎ取るとテーブルに戻した。
「せんせ?」
捕まれたままのサクラの左手。
カカシはその手をゆっくり引き寄せると、その細い手首に・・・唇を押し付けた。

   『偶然』に感謝を。
   一度は諦めてしまった、この恋。
   限りなくゼロに近い確率でも・・・今度は・・頑張らせて?

カカシの触れた唇はすぐに離れてしまったけれど・・・とても優しくて。
サクラの心の奥がざわりと震えた。

「アイツのこと忘れるには、新しい恋が一番でショ。・・・オレのこと考えてみる気、ない?」

思いもかけない言葉に、サクラの大きな翡翠色の瞳がカカシを見つめる。
「先生・・・?」
「・・・もう、先生じゃないし。」

   先生と生徒でも、上司と部下でもない。
   ただ少しばかり歳の離れた男と女。

「考えてみてよ。」
カカシは握ったままだった手に少しばかり力を入れた。
「え・・あ、・・うん・・・・。」
曖昧なサクラの返事にカカシはひらりとテーブルを跨ぎ、詰め寄る。
「どっち?」
面布をつけない端正な顔。サスケとはタイプは違うけれど、カカシも十分にモテる。
サクラのように、額あてを取った左右色違いの瞳までも見た者は殆どいないが・・・

   何、ドキドキしてんのよ?私。
   信じられない・・・
   サスケくんに『さよなら』言われてから一日も経ってないのに!

「・・・考えてあげてもいいわ。」

告げた言葉は余裕があるように聞こえたが・・・薄く色づいた頬は熱く、やたらと心臓の音が煩くてしょうがない・・・

サクラはそれら全てを先ほど口にしたブランデーのせいだと勝手に決め付けた。



to be continue








2002.03.21
まゆ