残像 2 ○月×日 見たい映画があるって、強引に誘っちゃった! 外で待ち合わせよ?私が迎えに行くんじゃなくって!! 先生と付き合い始めて半年経つけど…こんなちゃんとしたデートって初めてかも?! いつも任務の帰りにお茶する程度なんだもん。 休みの日だって、先生、家から出たがらないし。 …まぁ、それはそれで楽しいんだけどさ。ソレばかりもねぇ? たまには手を繋いで街を歩いたりしたいじゃない? 先生、かなりしぶしぶだったケド… これぐらいの我侭、可愛いモンでしょ。 あぁ…今度の休みが待ち遠しいわ! 洋服、ちゃんと選んでおかなきゃ。 「だから、ゴメンって」 「その謝り方…誠意が足りないのよッ!」 「サクラぁ…」 珍しく遅刻せず集合場所に現れたカカシはひたすら手を合わせてサクラに謝っていた。 上忍の威厳もあったものではない。 近頃ではお馴染みの光景に何の感慨もなく、ナルトとサスケは呆れて先に歩き出す。 今日の任務は薬草摘みだ。 ふた山離れた谷まで行かなければならない。 早くしないと日暮れまでに戻って来れなくなる。 本来ならば上司であるカカシが考慮しないといけないことだろうと顔を見合わせた二人は…背後から聞こえる情けない声に更に肩を落とした。 谷に着き、薬草を摘み始めてもサクラの機嫌はあまり良くなってはいなかった。 竹を割ったような性格のサクラには珍しいことだ。 「カカシ先生、何やったの?」 手だけは忙しく動かしながら恐る恐るナルトが尋ねた。 「聞いてくれるー?!」 待ってましたとばかりに振り向き、早口でまくし立てるサクラは…やはり可愛かった。 怒った顔も、可愛い。 「ちょっと、ナルト!!聞いてんの?」 意志の強そうなエメラルドの瞳が真っすぐ自分の方を見ていて…ナルトは全てを見透かされた気分になる。 カカシと付き合っていることを知っていてなお止まらない自分の気持ちを。 目の前の少女のみに感じる優しい空気を…… 「あ、うん。」 慌てて返事を返し、取って付けた様に笑ったナルトにサクラは眉を顰めた。 「何?私の顔、何か付いてる?」 「…何でもないってば」 ナルトの言葉に納得しないまま、それでもサクラは前を向いて薬草摘みを再開する。 「ほら、アンタも手を動かす!」 サクラに急かされて、ナルトも薬草に手を伸ばした。 「だからね、3時間も待たされたのよ!映画館の前で!!」 先ほどの話の続きだと気づくのにナルトは少しの時間を要した。 その間も華奢な指がブチブチと必要以上の力で薬草を摘んでいく。 サクラの籠はもうすぐ一杯だ。 「いい笑いものだったわよ。他の待ち合わせの女の子にはちゃんと彼氏が迎えに着て映画館に入っていくのに私だけが待ちぼうけなの」 「…それは惨い…」 「でしょ!!でももっと惨めだったのはその映画が終わっても私はまだ一人で先生を待ってたってことよ」 「…」 「映画を見終えたカップルが私の方を指差して何か言ってるワケ。聞こえなかったけど、絶対かわいそうとか言われてたんだわ…ムカツク!」 サクラの行き場の無い怒りの矛先を向けられた薬草が今度は根元から引き抜かれた。 「…サクラちゃんさぁ…」 「何?」 「なんで先生と付き合ってるんだってば。…オレにしとかねぇ?」 「え?」 「オレ、絶対サクラちゃんにそんな思いさせたりしないのに」 「ぅわ…」 突然のナルトの告白めいた言葉に、サクラは頬を染めた。 最近、富に逞しくなってきたひよこ頭の少年が妙に眩しく見える。 サクラが口を開けかけた時、その口を背後から伸びてきた大きな手が強引に塞いだ。 「何やってるのかなぁ?お前達は」 突然現れたカカシはそのまま背後から覆いかぶさるように片手でサクラを抱え込む。 「サクラはオレのだよ?」 飄々と言ってのけたカカシに口を塞がれたままのサクラが抗議の声を上げた。 「ンンーッ」 「ほら、サクラもそう言ってるし」 …違うと思う。 「そうは聞こえないケド」 ボソッと呟き、猜疑の瞳でカカシの顔を見上げたナルトは…そのまま固まった。 「ん?何か言ったか?ナルト…」 目が笑ってねぇ… 表情こそはいつもと変わらないが…いや、むしろ温和な笑みをはせているのに…目だけはナルトを射抜くように鋭いものだった。 そんなに取られたくなければもっと大事にすればいいじゃん! サクラちゃんがかわいそうだってばよ… 「…なんでもない」 「あ、そう。じゃ、向こうへ行ってろ。オレはサクラに大事な話があるの!」 不満げなナルトの返事にも気にとめる様子はなく、カカシは野良犬でも追い払うかのようにシッシッと手を振った。 「ン−…フガッッ」 「痛ってー!!何するんだよ、サクラッ」 「何じゃないでしょー!ナルトに失礼なこと言わないで」 カカシは思わずサクラの口を覆っていた手を離し、覗き込む。 そこにはしっかりと小さな歯型が付いていた。 「サクラぁ…」 相変わらず背後から抱きついたままの姿勢でカカシはサクラの細い首筋に顔を埋める。 「甘えてもダメよ?まずナルトに謝って頂戴。」 「…ごめん」 言葉だけ謝られても…ね。 ちらりと一瞥してきたカカシの目はやはり『サクラに手を出したら殺す』と物語っている。 結局いつもこうなんだってば。 サクラちゃんもカカシ先生も。 喧嘩はいっぱいするけど…文句ばっかり言ってるけど… それでも。 他の誰かが割り込む隙なんて、1ミリもないんだから…… ナルトは薬草の入った籠に視線を落とし、ひとり大きく息を吐いた。 「カカシ!」 離れた場所で薬草を摘んでいるはずのサスケが音もなく現れた。 「…何やってんだよ、エロ上忍!!」 「お前ねぇ、仮にも上司に向かってその口の利き方はどうなの?」 カカシはやっとサクラから離れ、面倒くさそうにガシガシと頭を掻く。 「んなことはどうでもいいだろッ!それどころじゃねぇんだよ。ちょっとこっち来てくれ!」 「…どうした?」 サスケのただならない雰囲気にカカシの表情が一瞬にして変わった。 「ヤバそうなもの、見つけたぜ」 「あれは…」 サスケに案内されて来た場所は切り立った崖淵だった。 そこから僅かに見える谷間に…カカシはあるはずのない光景を見た。 白、紅、紫と一面に咲き乱れるその花畑は確かに人工のモノ。 普通の角度ではこちらからは全く見えないよう工夫されている。 見つけたサスケの方を褒めてやるべきだろう。 「花畑だ!!」 やっと見えたのか、ワンテンポ遅れてナルトが叫ぶ。 「花は花でもこれは…」 カカシの言葉は途中で途切れた。 思案顔で前方を見据える。 最近粗悪品のドラッグが大量に出回っているという情報があったが… 「ただの花畑じゃん。なんか問題あるのかよぅ?」 「お馬鹿ッあの花は…芥子よ!」 目を凝らして花を見ていたサクラが断言する。 「けし?」 「ほんっとに何も知らないのねぇ、アンタ。芥子って言えばアヘンじゃない」 アヘンという言葉にも首を傾げるナルトにサクラは更に呆れた声を出した。 「熟れてない実をすり潰して乳液をとってね…そこからアヘンを精製するの」 「だからソレ、なんに使うんだってば?」 「…ウスラトンカチ」 ガックリと肩を落としたサクラとサスケに代わってカカシが答えた。 「戦場では痛み止めの代わりに持ち歩く忍も多いけどね、常用すればとんでもないことになる代物だよ」 「とんでもない?」 「人格破壊。ワケのわからないことを口走ったり悪夢を見たり…ま、壊れ方は人それぞれだけど」 それ故、栽培や購入経路は火影様の管轄になっている。 カカシの記憶が正しければこんなところに栽培用の畑は存在しない。 報告しないと… 「今日の任務は中止だ。すぐ里へ帰るぞ」 踵を返したカカシの足元に何かが転がってきた。 視界に捕らえた瞬間、サクラを思い切り突き飛ばす。 サクラが五メートルほど前方に膝を付いた時、ドン、という地響きのような音がして先ほどまで立っていた場所が跡形もなく吹き飛んだ。 …カカシとサスケ、ナルト共々。 あまりの突然な出来事にサクラは言葉を失った。 すぐさま切り取られた崖淵へと走り寄る。 「先生!!」 立ち込める土煙の中、崖へクナイを打ち込みかろうじてぶら下がっているカカシを見つけるとサクラはホッと胸を撫で下ろした。 カカシの片手にはサスケとナルトも掴まれており、気絶しているようだが二人も無事だ。 「先生、大丈夫?!何が起こったの?」 「隠れるんだ!早く!!」 自分をを助けようと崖から身を乗り出して手を伸ばすサクラにカカシが叫んだ。 「遅い」 数メートル離れた木陰から一人の男が現れる。 第三者の出現にサクラはカカシのいる崖を背に立ち上がるとクナイを抜いた。 「誰?!」 「そんな物騒なモンしまいな、お嬢ちゃん。震えてるじゃないか…ん?」 男は数歩サクラに近づき、感嘆の声を上げる。 「ほう。こりゃまたべっぴんさんだ」 「こっちに来ないで!!」 更に近づこうとした時、男はカカシの手が崖の淵に掛かったことに気がつき足を止めた。 「しつこいヤツだな」 「…サクラに近づくなよ」 腕力だけで自分と二人の身体を引き上げることは容易ではない。 カカシはやっと見え始めた地面にクナイを突き立て、男を見据えた。 「お前の顔、どっかで見たことあるぞ。確か手配書に載ってた…」 「俺もオマエのこと聞いたことがあるよ…コピー忍者だろ?たしか、写輪眼のカカシだったよな?」 「こんなトコで何してるんだ?忍を辞めてせっせと麻薬作りか?」 「ははは!そうだよ。ボロイ商売さ!金持ちを見つけて常用させれば金なんて面白いように転がり込んでくるんだからな」 「…下衆が」 「そう言うなって。木の葉の里にも顧客はいるんだぞ?」 得意げに語る男はちらりとサクラに目を走らせた。 「オンナは使えそうだから殺さずにいてやるよ。へへ…」 カカシは男の下ひた笑いに吐き気を覚える。 サクラだけでも先に逃がさなければ… あと少し…時間さえあれば這い上がれるものを! 未だ意識を取り戻さない二人を片手にぶら下げたまま、身動きが取れないカカシは歯痒さに臍を咬んだ。 派手な動きをすれば攻撃されるのは間違いない。 話を引き伸ばしながら、カカシは何か手立てはないものかと考えを巡らしていた。 そんなカカシから目を離さず、男がおもむろに懐から取り出したのは…手のひらほどの手榴弾。 先ほどカカシの足元に転がってきたヤツと同じものだ。 ヤバイ!! 男の手によってその導火線に火がつけられた。 「これで終わりだ。はは。写輪眼のカカシもあっけないねぇ?」 引火した導火線はみるみる短くなっていく。 限界に達した時、カカシを狙って放られたそれは緩やかな弧を描いて飛んだ。 「サクラッ!逃げろ!!」 カカシの血を吐くような叫び声にサクラが振り向く。 怯えていると…泣いているかもしれないと思っていたサクラの予想外の表情にカカシの鼓動が跳ね上がる。 笑顔、だった。 幸せそうに笑ったサクラはカカシに何か呟き、またすぐに背をむける。 そして躊躇いなく駆け出したその先は男の手を離れたばかりの手榴弾。 サクラは手にしていたクナイを投げ捨てると同時に手榴弾を受け止め…それを両手で握り締めたまま男の懐へ飛び込んだ。 「サクラ!!」 再び訪れた、閃光と爆音。 真っ白な世界。 …全ては一瞬の出来事だった。 2003.04.22 まゆ 2008.11.16 改訂 まゆ |
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