それはとても晴れた日で。




東の空に黄金色の太陽が昇る。
一日の、始まり。
カカシは寝坊した時と同様に手早く支度を済ませると家を出た。
朝日を浴びるのは久しぶりで…瞳を細める。

朝日ってこんなに綺麗だったっけ?

今までそんなこと思いもしななかったのに。
しかし、今朝…カカシの瞳には全てが違って見えた。

空も。
風も。
草木も。

神の存在を感じるってこういうことなのだろうと、ふと思った。
今まで得ることのなかった穏やかな気持ちにカカシは苦笑する。
夢とも現とも区別の付かない昨夜の出来事はそれほどまでにインパクトがあったということか。

いつものようにズボンのポケットへと両手をつっこむ。
右のポケットに異物を感じて、慌てて手を出した。
そこには三人に当てた手紙が入っているのを思い出し、カカシは行き場を失った右手で頭を掻いた。

アカデミーへと続く一本道をゆっくりと歩く。
確か演習所の倉庫の中にシャベルがあったはずだ。
カカシはそのシャベルをタイムカプセルを埋める穴を掘るためにいくつか借りるつもりだった。

貸し出しには届出が必要なんだけど…ま、いいデショ。

イルカ先生にはバレるかもしれないなぁと、取り留めのないことを考えていたその視線の先に、カカシは見慣れた後姿を見つけた。
こんな所に居るはずもない少女だ。
半信半疑で声を掛ける。

「サクラ?!」

薄紅色の髪がふわりと舞って、少女がこちらを見た。
間違いなくサクラだと確認すると同時に、カカシは一瞬にして距離を詰める。
自分の正面に現れた担当上司に驚くことなく、サクラはカカシに話しかけた。

「おはよう、カカシ先生。どうしたの、こんな朝早くに」
「おはよ。サクラこそどうしたのさ?集合時間は9時だろ」
「私は…目が覚めちゃったから。朝の散歩!」
「ふぅん。怖い夢でも?」
「違ーう。でも、悲しい夢。多分。…覚えてないけど、朝起きたら泣いてたし」
「そっか」

カカシは短く言葉を返してサクラの薄紅の髪をくしゃくしゃと撫でた。
先生らしい慰めの行為だとわかっていたが、サクラは逃げるようにカカシの下を離れる。

「やだ、止めてよ!ちゃんとセットしてきたのにぃ」
「気にしない気にしない」
「…先生じゃあるまいし、気にするわよ!」
「はは。あ、そうだ!暇ならサクラも付き合わない?」
「…何処に?」
「演習所の倉庫。シャベルを取りに行くの」

サクラは少し考える素振りをした後、もったいぶった言い方でOKの返事をした。
結局のところ…サクラも時間を持て余していたのだ。
二人並んで歩きながら、いつもと違った雰囲気のカカシに気が付いたのか…サクラはカカシの顔をまじまじと見つめた。

「先生…何かあった?」

サクラはいつまでも瞳を逸らさない。
根負けしたカカシがぽつりと一言、消え入りそうな声で呟いた。

「昨日…ね。大事な人を置いてきちゃったんだ」
「え?」
「まだ泣いてるかもしれない」
「…それはとても心配だね」

あぁ、だから今日の先生は少し変なんだと納得したらしい翡翠の瞳が僅かに曇った。
カカシが初めて匂わせた恋人の存在にサクラは驚きつつも同情を禁じえない。

「心配、か」

…どうかなぁ。
あの娘は強い子だし、ナルトとサスケもついている。
心配は…して、ない。

黙ったまま考え込んでしまったカカシを見て、サクラは真剣な表情で問いかけた。

「もう逢えないの?」
「逢うつもりはないよ」
「何、ソレ?好きな人なんでしょう?」
「もちろん。でも一緒には居られないの」
「…私達がいるから?」
「違う。単なるオレの我侭」

こちらを窺うように見つめてくるサクラに、カカシははっきりと否定の言葉を返した。

「オレには此処からあの子の幸せを願ってやることしか出来ない……」

涙さえ、拭ってやれないんだ。

カカシの独り言のような呟きと自嘲気味の表情は何故かサクラの胸を締め付けた。
今朝、起きたときの…あの、疼くような甘い痛みを思い出す。

「想いは必ず届くよ、先生。どんなに離れてても大丈夫!私はそう信じてるもの!」

言い聞かせるように、強くはっきりと。
サクラはカカシに告げた。

「その人も先生の気持ちをわかってくれてるよ、きっと。だから…もう泣いてない」
「そうかな?……じゃ、サクラを信じてみますか」
「任せといてよ!」

何処から来るのかわからないサクラのその自信に、でもサクラの言葉だからこそ…カカシは安堵の笑みを浮かべた。

もう演習所の倉庫は目の前だ。
鍵など、もとより付いていない。
カカシは錆び付いた開き戸を音を立てながらこじ開け、少しかび臭い倉庫の奥から2本のシャベルを無断で拝借した。












「サクラは十年後…どうしてると思う?」

会話が途切れてサクラが居心地悪さを感じ始めた時、不意にカカシが尋ねた。
束ねて持っていたシャベルを左手から右手へと持ち替える。
意外に重くて…カカシはだるくなった左肩をほぐすように軽く回した。

「サスケくんと両想いになってて、サスケくんとデートしてる!」
「…ホント、サスケが好きだねぇ」

予想通りの答え過ぎて、呆れたようにカカシが呟く。

「いいじゃないよぅ。先生は?」
「え?」
「先生は何してるかなぁ?」

興味津々という感じでサクラはカカシを見上げた。

「…イチャパラでも読んでるさ」
「そんなの、面白くなーい。……あ、サスケくんとナルト!!今日はみんな早いね!」

集合場所の橋の袂に二人の姿を見つけ、サクラは嬉しそうにカカシに告げた。
その笑顔を眩しそうにただ眺めるだけの自分から離れて…少女は少年達の下へと駆け出す。
カカシは声を張り上げた。

「サクラ!!」

「なぁに?先生」

呼び止められて、サクラが振り返った。
小首を傾げる姿が愛らしい。

「十年後も二十年後も…どこにいようがオレはサクラの幸せを祈っているよ。サクラが笑っていられるようにね!」

サクラは一瞬不思議そうな顔をしたが、それが先ほどの質問の答えだと気付いてにっこりと笑った。

「ありがと!」



やがて訪れる未来はまだ遥か遠く…カカシは再び空を仰いだ。
いつの間にか頭上近くに昇りつつある太陽は全てのものに平等に降り注いでいる。
南風が手櫛で整えただけの髪の毛を悪戯に絡めるのさえ気に留めず、カカシは『サクラ』に想いを馳せた。

今を吹き抜けるこの風が『サクラ』のもとに辿り着く時、大人になった少女の…濡れた頬を優しく撫でることを願いながら。



…側に居ることの出来ない、自分の代わりに。












それはとても晴れた日で。
十年後の未来のことなんて、ちっとも本気で考えてなかった。

無邪気な子供の私と………

全てを知っていた、先生。









2年ぶりの掘り出し物。
書きなぐってあったルーズリーフの切れ端から言葉を拾ってみました。
少し前にちらほらとタイムカプセルの感想を頂いたので埋もれていたSSを思い出した次第です。

時間が経ってるので繋がりに違和感があるかも、ですが…。
カカシが大人サクラに逢った後のタイムカプセルを埋める朝、となっております。

…イメージを壊してしまったら申し訳なく。


2004.10.02
まゆ



2008.11.24 改訂
まゆ