タイムカプセル 2 タイムカプセルを埋めたことが節目の意味を持ったのか、それからすぐに7班のスリーマンセルは解かれることとなった……… 「やることはやったんだから、大丈夫よ!」 サクラはベッドに潜り込むと、布団を頭まで被ってぶつぶつと呟く。 ペーパーテストには自信がある。 問題なのは…… 「はぁー…」 もう何度目になるかわからないため息が漏れた。 明日はサクラにとって、2度目の中忍試験の日。 今度は絶対受からないと… これ以上、ナルトとサスケくんに引き離されるワケにはいかないもの!! 緊張の為、眠れないサクラは何度も布団の中で寝返りをうった。 「大丈夫…大丈夫…あー、もうっ…」 どうしたらいいの?こんなんじゃ、明日…… 「眠れないの?サクラ…」 サクラ以外誰もいないはずの部屋に低い男の声が響き、一瞬ビクリと身体がこわばる…が、でも懐かしいそれにサクラは安堵の吐息を吐いた。 「…カ…カシ……せんせぇ?」 「あたり」 サクラが恐る恐る布団から頭を出すと、薄暗いルームランプの光に照らし出された銀色の髪が見えた。 カカシは音もなくサクラの枕もとに近づくと、そのまま屈み込む。 そして、伸びてきた手が…昔よくそうしたように……サクラの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。 「せんせぇ、どこから入ってきたの?」 笑いをかみ殺しながら、サクラが訊ねた。あまりの突然の出来事に怒りや驚きを通り越し、おかしくてしょうがない。 「ん?、ちゃんと窓から入ってきたぞ?」 ちゃんと、窓から…ね。 でも、そんなことはどうでもいいわ。 だって一年ぶりなんだもの! 「いつ帰ってきたの?」 サクラはベッドから身体を起こしながら訊ねた。 「ついさっき。…ナルトもサスケも元気だよ」 「そう…」 サクラはカカシの言葉に、自分の知っている彼らが更に逞しく成長したことを感じ取った。 中忍試験の前日に緊張で眠れない自分が情けなくなってくる。 「明日の試験、受けるんだろ?」 カカシの言葉にサクラはコクンと頷いた。 「大丈夫だよ。サクラもちゃんと成長してるから」 「…なんでわかるの?」 この一年間、まったく里に帰れなかったクセに! 「そんなの、サクラの顔を見ればすぐわかるよ。…会えない間、ずっと心配してたんだぞ」 「…ホント?」 「ああ」 再び伸びてきたカカシの手が、サクラの頭を無造作に撫でる。 「…額当てを交換する?」 突然のカカシの言葉に意味がわからず、サクラは首をかしげた。 「知らない?木の葉の里に古くから伝わるおまじないだよ。お互いの無事を祈るんだ。サクラが無事に試験を終わらせることが出来るように…」 そういいながら、カカシは自分の額当てを外した。 薄暗い部屋で左右色違いの瞳がサクラを真っすぐに見つめ、ゆっくりと微笑むとその小さな手に額当てを握らせる。 小さなキズが沢山ある額当て。 それを見つめるサクラをカカシは自分の胸へと引き寄せ、抱きしめる腕に力を込めた。 「せ、せんせぇ…ちょっ…と?」 突然のことにカカシの腕の中でもがき出したサクラは、カカシがポツリと呟く声を聞いた。 「あぁ、やっと帰ってこれた……」 「お帰りーサスケくん!…ついでにナルト。あ、先生もね!」 任務から帰ってきたばかりのカカシ達は、受付の外でバッタリとサクラに会った。 オレとナルトは…ついでの『オマケ』ね。 カカシは相変わらずのサクラの言葉に苦笑すると、報告書をパフっとサクラの頭に乗せるように軽く叩いた。 「やだ、もう」 カカシの腕を払いのける仕草がやけに大人びて見えて、カカシは少し驚く。 女の子は成長が早いというが… 仕草とか、表情とか…とにかく、会うたびに女らしくなっていくサクラに、このところのカカシは内心ドキドキしぱなしだった。 痩せすぎていた身体は女性特有の丸みを帯びたものに変化を遂げていた。 中忍になってから伸ばし始めた髪はひとまとめに結い上げられおり、そこから見える細いうなじがほんのりと色気を漂わす。 そして…何よりもそのやわらかな微笑が。 この笑顔を…あと、どれぐらいの間、見ていられるんだろう? 出来ることなら…その死の直前まで……… 「サクラちゃん、メシ食べにいかねぇ?」 ナルトの誘いにサクラはちらりとサスケへ視線を向ける。 「みんなで?」 「…ああ」 サスケの一言に嬉しそうに微笑むと『先生は?』と聞いてきた。 「わかった、わかった。奢ってやるから、先に店に行っとけ。報告書出したらすぐに行く」 カカシの言葉にサクラは大げさに喜んでみせると、二人を誘って歩き出す。 カカシはナルトとサスケがサクラを挟んで歩く姿を暫く見ていたが、報告書を提出する為、受付の中へと消えていった。 受付は意外なほど混んでいた。 忙しく対応しているイルカを見つけたカカシは、その背後から肩をちょん、と突付く。 「あ、カカシ先生…ご苦労様です。ナルトの奴、ヘマしませんでしたか?」 今日の任務は確かにアイツらには少しキツイものだったが。 相変わらず、心配性の人だ… 「無事、任務完了です」 ははは、と笑いながらカカシは答えた。 「ところで、物は相談なんですが…コレ、どうにかなりませんかねぇ?」 周りに気付かれないように、カカシはテーブルの下のほうで報告書を見せる。 「アイツらと待ち合わせてるんです。サクラも一緒なんですよ」 申し訳なさそうに言うカカシに、イルカはにっこり笑った。 この人が3人の担当に決まった時は、かなり不安に思ったが…意外なほどに彼は『先生』だった。 「わかりました。お預かりします。」 そう言って、イルカがこっそりと報告書を受け取ると、スミマセンという一言を残しカカシはその場を離れた。 受付にならんでいる人の列を回り込むようにして出口へと向かう。 そのすれ違いざまに中忍二人組みの会話が耳に入ってきて、カカシは思わず足を止めた。 『…春野サクラ』…確かにそう聞こえたから。 「諜報部が欲しがっているらしいぞ」 「あれだけ可愛ければなぁ、歳なんて関係ないだろうよ」 諜報部?! なんでアイツラがサクラを欲しがるんだ? 諜報部での女の任務といえば、アレしか…… …くの一としての任務… 冗談じゃない!! それにサクラはアカデミーで教員になるハズなんだ! ………そう『本人』が口にしたのだから。 カカシは会話していた二人組みの中忍を、それぞれ片手で首を掴むと壁へと押し付けた。 「どういうことだ?!」 突然の出来事にワケがわからない中忍達は、それでも目の前にいる上忍の殺気を孕んだ声色に、恐怖で顔を強張らせる。 返答が帰ってこないことに、カカシはジリジリと二人の首を締め上げた。 中忍の足が、宙に浮く。 「サクラが、どうしたって?」 受付中がざわめき始めるのも気に止めず、カカシは低い声で再び訊ねた。 「……いや、だか…ら、オレ…達は……上司に、聞いただけ…なんだ」 「あぁ、諜…報部が……春、野の…ことを…三代目に、掛…け合って……いるって」 息をするのも苦しそうな二人の、途切れ途切れの返答に、カカシはちっと舌打ちした。 ヤバイな…… それ以上のことを知らなそうな二人から手を離すと、カカシは何もなかったかのように足早に受付を出て行った。 カカシが待ち合わせの店に入ると、三人はもう食事を半ば終えていた。 いくつも重ねられた餃子の皿を見て、顔をしかめる。 「オマエら…容赦ねーな」 苦笑いするカカシの顔が少し強張っている様に見えて、サクラは心配そうに訊ねた。 「どうしたの先生、何かあった?」 「なんでもないよ…あ、オレ味噌ね。」 カカシはサクラの言葉を軽くかわすと椅子にすわりながら、水を運んできた店員に声をかけた。 やがて運ばれてきた味噌ラーメンを食べながら、カカシは言葉少なく三人の他愛もない会話の相手をする。 ラーメンを口に運びながら、カカシの頭の中は先ほどの噂話で一杯だった。 食べ終えて外に出ると、もうすでに空は薄暗くなっていた。 カカシはナルトとサスケにサクラを家まで送るように促す。 本当は、自分がそうしたかったのだけれど…… 三人を見送ると、その足でカカシは三代目のところへと向かった。 「どういうことなんですか!!」 噂話の真実を確かめるべく、カカシは三代目と向かい合っていた。 二人しかいない部屋の中で、終始無言だった三代目がやっと重い口を開く。 「…そういう、要請がきているのは事実じゃ」 「サクラには!…春野にはまだ早すぎます!!」 声を荒げるカカシに、三代目は静かに答える。 「わかっていると思うが…今、どの部署も人手不足なのじゃ」 もう、サクラのことはほぼ決まっているという訳か。 …そうだよなぁ、あんな下っ端の中忍が知ってたぐらいなんだから。 三代目が言葉を続ける。 「…お前にとっては初めての生徒だから思い入れも強かろう。しかし、春野が忍びとしてやっていくうえでは必ず通る道なのじゃ。仕方のないことと諦めてくれぬか?」 仕方のないこと? 諦める? …冗談じゃ、ない!! しかし、それでも三代目の決めたことに背くことは許されない… 長い沈黙の後、考え込んでいたカカシが顔を上げ、三代目を真っすぐに見据えると驚くべき提案をした。 「…私が、暗部に戻るというのは?」 「……本気か?」 「他の部署が春野へ手出しを出来ないように取り計らっていただけるなら、オレはどこへでも行きますよ」 カカシのきっぱりとした口調に意志の強さを感じる。 「…それほどままでに、大切か?」 カカシは三代目の言葉には答えず、ただ、穏やかに微笑んだ。 「普通に任務をしていても、そのうち『くの一』としての仕事は来るぞ?」 三代目は追いすがるように、脅しではない真実を口にする。 「だったら、春野をアカデミーへやってください。アイツは頭もいいし、面倒見もいい。良い先生になりますよ」 一歩も引かないカカシに三代目は大きく息を吐いた。 もう何を言っても無駄のようだった。 「…承知した。カカシ、お前が暗部へ行くというのなら、春野のことは良いように取り計らおう」 三代目の言葉にカカシは有難うございますと短く礼を言い、頭を下げた。 暗部という所はその名の通り暗殺を主任務とする殺伐とした部署だった。 もう二度と戻りたくなかった場所。 …それでも戻ることに後悔はない。 いや、むしろ誇らしい。 自分は大切なあの子を…サクラを守れるのだから…… それから、一週間後。 サクラの元にアカデミーへの転属通知が届き、カカシの元には正式な暗部への要請書が届いた。 カタン、という小さな音にサクラは目を覚ました。 寝ていても人の気配を感じ取れる程度にはサクラも成長してる。 しかし、侵入者の方も気配を隠す気はないようだ。 「カカシ…先生。窓から来るの、やめてくれる?」 確か、前にも一度こんな風に入ってきたコトあったわよねぇ? くすくすと思い出し笑いをしながら、サクラは掛け布団を剥ぎ取り、上体を起こした。 「せんせぇ、こういうの何て言うか知ってる?夜這いって言うのよ!夜這い!!」 サクラの言葉にカカシは苦笑する。 「そーだなぁ…胸も少しは成長したようだし?夜這いもイイかもなぁ」 まんざらでもない様にそう言うと、カカシはちらりとサクラの身体へと視線を向けた。 「ヤダ!!先生のエッチ!」 キャミソールしか身につけていなかった上半身を隠すように、サクラは傍に置いてあったカーディガンを羽織る。 カカシには薄明かりの中でも、サクラの頬が赤く染まっているのがわかった。 かわいいサクラ。 オレの大切な、愛しい…… カカシは両手を伸ばすとやわらかくサクラを包み込んだ。 あまりにも優しく抱きしめられたので、サクラはカカシの腕の中で暴れることもせずにおとなしくしている。 「あぁ、こうしてると里へ帰ってきた実感がわくよ」 「先生、任務帰りなの?」 「そ。また、すぐ出るんだけどね」 「ええー?今、帰ったばかりなんでしょ?!」 「…まぁ、しょうがないのよね。こればっかりは」 諦め口調のカカシに、サクラは軽くもたれ掛かっていた胸から顔を上げると、カカシを見つめた。 「しょうがない…って、先生!働きすぎよ!!ナルトだってサスケくんだって…」 自分のことのように心配するサクラの言葉に、カカシは少し笑った。 「大丈夫だよ、サクラ。それに、今度の任務はオレだけなんだ」 「え?」 聞き返すサクラからカカシは話を逸らすように逆に訊ねた。 「それより…サクラ、アカデミー勤務になるんだって?」 「そうなのよ!…なんで知ってんの?」 「さっき報告書を出しに行った時にチラっとね」 もっともらしいカカシの言葉に納得したサクラは話を続ける。 「なんでだろうね?急に…」 「なんだぁ?サクラ、先生になるのイヤなのか?」 「うーん、そういう訳ではないんだけど…突然すぎて…」 カカシはサクラから少し身体を離すと、サクラの髪に指を絡め、やさしく梳き始めた。 「今はどの部署でも人手不足なんだよ…ほら、イルカ先生だって教職と受付、掛け持ちでやってるじゃないか。それに…オレはサクラには合ってると思うぞ?」 「そっか。…そうよね。もう決まっちゃってるんだし…頑張るわ、カカシ先生!」 にっこりと微笑みかけるサクラの顔にカカシの手がそっと添えられた。 「よく見せて…サクラの笑顔」 忘れたくない、この笑顔を… 逢えなくても思い出せるように、もっとよく見せて? もう今日が…今夜が最後なのだから… 明日には、『カカシ先生』はいなくなる。 ……そして、きっと二度と逢えない。 サクラは先ほどからいつもと雰囲気が違うカカシに不安を覚えていた。 触れている指がサクラを壊れ物のように扱う。 何が、あったんだろう…? 次の任務のこと? 子供が甘えるように傍から離れないカカシは、サクラの大きなエメラルド色の瞳を覗き込んだ。 「サクラは美人になるよ」 「…あたりまえでしょ?」 サクラが照れ隠しに怒ったように切り返すと、カカシはそうだなと相槌を打ちながら穏やかに微笑んだ。 そのまま先生が消えてしまいそうな感覚にサクラは思わずカカシの胸へとしがみ付く。 「どうしたの、先生。ホントに今日はヘンよ?」 「そうか?…明日からの任務が少し長くなりそうだから…それでかな?」 「…そんなに長いの?」 カカシは何も答えなかったが、そのことでサクラは逆に任務の長さを理解できた。 恐らく、年単位のものなのだろう。 サクラの手がカカシの額当てへと伸び、それをそっと外した。 現れた風変わりな色の瞳をサクラは真っすぐ見つめて、再び微笑む。 「額当てを交換する?」 サクラの言葉にカカシは目を見開き、そして嬉しそうに呟いた。 「…覚えてたんだ?」 「もちろん!おかげで私、無事に中忍試験を終えられたじゃない!しかも、受かっちゃったし。私、あのおまじない信じてるのよ?」 サクラはカカシの額当てをベッド脇のサイドボードの上に置き、代わりにソコにあった自分の額当てをカカシに差し出した。 「私、カカシ先生の額当てに先生の無事を毎日祈ってあげるわ!だから先生もきっと大丈夫。すぐに戻ってこれるよ!!」 カカシは差し出されたサクラの額当てを受け取ると、いつもしているように…左目を隠して結んだ。 その様子を見て、サクラが満足げに笑う。 大人になりつつあるサクラ。 その過程を自分の目で見れないことが唯一の心残り… 自分がもし、もう少しだけ若ければ…このままサクラを攫って逃げたかもしれない。 いや、きっとそうしてた… ……幸せに、なってくれ。 「せんせぇ?」 サクラを見つめたまま動かなくなったカカシにサクラの心配そうな声が届く。 そろそろ、時間だな… 別れを惜しむように一度だけ強く抱きしめると、カカシはすぐに腕を解き立ち上がった。 「じゃ、コレ、借りとくな」 頭に付けた額当てを指差してカカシが微笑む。 「ん」 短く答えたサクラもベッドから降りると、見送る為カカシが入ってきた窓へと近づいた。 「先生…里へ帰ったら、いつでも来てね?」 「…そうするよ」 窓枠に足を掛け下へと飛び降りる直前に、カカシはふと何でもないようなことを口にした。 「タイムカプセル、覚えてる?」 「もちろんよ。でも、アレを開けるのはまだ7年も先でしょ」 突然、どうしたの?という表情のサクラに、カカシはガシガシと乱暴に頭を撫でた。 そして、忘れないでと一言だけ残すと、音もなく下へと着地し、そのまま闇の中へと消えていった。 たった一人で、静かに慰霊碑の前に佇む…… やわらかな風がふわりと薄紅色の髪を巻き上げ、サクラは顔に掛かる髪を土が付いたままの手で払いのける。 昔からヘアーバンドがわりに付けられている額当てのほかに、もう一つサクラは額当てを持っていた。 首から下げられているそれには、斜めにはしる大きな傷が1つ付いていて…小さな傷は数えられないほどある。 「交換した時は、傷なんてほとんどなかったのにね?」 自分の額当てを交換した相手は、あれから自分の前に姿をあらわすことなど一度もなく。 …その数年後、額当てだけが舞い戻ってきた……… 2002.12 まゆ 2008.11.24 改訂 まゆ |
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