天使の悪酔い   




サクラは不機嫌だった。
これ以上はない、というほどに。





「何でダメなのよ?!」
「だーかーらー、明日は任務があるって言ってんでしょ!!・・・サクラ、アンタは休みでもね、私はし・ご・と・なの!」
「いののケチ。」
「ケ、ケチってアンタ・・・・」
「もういいわよーだ!バイバイ!!」

ガチャン、と乱暴に受話器を戻したサクラは肩を落として息を吐いた。
そして、おもむろに一度叩きつけた受話器を上げると、再びボタンを押し始める。
相手が受話器を取るその数秒の待ち時間にさえ、サクラは壁に寄りかかりイライラと足を鳴らした・・・。

こんな時・・・そう、自分の機嫌がすこぶる悪い時、電話をかける相手は二人しかいない。
一人は、いの。
もう一人の犠牲者は・・・・・・。

「誰?」
「誰、じゃないわよ。私、サクラよ。」
「サ、サクラちゃん!どうしたの?!」
「明日、ヒマでしょ?」
「へ?明日?」
「ヒマよね?!」
「・・・・・・・」

   めちゃめちゃ決めつけてるってば、サクラちゃん・・・。

「なによ、何かあるっていうの?」
「いや、大した用では・・・」
「はっきり言いなさいよね!男でしょ!!」
サクラのすさまじい剣幕に、観念したナルトが呟いた。
「・・・ヒナタが、来るんだってば。」
「ヒナちゃんが?」
「うん。昼メシ作ってくれるって・・・」
「へー、ふーん、なるほどね。だからヒマじゃないんだ?」
「・・・・・・・」

   どうしたんだってば・・・サクラちゃん。

「3月28日、何の日か知ってる?」
「・・・さぁ?」
「私の誕生日よ!!!」

   げ。マジ?!

「明日は27日。で、任務は休み。コレだけ条件が揃えば言いたいことがわかるでしょ?!」
「・・・?・・・」
「要するに、明日の休みは私の誕生日パーティーをさせてあげるって言ってるの!」
ふん、と鼻を鳴らし傲慢に言ってのける。
これというのも相手がナルトだからだ。
カカシと付き合うようになってからも、サスケに対してこういう態度は・・・絶対取らない。

「・・・サクラちゃん。カカシ先生は?」
ふとした疑問。

   聞くまでもないか・・・
   サクラちゃんのこの機嫌の悪さったら!!
   ぜってー、ドタキャンされたんだよ。明日の予定。

「・・・何か言った?ナルト・・・」
「何も。・・・わかったってばよぅ。」
「よしよし。じゃ、明日12時にナルトん家で決行よッッ」
「オレん家?!」
「そうよ。文句ある?」
「・・・ないです。」
「そ?じゃ、明日ね〜♪バイバイ!」

言いたいことだけ言ってプツッと途切れた受話器をナルトは静かに置いた。
無い頭をめいいっぱいフル回転させる。

   オレだけじゃ、無理。
   とてもじゃないけどサクラちゃんの機嫌を直せるとは思えない・・・
   サスケにも電話しねーと。
   あ・・・ヒナタにも・・・

机の引き出しを開けて名簿を捜しながらぼやくナルトの独り言が、虚しく部屋に響いた。

「くそっ。カカシ先生のヤツ、何やってんだよ・・・」








サクラが強引な電話をかけまくっていたその数時間前。
その日の任務も滞りなく終了し、サクラとカカシはいつものように手を繋いで帰途に着いていた。

「ね、センセ。明日のことなんだけど・・・。」
「あ、ゴメン。駄目。」
「ちょ・・ちょっと!まだ何も言ってないでしょ!!」
「・・・明日は、用事があるんだ。また今度な。」
「・・・」
ちっちゃい子供にするように、カカシの手がサクラの頭をイイコイイコした。
その手を無言で払いのけながら、サクラの顔はみるみるうちに曇っていく。

   また今度、ですって?!
   今度じゃだめよぅ。

「任務?」
「いや、違うけど・・・」

   任務の他に私より大事な・・・何があるって言うのよ!!

「一日中?」
「ん・・・里、出るから。帰りは多分・・・夕方ぐらいかなぁ。」

   夕方・・・。

プツン、とサクラの頭の中で何かが弾けた。
「先生・・・」
「何?」
「だいっきらい!!」
呼ばれて屈みこんでいたカカシの横ツラに一撃を入れると、サクラはそのまま走り出した。
「サクラ!なるべく早く帰るから。だから家で待ってて!!」
カカシの声がその背中を追いかけたのだけれど・・・サクラは振り向きもせず家へと駆け込んだ。



サクラの背中が見えなくなってから、カカシは、はぁ〜と大袈裟なほど大きな溜息を吐いた。
口の中はほのかに血の味がする。
「ホント、容赦ないんだから・・・オレのお姫様は。」
普段ならサクラもこんな一方的な怒りかたをしない。
それには理由があるのだとカカシも十分に理解していた。

   でも、なぁ・・・・
   オレの気持ちも考えてくれよ、サクラちゃん。


サクラと付き合い始めて、初めての誕生日。
かなりアピールしてくると踏んでいたのだが、サクラは一言も『誕生日』の話題を出さなかった。
内緒にしてて、自分をビックリさせたかったに違いない。
カカシはサクラの誕生日をアカデミーから送られてきた身上書ですでに知っていたのだが。
おまけに降って沸いたかのような休日。
前日ではあったが・・・誕生日に運良く休みが取れることなんてほぼ無いに等しい忍びにとって、これは破格の出来事だった。
自分が明日の休みのことを告げた時のサクラの顔を思い出し、カカシは微笑を浮かべた。

   すごく嬉しそうだったんだよねぇ。
   ホント、ゴメン。
   でもさ、オレもサクラをビックリさせたいんだ・・・
   こっそり買いに行きたいんだよ、プレゼントを。
   だから、ね?
   なるべく早く帰るから・・・おとなしく待っててよ。

   オレの我侭お姫様v








「な、なんなのッッ!!一体これは・・・・?」

サクラは手に持っているケーキの箱を思わず落としそうになる。
それぐらい目の前の様子はすさまじかった。


「あ、サクラさん!!」
玄関に佇むサクラに真っ先に気が付いたのはリーだった。
「・・・どうしたんですか、リーさん???」
何故ココに?、と続くサクラの問いに微笑んだリーが両手に持った学芸会などでよく飾られる紅白のペーパーフラワーをひらひらとさせながら答えた。
どうも部屋の飾り付けをしていたらしい。
「水臭いですッッ!サクラさん。誕生日会をするならすると一言言っていただければ・・・」
「あ・・はは・・・。ゴメンゴメン。・・・で、ナルトはどこかなぁ?」
サクラはにっこりと満面の笑みを浮かべ、リーに訊ねる。

リーが指差したリビングのその奥で、リーとサクラの会話盗み聞いていたナルトがブルリと身を振るわせていた。

   瞳が笑ってないってば、サクラちゃん。



人口密度が異様に高いナルトの部屋。
元がそんなに広くないだけにぎゅうぎゅうなカンジだ。
知らない顔もちらほらと見える。

   私は・・・ナルトとヒナちゃんとの3人でお茶出来ればよかったのよ?
   ただ少しの間、愚痴に付き合ってくれる人がいればよかったの!!
   それが何で、こんなことに?

サクラは次ぎ次に声をかけて来る人から逃れるように部屋の奥に進み、ようやくナルトを捕まえた。
「どういうことか説明してもらいましょうか・・・ね?」
「オレだって、知らねーよ。朝からどんどん人が集まって来ちゃって。」
「アンタがふれ回ったんじゃないの?」
「ち、違うってば。オレが電話したのはサスケとヒナタだけだし。」
サクラはナルトの胸倉を掴んでいた手を離すと、持参した箱を目の前に掲げた。
「どーすんのよ!ケーキ、3個しかないわよ?!」

   そーいう問題じゃないってば、サクラちゃん・・・・

「サクラちゃん!」
呼ばれて振り返ると、そこには黒髪の少女が両手でから揚げの入った大皿を持って立っていた。
「ヒナちゃん!!」
「・・お誕生日、おめでとう。」
「ありがと。・・っても明日だけどね?」
サクラが冗談めかして言うと、ヒナタもはにかんだように笑った。
「私も手伝うよ。」
「え、でも。」
「いいからいいから。何したらイイ?」
「もう料理の方は終わっちゃったから・・・じゃ、キッチンに置いてあるお皿、運んでもらえる?」
「わかったわ!」
話題が反れ、そのままパタパタと立ち去るサクラの後姿にナルトがほっと息を吐いた。

   ・・・助かった。
   とにかく!!
   こうなった以上、今日一日が何事も無く無事終わりることを祈るだけだってば・・・


キッチンに入るとそこにはサスケが所在無く立っていた。
異様なテンションの集団の中は居心地が悪く、ココに避難していたようだ。
「サスケくんも来てくれてたの?」
「・・・あぁ。」
「むこうへ行ってサスケくんもご飯にしない?」
小皿を重ねながらのサクラの言葉にサスケは無言で手を差し出した。
「?」
手にのっているのはレースの付いた白い・・・。
「リボン?」
「やる。」
「え?・・・あ、ありがとぉ!!すごく嬉い!」
リボンを受け取るサクラの指先がかすかに触れ、顔を赤くしたサスケが慌てて手を引っ込めた。
そんなサスケの様子には気付かず、薄く色づくピンクの唇にリボンを軽く咥えると、両手で桃色の髪を束ね上げる。
俯きがちのサクラ・・・その細い首筋にサスケの鼓動が跳ね上がった。
器用にリボンを結び終え、少しだけ上にあるサスケの顔を仰ぎ見るサクラは反則的に、可愛い。
「どう?」
無言のままのサスケに心配そうなサクラの声が届く。
「・・・似合ってる。」
サスケがボソリと呟くとサクラはゆっくりと華が開くように微笑んだ。
それはまさに天使のようで・・・サスケは赤くなる顔を見られまいと小皿を持ち、先に歩き出す。
「ほら、いくぞ。」
「うんっ!」

   何やってだよ、オレ。
   ・・・ヒトのオンナなのに。
   もう、オレのことなど見ていないオンナなのに。







それから2時間後。
サクラがやって来た時と同様、あまりの様子に玄関口で佇むいの。

「あー!!イノシカチョウのいの!!!」
ナルトの叫びに無言で近づいたいのの容赦ない蹴りが入る。
「ふざけた呼び方しないでよ!!」
いのの怒鳴り声にサクラが近寄ってきた。
「いの!来てくれたんだ。任務じゃなかったの?」
「さっき終わったトコよ。アンタん家いったらさ、アンタのお母さんがここだって言うから。」
そう言いながら渡された深紅のバラはきっちり年の数ほど束ねられていた。
「わ!!有難う。」

   なんだかんだ言っても・・・いのは優しい。
   昔からそうなのよね。
   ここぞという時には必ず傍にいてくれる。

「ね、むこうにヒナタもいるの。丁度ケーキが3個あるからさ、3人で食べよう?」



「グラスとって、サクラ。」
いのの言葉に立ち上がりグラスを探す。
ナルトの家に集まった男どもはなにやら盛り上がっていてこちらのことは気にも止めていない。
結局のところ集まって騒ぐ『理由』にされたのだとサクラは苦笑する。

   私の誕生日パーティーじゃなかったの?
   ま、別にいいんだけど。

いのがガサガサと袋の中から取り出したのは・・・さっき買ってきたばかりのシャンパン。
「やっぱ誕生日にはコレっしょ!」
「そうよね。」
相槌を打ったのはヒナタで、肝心のサクラは不思議そうにビンを眺めている。
「私、飲んだコト、無い。」
「「え?」」
「なによ、二人声そろえちゃってさ。だってそれ、お酒なんでしょう?」
「こんなのお酒のうちに入んないわよ。」
「そうですね。」
自分より絶対子供っぽいと思っていたヒナタにまで突っ込まれては、サクラも立場が無い。
そういえば、ヒナちゃんって意外に胸が大きいのよね・・・と脈絡の無いことを考えながら、その辺にあった雑誌を積み重ねて作った即席のテーブールの上に3つのグラスを置いた。
それを取り囲むように3人は地べたに座り、所狭しとケーキも並べる。
準備が出来たところでいのがシャンパンの蓋を開けた。
ポンっと小ぎみよい音がして、コルクの蓋がはじけ飛ぶ。
「わっ!すっごーい!!」
サクラの喜びようにいのもまんざらではない様で琥珀色の液体をグラスに注ぎ分けた。
「じゃ、サクラの誕生日を祝って!かんぱーい!!」
コツンと合わさったグラスがそれぞれの口もとへと運ばれる。
サクラも恐る恐る口をつけた。
シュワシュワと炭酸が弾け、甘い液体が喉を通る。
「おいし♪ジュースみたい・・・」
「ね?」
サクラの反応に笑顔を見せたいのはすでにケーキを突付いている。
ヒナタが思い出したように小さな箱を差し出した。
「コレ・・・」
「ん?」
「誕生日のプレゼントなの。昨日ね、ナルトくんと買いに・・」
「一緒に選んでくれたの?有難う!!」
サクラの『一緒に』という言葉にヒナタは真っ赤になって俯いた。

   ふふふ。
   私ったら・・・チョットは役に立ったんじゃない?

ヒナタの恋を密かに応援しているサクラは内心ニヤリと笑い、そんなことはおくびにも出さないで差し出された箱を受け取る。
「開けてイイ?」
「うん。」
リボンを解き包装紙を丁寧に開けた中から出てきたのは、小さなピンク色の花のペンダントトップが付いた細い鎖のネックレス。

「可愛い!!」
嬉しそうにさっそく身に着けたサクラを見て、いのがヒナタに訊ねる。
「どこで買ったの?」
「んとね、木の葉アーケードの通りから少しわき道にそれたところの・・・」
「最近出来た店?」
「ううん、昔からあるけど・・解りにくい場所なの。」
「今度案内してくれる?私も行ってみたいわ。」
「うん!」

二人の会話を聞きながら、サクラはすっかり気に入ってしまったシャンパンを一人こくこくと飲んでいた。
グラスが空になり、注ぎ足してはまた飲む。
いのとヒナタの会話が一段落つく頃には空っぽになってしまったシャンパンのビンと髪の色さながらに色づいたサクラが・・・・出来上がっていた。

一人静かなサクラに視線を戻したいのが叫び声を上げる。
「アンタ、ちょっと!!なに一人で全部飲んでんのよっ。」
「ふぇ?・・・あ。いのだぁ・・・。」
「サクラ?!」
「ヘンなかおー・・・はは・・・。」

   よ、酔ってる〜〜

いのとヒナタが顔を見合わせた時、タイミングよくナルトとサスケがやってきた。

   選手交代!!
   後は頼んだわよッッ

いのはサクラを背に隠すように立つとサスケとナルトに帰宅の旨を告げた。
「あ、丁度良かった。サクラのことよろしくね?私とヒナタ、もう帰るから・・・じゃ!!」
挨拶もそこそこに有無を言わさずヒナタの腕を引き、逃げるように立ち去る。
不信な態度のいのとヒナタを唖然と見送り、サクラを振り返った二人はそのまま動きを止めた。
いやに明るいサクラの声が二人の間を通り抜ける。

「やぁだ、ナルトったら!影分身〜〜♪」

   ヤラレタ!!

ナルトとサスケ。
二人が同時に同じ事を考えるのは極めて稀なことだった。





「大丈夫かなぁ、サクラちゃん。」
「大丈夫だって。二人がついてるから。」

ナルトの家を足早に離れる二つの影。
とはいっても、ヒナタはただ単にいのに引きずられていただけなのだが。

   何言ってんの!!
   大丈夫じゃないのは私達の方よ!
   サクラを酔わせたなんて知れたらただじゃすまないでしょーが!
   殺されちゃうって!!
   あの銀色の・・・
   サクラしか見えていない『悪魔』に!

   逃げなきゃ!!!

暫くほとぼりが冷めるまで絶対にサクラに近よらまい・・・いのはそう心に誓った。









や、長すぎ。(爆
サクラを酔わせる為、頑張ってたんですけど・・・長すぎ。
後編へ続きます。
もちろん、嫉妬カカスィー登場で!!!
引っ張って申し訳ないです、アキ様。


2002.08.24
まゆ