誘惑 1




誘惑する者とされる者。
どちらの罪がより重い?





「七十八点。六十五点・・・八十四点っと!」


もう薄暗くなり始めた繁華街の入り口、よく待ち合わせに使われる広場のベンチに猫背の姿勢で座りつつ、カカシの視線は地面から約二十センチのところで固定されていた。
最後につけた点数の女(の足)が不意に進路を変え、此方へ向かって歩いてくる。
真正面で立ち止まられるとさすがにそれが知り合いりモノだと気付いた。

「・・・なんだ、紅か。」
「私が八十四点ってどういうことなのかしら?」
「あ、聞こえちゃってた?」
「・・・ちゃんとよく見なさいよ。この足首フェチがッッ!」
「はいはい。紅さんの御身足は素敵デスヨ。」

いつもの飄々とした受け答えに紅は言葉を飲み込んで肩をすくめた。
所詮この男に何を言っても無駄だ。
ホラ、今だってもうすでに視線は自分ではなく他の女へと彷徨っている。

「ちょっと!アンタ・・・この間付き合い始めた情報処理の女の子はどうしたのよ?」
「ん?あぁ、アノ子ね。別れた。」
「・・・一週間もったの?」
「うーん。」

予想していた答えだったが、さすがの紅も呆れ顔でカカシを見下ろした。
いい加減とっかえひっかえは止めて欲しい。
カカシと少しばかり仲が良いからと自分へ持ちかけられる相談事は後を絶たないし、勘違いによるやっかみも少なくないのだから。

「じゃあね。私、アスマと待ち合わせしてるし。」

関わっていられないとばかりに背を向けて歩き出す紅の後を、何故かカカシがついて来る。
そして早足で隣に並ぶと、無邪気な甘えた声で強請った。

「飲むんだろ?オレも混ぜてよ。」












「ごめん、アスマ・・・そこでカカシに捕まっちゃって。」

「こっちもだ・・・。」

体躯の良い男の影に少女が二人、ちょこんと座っている。
紅は少し眉を顰めたがすぐにそれが彼の教え子だとわかり苦笑を滲ませた。

「私は先生達のデートを邪魔するつもりはこれっぽっちもありませんから!」

澄んだよく通る声で宣言し、慌てて立ち上がったのは特別上忍になったばかりの『山中いの』。
そしてその隣に座るのが『春野サクラ』。いや、『うちはサクラ』。
こちらはカカシの教え子だ。

「お、サクラじゃん。元気にしてたか?」

薄紅の髪を見つけてカカシが紅の後ろから身を乗り出す。
サクラの方もいのを避けるようにしてひょっこりと顔を覗かせた。

「カカシせんせぇだ!元気れすよぉ。んーっとぉ・・・わたしの結婚式以来じゃないれすかー?へへへ。」

サクラの返事にカカシと紅の動きが固まった。
間延びした返事に妙なテンション。
完全にイッちゃってる。
一体どういうことなのだと二人はアスマを見たが、アスマは自分のせいじゃないとばかりに勢いよく首を横に振った。
それに対していのが大げさなほどに溜息を吐く。
最初はアスマに向けたであろう縋る目つきで、今度は紅とカカシを見上げた。

「最近のサクラ、いつもこうなんです。」
「・・・こうって?」
「酔っ払い。」
「は?」
「・・・独りで家に居るのが嫌で飲み歩いてるんですよ。」

いのは溜息とともに言葉を吐き出した。

「だってぇ・・・寂しいんだモン。いののばぁーか。ケチ。おたんこなす。」
「なんですって?もう一回言ってみなさいよ、サクラ!」
「そんなに怒らないでってばぁ。」
「・・・もうヤダ。私、帰る。」

幸いなことに人生経験豊かな大人が此処に三人も居る。
しかもそのうち一人は彼女の元上司で暗部経験者だ。
この機会に自分の暮らす木の葉の里という組織についてじっくり享受すればいい。
そうすれば旦那が任務漬けで家に居なくて寂しいなんて・・・今の十分の一も言わなくなるだろうから。

「サクラを宜しくお願いしますね。」

いのはアスマを含む三人の上忍に頭を下げ、椅子の背に掛けてあったコートを羽織った。
その様子にアスマが慌てる。

「オ、オイ、いの・・置いていくなよ。」
「お・ね・が・い・し・ま・すって言ってんでしょ!!私だってたまにはシカマルとまったりしたいんです!」

アスマの台詞をあっけなく一蹴したいのはサクラを振り返り念を押した。

「いいこと?いつまでもそんな生活してたら私だって見放しちゃうんだからね!」
「いのぉ・・・」
「明日の朝酔いが覚めたらよく考えなさい。」

諭すようにそう言われ、サクラの大きな瞳はみるみるうちに涙を溜める。
いのは年の離れた姉が妹にするように伸ばした手で薄紅色の頭をポンポンと軽く叩き・・・サクラの涙がこぼれきらない間に一人店を出て行ってしまった。












里へ連れ戻された『うちはサスケ』の処置決定には一週間の時間を要した。

死をもって罰とするには『うちは』の血は惜しい。
しかし、一度里を抜けたことはれっきとした事実。
処刑を見送ったとしても何らかの罰則は不可欠だった。

更に・・・迎え入れたとして、再び里を抜けられても困る。
同じことがもう一度起こらないとは限らないため、それを防止する措置も必要だ。
大して役に立たない意見ばかりの議論の中、最も有効と思われる打開策を提示したのは御意見番であるコハルだった。

「妻を娶らせよう。少々若すぎる気もするが・・・違法な年齢ではあるまい?『妻』という存在によって里に縛ることが出来るうえに・・子を成せば『うちは』の血も残せる。」



通常、抜け忍になった者の末路は一つしかない。
死あるのみ、だ。
サスケの処置は特例中の特例だった。








   なるほど。
   新妻をほったらかしにしてるワケ。

表向き、サスケがサクラに求婚したことになっているが・・・実はそうでないことを知っているのは一握りの人間だけ。
当然カカシもその一人だった。
カカシにはサスケが自らそのことをサクラに話すとは思わなかったし、サクラだって上手く騙されていて・・・幸せそうにみえた。
ほっとけば嘘も真実になるだろうと高を括っていたのだけれど。

   サスケのヤツ・・・任務に逃げてんのね。

今では完全に泣き始めたサクラをアスマと紅がかわるがわる慰めている。
その後ろで暫く沈黙していたカカシがぼそりと一言告げた。

「オレ、送ってくわ。」
「へ?」
「だってしょうがないデショ。」
「いいのかよ?」
「うん。」

どこか嬉しそうにもとれるカカシの笑顔に紅が口を挟んだ。

「ちゃんとまっすぐ家まで送るのよ?」
「・・・・・・わかってるって。」

返事までの微妙な間。
紅は嫌な予感を覚えた。

「オイオイ。お前、何の心配してんだ?」

アスマがおどけた調子で紅を覗き込む。
紅は人のよさそうな髭ヅラから視線だけを反らして溜息を吐いた。

   アスマ・・・アンタは多分本当のカカシを知らないの。

違和感は拭えない。
紅の頭の片隅で警告音が響いていたが、まさかさすがにそんなことはないと思い直す。
いや、思い込みたかった。

   14も離れた教え子に。
   うちはサスケの『妻』に、手を出すなんて。
   そんなことはありえないと・・・。

「・・・別に。」
「じゃ、帰るよ。またな。」

紅のと呟く声とカカシの別れの言葉が重なる。
おう、と片手を上げるアスマの前でカカシはまだ涙を拭っているサクラを無理やり立たせるとその細い腰に腕を沿え、店の出口へ向かった。












「こーっち。」

ろれつは回っていないが、わりと意識はしっかりしているようだ。
サクラはカカシのベストの裾を引き、左手で薄暗い路地を指差した。
訝しげな視線を寄越すカカシに自信たっぷりの笑顔を見せる。

「だぁーいじょーぶ!いつも通ってる近道なのー。」
「ちょっと・・・サクラ?」

サクラはカカシが止めるのも聞かず、カカシの腕を振り解くと先頭に立って進み始めた。
ふらふらと揺れる身体が危なっかしい。
カカシは肩をすくめておとなしくサクラの後に続いた。

薄暗さに目が慣れてくると少し前を行くサクラの姿がいやにはっきりと浮かび上がる。
何故か最初の中忍試験以後伸ばさなくなった髪は彼女のほっそりとしたうなじを隠すことなく吹き抜ける風に揺れていた。

   折れそうだねぇ。

サクラを殺すのに武器なんて要らない。
片手で首を鷲掴みにし、軽く力を加えるだけですむだろう。
カカシはくすりと笑って視線を下に移した。

   やっぱり100点!

店に居るときから気になってしょうがなかったサクラの足首を十分に堪能する。
きゅっと締まったそれはカカシにとって申し分のないシロモノだ。
一歩歩くごとにアキレス腱がピンと張り、しなやかな獣を連想させる。

   最高だよ、サクラ・・・

普段はふくらはぎまですっぽりと隠している忍装束のため、今まで気付かなかったことが悔やまれた。
もっと早く気付いていれば試したのに。

   試す?
   ・・・何を?

   もちろん・・・・



「せんせぇ?・・・きゃ!」

続く静けさに不安になったのか、カカシの存在を確かめるようにサクラが後ろを振り返った。
途端に響く、何かが割れる音。
安っぽいクラブの勝手口と思われるドアの前に、無造作に置かれていたビール瓶に躓いたらしい。
バランスを崩したサクラを支え、カカシはそのままお世辞にもキレイとはいえない壁へサクラを押し付けた。

「危ないよ、サクラ。怪我は?」
「・・・だ・・大丈夫。」
「ホントに?」
「うん。・・・せんせぇ?」

いつまでたっても離れる雰囲気の無い、自分を押さえつけているカカシの手をチラリと見て、サクラが首を傾げる。
そんな子供っぽい仕草も今のカカシにとってはこれからの行動を煽る要素でしかなかった。
僅かに目を伏せてゆっくりと手を離す。

「ゴメン、ゴメン。でもちゃんと見ておかなきゃ・・・」

カカシはサクラの返事を待たずに腰を屈めた。
そして、素早くサクラの片足を自分の膝の上へ持ち上げ、服に合わせて選ばれたラベンダー色のミュールを取り去る。
小指の爪の辺りに、うっすらと血の滲む小さなキズを見つけた。

「ほら、やっぱり。怪我してる。」
「え?・・・やぁ!!」

生暖かい感触。
カカシの頭が邪魔でサクラからは何をされているか全くわからない。
暫くしてそれがカカシの口の中だとわかるとサクラは急に身を捩って抵抗を始めた。

「ちょ・・・ちょっと、せんせぇってば!!何してるのぉ?!」
「消毒。」
「消毒って・・・・」
「少し黙っててよ、サクラ。」

下から見上げてくるカカシの表情は暗くてよく見えない。
サクラは次第に酔いが覚めてきた頭で懸命に今のこの状況を考え始めた。
その間も当然のようにカカシの行動は止まることは無い。
くるぶしに押し付けるだけのキスをした後、足の甲に舌を這わされたサクラは一瞬にして冷静さを失った。

「やぁん!」

甘い声に、頬が緩む。
その感度の良さは更にカカシを増徴させた。

「可愛いね、サクラ。」

小指から順に一本ずつ口に含んでは丁寧に舐め上げる。
同時にカカシの右手はサクラの内股をゆっくりと這い登り・・・サクラの身体が小刻みに震えた。

「せんせ・・ぇ、ダメ!・・・あッ・・あぁ・・・あッッ!」

指先が薄い布地に辿り着く。
忍服でない、無防備のスカートの中。
今はサスケだけが触ることを許された領域。
カカシはその中心に沿ってゆっくりと指を滑らせた。
びくんと大きく撥ねる身体から早くも甘いニオイが漂ってくる。

「ご無沙汰?」

くすくすと笑いながらのカカシの問いかけに、サクラは真っ赤になって俯いた。
自分と付き合う女たちの中でこんな反応をするものはいない。
ある種の初々しさを感じて、カカシは顔を綻ばせた。

「サスケとのセックスはどう?満足してる?」

答えられない質問ばかりを平気で投げかける目の前の男は・・・本当に自分の知っている先生なのだろうか?
驚きの表情を隠せないまま、サクラはカカシを見つめた。

「オレとしようよ、サクラ。隅々まで愛してあげる。」

サクラと視線を合わせたまま膝小僧をぺろりと舐めて、カカシが囁く。

「んッ・・・はぁ・・ン・・・」

僅かに湿り始めた布の上から再びやんわりと触れられて思わず声が漏れた。
左足を軸に、背を壁に押し付けるようにして支えている身体も限界に近い。
カカシの執拗なボディータッチは思考能力をも欠いていく。
いまや独りで立っている事も難しく、サクラは真っ白になった頭でカカシへ覆い被さるようにその身を委ねた。











三部作予定。←長くなったので分けます
これはカカシの事情。で、次がサクラの事情。最後はサスケの事情、つうことで。
正月にインテに持っていくつもりだったSSです(笑)
フリー予定でしたが止めとく・・・長いから!(爆)

2005.02.21
まゆ