天然微熱少女 3




小さなちゃぶ台を前に突っ立ったまま、サクラはお茶を入れているカカシの背中を見ていた。
未だ治まらない鼓動は何を意味するのだろう?
・・・そんなとり止めのないことを考えながら。





「座れば?」

不意にカカシが振り返った。
思わず胸の前で抱き抱えていたバックを落としそうになり、慌てて力を込める。
話も切り出せてないのに『これ』を見られるわけにはいかない。
サクラにとって起爆札以上に危険なそれは彼女の細い腕の中で存在をアピールするかのようにカタリと音をたてた。

そんなサクラの動揺を知ってか知らずか・・・両手をお茶で塞いだカカシはすたすたと歩いてくるとサクラと向かい合う位置に腰を下ろした。
慌ててサクラもそれに習う。
目の前に差し出されたお茶は・・・湯のみではなく、何故かマグカップに入っていた。
サクラの、不思議なものを見るような視線に、カカシが照れくさそうに頭を掻く。

「ごめん。それしかなくて・・・客なんて滅多に来ないもんだから」
「あ・・、うん。お構いなく」

そう答えたもののやっぱりおかしくてしょうがない。
妙な緊張が解け、笑みがこぼれる。
サクラは抱きしめていたバックを床に置き、マグカップへと手を伸ばした。

「あ!」
「な、何?」
「血がついてるぞ」

カカシが指差す自分の胸元へと視線を落としたサクラの眉が曇った。

「・・・ホントだ」

肌に滲んだ血をそのままに、バックで押さえてしまったからだろう。
ちょうど襟ぐりの辺りに鮮やかな赤が染み込んでいる。

「ごめん。もう一回見せて」

いつの間にか隣に移動してきたカカシが人差し指でサクラの顎をついっと押し上げた。
あまりにも真剣な表情だったので口を挟めず、されるがままに首を仰け反らす。
触れる指が火のように熱かった。

「んー・・・良かった。血は止まってる・・・脱ぐ?」
「・・・はい?」
「あ・・イヤ、深い意味はなくて!そのままじゃ・・ほら、シミになっちゃうデショ?血って落ちにくいんだよー」

先ほどのように服に手を掛けられることはなかったものの、早く脱げと急かされるのは同じぐらい恥ずかしいことだった。
・・・しかし。
確かにこんなことでお気に入りのワンピースを汚すのは避けたいのも事実。
散々迷った挙句・・・サクラは洗面所を借りることにした。





するりと肌から滑り落としたワンピースを拾い上げ、目の前に掲げてみる。
こうしてみると意外とそのシミは小さかった。

「洗うほどじゃなかったかもねぇ。まぁ・・・今更だけど」

せっかく着替えも借りたのだ。
さっさとやってしまおうとサクラは蛇口を捻った。

お湯は厳禁。血が凝固するから。
水でよく揉み洗いした後、石鹸を擦りつけて丁寧にすすぐ。
ただそれだけのことでシミはきれいさっぱり消えてしまった。

「よし!OK。洗濯機は・・・、と」

念のため再度顔を近づけてよく確認してからサクラは洗濯機に近づいた。
洗濯機はというと・・・それは一見してわかる乾燥機能付きの最新式のものだ。

「・・・ママが見たら絶対羨ましがるわ」

新しい洗濯機を欲しがっていた母親を思い出し、くすりと笑う。
サクラは近くに山積みにされている汚れ物をなるべく見ないようにしながらワンピースを洗濯機へと放り込んだ。

液晶の設定画面を見ながらいくつかのボタンを押した後、静かに動き始めるのを見届けて・・・借りた着替えへと手を伸ばす。
さらりとした手触りの、クリーム色のパジャマだった。

「シルク?」

受け取ったときには気付かなかったが、袖を通すとその上質感がよくわかる。
でも、そんなことより。

・・・どうして女物なの?

疑問が生まれた瞬間、何かでガツンと後頭部を殴られたような衝撃を受けた。
カカシの物でないことは明確。
彼には母親も姉妹もいない。
拠ってそこから導き出される答えは一つだけ。

彼女さん・・・いるんだ。

以前此処へ来たときはカカシによってその痕跡を上手く隠されていたに違いない。
悔しいのとは少し違う、不可思議な感情がサクラを満たしていく。
許容範囲を超えた『それ』は透明な雫となって次々と溢れ出た。





「サクラ?!」

いつまで経っても帰ってこないサクラを心配して、カカシは洗面所に顔を出した。
そこで彼が見たものは・・・下着姿でぺたりと床に座り込んだサクラだった。
小さな肩を震わせて泣いている。
カカシは慌てて駆け寄り膝を付くと下から顔を覗きこんだ。

「どっか痛いの?」

返事は無く、紅色の頭がただ左右に振られる。
ひとまずほっと息を吐いた。
身体の不調でないのなら何とかなるというもの。
大方服のことだろう。

「服、駄目にしちゃった?だったら新しいのを買って・・・」

またしても無言の答えはNOだ。
こうなるとカカシにはサクラが突然泣き出した意味がまったくわからない。
躊躇いがちに伸ばした手が震える肩に触れた途端、サクラがカカシの胸に飛び込んできた。

「・・やぁだ・・・嫌・・・・・」

突然のことに思わず尻を付く。
腹の上で抱きかかえることになったサクラはただ『嫌だ』と繰り返した。

「何が嫌なのさ?」

改めて聞かれると言葉に迷う。
一体自分は何に戸惑っているのだろう?
サクラは改めてカカシを見つめた。
先生は大人の男で。
そういう関係の女の人・・・つまり彼女が居たって全然不思議は無いわけで。
第一、此処へ来る前にも想像しなかった訳じゃないし。
・・・でも。
想像するのと事実を突きつけられるのとでは雲泥の差があった。

「せんせぇ・・の・・・ばかー・・・」
「ば、馬鹿?」
「・・・うそつきぃ」
「嘘吐き?」
「こんなの、着ないも・・・」
「はぁ?」

引っ掛けられてあっただけのパジャマを脱ぎ捨てて、サクラはカカシの顔へそれを押し付けた。
一瞬息が出来ずに眉を顰めたカカシだったが、やっとサクラの涙の理由にパジャマが絡んでいることを知った。


「帰る・・」

こうしている間にも、カカシの彼女がやってこないとも限らない。
サクラは乱暴に涙を拭うと立ち上がるためにカカシの腹に手を付いた。

「駄目だ」

冷静な一言と共に腕を掴まれた。
振りほどこうとする、反対の腕までも。

「サクラを泣かせた理由もわからないのにこのまま帰すわけないデショ」

両手を束縛されたサクラはそれでもカカシから離れようと身を捩る。
カカシはサクラの両手を後ろ手に、しかも片手で掴みなおすと、空いた方の手でパジャマを拾い上げた。

「これがどうかしたのか?」

目の前に差し出されたそれに・・・サクラは顔を背けた。
カカシにとっては何の変哲も無い普通のパジャマだ。

「何が気に入らない?」
「・・・・・・」
「黙ってたら分からないでしょーよ」
「・・・・・・」
「サークーラーぁ」

間延びした声で名前を呼ばれた。

「・・・せんせぇって・・どうしてそんなに無神経なの?」
「へ?」
「・・・それ、彼女のでしょう?」
「あぁ?・・・うん。二年前のね」

カカシが暗部を辞めた途端、離れていった女。
ようするに『暗部』をブランド扱いしていた尻軽女だったのだが、所詮カカシにとっても性欲を満たすだけの存在だったし・・・さほど気には留めなかった。
世間一般の、付き合うという意味では今のところ最後の彼女。
確かにパジャマはその女の残した物だった。

カカシの言葉にゆっくりとサクラが視線を合わす。
強張っていた身体から力も抜けた。

「二年前?」
「そう、二年前」

きょとんとした瞳で呟くように復唱したサクラにカカシは苦笑した。

「なんとなく捨てそびれたから持ってたんだけど」

それが何か?とカカシは問う。
そんなカカシをサクラはやっぱり無神経だと思った。
昔の彼女のものなど・・・私に貸さなくてもいいではないか。
そう思うことへの、気持ちの心理に気付かずに。

「オレの服よりは小さいし。何より着心地はイイだろ?高かったんだぞ、ソレ」
「・・・でも、嫌なの。着たくない」

おさまりつつあった涙が翡翠の瞳に再び盛り上がる。
サクラのためを思って引っ張り出したパジャマだったのに・・・
カカシはそっと息を吐いた。
そうしている間にもサクラの頬は濡れていく。

それにしてもこの状況はどういうことだ?
これじゃまるでサクラが・・・
サクラがオレにやきもちを妬いているみたいじゃないか。

とくん、とカカシの胸が鳴った。

・・・マジ・・?

カカシは何かを確かめるようにそっと手を伸ばす。
頬に触れるとサクラが驚いたように瞳を見開いた。

「せんせぇ・・・?」

両手は後ろ手に掴まれたままのサクラには逃げることは不可能だった。
近づいてくるカカシの顔。
不安そうな、それでいて嬉しそうな・・・
息が触れるまで近づいた彼はその赤い舌でぺろりとサクラの涙を舐め取った。

「・・あ・・・?」

次に、目線を下に落としたカカシは鎖骨のやや上に薄く乾いた血に照準を当てた。
白い肌にピタリと唇を押し付けて舌を動かす。
溶け出した血はカカシの口腔内に広がり・・・その馴染みある味を知らしめた。

「や・・ちょ、ちょっと待って・・・」

大きく上下する胸を押さえられず、サクラは慌てた。
跳ね上がった鼓動はきっとカカシにも聞こえている。
サクラは恥ずかしさのあまり真っ赤になって懇願した。

「お願い・・・先生、お願いだから!」
「何?」
「やめて・・よぅ・・・なにしてるの・・・?」
「消毒」

簡潔な答えはサクラに僅かばかりの冷静さを取り戻させた。

「舐めとけば治るって・・・迷信でしょう?」
「唾液には殺菌作用や粘膜を保護する働きがある。これは本当だよ」

真面目に答えた後、今度は舌先だけで傷口をなぞる。
サクラが再び薄紅色に染まった肌を振るわせるのを確認してカカシはやっと顔を上げた。
次いで固定していた両手も離すと、サクラは不意に自由になった身体のバランスが取れずカカシの胸に倒れ込む。
そんなサクラの心地よい重さを抱きしめながら・・・カカシはにんまりと笑った。

信じられないことだが、どうやらサクラはオレに気があるらしい!











というわけで、ビデオなんて・・・・ビデオなんて・・・(苦)
その存在をアピールしていたものの、(ビデオ)挿入まで辿り着けなかったよ。スマン。
サクラちゃんがえらく可愛い系になって本人びびってますが・・でもタイトルが天然、だし。
まぁ、いいかと(爆)
あちうさんが付けてくれた傷をどうしてもカカシに舐めさせたかったので、こんな展開になってしまいました・・・あちうさん、あとヨロシクー
もうビデオなんていらないかもしれないなぁー(邪笑)

2006.06.29
まゆ



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