love me tender  1




四年ぶりの木の葉はなんだか知らない場所に思えた。
街並みも随分と変わっている。
あそこにあんな高い建物は無かったのにと呟けば、吐く息が白く凍った。
軽いショックを受けつつ・・・カカシはリュックをよいしょと背負いなおし、四年前どうしても逃げ出したかった里を真っ直ぐ前を見据えた。
もう大丈夫だという保証はなかったが、それでも自分がどうこう出来る範囲はとっくに通り越しているはず。
名が変わりその腕に子供を抱く幸せそうなあの子を見れば流石に諦めもつくだろう。

再び歩き出してすぐ、誰かか手を振りながら此方へ駆けて来るのが見えた。
今日自分が戻ることは一部の者しか知らない。
その中に自分の受け持った、たった三人の教え子達は入っていないはずだ。
しかし、見間違えようのない薄紅色はカカシの唇に一つの名を呟かせた。

「・・・サクラ」

はぁはぁと肩で息を整える細身の女は返事をすることなく飛びついてくる。
まさに体当たりだ。

「サクラか?」
「そうよ。忘れたとは言わせないわ!」
「忘れたかもねぇ。なんせ里は四年ぶりだ」
「もう!先生ったら」

軽く睨んでくるその瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。
月日とは恐ろしいものだ。
自分には確実な老いを与え、この子には完璧な魔法をかけた。
まさかこれほどになるとは・・・。
本当に・・・忘れてしまえたならどんなに楽になれるだろう。
カカシは美しく成長したサクラから視線を反らすとその身体をそっと押しやった。

「ナルトと・・・サスケはどうしてる?」
「先生、酷い!!まず目の前に居る私をちゃんと見てよ。他に言うことがあるでしょう?」

両手を広げ、全てを見ろと示唆する。
最後に会った時には襟足で揃えられていた髪は背中の中ほどまで伸ばされており、風が吹くたびさらさらと流れる様にカカシは瞳を細めた。

「・・・綺麗になったな、サクラ」

そう言って昔のように頭を撫でてやれば、またサクラは嬉しそうに擦り寄ってくる。
左腕を絡みつき、甘える仕草などいつの間に覚えたのか。
カカシは心の奥底に閉じ込めたほろ苦い想いが浮上しそうになって軽く舌打ちした。

「先生は変わらないね!もっと老けてるかと思ったけど」
「おいおい、サクラも十分酷いじゃないの」
「えへへ」

ぺろりと出した舌はイチゴのように赤くカカシを誘う。
このまま茂みに連れ込んで押し倒し唇を奪いたい・・・だなんて、一体何を考えているんだか。
カカシはあまりの馬鹿馬鹿しさに自嘲した。
出来るなら四年前にとっくにやっている。
・・・出来ないから里を離れた。
それだけのこと。

「子供は?」

左手の薬指に指輪は見当たらなかったが、その胸元には細身のチェーンに繋いだシンプルなシルバーリングが見え隠れしている。
くの一は任務の邪魔にならぬよう、そうやって結婚指輪を身に付ける者も多い。

「子供?どこの?・・・あぁ、シカマルといのの?それなら去年産まれたわよ。いのにそっくりな女の子!」
「いや・・・サクラのだけど」
「わ、私?!いるわけないじゃん!結婚もまだなのにッ」
「・・・お前、何やってんの。行き遅れるぞ」
「うっ・・・親にも散々言われてるんだから先生までそんなこと言わないでよ。ていうか、一人身の先生にそんなこと言われたくないわね」

そうなのだ。
サクラにとって自分はあくまでも『先生』。
それが絶対のポジション。
そんな彼女の信頼を壊したくないという思いとズタズタに引き裂いてやりたいという相反する欲望の狭間で選択した長期任務だったのに結婚すらしていないとは!
・・・この四年もの月日は全くの無駄だったということなのか?
カカシの中でぐるぐると負の感情が渦巻く。
このままでは危険だ。
なるべく早くサクラから遠ざかろうとカカシは自らサクラの腕を解いた。

「サクラ・・オレ今日はちょっと疲れてるから。報告書も出さないといけないし」
「だと思った!だからね『カカシ先生お帰りなさいパーティー』はナルトとサスケくんしか呼んでないの」
「・・・はい?」
「だから、ホラ早く!ちゃっちゃと報告書出しに行くわよ!!」
「サ・・サクラ?」

くるりと自分の背後に回り背中を押す強引なサクラのペースに飲み込まれ、カカシは縺れる足でアカデミーへ向かって一歩を踏み出した。










五代目火影に今までの経緯を記した報告書を提出したカカシは挨拶もそこそこにアカデミーを後にした。
もちろんその隣にはサクラがぴったりと張り付いている。

「口の軽い火影だねぇ」

どうやら自分の帰還日を漏らしたのが綱手だと察して、カカシは呆れたように呟いた。
こんなこと、以前の木の葉ではありえなかった。
今の世が平穏だという表れかもしれないが、規律は規律だろうに。

「いいでしょ、別に。そもそも先生が私達に黙って長期任務なんか引き受けるからじゃない」
「・・・ごめん」

理不尽だと思うものの、一方的に責められては謝るしかない。
わかればいいのよと胸を張って答えるサクラに、カカシは妙なデジャヴを感じた。
昔・・・任務の帰り道、これと似た会話をよくしていたように思う。
見た目は美しい娘に成長したサクラだが中身はさほど変わっていないのかもしれない。

「先生、こっち」

無意識に、それでも確実に自分がかつて住んでいたアパートに向かうカカシの腕をサクラが引いた。

「何処に行くつもり?」
「『カカシ先生お帰りなさいパーティー』会場に決まってるじゃない。・・・とは言っても私の部屋だけど」

無理やり方向転換させられた先はカカシの知るサクラの家とはまったくの逆方向。
街並みが変わろうとも、それぐらいはわかる。

「・・・家を出たのか?」
「うん。去年ね」

そりゃそうだ。
結婚はまだでも二人で暮らしていたっておかしくはない。
カカシは薄暗くなった空を仰いだ。
今でもよく覚えている。
サスケを大蛇丸の元から連れ戻したのは最終的にオレでもなくナルトでもなく・・・サクラだ。
あの時、その場に居たからこそわかるサクラの・・・そして、サスケの気持ち。
二人の関係が今後どうなるかなんて火を見るより明らかだった。
その時の未来が此処にある。
カカシは一瞬浮かんだ皮肉げな微笑を覆い隠してサクラに向き直った。

「あのさー・・・やっぱり今日は・・・」

「裏切り者ー!!」

カカシの声がかき消され、新たに現れた人物は黄色い残像を残して瞬時にカカシの懐に現れた。
死角から繰り出された拳を手のひらで受け止めたカカシはその成長ぶりに素直に驚く。
視線の高さも、もう大差はない。

「・・・腕を上げたな、ナルト。で、裏切り者ってまさかオレのことか?」
「黙っていなくなるのは裏切り者だってばよ!サスケが戻ってきたと思ったら次はカカシ先生だろ?どれだけサクラちゃんが泣いたと思ってるんだっつうの」
「こ、こら、ナルト!アンタは余計なこと言わないでいいから」

冗談めかした台詞だったがそれが事実であったことをサクラの慌てた様子からカカシはなんとなく理解できた。
素直に嬉しいと思う反面、どうしようもない苛立ちが募る。
カカシは自分達の間に割って入ってきたサクラと視線が合わないように顔を背け、そっと溜息を吐いた。

「じゃ、オレ帰るよ。寒いし。また明日な」

「「ちょっと待ったー!!」」

何事もなかったように歩き出したカカシの両脇を元部下二人がしっかりと固めた。
・・・チームワークは今でも健在らしい。

「何?」
「・・・先生、私の話ちゃんと聞いてた?」
「今夜は寝かさないってばよ!」
「・・・ナルト、なんかそれ・・違う」
「エロい?」
「エロエロ!!そっかー、ふふふ。ナルトもそんな冗談を言うようになったのね」
「・・・サクラちゃん、近所のおばちゃんみたい」
「なんですって?!」

自分をそっちのけで会話を弾ませる二人から逃れられず、カカシは自宅アパートを目前に道を反れ・・・やがて現れたオフホワイトの割と新しいのマンションに押し込められた。










湯船に浸かって足を伸ばす。
シャワーばかりの生活だったため、久しぶりの風呂だ。
冷え切っていた手足の爪先からじわりと熱が浸透してくる。

「うー・・・やっぱり温泉は違うねぇ」

気持ちよくて少し唸ってしまった。
もうすっかりオヤジだと認識せずにはいられない。

建設途中に湧き出た温泉を利用したということらしいが・・・サクラが自慢するだけあってマンションの風呂にしては申し分ない設備だった。
浴槽は檜。
しかもカカシが足を伸ばしてもまだ少し余裕のある大きさ・・というのも魅力的だ。

・・・二人で入るのにも十分そうだよな・・・

そんなことをふと思い、カカシは首まで湯に沈み込む。
さりげなくチェックした玄関の靴箱と洗面台には男と・・・サスケと住んでいる気配は感じられなかった。
カカシの予定とは随分と違う。
子供が居る居ないは別にせよ、結婚だけは絶対していると思っていたのにそれすら否定されるとは・・・。
実際のところどうなっているのか、それはまだ再会を果たしていないもう一人の弟子が現れればわかるはずだとむりやり思考を停止する。
とにかく、想定外の現実にカカシは戸惑っていた。
サクラの結婚はすなわち自分の気持ちを抑えるための枷。
何の枷もなく手の届く距離にいられては困るのだ。
諦めきれない女を前に自分が何を仕出かすか・・・そんなのわかりきったこと。
この欲にまみれた両手で押さえ込み、彼女の意に反して全てを欲してしまうに決まっているのだから。
そうなる前にまたここから・・・いや、木の葉からすぐにでも消えなければ。
カカシが湯船から立ち上がろうとした、その時。

「カカシ先生、ちょっといい?」

不意に脱衣所のドアが開き、サクラの声が響いた。
曇りガラスの向こうで赤い彼女の忍服が動くのが見える。

「着替え置いておくから。って言ってもこんなものしかないけど」

『こんなもの』がどんなものか知らないが、さっさと出て行ってくれ。
限界だとさっきから言っているだろう?

「せんせー?」
「・・・聞こえてるよ」
「じゃあ、返事ぐらいしてよね」

サクラが脱衣所から出て行く様子はなく、何故かぱさりと床に何かやわらかい物が落ちる音がした。
赤いソレはサクラの足元に溜まっている。

「・・・何、してんの?」
「着替えよ、着・替・え!さすがにナルトの前で脱ぐ訳にいかないでしょ。だからここで着替えさせてね」

サクラの部屋はよくある縦長いワンルームの造りでキッチンとベッドの間に仕切りとなるものは無かった。
だからといって此処で着替えられても・・・。
カカシは無理やり視線を反らすと真逆の壁を睨みつけた。
自分の気持ちを知っていてわざとやっているとしか思えない行動の数々・・・飛びつかれたり、腕を絡まれたり・・・挙句の果てにはガラス越しの着替え。
ホントにもう・・・どうしてくれよう?

「あ、そうだ!先生、背中流してあげるわ」

なんの断りも無く、唐突に浴室のガラスのドアが開いた。
ひんやりとした空気と共にTシャツと短いスパッツ姿のサクラが滑り込んでくる。
カカシはゆっくりとサクラを見上げた。

「お前・・・オレを何だと思ってる?」
「何、って?」

問われた意味がわからないとサクラは首を傾げた。
ただ、低い声に殺気がまとっているのは気のせいではない。
サクラは張り詰めた空気を壊そうと慌てて口を開いた。

「先生は先生だよ。あ!もしかして、もう身体洗っちゃったとか?残念!」

わざとらしい明るい声が浴室に響いたが、カカシは無言でサクラを見つめ続けている。
素顔を晒しているのに無表情で・・・サクラは自分がどこか失敗したのだと悟った。
それも、とてつもなく大きな失敗を。

「あの・・・えっと、ごめんなさいッ」

逃げるようにドアノブに手をかけたサクラを湯船から立ち上がったカカシが背後から抱き寄せる。

「え?・・わッ・・・・ぅあ?」

あまりも強い力で、サクラはあっという間に浴槽へと引きずり込まれた。
二人分の体積に溢れたお湯が排水溝へと豪快に流れていく。
その音を聞きながら自分の身に何が起きているのか、サクラは必死に頭を働かせようとした。

「お前さぁ、もう子供じゃないんだから考えて行動しろよ。でないとこんな目に合う・・・」

向かい合わせだった互いの位置がカカシによってサクラだけ反転させられた。
そのままカカシの膝の上に抱きかかえられたのは一瞬の出来事と言っていい。

「ど・・どうしたの、カカシせんせ・・・・・・ひゃ、ぁんッ」

カカシが背後から抱きすくめる形でサクラの身体に手を伸ばした。
湯でぴったり張り付いた服の上から胸の膨らみを弄る。が、物足りないのか、その手はすぐに服の内側へと侵入してきた。

「襲ってくれと言っているようなものだ」

ずり上げられた下着から零れた胸を両手で優しく包み込む。
人差し指で先端をこねるように撫でれば・・・そこはすぐに硬く尖った。

「んっ・・んんッ」

くぐもった声が、サクラの首筋に舌を這わせるカカシの耳元で弾ける。
その声だけでイッてしまいそうだ。
サクラのことを思い出さないようにと勤しんだ任務のおかげで久しくセックスもしていない。
反り立ったモノをサクラの尻に押し付けながら・・・カカシは全てが崩れる、そんな音を聞いた。

「やぁ・・っ!」

サクラが身を捩ってカカシから逃れようとするたび湯船は大きく波打ち、Tシャツを張り付かせた身体をより一層卑猥に見せた。

「大きな声を出すとナルトに気付かれるデショ」

そう囁けば、サクラはぴたりと動きを止めた。

「イイ子だ。・・・ごめーんね、サクラ。オレの性欲処理にちょっと協力してもらうよ」

昔のように下品な軽口・・だけなら良かったが、実際に行動を起こしてしまった今、取り返しがつくなど思ってもいない。
カカシがサクラの首に絡みつく細い鎖を歯で引き千切けば、繋がれたリングがぽちゃんと浴槽に沈んだ。
こんな指輪が何の役に立つ?
四年も待ってやったのに・・・それでもサクラをモノにしていないサスケが悪い。
取られて困るならさっさと結婚しておくべきだったんだ、お前は。

「せんせ・・ぇ・・・やめて・・」
「オレはもうサクラの先生じゃないよ。木の葉の上忍はたけカカシ。・・・先生じゃ、ない」

最後の一言は自分に言い聞かすように呟いて、カカシは再びサクラの首に唇を落とした。










ちょいエロなんでどうしようかと思いましたがとりあえず表に。
後編のエロ次第で(←オイ)裏へ移す可能性大ですが・・・
正月休みに書き上げてUPしようとしていたモノが今頃に・・笑えません・・・
ということで、これは正月に楽しみにしてくれていたであろう(←勝手にアタシはそう思っていた)ちとせさんに捧げときます。

2007.02.21
まゆ