溺れる太陽






 甘い吐息をおしころすようにあかく染まった顔を伏せ、サクラのその指がきつい拳をつくった。
 きしきしと古ぼけた机が抗議の声をあげているけれど、そんなものを聞きいれてくれるような人間は今この教 にいない。
 神聖な学問のためだけに用いられるべき教室のなかでその机の高さを利用して、こんなことはするべきではないとささやかな声をあげてはいるのだけど。
 宵闇もそろそろ間近いアカデミーの教室には、見事な朱色に染まった落日が黄金の帯をなげている。
じっとその帯にさらされていると触れたところが熱いと思うほどのまぶしい輝きのなか、サクラは思うように自分の体重を支えきれないもどかしさとそれとは別の恥ずかしさでいっぱいになって、いよいよ頬を赤くした。
 なかばつま先立ちみたいになってしまった左の足首がガクガク震える。
 ぬらりと熱く、内腿をなにかの感触が床へ向かって伝っていく。熱く熱く、しとどに肌を濡らしていく。
 「…っふ…ゥ」
 でも噛みしめた唇のすきまから不覚にも女の声が漏れてしまって、あわててそれをごまかすために顔をそらした。
でも相手にはバレバレだったようで、からかいの混じったような笑い声が後ろからきこえた気がした。
 「嫌なんじゃなかったの?」
 「…そうよ、嫌よ…嫌で嫌で、気持ち悪くなったのよっ…」
 「…へえ?」
 嘲笑を含んだような、おもしろそうな声。
 いちばん弱いところを熟知しきっている指先の感触に、サクラはだんだんたまらなくなってきて思わず涙を流してしまう。
 「っ」
 涙をこぼしながら、それでも反応してしまう自分が情けない。
 机のふちに手をかけてなんとか上半身を自分の力で支えてはいるけど、逃げられないように右の太腿にカカシの手がからまっているから、どうにもこうにも不安定でそのうえ腰から下が自由にならない。
いったい何をどうしたらこの場から逃げ出せるのか、もうよくわからなかった。
 「…んぁ…ッ…」
 愛してもいないくせに。


 とろとろっ、と体の奥のほうからそれでも自分が素直に溶けてくるのが悲しすぎて、サクラは声もなく涙を流すしかない。
 ひきつるような震えが体の奥で始まって、きつく目を閉じる。
 「きらい…」
 本当に愛しているのなら自分が泣くようなことはしないはずではないか。
 「先生なんか大嫌い」
 好きになるかもしれなかったのに。
 「私のこと、好きでもなんでもないくせに」



 「なに言ってんの」
 思いのほか冷静な声がおちてきて、ほんのつかのまサクラは我に返った。
 「…なんでもない相手にこんな事するほど、俺はヒマじゃないよ?」
 「信じない…」
 「信じてくれなくて結構」
 でもカカシにうすい耳朶にくちづけられてしまうと、どうしてもサクラの体からは余計な力が抜け
ていってしまう。心底いとおしげに触れていく、その感触に嘘が感じられないから。
 でも信じない。
 「サクラ?」


 「…やだっ…」
 「なに言ってんの」
 こんなにどろどろになってんのに、と低い声が耳にすべりこんできて、サクラは夢中で喉に力を入れた。そうでもしないと本気であられもない声をあげてしまうから。
 つかんでいた机の天板のうえ、まるで転がされるようにして姿勢が変えられた。衣服と鎖帷子を無理やり押しのけて露出させられた胸元に、熱い斜陽がかかる。
 「やあっ」
 両腕をつっぱねて拒絶しようとするけれど、もうどうしたってかなわない相手だということもわか
りきっているので、抵抗らしい抵抗にすらならない。いっそ、さっきまでの姿勢のほうがよかった。
そうしたら、顔を見られずにすんだのに。
 「いやあ…」
 愛されているとは信じられない相手に、こうも簡単に翻弄される自分を見られないですんだのに。
 「みないでぇ…」
 汗ばんだ額にかかる髪をかきあげて、なぜか真顔で言われた。
 「なんで?」
 「どう…だって、いいじゃない…」
 言葉の合間にどうしても喘ぎ声が混ざる。
 「見られたくないのに、理由なんていらないのよ」
 叩きつけるように言ったら、なぜかとてもせつなそうな声で。



 「かわいいのに」
 「…」
 「いつもより、ずっとかわいいのに」



 「こんなにかわいいのに…」
 呑まれながら、サクラは泣いた。
 「わたしは先生を好きにはならない」
 のぼりつめながら、サクラは涙をこぼすことしかできなかった。
 「絶対に好きにはならない」


 もういまさら、『好き』にはなれない。
 わたしもあなたのことが好きだった、そう告げることさえできない。
 それを認めてしまったら自分のなにかが壊れていきそうな気がして。
 ただそれが怖くて、サクラはどうしても目を伏せてしまう。



 いつも、カカシに抱かれたあとは記憶があやふやで困る。
 気がつくと薄暗い教室の真ん中で一人でぼうっとしていて、いつカカシが出ていったのかも覚えていない。何か術を施されたような感じもないので、単に自分がひどく放心しているだけなのだろうが。
 ただ、カカシもそんなサクラの状態はきちんと把握してくれているようで、衣服の乱れもきちんと元通りに直されているし、教室の扉の鍵も内側からおろされてある。忍であればなべてこんな鍵を外側からはずすことなど朝飯前なのだが、だからこそ内側からかかった鍵には無闇に手を出さない、という奇妙な暗黙の了解が忍にはある。
 涙の跡を拳で拭って、サクラはやるせなく溜め息をつく。
 「かえらなきゃ…」
 あまりうまく力のはいらない体を起こして立ち上がり、扉の鍵をはずして外の廊下に出る。ふらふらする体に力をこめると、突然脚のつけ根のあたりでじわりと熱い感触がひろがった。まだ余韻が尾をひく体に、サクラは思わず頬を熱くする。



 足元に長い長い影が斜陽と一緒に帯をつくっていて、サクラは顔を上げた。
 「…」
 いま最も会いたくない相手に会ってしまった。
 「サスケ君」
 「泣いていたのか」
 誰を待っているのか、それとも時間をつぶしているのか、サスケは何をするでもなく壁にもたれかかってこちらを見ていた。
 赤い目のことを指摘されているのだと気付いて、サクラはごまかすように笑う。
 「あ…あはは、ちょっとね…」
 「カカシはどうした」
 「…は?」
 「一緒じゃなかったのか」
 思わず空気を飲み込んで、サクラはいそがしく考えをめぐらせる。
 「そ、そんなわけないじゃない」
 「嘘つけ」
 「…」
 「…お前が出てきた教室から、カカシが出ていくところを見た」
 ごまかし笑いが、行き場をなくして凍りつく。
 つかつかとサスケはサクラに近付いてきて、そして低い声で言った。
 「なにがあった」
 「…べつに…なにも…」
 「何もないのに泣くのか。ずいぶん安い涙だな」



 きつく唇を噛んだ。
 知られてはいけない。あんなこと。



 でもそんなサクラの思いとは裏腹に、サスケの手がサクラの肩にかかって、ぎゅうと信じられないくらいの力がこもった。
 「…サスケ…君…?」
 声が震えた。
 至近距離からにらみつけられた。体じゅうに、未だ残っていた甘い余韻さえ吹き飛んだのを自覚した。
 「…なにやってんだよ、お前はっ…!!」
 その視線の先にあるものが切れてしまいそうな、そんな目をしていると思った。突然サスケはサクラの服の裾をつかんで、力任せに引きちぎった。

 声が出ない。

 サスケの右手のなかに奪われた服の裾。
 そこにはとろりと糸を引く染みがほんの小さく浮かんでいた。

 気付かなかった。

 サスケの手をふりはらって走り出した。
 ふりかえる勇気があるはずもなかった。



 カカシを好きになってしまったことを認めたら、自分の何かが壊れてしまいそうで認めることはできなかった。しかし、認めるまえに壊れてしまったほうがずっと早かった。
 がらがらと自分の胸のなかで何かが崩れていく。
 サクラは走りながら、涙をぬぐい、ただ転ばぬように前を見ていることしかできなかった。
 太陽が地平線へにじんで、世界のなかにどろどろと溺れて溶解していく。
 そのありさまさえ、けがれた自分と同調している気がした。
 涙が止まらなかった。









 お題:カカティとサスケの間で揺れる「いけずなサクラちゃん」

 …すみませんすみませんスミマセ…!!!!! (号泣)
 エロ風味どころか、まんまエロになっちゃいました!もう、サクラがいけずどころなんて話じゃありません!!
 ここはもう腹かっさばいてお詫びするしか!!(ぶしゅう−)
 …お、お怒りにならずどうぞ今後とも見捨てずよろしくおねがいします…(泣)

 佐伯都 20020214up




 きゃあvvvv みやちゃん!
 カカスィ先生がステキすぎ!!!
 あの鬼畜っぷりがもう・・堪りませんよっっ
 はぅっ・・・ティッシュ、ティッシュ・・・・(爆
 バレンタインの今日、みやちゃんの愛を感じました!!
 有難うございました。