人魚の秘密 海賊の罠 2 予想していた海面に叩きつけられる衝撃は無く、ただ深く深く沈んでいく。 懐かしい海! とうとう帰ってきた!! サクラは水泡の上がる海面を見上げながら肌に馴染む海の水の心地良さに酔っていた。 尾を動かし、泳ぎだそうとして腹部に絡みつく腕の存在に気付く。 「そうだ…泥棒さん!」 私を抱いて飛び込んでくれた彼の腕を解き顔を覗きこむが、どうやら気絶しているらしい。 足が尾に変わるのを見られていなかったことにほっとして…サクラは安堵の笑みを漏らした。 今のうちに彼を人目に付く岩場へと押し上げておこう。 そうすれば通りかかった漁師が…または商船が彼を助けてくれるはずだ。 サクラが彼を運ぼうと、人間達が溺れた人にするように首に腕を回して固定する。 しかし、泳ぎだそうとしたその時…滲み出る、海の青にそぐわない色を見た。 「血…どこか怪我を?!」 慌てて海面に浮上して人気の無い入り江を見つけるとその奥の洞窟へと進む。 再度辺りを見渡してから安全を確認し、サクラはごつごつとした岩肌の陸に苦労しながら彼を押し上げて、自らも傷を詳しく確認するために海から上がった。 大きな出血は左足のふくらはぎ…飛び込んだ際に浅瀬に隆起した岩で負ったのであろう…肉が引き裂かれている。 更に背中には二本の矢が刺さっており、それは海面に叩きつけられた衝撃で胸にまで貫通していた。 「どうしよう…」 手で押さえても流れ出る血は止められない。 自分が受けるはずだった全ての傷を身代わりになってくれたこの人を…サクラはどうしても助けたいと思った。 「綱手様がいれば…」 医療の知識に長けた彼女ならきっと助けられるのに。 彼女の住む海までは遥か遠い。 サクラが綱手を思い出したとき、彼女の言葉もまた思い出した。 『人魚の血は人間の治癒能力を活性化させる』 人間なんか、助けることは無いと思ってた。 でも今は… 「この人は特別…だって私を助けてくれたから」 尾は再び足に変化している。 サクラは立ち上がると身体に張り付いた布を剥ぎ取り、隠し持っていた果物ナイフを取り出した。 「痛いけど我慢してね」 鏃の部分を切り落として背中から矢を引き抜く。 意識は戻らないもののカカシの顔は苦痛に歪んでいる。 「あと一本…」 サクラは震える手で作業を繰り返し…そして躊躇いつつも自分の手首に果物ナイフの刃を押し当てた。 滲み出る、深紅の血は人間と同じ色。 それを丹念に矢傷へ塗り込めば、もとより小さな穴だったそれは徐々に塞がっていく。 「綱手様の言ったとおりだわ」 驚きつつも笑顔を浮かべたサクラだが、視線を彼の足の傷に向けたとき…その笑顔は一瞬にして凍りついた。 「やだ!」 脱ぎ去った布を引き裂いて、応急処置として巻きつけてあったが…そんなことはお構いなしに赤い水溜りが出来つつある。 これ以上血を流せばこの人は… サクラは無意味な包帯代わりの布を剥がし…その傷の上で自分の手首を再度深く切りつけた。 泉のように湧き出る血が彼の傷に滴り落ちていく。 「間に合いますように」 サクラはそれだけ祈りつつ…二人の血が混ざり合う傷を見つめていた。 揺れる揺れる… 波に身を任せて海の囁きを聞き、太陽の光が届く珊瑚の森でうたた寝。 傍には沢山の仲間……人魚達。 「気が付いた?」 サクラが重い瞼を押し上げればいくつもの知らない顔が自分を覗き込んでいた。 びっくりして反射的にぎゅっと目を閉じる。 「オレのこと覚えてる?」 聞き覚えのある、低い声。 「…泥棒さん?」 再び目を開いてみたものの、あの日の彼は黒ずくめで…おまけに顔もほとんど隠していた。 自分の周りにはさほど年が変わらないであろう少年が二人とがっしりとした体躯の男が一人。 もう一人は思わず見とれてしまうほどの世にも稀なオッド・アイを持つ男。 背格好でいえばこの男だが…… サクラの視線と絡まったオッド・アイの男はにっこり笑って「半分当たり」と答えた。 「正確には泥棒じゃなくて海賊なんだよねぇ。海専門。そして此処は海賊船リーフ号の中。オレは一応船長のカカシ。…きみは?」 堂々と海賊と口にするあたり、この男…頭のネジが一本取れてるのではないかとサクラは思った。 それにしても海賊船とは……運が良いのか悪いのか。 城の水槽の中よりずっと逃げやすいことだけは確かだが、捕らわれの身には変わりない。 人魚とバレるかもだし…どうしよう?! 「大丈夫だってば。オレ達は良い海賊だし!怪我人には優しいよ」 「…オイ。馬鹿っぽい発言はやめろ。良い海賊ってなんだ?海賊は海賊だろーが。…確かに人身売買なんかしないけど」 「お前こそ人身売買とか言うな!この子が怖がるじゃん!」 サクラの不安を敏感に読み取ったのか、人懐っこい笑顔で少年が告げる。が、すぐに横から茶々を入れられて二人は睨み合いを始めた。 「お前ら喧嘩するなら甲板でやれ」 こういう光景はいつものことなのだろう。 カカシは軽く言葉で釘を刺しただけですぐにサクラに向き直った。 「きみの名前は?」 「…サクラよ」 「サクラちゃんね!よく似合ってる。こいつらはナルトとサスケ。で、こっちはクマ…じゃなくてヒゲ」 「どっちも違うわっ!ボケ!!…あー…オレはアスマ。副船長だ」 よろしくと差し出された手は大きく岩のように硬くて、サクラは軽く握手した後すぐに手を引っ込めた。 「アースーマー…手を出さないでもらおうか。サクラちゃんはオレの大事な客人だぞ」 「掻っ攫ってきたくせに」 「…ロリコン」 アスマの返答よりもぼそりと呟いたナルトとサスケの声をそろえた一言の方がカカシの逆鱗に触れた。 …当然といえば当然だが。 「お前らさっさと甲板へ上がって仕事しろ!」 「ずるい。船長ばっか」 「オレはいいのっ!」 カカシが両手を広げて無理やり皆を部屋から追いたてるのを、サクラは不思議そうな顔で見ていた。 海賊ってこんなだったっけ? 自分の知る海賊はもっとこう…雰囲気が違ってた、はず。 このアットホームさは何だろう? これではまるで普通の商船と変わらないではないか。 最後まで抵抗したナルトを摘み出した後、カカシはふと真面目な顔になってサクラの横たわるベッドの縁に腰掛けた。 「身体、大丈夫?」 「…あなたは?」 一呼吸開けて何とも無いよと告げられる。 それを聞き、サクラの顔がゆっくりと笑みに変わった。 …本当に良かったと思う。 「あんな高いところから飛び込んで無傷だったなんて信じられない。一体どんな魔法を使ったんだ?」 「……運が良かっただけじゃない?魔法なんて……私、知らない。それよりどうして私は此処にいるの?」 「目が覚めたら二人して入り江に倒れてたんだ。何故か血まみれでね」 「…そう」 ふいっとカカシから視線を外して、やや高い位置にある丸い窓の外を見ればそこには忙しく甲板を往復する船員の足元が良く見えた。 その隙間にはぬけるような青空が広がっている。 「あなた達、病人だって自覚あるのですか?」 二人きりだと思われていた部屋の奥から一人の女性が現れた。 「シズネ…あ、この人はウチの船医さんだよ」 カカシの取って付けた様な紹介を気に止めず、近づいてきた彼女はサクラの額にそっと触れる。 ひんやりとして気持ちがイイ。 「まだ熱が下がりきってないようですね」 「…」 「船長があなたを連れて帰ってきた時は極度の貧血で命の保障もしかねる状態でしたが…回復に向かっています。でももう暫くはベッドの上から動かないでくださいね。…あなたもですよ、船長!」 「はいはい」 「二人とも傷も無いのに血だけ無くなってるなんて。医者としては興味深い症例なのですが…吸血鬼にでも会いましたか?」 「…さぁね」 カカシが答えをはぐらかす。 きっとカカシはこのからくりを知っているのだろうとシズネは思った。 教えてくれる気は全くなさそうだが。 「外の空気を吸ってきます。後ほど食事を運んできますのでゆっくり休んでください…もちろん船長も」 そう告げて、シズネはひらりと白衣を翻して扉に向かう。 ぱたんと開いた扉が閉まる音がしてリーフ号の医務室は今度こそ完全に二人になった。 「サクラちゃん、もっと詰めて」 「…?」 「オレが寝れない」 カカシの台詞にサクラがぎょっとする。 「見ての通り医務室にあるベッドは一つだけデショ。で、オレも病人」 「え?ウソ?!」 「船長命令だよー」 有無を言わさない素早さで布団の端を捲るとカカシは強引に中へと潜り込んだ。 「きゃあ!」 「…こらこら。耳元で叫ばないの」 「ち、ちょっと待ってください」 「大丈夫だって。こうすれば…ホラ、二人でも寝れるから」 カカシの胸に顔を押し付ける形で引き寄せられたサクラはその広さにどきりとする。 潮と日向の匂いのするシャツは、嫌いじゃない。 むしろ安心する。 背中に回された大きな手がとんとんと子供をあやすように動き…サクラは身体の力を抜いた。 「起き上がれるようになったら家まで送ってあげるよ。だから安心しておやすみ」 カカシの囁きが子守唄のように睡魔を誘う。 サクラが寝息を立て始めたのはそれから間もなくのことだった。 「寝ちゃったか」 腕に閉じ込めた、小さく柔らかな身体。 さらさらと指どおりの良い髪を梳きながら…カカシは昨夜のことを思い出していた。 海に飛び込むのとほぼ同時に背中に矢を受けた。 毒か何か塗られていたらしく、瞬時に燃えるような熱を感じたのだからそれは間違いないのに傷すら残っていないなんて信じられない。 …おまけに岩で擦ったはずの左足。 ベッドの中で足首を動かしてみるが何の違和感も無く動く。 軽いノリで『魔法』などと口走ってみたものの、あながちそれは間違いではないと思う。 少なくともカカシにはどうして自分の傷が癒えているのか根拠も分からなければ原因も掴めずにいたから。 「きみは魔女?」 ただ一つだけ。 暗い海に沈みながら意識を飛ばす前に見た光景が忘れられない。 ゆったりと動く大きな尾ひれ…それは今自分が口付けている一房の薄紅色の髪と同じ色だった。 「それとも…人魚なのかな…?」 家まで送ってあげると言ったものの…どうやって引きとめようかと思案する。 カカシはゆっくりと襲ってくる睡魔に抗いながら…サクラが消えてしまわないようにそっと抱きしめた。 タイトルは何となく雰囲気で←オイ まぁ…海賊の罠の方はこれからカカシがサクラを捕まえておくために頑張る的なニュアンスで受け止めてもらえれば(笑) 完結のつもりで書いてんだけど色々複線はったので続きを書く…かもしれません。 2008.02.04 2010.08.15 改訂 まゆ |
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