人魚の秘密 海賊の罠 1 人魚とは架空の生き物だ。 そう、思っていた。 …実際この目で確かめるまでは。 「マジで此処に入るのかよ?」 城壁の上で振り返り、心底面倒臭そうに問いかけてくるのはサスケ…この辺りでは珍しい黒目黒髪の少年だ。 オレの船では一番の新参者だが頭はキレるし度胸もいい。 まぁ…良い拾いモノだったと思う。 「ビビってんなら先に船に戻ってれば?」 サスケの言葉に噛み付いたのは…オレの剣の師匠の忘れ形見、ナルト。 父親譲りの向日葵色の髪に海の色の瞳。 しかし、残念なことに沈着冷静だった彼の性格だけは受け継がなかったらしい。 同じ年ということもあり比べられることも多い二人だが、意識しているのはナルトだけのようで…彼は何かとサスケに絡む。 いつものように冷めた視線を向けられただけで相手にされなかったナルトがサスケに掴みかかろうとするのを慌てて押さえつける。 この二人を連れてきたのは失敗だったか……? 「お前らねぇ、これから城に忍び込むつうのに…仲良くしてね」 「…それはアイツ次第だ」 「出来ない相談だってばよ!」 溜息混じりに諭してみるも返ってきたのは予想通りの返答で…カカシは苦笑いを浮かべた後、城壁から暗闇へ…先頭を切って城の中へと飛び降りた。 上半身、人間。 下半身、魚。 それが…私たち人魚。 人間の間では人魚の肉を食べると不老不死になれると言い伝えられているみたいだけど、そんなのウソよ。 信じる方がどうかしてるんじゃない? ただ…私達人魚の血は人間の治癒能力を活性化させるって綱手様が言ってたから、それは多分ホント。 ……生憎、試す気なんてこれっぽっちも無いけどね! サクラは広い部屋の半分を占める水槽の中で顔だけを水面に浮かべ、考え事に没頭していた。 人目を忍び、夜な夜な城を徘徊して得た図面を頭の中で起こす。 「此処から逃げるならやはり東の塔だわ」 城の東側は海に面しており断崖絶壁の為、警護の兵が極端に少ない。 もちろん、自分にとっても逃げにくいことは間違いないが…それでも海がすぐそばなのだ。 海にさえ入ってしまえば確実に逃げ切れる。 サクラの見立てでは城壁から水面まで約25メートル。 必要なのは飛び込む勇気と…両手いっぱいの『運』だった。 新月が味方する。 いつもなら月明かりが差し込む天蓋の窓も闇に閉ざされたまま星の一つも見えなかった。 捕らわれの身となりそろそろ一ヶ月が経つだろうか… 城主のサソリと呼ばれる男はサクラを高価な宝石で飾り立てては毎日満足いくまで眺めた。 自分の意思というものを全く無視したその観賞用のペットのような扱いにもちろん良い気がするはずなかったが、それ以上にいつもサソリに引っ付いているあの男…医者のオロチ丸といったか…の薄気味悪い視線がサクラの恐怖心を増幅させていた。 つい二日前などはサソリの目を盗み単独で現れたかと思うと、研究という名目でいきなりサクラの血を採取していったのだ。 そのうち自分は「死んだ」ことにされて解剖されるに違いない。 早く逃げないと… 今夜は新月。 この絶好の機会を逃せば後が無いような気がした。 サクラは覚悟を決めると海を模倣した水槽の中の、隆起した岩の上に全身を乗り上げた。 ぴちぴちと尾を左右に振って水滴を払い、水槽を満たしている海水に再び触れること無いよう注意を払って暫し待つ。 髪の色と同じ薄紅の、桜貝を思わせる鱗に覆われた尾がゆっくりと二つに割れていき……五分ほどでそれは完全な人間の足になった。 『人魚の秘密』の中でもこれが一番のトップシークレットといえる。 陸に上がれば個人差があるものの…約五分から十五分で尾は足に変わるのだ。 人魚とは海中でも陸でも生きていける、ある意味人間よりも進化した生命体といっていい。 ただ…この変化を見られた人魚に課せられる掟が、一つ。 その相手に沈黙を与えるというものだが…それは実際には『死』を意味している。 今も昔もそうやって私達は秘密を守ってきたのだろう。 …そして、これからも。 「じゃ、行くとしますか」 今日はいつものような下見ではないのだから細心の注意を払わないと! 緊張のあまり小刻みに震える肩を両手で抱いて深く息を吸い込む。 そして、サクラは岩の上に両足でしっかりと立ち上がり…水槽の縁へとジャンプした。 水槽に立掛けられた梯子は此処へ毎日海水を運んでくる兵の為のもの。 サクラはそれを伝って床に降り立つ。 警護の兵の見回りは三十分置き。 窓を覆う何重ものカーテンの一枚…最も軽そうなオフホワイトのカーテンを力任せに引き千切って身に纏い、テーブルの上の果物ナイフを手に取ると…サクラは彼女にとって牢屋であった部屋から勢い良く飛び出した。 街に面した南の城壁から忍び込んだ三人は二手に分かれて『お目当て』を探していた。 「なぁ、サスケどう思う?人魚なんてホントにいるのかな?」 「…そんなコト、オレが知るかよ」 「そんな言い方ってないだろ。相変わらず冷めたヤツ!」 声を荒げたナルトを軽く睨みつけてから物陰に引きずり込む。 更に口を押さえつけて「見回り」と呟けばナルトはやっと暴れるのを止めた。 気配を消して揺らめく松明が通り過ぎるのを待つ。 サスケは内心うんざりしていた。 どうしてこんなヤツが海賊船『リーフ号』の一員なのか。 今日だってコイツは連れてくるべきではなかったと思う。 海の上での戦いならまだ活躍の場があるかもしれないが…これほど潜入活動に向かないヤツも珍しいのだから。 ナルトの唾の付いた手のひらを彼の胸で拭い、立ち上がる。 自分たち二人は西回りで城を半周して北の門を目指す。 南の門で別れたカカシは東回りで北の門を。 その間、自分達の…いや、船長であるカカシのお目当ての『人魚』を見つけるのだ。 カカシは「一目見るだけでいい」と言っていたがどうなることやら……あわよくば掻っ攫おうと思っているはずだ。 大陸の、東の隅に出来たばかりの新興国…『暁』と名乗るこの国は怪しげな噂が耐えない。 個人的意見としては余計な揉め事は避けたいところだが。 「さっさと探すぞ」 後れを取ったと自覚したのか、サスケの一言にナルトは無言で頷いた。 「人魚ちゃんはどこかなー?」 サスケとナルトにペアを組ませたカカシは二人とは反対の東回りで城内を物色していた。 あらかじめ入手した情報によれば『それ』が隠されているのは三階…今、自分達が居る階のはずだが、何の手がかりも無いままカカシは合流地点に着こうとしていた。 初めて『人魚』話を聞いたのは子供の頃だった。 父親が語る、オレの母親の話。 商船の護衛艦長をしていた彼が嵐の夜に海に投げ出され、それを助けてくれたのが美しい人魚で。 彼は一瞬で恋に落ち、オレが生まれた…というのが大まかなあらすじ。 よりによって自分の母親が人魚だぞ…? 全くとんでもない話だ。 確かめようにも母は自分が生まれてすぐに亡くなったとされている。が、それすらも怪しくて。 息子であるカカシも父の頭を疑わずにはいられなかったぐらいだから…当然周りの人間の反応も冷ややかなものだった。 意地を張ってそう主張し続ける父は次第に世間とは隔離されていき…孤立した彼はとうとう自ら命を絶ってしまった。 本当に人魚は存在するのか? カカシが海賊になったきっかけはそんな馬鹿らしいとも取れる理由だったが…海賊家業をはじめて十五年。 そんなこともすっかり頭の隅に追いやっていたのに、今回の情報はカカシにあの苦い思い出と初心を取り戻させるには十分な内容だった。 だって。 暁の国王は『生きた人魚を飼っている』というのだから! 見回りの兵を難なくかわしながら、一部屋ずつじっくりと覗き込む。 次の部屋へ…カカシが手を伸ばした扉はカカシの意思に反して内側から勢い良く開いた。 反射的に腰の剣へと手を掛けたがすぐにそれは必要の無いものだと知れる。 …目の前に現れたのは、目の覚めるほどの美少女だったから。 カカシは自分にぶつかりよろける彼女を抱きとめて、吸い込まれるようにそのエメラルドグリーンの瞳を覗き込んだ。 僅かだが彼女から潮の香りが、する。 「…きみが人魚?……なわけ、無いよねぇ」 彼女にはしっかりと両足が生えている。いや、生えているという表現は失礼というものか。 それにしても… 「どうしたの、その格好」 見れば彼女は服を着ておらず、シーツか何か大きな布を巻きつけているだけ。 髪を飾り立てている赤珊瑚の髪留めや華奢な鎖骨を彩る色とりどりの宝石をちりばめたネックレスからして妙にアンバランスだ。 もしかしたら彼女は買われてきた奴隷かもしれないと、ふとそんな考えが頭をよぎる。 貴族のくだらない趣味はカカシも幾度となく目にしてきたし、…「子供」を愛玩する変態もまた然り、だ。 「逃げるなら手を貸すけど?」 彼女の両肩を支えていた手をのけて、軽く肩を竦める。 警戒心を解こうととおどけたカカシだったが…少女は顔を強張らせたままぴくりとも動かない。 さて、どうするか… 自分とてさほど時間があるわけではない。 まだ肝心の『人魚』をみつけてもいないし… 「盗賊だ!!」 遠くから慌しい足音と異常を知らせる兵の叫び声が突如聞こえてきた。 「あれま。あいつら見つかっちゃったのね」 でも、まぁ…放って置いても自力で逃げ切れるデショ。 帰ったらお仕置きだけど。 「オレらも逃げよう」 そう言って彼女の手を取り、カカシは二人と待ち合わせの方角へと足を踏み出す。 「そっちは嫌!」 半ば引きずられるようにして足を動かした少女が、初めて発した声。 その切羽詰った空気に思わずカカシが立ち止まった。 「私は東へ行くの」 「…北の門が一番近いよ?それに東側は…」 「いいから、手を放してください!」 「って言われてもねぇ。か弱い女の子を一人残しで自分だけ逃げるなんて出来ないでしょーよ」 「お願いだから手を…ッ」 どんな理由があるのかわからないが彼女はどうあっても東へ行きたいらしい。 そうしている間にも兵達は確実に近づいてきている。 「ワカリマシタ。姫様のおっしゃるとおりに致しましょう…では、失礼!」 カカシは少女が拒絶する間を与えないほど素早く横抱きに抱き上げて東へ向かって駆け出した。 「…どうすんの?」 最東端の、塔の窓から外へ。 そして城壁に飛び移ったは良いものの…そこに当然梯子も階段も付いていない。 その向こうにあるのは潮の流れが複雑に絡み合う黒い海だけ。 「飛び降りる」 「海へか?!」 「…えぇ」 「無茶だ!」 海面まではゆうに三十メートルはあると思われる。 いくら下は海とはいえ、上手く飛び込まなければ内臓破裂でおだぶつだろう。 おまけに新月の今日は月明かりさえ僅か。 暗闇に踏み出す勇気は尋常ではない。 …それを彼女が?! 「ここまで連れてきてくれて有難う、泥棒さん」 エメラルドグリーンの瞳から…猜疑と恐怖が消えていた。 自分をまっすぐ見つめて笑っている。 「私は海に戻れる」 自殺とも取れる台詞に一瞬ぎょっとなったがその表情は生き生きと輝いていた。 よほど泳ぎに自信があるのか…? それだけではないだろう『何か』を感じて…カカシはまじまじと彼女を見つめた。 ここで別れてはいけない気が、する。 「あなたは早く城内へ戻って。私が居た隣の部屋…あの部屋には料理運搬用のエレベーターが付いてたわ。それで下まで降りられると思うの」 「…きみは何故そうしない?命の危険を晒してまでこのルートで逃げる?」 「だって…私は海に帰りたいんだもの」 「………」 どうすれば彼女は自分と一緒に逃げてくれるだろう? 出会って数分足らず。 悪く言えば行きずりの、そんな関係なのに…離れがたく感じている自分に驚きつつ、カカシは必死で彼女を引き止める台詞を考えていた。 「居たぞ!あそこにも居る!!」 おびただしい数の松明と共に警備兵が押し寄せてくる。と思ったのも束の間、次の瞬間には矢の雨が降ってきた。 鉄砲で無いだけマシだったが…的になっているのは彼女だ。 彼女の纏う白い布は闇夜にも目立つ。 カカシはちっと舌打ちしてその腕に彼女を抱え込んだ。 飛んでくる矢から庇うように背を向けて黒い海面を睨む。 「南無三」 そう呟いて海へと飛び込んだ。 2008.02.04 2010.08.15 改訂 まゆ |
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