色待宵草 −イロマツヨイグサ− 2




「あら、いい香り」

いのがサクラの耳元に顔を寄せ、くんくんと匂いを嗅ぐ。
ホワイトリリーにライラック…?ジャスミンの香りも仄かにする。
甘すぎず、かといってサクラがつけても背伸びをした感がないその香りは彼女にとてもよく似合っていた。

「アンタにしては上等なチョイスじゃない」
「へへへ」

『pleasures』
喜び、満足と名付けられたその香水はサクラの気持ちそのものだった。
カカシとは休みのたびに会えるし、約束を守ってかどうか知らないが今のところ新しい彼女の気配も無い。

「実はカカシ先生の見立てなの」
「…あっそ。仲の宜しいことで」
「何よ、その言い方!」
「上手くいってるみたいで良かったじゃない。雑誌見たわよ」

いのがレジカウンターの下から例の雑誌を取り出してニヤニヤと笑った。
広げられたページ、カカシの隣に立つ自分を何度眺めたことか。
サクラは頬を染めていのを見上げた。

「うん。誰だか知らないけど感謝してマス」

昨夜カカシ先生からメールが入っていた。
彼の方からメールをくれるなんて初めてのこと。
告白をする前になるべく自分を意識してもらえるように頑張ってきた結果だと思う。
…そろそろ仕上げの時期かもしれない。

「はいはい、良かったね。で、今日は何をお求めでしょうか、お客様」

いのの声で我に返り、からかいの視線を避けて店内を見渡す。
所狭しと並べられたバケツの中の花を見比べながらサクラはいのに問いかけた。

「オススメある?」
「んー…コレが今日入ったばかりの花よ。名前は『色待宵草』外国産でね、ホントは初夏に花が咲くの。これはハウス栽培だけど…綺麗でしょ?かすみ草と合わせてもいいし…なんといっても花言葉が『変わらぬ熱愛』!アンタみたいじゃない」

そう言っていのがガラスケースの中から出してきたのは花びらがふわふわした光沢のある花だった。

「…イロマツヨイグサ、か」

頻繁にかけていた電話もメールも一切止めて。
会うことも止める。今日を最後に。

そうすればカカシ先生はどうするだろう?
私のことなど気にせずに言い寄ってくる大勢の女の人の内の一人と付き合ったりするのかな。
それとも…
それとも私のことを気にして何らかの行動を起こしてくれるなら…その時は。
告白、してみようと思う。

「いの、それちょーだい。あんまり沢山でなくていいから…そうね、コップに生けれるくらい。赤いのがいいわ」
「了解」

サクラの決意を知ってか知らずか、いのは手早くミニブーケ風に花をアレンジし始めた。










「先生?私、サクラ」
「…ぅん」
「もしかして寝てた?」
「あ…いや…そんなこと、ないけど」
「嘘ばっかり!…昨日はゴメンね。メール返せなくて」
「…気にしなくていいよ」
「私、明日から少しの間砂の国に行くの。で、荷造りのために午後は仕事お休みもらっちゃって。…先生も今日はお休みでしょ?会いに行ってもいいかな」
「あぁ、ちょうどいい。オレも話したい事があるし」
「…え?」
「じゃ、待ってる」

プツンと先に切れた電話を片手にサクラは小首を傾げた。

「話って、何だろ?」





「先生?」

玄関を開け、呼びかける。
部屋の奥のほうで勝手に上がってと声がした。
サクラは脱いだ靴を揃えながら小さく一つ深呼吸して、勝手知ったるカカシの部屋に足を踏み入れた。
そういえば…ここでカカシ先生と付き合っていた女の人達と顔を合わせたことは無い。
外ではあんなによく目にするのに…何でだろう?

部屋の奥へと進めばシャワーを浴びたばかりのカカシがベッドの端に腰を下ろしている。
彼はいつにも増して眠そうな顔だった。

「…ごめんなさい」
「何が?」
「せっかくのお休み…ホントは寝てたいんじゃ…」
「いいんだよ。オレもサクラに会いたかったし」
「え?!」

会いたかった…会いたかったって言った?!
サクラは思わず両手を挙げて万歳と叫びそうになった。が、その緩んだ顔が次のカカシの言葉により一瞬にして凍りつく。

「オレの方こそ謝りたかったんだ。ごめんな、アレ…サクラの好きな奴に誤解されたかもしれないだろ」

アレとは雑誌に載った写真のことだろうとすぐに分かった。と同時に恋愛面では自分のことなど眼中に無いのだと思い知らされる。

「…イイ感じだと思ってたんだけどな」
「サクラ?」

俯いて、唇咬んで。
そして涙を誤魔化す。

「へへへ」

顔を上げたサクラはカカシにはにかんだ笑顔を向けた。

「大丈夫だよ、センセ。好きな人…木の葉の人じゃないから。だからあんな雑誌見てないと思うし」
「…そうなんだ」
「うん、そーだよ」
「…誰なの?」
「先生には教えない」
「酷くない、ソレ。こっちは女も作らずに協力してんのに」

カカシが首にかけたタオルで髪の毛をガシガシと拭く。
サクラはその様子を眺めながらくすりと笑った。
都合の良い想像ばかりしていた自分が滑稽過ぎて。
現実がそう甘くないことなど、十分に分かっていたはずなのに。
サクラは手にしていた小さな花束をカカシに差し出しながら告げた。

「そのことなんだけどさ、先生。私…告白することに決めたんだ。だからもういいよ…どうぞ普段の生活に戻ってください!」

花束を押し付けて、一気にまくし立ててペコリとお辞儀をする。
笑顔でいられる間に立ち去りたい、そんなサクラの気持ちをお構い無しで大きな手がサクラの両肩を掴んだ。

「誰かって聞いてるデショ。ちゃんと答えて。…気になってしょうがない」
「…嫌だ」
「じゃ、ヒント」

…ヒントって。
それこそ子供のナゾナゾじゃあるまいし。
サクラが答えず沈黙が続けばそれに呼応して肩にあるカカシの手に力がこもる。
骨を簡単に砕くことの出来る指が食い込んで…サクラは苦痛の声を漏らした。

「せ…んせ、痛…ッ」
「ヒントは?」

淡々と繰り返される質問に、サクラは初めてカカシのことを怖いと思った。
色違いの瞳が違う世界に引きずり込むようで…一歩後ろへ下がればバランスを崩し、そのまま床の上に倒れこんだ。

「…カ…の付く人、だけど!」

ぎゅっと目を瞑ったままサクラは早口で捲くし立てる。
床に打ち付けないよう咄嗟に頭だけは浮かしたものの、肩を押さえつけられたままだったために背骨から尾てい骨にかけてジンジン痺れる様に痛い。
更にはカカシの身体の重みも加わって…サクラは浅い呼吸を繰り返した。

「カンクロウなんかのどこがいいんだ?!」
「……え?」

カカシの台詞に一瞬戸惑ったサクラだが確かにカカシがそう誤解するのも仕方の無いことだった。
カカシの知る、サクラより年上の忍びは沢山いるが…逆にサクラの知る木の葉以外の年上の忍びともなるとかなり限定されてくる。
そして、『カ』の付く人物……
告白すると言ったサクラが明日から砂の国に行くことも考慮すれば、これだけの条件に当てはまるのは確かに彼しかいない。けど。

「あの!…ちょっと…わ!」

誤解を解こうとしたサクラが瞳を開ければすぐそこに…息の掛かる距離にカカシの顔があった。
慌ててまた瞳を閉じる。

「納得できないね」
「いいから先生…ソコ、どいて」

そんなに近くに顔があると目も開けられない。
サクラは相変わらず肩にある手をどかそうと押し返したがびくともせず、逆に更に強い力で押さえつけられた。

「全然、良くない。だから…砂の国にも行かせない」
「先生…?」
「告白しに行くんデショ」
「毒薬と副作用に関する講義に…」
「やめようよ」
「ちょ…ちょっと待って。そういう訳には…」

綱手様の代理として、砂の国から要請された講義に行くのだ。
「行くの止めます」と簡単に解決できる問題ではない。
…それ以前に。
どうして先生がそんなこと、言うの?

「オレはカンクロウのためにサクラを綺麗にしたわけじゃない」
「…じゃ、誰のため?」
「誰のためでもないよ。サクラの喜んだ顔が嬉しかったから…かな?」
「先生が?」
「……オレが?」

…それは私が聞いてるの。
疑問を疑問で返さないでよ。
至近距離で見つめる先生の瞳が逸らされた。と同時にサクラの動きを封じていた手も離れていく。

「…嘘デショ」

ぺたりと床に座り込んだカカシが呆然と呟く。
身軽になったサクラもゆっくりと上体を起こした。
側に落ちていた色待宵草の花束を拾い上げる。

「ねぇ、先生?」

サクラの声に反応するようにカカシの身体がぴくりと揺れた。

「私、一週間後に木の葉に戻ってくるわ。それまで誰にも告白しない。だから先生も…その間にこの花の花言葉を調べてみて?」

再び差し出された小さな花束。
それを今度はしっかりと受け取りながら、カカシはかすれた声でわかったと呟いた。

「言っとくけど!いのに聞くのは反則だからね。自分でちゃんと調べてよ」

立ち上がったサクラをカカシがつられるように見上げる。

「…ホントに行くの?」
「うん。任務だもの。じゃ、一週間後に」

にっこりと微笑んでサクラは玄関に向かう。
カカシは一人残された部屋で扉の閉まる音を聞きながら、床へ倒れこんだ。
初めて自覚した気持ちに、戸惑いを隠せずに。









玄関の扉を後ろ手で閉めて、無我夢中で走り出す。
カカシの家が見えなくなるまで遠ざかってからサクラは人目を気にせずに、ガッツポーズで飛び上がった。

「もしかしたら、もしかするかも!」

一週間後。
果たしてどんな未来が待っているのか…
片道三日の砂の国
今なら二日で行けそうだけど。
サクラは逸る気持ちを抑えつつ後ろを振り返った。
カカシの家の方角に向かって人差し指の銃を構える。

「告白は一週間後よ!」

ばきゅんと撃った弾がカカシの心臓に届いている、そう信じて。
サクラは一週間後という近い未来に向かって走り出した。











長期間にかけて書くと書いてる人物の性格がころころ変わるということにやっと気が付きました・・・遅いっすよね。まぁ、今更です。
こんな無精者のアタシを見捨てないでくれて有難うございました。

2008.03.30
まゆ



2008.11.16 改訂
まゆ