Anniversary 1




「サクラ、明日…デートしないか?」
   
はぁ、唐突に何言ってんの?

「なんで?」
「…なんでって…したいから?」
   
したいからって子供じゃないんだから、ねぇ。
しかもなんで語尾が疑問形?

「ヤダ」

だって明日は特別な日なのよ!

「サクラちゃーん、お願い!オレと、デ・エ・ト」
「甘えてもダメ!明日は私、サスケくんを誘って…」

きょろきょろと辺りを見渡してサスケを探すが、いない。
うわぁーん!さっきまで居たのに!!
もうすでに帰ったあと?!
急に顔が曇るサクラに、追い討ちをかけるようにカカシの声が聞こえる。

「サスケならもう帰ったけど。ナルトも」
「…」

なんなの、あの二人!
先生が解散って言ってから、一分も経ってないのに。

「先生のバカ!!どうしてくれるのよ…明日の計画が…」
「だから明日の計画は、オレとデート」
「…」

…少し前からやたらと懐かれているな、って思ってたけど。
最近は『好き好きオーラ』がすごくあからさまで…正直、うっとうしいと思うことがある。
今がちょうど、ソレ。
  
でも…『ウザイ』って一言ったサスケを思い出す。
私が先生のことをウザイって思うように、サスケくんは私のことそう思ってるってことよね…。

そんな風に考えてたら、先生が少し可愛そうになって。
   
だって、先生は私。
私は先生。
二人とも、一番好きな人には振り向いてもらえないんだもの。

「…しょうがないわ」

サクラの承諾とも取れる言葉に、カカシの右目が少し見開かれた。

「言っとくけど、遅刻はナシよ!待ち合わせの時間に一秒でも遅れたらキャンセルなんだからね!!」
「わかってマス。明日は絶対遅刻しません」
  
どうだかね。
いつもの様子だと遅刻は確実なんだけど。

「じゃあ、明日、十時三十分に噴水の前でね」

それだけ言うと、カカシの返事も聞かずに家へと向かうサクラの背後では、カカシが嬉しそうに報告書をブンブン振り回しながらまた明日と叫んでいた。



 

サクラは夕食前のテーブルに頬杖をついて、さっきのことを思い出していた。

「サクラ、明日のことなんだけど…ホントにいいのね?誕生日会しなくても」

ぼーっとしているサクラに夕食がのった皿を差し出しながら母が尋ねた。
今まで毎年やってきた誕生日会を今年は娘の方から事前にしなくていいと告げられていた。
テレビドラマのように『好きな人と二人きりの誕生日』に憧れているらしいのだが…母親としては、やっと13になる娘のままごとのような恋愛感がかわいくもあり、気恥ずかしくもある今日この頃だ。

「サスケくん、デートに誘えたの?」
「あ、うん。まぁ…」
「ハッキリしないわねー?どっちなの!」
「や…だから、サスケくんじゃなくて。先生なの」
「先生って…サクラの担当の??」
「だ、だって、しょうがなかったんだモン。サスケくん、すぐ帰っちゃったし…話、出来なかったの!」

一生懸命言い訳を始めるサクラの様子にニコニコと笑いながら、、自分のぶんの夕食をよそった皿を持って席につく。

「何?」

サクラは、いつまでも意味深な笑顔のままの母を軽く睨んだ。

「別に、なんでもないわよ?それより、お腹減ったわ。頂きましょう」

軽くかわされて納得のいかないサクラだったが、反撃するのを諦め、おとなしく夕食を食べ始めた。

母は知っている。
サクラが好きなのは同じ班のサスケくん。
だけど、同じぐらい話題に上るのがカカシ先生なのだ。
それに、サクラは妥協でデートしたりする子ではない。
どういう会話があったのかわからないけれど、サクラがデートすると言ったのであれば、それはそのまま…その人が嫌いでないことを意味している。
つまり、『気になる存在』だということだ。





全身が映る鏡の前でくるり、と一回転をしてみる。
ふわり、と舞うスカートの裾と、念入りにブローされた髪をチェックしながら、バッチリと一人呟く。

「この服、サスケくんとデートするために買ったのにな」

先生には悪いけれど、がっかりする気持ちは隠せない。
でも、今日は特別!!
先生でも我慢してあげるわ!
『好きな人と二人きりの誕生日』ではなくなったけれど、それでも『男の人と二人きりの誕生日』は、友達が集まる誕生日会よりずいぶんと大人な感じがするから。

「楽しまなくっちゃ!!」

もうすぐ十時。待ち合わせは十時三十分だから、もうそろそろ家を出ないと間に合わなくなる。
問題は、先生が時間通り来るかどうかだが…。
サクラはもう一度だけ鏡の前でくるりとターンをして身だしなみを確認すると、小さな手提げのバックを持ち、軽い足取りで階段を下りていった。


   

「あら、今、呼びに行こうと思ってたのよ」
   
目の前の信じられない光景に、母の呑気な声が遠くに聞こえる。

「なんで、ここに…いるのぉ?」

階段を降りたサクラは、家を出る前に母に声をかけておこうとリビングに寄り、そこでソファーに座っている見慣れた銀色の頭がこちらを向き、自分に手を振るのを見ることとなった。

ありえない!!
約束の時間より三十分も早いのよ?!
ま、まさか…うちの玄関先で寝てたんじゃないでしょうね?!

固まって動かないサクラに、カカシは満面の笑顔でソファーから立ち上がると声をかける。

「おはよう、サクラ。お誕生日おめでとう」

カカシの手には赤いバラの花束があり、サクラにそっと差し出された。

「あ、りが…とう」

サクラはぎこちなく受け取ると、上目使いにカカシを仰ぎ見る。

「!」
 
ない…
どうして、して…ないの?
面布と額あて。

サクラの驚きようにカカシの方がビックリしてしまい、苦笑がもれる。

「サクラ、いくらオレでもいつもの格好でサクラとデートするのはちょっと…いや、オレはいいんだけど…サクラが恥ずかしいだろうと思って」

そりゃそうだけど。
正直ソコまで考えてなかったわ。

サクラは花束を抱えたまま、改めてまじまじとカカシの頭からつま先までを見た。
髪型はいつものままだが、眼にはオレンジ色の色ガラスの入ったサングラスをかけている。
Tシャツに気崩したジャケットを羽織り、ジャケットと同じ色の…黒い細身のスラックスといったまるでホストのような出で立ちだったが…

先生って、もしかして…意外にカッコイイ?

「…初めて見た、先生の素顔」

見たいって言った時には絶対見せてくれなかったのに。
…どうして?

「うん。あまり人には見せないんだけど。まぁ、今日はトクベツ」

素顔をさらけ出して微笑む先生は思っていたより若く見えた。
…実際そうなのかもしれない。

「あ、もしかして…惚れ直した?」

惚れ直すも何もサクラはカカシに惚れた覚えはない。が、見ほれていたのは事実で、サクラは赤くなっている顔を見られないようにくるりと背を向けて呟いた。

「せんせぇ、若作りっっ」

後ろ向いても、耳が赤いのは見えてるんだよ?
素直でかわいいサクラちゃん!
母親さえいなければ、サクラの後姿を思い切り抱きしめてるトコなんだけどねー。
サクラの親には嫌われるのはチョット困る。
だって、いつかサクラを貰いにくるつもりなのだから。

カカシが上機嫌でいつものようにポケットへと両手を突っ込むと、片方のポケットには何か入っていたらしくカサカサという紙の音がした。

「忘れてた!コレ、いのちゃんから預かってきたんだけど」

サクラはカカシの声に振り向き、片手に花束を持ち直すと紙切れを受け取った。
小さく折りたたまれていたそれを広げてみると…それは何かの領収書のウラで…走り書きがしてあった。

『サクラ!一体どうなってるの?今年の誕生日はサスケくんを誘うって言ってなかった?誕生日だから大目に見てあげようと思ってたのに…セクハラ上忍がうちに来て、サクラとデートだってのたまってるわよ?…明日が楽しみね……』

ふるふると紙を持つサクラの手が震える。

「先生!いのに余計なこと喋ってきたわね?」

あぁ、花束を貰った時点で気づくべきだったわ…
この辺りの花屋さんはいののトコだけだもん。

「いいじゃないの、サクラ。そんなことより、出掛けないと!」

サクラの母は二人の間に割ってはいり、サクラが持っていた花束を受け取ると、ちゃんとサクラの部屋へ飾っておくことを約束してサクラを玄関へと追いやった。
カカシもその後に続く。

玄関でミュールをひっかけているサクラに母が声をかける。

「今日は少しぐらい遅くなってもいいわよ?お父さんもいないことだし」

サクラの父は仕事で里を離れている。父は娘の誕生日に家に居れないことをかなり気にしていたが…帰りは明後日の予定だ。

「ほんと?」
「そうね、でも、十時ぐらいには帰りなさいよ」

先生には物足りないかもしれませんが、うちの子はまだ13になったばかりなんです、そんなサクラの母の精一杯の譲歩にカカシは申し訳なさそうに軽く頭を下げた。

「…シンデレラは12時だったわ…」

カカシは、それでも不服そうに呟くサクラの口を手で覆い、先に外へと促すと自分も後から出る。
玄関の戸を閉める前にカカシはもう一度サクラの母に頭を下げた。

「…それでは、お嬢さんをお借りします」










2001.01.01
まゆ



2009.05.06 改訂
まゆ