櫻の季節に 4  age15.5




傷が癒えるまで誰かに寄りかかること。
それが悪いことだとは思わない。
実際、そうしないと生きていけないヤツは多いのだから。
でもそんな感情は愛じゃないし、たとえ身体を重ねたとしても…それは多分、傷を癒すための儀式のようなものだ。










サクラはカカシの家へと急いでいた。
今日は任務は休みだと聞いている。
きっと今頃先生は布団を被って夢の中だろう。
疲れてるのはわかってるけど、一時間だけ…いや、三十分でいいから修行の成果を見てもらいたいと思う。
それにもう一つ…サクラにはカカシに一刻も早く知らせたいニュースがあった。

あれから…カカシが女の人と繁華街へと消えるのを目撃してから、何度もカカシとは会ったがサクラはそのことには一切触れなかった。
何故って、冷静に考えれば自分には関係のないことだもの。
例えばあの人が先生の彼女だったとしても私が口出すことではない、でしょう?
先生の私への態度は全く変わらないし、都合の悪いことなんて一つもない。だから…
サクラは結局あの時覚えた意味不明の感情を心の奥に隠して蓋をしてしまった。

「こんにちは」
「…こっ、こんにちは」

すれ違いざまに挨拶されて、慌てて挨拶を返す。
振り向けば「あのヒト」がそこに居た。
心拍数が一気に上がるのがわかる。
サクラは足早にすれ違おうとしたが…すれ違いざまに彼女に腕を掴まれた。

「カカシ先輩の所へ行くつもり?」
「…はい」
「大事な用じゃなければ遠慮してあげて。先輩、さっき眠ったばかりなのよ」
「え…?」

彼女はすぐに手を離してくれたが、サクラの身体は固まったかのように動けなくなった。
何で貴女がそんなこと知ってるのって聞きたいのに…言葉が紡げない。

「じゃあね、サクラちゃん」

サクラの返事を待たずして彼女が姿を消す。
彼女の居た場所から漂ってくる残り香が嗅ぎ慣れたカカシのものであることに気付いたとき、サクラは呆然と立ち尽くした。







カカシの部屋を呼び鈴を押さずに上がりこんだのは初めてだ。
気配を消してベッドの脇に立ち、カカシを見下ろす。
額当ても面布も付けてない素顔が意外に格好良いことをどれだけの人が知っているのか…もしかしたら自分が想像するより遥かに多いのでは…?サクラはふとそんなことを思った。
きりりと心臓が痛む。
乱れたシーツに一人分のスペースが空いていたことが更にサクラの想像をかきたてて…手の甲で乱暴に目元を拭う。
しかし、次々と盛り上がってくる涙を消し去ることは出来ず…サクラは床に座り込んでとうとう本格的に泣き出してしまった。



突然部屋に入ってきたかと思うとじっと見つめられ、不意に泣き出す。
サクラが何故泣き出したのか見当もつかなかったが…だからといって目を開けるタイミングを逸したカカシがそのまま寝たフリを続けていられるはずも無く…

「…サクラ?」

上体を起こしてサクラの顔を覗きこむ。
いつものように薄紅の髪に触れようとした途端、その手はサクラによって叩き落とされた。

「さわらないで!」

悲鳴のような一言が胸を抉る。
涙に濡れた瞳が…カカシの動きを止めた。

「先生なんて、嫌いよ!大嫌い!!」

さっぱり意味がわからない。
今まで嫌われないように…それこそ細心の注意を払って接してきたはずだ。
怖がられるのを恐れて距離も置いた。
それなのに、何故?

立て続けにSランクの任務…暗殺をこなしたカカシは少しばかり気が立っていた。
睡眠不足も手伝って思考回路も簡単に行き詰ってしまう。

「嫌いで結構。何ならもっと嫌いになってみる?」

カカシは低い声でそう告げるとサクラの手首を掴み、そのままベッドの上へと引きずり上げる。

「せ…んせい?」

予想外のカカシの行動にサクラがぴたりと泣き止んだ。
ころんと身体を反転させて組み敷けばサクラは翡翠色の大きな瞳を更に大きくしてこっちを見ている。
その中に映る自分を見つけて…カカシは押さえ込んでいた華奢な肩から手を放した。

「…冗談だよ」

顔を背けてほっと息を吐く。
踏み止まれて良かった。
カカシは何もなかったかのようにベッドから離れるとソファーの背に引っ掛けてあった上着を羽織る。

「何の用?」
「ナルトが戻ってくるって綱手様が教えてくれたの。だから…」
「いつ?」
「多分、明日」
「…そう。あれから二年と少し…成長が楽しみだねぇ」

いつもの会話、いつもの雰囲気。
上手く調子を合わせてくれるなら何事もなかったように振舞えたのに。
カカシの願いを汲み取れるほどサクラは大人ではなく、ましてや『彼女』のことを追求せずにいられるほど冷静でもなかった。

「どうして…何も訊かないの?」

サクラの言葉にカカシは誤魔化すことを諦めてソファーに沈み込むように座った。

「…じゃあ、訊くけど。いきなり大嫌いって何?オレ…サクラに嫌われるようなことしたっけ?」
「………した」
「身に覚えがない」
「嘘吐き!少し前まで此処に女の人が居たはずよ」

また涙ぐむサクラをカカシは不思議そうに眺めた。
オレが女と居たからサクラは泣いてんの?
それって…どういう意味?

「…確かに女は居たけどサクラには関係ないでしょーよ」
「関係、あるもん!だって……イライラするし、心臓も痛い。だからこれは全部カカシ先生のせいだもん!」

一気に言葉を吐き出せば、カカシはサクラが見たことのないような優しい笑顔を浮かべて近づいてきた。

「それってヤキモチ?」

そうなのかもしれない。
でも……それを認めるということはサクラにとってサスケを忘れるということに他ならない。

「じゃあ、オレと付き合う?」

俯いたサクラの耳に、カカシの甘い囁きが聞こえた。









頑張りましたがとりあえずここまで。残りは正月休みまでには・・・。

2008.01.01
まゆ



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