砂上の楼閣 4





朝の迎えは自分が。
任務後の帰宅はナルトが。

これは二人が相談して決めたことだった。
周囲にばれることなく護衛するとなると日常のスタイルは崩せない。
いつもは真っ先に帰ってしまう自分がサクラと肩を並べて帰宅したのでは違和感どころじゃないだろう。
逆に朝はいつも遅刻スレスレのナルトより自分の方がサクラと一緒にいても自然なはずだ。
どうせ、あの野朗・・・昼過ぎまで来やしないだろうが。

「わからないところって、ドコ?」
サクラがサスケの持つ本へと視線を向ける。
当分の間、朝迎えに行くことは昨夜電話で話してあった。
勉強を教えて欲しいと不自然でない理由を付けて。
「あ・・あぁ。」
ページの端の折り目を目印に慌てて本を開く。
そのページには木の上から投げられた手裏剣の、放物線が描かれていた。
「力学エネルギー・・・か。でも、どうして急に?こんな理屈なんて実践ではまるで役に立たないって言ってたじゃない」
「どうだっていいだろ、別に」
「そ、そうよね。私には関係ないよね」
「危ねぇって!」
歩きながら俯いてしまったサクラが電柱にぶつかりそうになるのを、サスケが腕を引いてフォローする。
「・・・ありがと」
礼を告げるサクラの身体がぴくりと揺れた。
「サスケくん?手・・・」
自分を見上げる翡翠の双眸に、今度はサスケが瞳を反らす。
そのまま成り行きで繋ないでしまった手に驚いているのはむしろサスケの方だったのだから。
何をしているのだろうと思う。
「さっさと集合場所に行くぞ。問題の解説を聞くのはそれからだ」
ぶっきらぼうに告げられても、サクラは満面の笑みで大きく頷いた。
「うん!」





   ウザイなぁ・・・

カカシがぼそりと呟く。
今まで苦労して培ってきた『我慢』を一瞬にしてゼロにされる、この感じ。
二人の様子を木陰から見ていたカカシはイライラと爪を噛んだ。

サクラを想って全身から流れる血も、想いも。

結局のところ何ひとつ届きはしないのだから。




















「大丈夫か、サスケ?」
両手で草をむしりながらナルトが囁きかける。
相変わらずDランクの任務といえば『草むしり』だ。
「・・・何が?」
「寝てねぇだろ?」
「寝たよ。お前と交代するまでの間。」
サクラを一人にしないため・・・当然、夜間の護衛も行う。
護衛とはある意味体力勝負だ。
期間が決められてない今回のような任務では特に休息には気を使わなければならない。
任務帰りサクラを家まで送った後、そのまま夜中の12時まではナルトが担当し、その後自分と交代する。
一人ずつというのも心もとないが、自分達の役割は犯人を捕まえることじゃない。
犯人が現れたならば速やかに上の者へ知らせることが最優先事項なのだから、一人でも何とかなるだろう。
いや、何とかしなければ。
「余計なことを喋ってないでサクラを見てろ。」
「わかってるってば!でも、あっちにはカカシ先生もいるし」
それが信用できないんだよ・・・とは声に出さない。

『カカシも上忍だからな』

五代目が自分だけに耳打ちした言葉。
ナルトのように馬鹿正直なヤツには話せない内容だ。
すぐに顔に出てしまう。
サスケが深い溜息を吐いた時、視界の端でサクラが手を振った。
「サスケくーん、ナルトぉ・・・カカシ先生がお昼にしようって!」
「待ってました!」
ナルトは勢いよく立ち上がり、手にしていた鎌を放り出した。
抜いた草を集めた籠もそのままに、あっという間に駆け出していく。
サスケもゆっくりとその後に続いた。

   ピクニック気分だな・・・人の気も知らないで。

敷物まで持参したサクラがそれを広げているのを見て、サスケは肩を竦めた。
木の根元に置いてあった自分の荷物を取り上げると、その意外な軽さにはっとする。
「・・・」
弁当の事まで気が回っていなかった。
サスケは半ば呆然と手荷物を置くと軽く舌打ちする。
その様子を見ていたサクラが遠慮がちに声を掛けてきた。
「良かったら一緒に食べない?沢山あるし。・・・口に合わないかも、だけど」
放っておけば何も食べないカカシの為に、サクラはカカシの分までお昼を持参するようになっていた。
何段か重なったお重を広げながら小首を傾げてサスケの反応を待っている。
サクラの申し出も普段のオレなら即座に断っただろう。
しかし。
なるべくなら傍を離れるべきではないと判断したサスケは黙ってその場に腰を下ろした。
途端にカカシの右の眉が僅かに上がる。
そんな些細なカカシの変化に気付かないサクラは嬉しそうに取り分け用の小皿と割り箸をサスケへ差し出した。
「はい、サスケくん!」
「・・・ありがとう。」
「ちぇっ、オレも弁当持ってこなきゃよかったってばよ!」
「馬鹿なこと言わないの!・・・ほら、アンタにも分けてあげる」
持参した弁当箱の蓋に卵焼きをのせられて、ナルトはすぐさま顔を綻ばせた。
単純なヤツだ。
「先生もよ。頑張って作ってきたんだから、ちゃんと食べてね?」
「はいはい」
「ハイは一回!」
カカシの、いかにも面倒臭そうな返事に叱責を喰らわしながら、あらかじめバランス良くよそったおかずを手渡す。
サクラの柔らかな指がカカシに触れる、この瞬間。

   こんなささやかな時間でさえオレから奪うのか?
   しかも、お前が。
   サクラの全ての関心を引く、お前がッ!



サスケに放たれたカカシの殺意に気付く者は無く、いつもより賑やかで長い昼食の時間は続いた。









to be continue








2004.06.27
まゆ