砂上の楼閣 1






まず初めに、両目を潰した。

此処から逃げられなくするためもあった。
しかし、何より・・・色が違ったから。
自分が求める、あの澄んだエメラルドの色ではなかったから。



・・・だから、潰したんだ。




















浅黒くこびり付いた血痕。
死後ゆうに一週間は経過しているであろう遺体は凄まじいまでの異臭を放っていた。

捜索願の出されていた少女が・・・いや、少女であったモノが発見されたのは、忍びでさえ滅多に足を踏み入れない森の奥深くにある小屋だった。
今は機能していないその小屋は、地図によると森で遭難した者のための避難所と記されている。

廃屋と化した避難所の床に転がる、清涼飲料水のペットボトル。
散乱した非常携帯用の食料の屑。

それらの痕跡から、少女は犯人によって攫われた後、暫くは生かされていたことが伺える。
行方不明になった少女の捜索任務にあたっていた中忍からの報告を受け、イズモとコテツを引き連れて現場に足を運んだ綱手はまずその腐臭に眉を顰めた。

「忍びの犯行だね。しかもかなりの腕利きだ。」
屈んで遺体を丁寧に調べていた綱手がはっきりと言い切る。
「目的は・・・?」
「そんなもん、自己中心的な快楽の為だけだろうよ。他に何がある?」
綱手はコテツにこの仏を見てみろと言わんばかりに顎をしゃくってみせた。
当然のように衣服を身につけていない少女の身体のあちこちは皮一枚のところを切り刻まれており、更にその下半身にはあからさまな性的暴行の跡がある。
「しかも相当なサディストときてる。」
通常、このようなケースには必ずあるはずの拘束痕。
それが被害者である少女の遺体には全く無く、代わりに左足の腱を切断していた。
両足でないことからある程度自由に動くことが出来たと綱手は推測する。
ということは・・・犯人は少女が逃げ惑う様をも楽しんでいたに違いないのだ。
綱手が胸糞悪いと吐き棄てるように呟いて立ち上がった時、外回りを調べていたイズモが慌てた様子で小屋へと駆け込んできた。

「綱手様ッッ!建物の裏に古いドラム缶がありまして・・・中にもまだ死体らしきものが!」





外に出た三人が目にしたものは、ドラム缶にゴミを押し込むように詰め込まれていた肉塊だった。

小屋の裏手に回り、捜索をしていたイズモが見つけた不審な容器。
雑草が生い茂る中、その容器の周りだけが何も無く・・・ただ心なしか土が赤茶けている。
イズモが空けたのであろう蓋が傍に転がっていて、中が覗き見えた。
溢れんばかりの白い蛆が這いまわっている。
蛆のひしめく隙間にかろうじて見える肉の塊は到底人間と判断できない。
しかし残念なことに、そこにいる三人の忍びにはわかってしまった。
それが・・・かつては紛れもなく人間で、しかも一人や二人ではないことさえも。
綱手の眉間に更に深くシワが刻まれる。
コテツとイズモはあまりの惨状に言葉も出ないまま、ひたすら目の前に居る自分達の強く美しい指導者の判断を待った。

「・・・全ての上忍に緊急召集をかけろ。それ以外は一切他言無用だ。報告をしてきた中忍にも硬く口止めをしておけ。」
「御意。」




















暗部の死体処理班と医療班きっての外科医の手を借りて遺体からの情報を掻き集めさせるも、困難を極めたその作業から得られた情報はほんの僅かにとどまった。

「被害者の少女は五人。年はいずれも十から十五までの間。なお、五体満足で発見されたのは一人だけで残りの遺体はバラバラに切断されていた。」
上忍が集められた部屋の中央で淡々と綱手が報告書を読み上げる。
一息ついたところでカカシが口を挟んだ。
「五体満足で発見された被害者とは今回中忍が請け負ったという捜索願が出されていた少女ですよね。身元がわかっているのはその一人だけですか?」
「・・・まぁ、そうだ。いかんせん他は肝心の遺体のほうが原型を留めてないんでね・・・身元の確認を取るには時間が掛かる。」
「・・・・・・。」
綱手は黙ったカカシに一瞥くれてから視線を報告書に戻した。
「髪の長さは肩に付く位からプラス10センチ程度。・・・以上。」
「以上、って・・・本当にそれだけですか?」
「ああ、これだけだよ。」
「・・・犯行理由は?」
「理由も何もあったもんじゃない。犯人は頭のイカレた忍びだね。」
「『忍び』とはどういうことです?」
紅、アスマからも次々に質問が飛ぶ。
「忍びと限定するのにはいくつかの理由がある。外で処理されていた遺体の切り刻み方、かろうじて人の形のまま発見された少女に与えられていた暴行の痕跡・・・皮一枚を切り刻むといった所業は一般人には無理だからな」
「・・・犯人は仲間の中に居ると?」
「さーてね。他国から入り込んだ忍びかもしれないし、この里の忍びのいずれかかもしれない。・・・とにかくこのまま放置はできないからね。市井に噂が広まる前に何としても犯人を捕まえなければ。・・・何か案はあるか?」
そう言った後、綱手は暫くの間部屋を見回していたが口を開く者は見当たらない。
溜息を吐きつつ、綱手は一つの策を提示した。
「現在行っているパトロールの強化をしよう。夜間のみだったパトロールを日中も行うことにする。ここにいるお前たちでツーマンセルを組んでくれないか?里内の不審者を洗い上げ、そして同時にお互いをも見張るんだ。」
綱手が付け加えた言葉に、ザワリとどよめきが上がる。
「言っただろう?犯人はお前達のいずれかかもしれないんだよ。・・・早速今日から始めてくれ。シフトは夕刻までに提出すること。いいね?」
有無を言わさない口ぶりに、室内の空気が一瞬にして張り詰めた。
「では、私は用事が有るので先に失礼する」
誰も綱手の退室を止める者は無く、ドアの閉まる音だけが耳障りに響いた。
その音に肩を竦め、面倒くさいことになったなぁーとカカシは独りごちる。
彼は今、暫く忙しくて様子を見にいけなかった事を少しだけ後悔していた。

何を?
少女を。

   ・・・死んたのか、アイツ。
   今までで一番気に入った子だったのに。
   声がそっくりでさ。

苦痛に、快感に・・・少女が喘ぐ様を思い出し、カカシはうっすらと笑った。



上忍の中に残された二人、綱手が五代目火影に就任してから何故か付き人として扱われるようになったイズモとコテツが口を開く。
「えー・・じゃ、これからパトロールのシフト表を作りますので。コンビを組まれた方達から私の所まで来てください。」
「手続きが終わった人から帰られて結構です。」








to be continue








2004.06.27
まゆ