君を、想う




時計公爵の一日は薔薇園の手入れから始まる。

整然と並んだ薔薇の株の一つ一つをまるで確認しているかのようなゆっくりとした…でも一定のスピードを保ちそれは行われた。
全ての作業を終えると朝食を取り…正午までは領地内の農民から寄せられた陳情に目を通す。
簡単な昼食を腹に収めれば、それから日暮れ前までは領地の見回り。
雨が降ろうと雪が降ろうと槍が降ろうと…今も昔も時計公爵の予定が覆されることは無かった。

…傍目には。










「ディネロ様はそれで本当によろしいの?」

甘くくすぐる声の中に、かすかな不安が嗅ぎ取れる。
純粋に自分のことを気に掛けてくれているアリシアのそんな声にディネロはわずかに口の端を上げ、親しい者でないと気付かないほどの淡い笑みを浮かべた。

『アズベルグ家を終わらせる』

それは今回甘い誘惑に応じて何度も自分を確かめた結果に到達した最終結論なのだ。
未練はと尋ねられれば…正直、ある。
しかし後悔は無いはずだった。

選ぶのは贅沢だと思っている彼女はまだしかし自分がしっかりと自らの夫を選んでしまっていることに気付いていない。
ディネロは少しだけ目を伏せてぽつりと呟いた。

「ライセンが、気の毒だ」

そして、それ以上に…

「俺も、気の毒だ」

そう、だろう?アリシア。


ちょっとした時間の合間に頭を占めるアリシアの存在にディネロはそれとは分からない苦笑を滲ませた。
畑仕事をしていた農民が自分に気付き手を止める。
水差しに手を伸ばす彼らを見届けた後、ディネロは一歩を踏み出すと同時に机の引き出しに仕舞いこむようにアリシアへの気持ちを胸の奥へと閉じ込めた。











雨が降ろうと雪が降ろうと、はたまた槍が降ろうとも…時計公爵の予定が覆されることは無い。

『死神姫』こと、アリシア・ライセン。

ただ…ふとした瞬間に、彼女を想う以外には。







2008.12.30
まゆ