センチメンタル




郵便受けに溜まったダイレクトメールを無理やり引っこ抜く。
そんなもの、彼にとってはただのゴミだ。
差出人すら見ようともせず無造作に小脇に抱えるとサスケは約二ヶ月ぶりの我が家へ足を踏み入れた。



生暖かく篭った空気にげんなりしながら奥へと進む。
封を開ける気も無いメールの束を一人で使うには広すぎるダイニングテーブルにぶちまけて、サスケは冷蔵庫を覗いた。
がらんとした中にミネラルウォーターの小瓶を見つけ、一気に半分ほどを飲み干す。

冗談では済まされないほどの多忙な日々。
こんな生活を続けていたら任務で命を落とす前に病院行きだと独りごち、サスケは窓に近づきカーテンを開けた。
新鮮な空気を呼び込むために全開にした窓から、突然、突風が吹き込む。
それはサスケの耳を掠め、真後ろにあるダイニングテーブルに置き去りにされていたダイレクトメールを直撃し、宙へと舞い上げた。

それは一瞬の出来事。

サスケは床に散乱したメールを暫し見つめた後、諦めたように肩をすくめてゆっくりと近寄った。
拾うべく、屈んだサスケの視線がある一点で留まる。
見慣れた…達筆ではないけれど丁寧な文字に反応して、慌てて拾い上げる。
間違いなくそれはサクラの字だった。

しかし裏面の差出人は『はたけカカシ』『春野サクラ』とある。
二人の名の、連名。
とくれば思い当たる用件は一つだけだ。
とうとう…結婚、するのか…?





「五時…?って、朝の五時かよ?」

封を開け、至ってシンプルな文章を反芻する。
サスケの切れ長の瞳がわずかに丸くなった。

「何考えてんだ、あいつ等…」

常識では考えられない時間帯に眩暈を覚える。
日付はと言うと…これまた二度見直して、サスケは失笑した。

「…明日か」

運がいいのか、悪いのか。
長期任務から戻ってきたばかりということもあり、明日はまる一日オフだ。
二つに折りたたんだ案内状をもう一度広げる。
サスケはそこに…今よりももっと幼い、はにかんだ笑顔のサクラを見たような気がした。

何度サクラに告白されたかなんて覚えてない。
その度に断って、泣かせて。
多分、それを慰めていたのがカカシで。
だからこの結果は至極当然のものなのだ。
なのに、何故?
自分はこんなにも落ち着かないのか。
…そう。
『落ち着かない』という表現が一番しっくりくる。
どうしてサクラだけはいつまでも自分のことを好きでいてくれるだなんて思ってたんだろう?
何度泣かせても、何度怒らせても…置き去りにした時でさえ、あいつだけはずっと側にいるのだと疑いもしなかった。
なんと愚かな自分。
サスケは無理やり溜息を飲み込むと、二ヶ月間のこびり付いた汚れを落とすべく浴室へと向かった。










「よぉ。久しぶり」
「…ナルト」
「ははぁん、こんな所でこっそり見てるなんて…さすがのお前も落ち込んでるんだろ?」

会場近くの木の上。
不意に現れたナルトに驚くことも無く、サスケは下界を見下ろしたままだ。
サクラの、異国風の白いひらひらとした服が目を引く。

「ウェディングドレスっていうんだって」

サスケの視線を追って、ナルトが答えた。
どうしてもアレが着たくてかなり探したのだとサクラが言っていたのを思い出し、思わず苦笑いがこみ上げる。
実際必死になって探していたのは(探させられていたのは)カカシ先生だったから。

「なるべく皆に来てもらいたいからって」
「は?」
「時間のコト!任務のあるヤツも多くてさ、日時の都合がつかなくて…苦肉の策だってサクラちゃんが言ってた」
「そうか」
「まぁ、お前も来れて良かったよ。サクラちゃん、連絡取れないってすごく気にしてたし。じゃあオレ…お祝いの言葉、言ってくるってば。お前はどうする?」
「…後で行くよ」

サスケの返答に軽く頷いて、ナルトは姿を消した。
戻ってきた静寂の中、再び視線を白いドレスのサクラに戻す。

季節は繰り返し何度も巡った。
きっかけなら腐るほどあったはず。
それを行動に移さなかった自分にとやかく言う権利など無いのだ。
二度とは戻らない時間がもどかしくて、サスケは無意識のうちに拳を握りしめた。

サクラは、今、カカシの隣で幸せそうに微笑んでいる。
それが現実。
一日の始まりの太陽に目を細め、サスケが何かを吹っ切るように大きく息を吸い込めば…胸の奥がちくりと痛んだ。



今日も、
明日も。
お前に優しい陽が昇るように。

今はただ…それだけを祈ろう。









タイトル・・・Waltz
サークル・・・ふつつかな二人(かるて様/コフミ様)
発刊・・・2005年8月
かるてさんとコフミさんに原稿として差し上げたものです


2008.11.02 改訂
まゆ