恋する少年




…サスケはその光景に戦慄を覚えた。





淡いパステルカラーの色彩に彩られた店内にいるのは人、人、人。
甘ったるい匂いの中、野郎共がこれまた似つかわしくもないラッピングの菓子を大事そうに抱えている。

……尋常じゃねぇ。

とてもじゃないが自分はあの中へ入れそうもない、そう判断したサスケがじわりと一歩下がった時、新たに店内へ入ってきた客と肩がぶつかった。

「…おい!」

スミマセンという謝罪の言葉と共にそそくさと立ち去ろうとしたサスケを男は半ば強引に引き止める。

「お前も買い物か?サスケ」

振り向くと、そこにはシカマルとチョウジが立っていた。

「僕達、いのちゃんからチョコ貰ったからお返しを買いに来たんだ」
「お返しじゃねーだろ。アレは脅迫って言うんだ、覚えとけチョウジ」

チョコを渡しながらいのが告げた言葉を思い出して、シカマルは眉間にしわを寄せた。

「何が『倍返しは常識だからね!』だよ…強引に押し付けたくせに」
「まあまあ」

チョウジはシカマルを宥めてから改めてサスケに向き直る。

「サスケは大変だね。紙袋二つ分のお返しなんてさ。」
「………」

何ともいえない顔で口を噤んだサスケの肩を組み、変わりにシカマルがからかいを含んだ声で答えた。

「全員に返すわきゃねーだろ。コイツが必要なのは1個だけだって。な?サスケ」
「えぇー?あんなに沢山貰ってたのに?!」
「関係ないない!チョウジ…お前、コイツが今までバレンタインのお返しをしてたところを見たことあんのかよ?」
「そういえば…ないね」

少し考えてチョウジが答えた。

「だろ?そんなヤツが今回に限って買いに来てんだぜ?本命に決まってる。だから一個、な」
「なるほど!さすがシカマル、頭いいなぁ」
「…勝手に言ってろ」

サスケは盛り上がる二人を尻目に出口へと向かう。
焼き菓子の、甘い匂いにももう限界だった。

「帰るのかよ?」

シカマルの声を無視したサスケだが、次のチョウジの一言でピタリと足を止める。

「ナルトはもう用意したみたいだよ。さっき会ったんだけど…サクラちゃんに渡しに行くって言ってたから」










「クッキーが『好き』でマシュマロが『嫌い』だろ?」
「え?僕はキャンディーが『好き』でクッキーが『嫌い』だと思ってたんだけど…違うの?」
「…マシュマロが『好き』じゃないのか?」

全く違う認識に、三人は顔を見合わせた。
三人ともチョコをくれた女の子に対して少なからず…いや、かなりの好意を抱いてるわけで。
さりげなく、それとなく…そんな気持ちは伝えたいわけで。
決して『嫌い』などと誤解されたくはない。

くそッ、何を買えばいいんだよ?!

今日は14日。ホワイトデー当日なのだ。
早く決めないと今日中に渡せない。
チョウジの話だと、ナルトはもうサクラに渡している頃だろう。
店内の人も減ってきたことが更にサスケを焦らせた。

「だぁー!!もうめんどくせぇ…オレはクッキーにすっから」
「じゃ、僕はキャンディーを」

シカマルとチョウジにお前はどうするんだよという目で見られ、サスケは二人に背を向けた。
一人つかつかと店の出入り口へ向かい…そこにある買い物カゴを引っつかむ。
そして、目に付いた菓子を片っ端からカゴへと放り込み始めた。

「これで文句ねーだろ」

サスケの持つカゴはあっという間に色々な種類のクッキー、キャンディー、マシュマロで一杯になった。

「…すごい。それ、一人分だよね?」

チョウジが唖然と呟いている間にサスケはさっさとレジに並ぶ。
その後に続いたシカマルがサスケにこっそりと耳打ちをした。

「…なぁ、頼みがあんだけど」
「なんだ?」
「そんなに買うんだったら、さ…いのにもやってくれねぇ?その中の一番小さなヤツでいいし」

自分の好きな女が他の男と上手くいくよう願うのか?
サスケはシカマルの頼みごとに少し目を見開いた。
シカマルの、いのに対する気持ち。
大きく包み込むようなそれは、サスケ自身が持ち得ないものだ。
羨ましくもあり、尊敬に値する。
しかし。

「断る」

サスケのキッパリとした返事にシカマルは僅かに肩を落とした。
サスケはそんなこと気にも留めないで言葉を続ける。

「貰ってないものに対してお返しなんかしないだろ?いいか、何を誤解しているか知らないが…おれは今年、山中からは貰っていない。」
「……へ?」
「お前、もう少し自信を持ったらどうだ。チョコを貰ったのはお前達じゃないのか?」

サスケに笑いながらそう言われ、シカマルは何か言いたげに口をぱくぱくしていたが…結局何も言わず、小さく舌打ちしただけだった。

「じゃーな」

先にレジを済ませたサスケが大きな紙袋を抱えて店を出る。
その後姿が消えてからから、残された二人は顔を見合わせた。

「…我らが姫の為に、オレ達も買い込むか?」

シカマルの言葉にチョウジはただ笑って頷き、買い物カゴを取りに行った。










ピンポーン。

心なしか遠慮がちにインターフォンが鳴る。
もうすっかり陽は暮れている時刻だ。

「はぁーい」

奥から声がして玄関の扉が開き、知っている少女とよく似た面差しの婦人が現れた。

「あら、サスケくん!」
「…こんばんは。あの、サクラ…さん、居ますか?」
「ええ!ちょっと待っててね」

招き入れられた玄関口で、サクラを待つサスケはとんでもないものを発見した。
見覚えのある履物がきちんと揃えて脱いである。

この汚ねー履物はナルトのものだ!
まさかと思うが、こっちのデカイ方は……

サスケがきつく睨んだ先のリビングからスリッパをパタパタいわせてサクラがかけて来た。

「サスケくん!!」
「…あぁ」

目の前に立ったサクラは一段高いところに居てにこにこと自分を見下ろしている。
いつもとは逆の視線の高さ。
ただそれだけでサスケは慌てた。
…勝手が違う。

「…サスケくん?」

サスケは何も言わず抱えていた大きな紙袋を差し出した。
小首を傾げて紙袋の中を覗き込んだサクラ顔に、次第に笑みが広がる。
アカデミーの頃から幾度となく渡したチョコだったが、お返しを貰うのは今回が初めてだ。

やっぱり同じ班になったということはそれなりに大きいことなのね!
早速明日はいのに報告しなきゃ。
思いっきり自慢してやるんだから!!

サスケの純粋な気持ちを深読みすることはなく、サクラは嬉しそうに菓子の詰まった袋を受け取った。

「ありがとう!サスケくん!!」
「ああ」
「サクラ。サスケくんの席、準備できたわよ」

サクラの母が玄関口に立つ二人に呼びかける。

「ね、よかったら上がって?夕飯まだでしょう?ナルトとね、カカシ先生も来てるの」

サクラはお客様用のスリッパを用意すると、返事を躊躇うサスケの腕を半ば強引に引いて部屋へと招き入れた。
リビングへと足を踏み入れた途端、サスケはナルトと目が合う。

「げ。何しに来たんだよ」
「…うるせぇ」

座った席の斜め前にはカカシが居る。

「遅かったなぁー、サスケ」

すっかり出来上がっている上司をサスケは呆れ顔で一瞥した。

「おかわり!!」

サクラの母はナルトが遠慮なく差し出したお椀を受け取り、ご飯をよそう。

「まあまあ、いいわねぇ。男の子は食欲があって!作りがいがあるってものよ。サクラなんてつまらないダイエットなんてしちゃって…。サスケくんは?」
「…頂きます」
「そうこなくっちゃ!」

サクラの母の笑顔はサクラのそれとよく似ていた。

テーブルの上にはナルトが持ってきたという花が飾られている。
大輪のバラが一輪。
花束じゃなく、一輪というのが何か特別な感じがして…サスケはイライラと爪を噛む。
出し抜かれた感が拭えない。
ナルトのヤツ、意外と油断ならねぇ……
しかも花なら『好き』も『嫌い』もないだろう。
沢山の菓子の前であれだけ迷っていた自分が馬鹿みたいに思えてきた。

「はい、サスケくん!」

サクラがお椀を運んできた。
その胸に、揺れるペンダントを見つける。
虹色に輝くそれはサクラにとても良く似合っていた。
サスケの視線を感じ、サクラは指で摘まんでペンダントトップを掲げて微笑んだ。

「これ、すごく可愛いでしょ!!」

誰に貰ったかはすぐに想像できた。
…あのエロ上忍!!

淡水パールのペンダントは真珠ほど高価なものではない。
子供に買えるシロモノではなかったが、受け取るのを躊躇うには至らないだろう。
まさかとは思っていたが、これではっきりした。
一番の敵はお前だッッ!

サスケが睨んだその先ではカカシとサクラの父が談笑している。

「サクラはどうですか?忍びとしてやっていけますか?」
「もちろん!サクラさんには幻術の才能があります。そちら方面を伸ばしていきたいと考えています」
「そうですか!!よかった…実は心配していたんですよ。皆さんの足を引っ張っているのではないかと…」
「ご心配には及びませんよ!私に任せて下さい。サクラさんを立派な忍びに育ててみせます(手取り足取り腰取り、ね・邪笑)」
「頼もしいですな。何もありませんが、今日はゆっくりなさっていって下さい。サクラ、ほら…先生にビールをお注ぎしろ」

『将を射んとせば馬を射よ』

サスケの目の前ではカカシがまさにそれを実行中だ。
着々と、しかも確実に。
目が合ったカカシは不敵に笑うとサスケにぺろりと舌を出してみせた。



自分が貰ったチョコは三人のうちで一番大きかった。
一番大きかったんだぞ?
今更何を言っても、負け犬の遠吠えに聞こえる自分に腹が立つ。

クソッ…
来年を覚えてろよ!





うちはサスケ 12歳。
初めてのホワイトデー。

チョコの大きさなどほんの僅かな差でしかないことを実感した日となった。










初めてサスケメインで書いてみました。
どうなんだろうね、これ。
21巻を買ったばかりでサスサクフィーバーだから(笑)たまにはいいかと。
ヒロさんのようなサスサクが書きたかったんだが…所詮無理。
そして相変わらずカカシは腹黒い(爆)


2004.03.14
まゆ


2008.11.02 改訂
まゆ