手に入れた者と手放した者




あ、カカシ。

サスケは前方から歩いてくる銀色の頭を見つけた。
休日にまで見たくはない顔だ。
すぐにカカシもサスケに気付く。
唯一晒されている右の眉が顰められるのをサスケは見逃さなかった。

アイツ…露骨に嫌な顔しやがって。

「おい!」

サスケは自分に気付いたにも関わらず素通りしようとしたカカシを呼び止める。

無視かよ?

「おいって言ってんだろ!」

強引な呼び止めに、やっとカカシが振り向いた。

「何?オレ、これからサクラとデートなんだけど」
「お前に聞きたいことがある。…その、サクラのことなんだが…」

サスケが言いにくそうに口ごもった。

「何だよ?」
「…平気なのか?」
「だから、何が?」
「サクラだよ。重くねぇ?」
「はい?」

カカシは意味がわからないとばかりに首を傾げている。
自分の質問は理解されていないようだ。
…それならば、それで良い。

「いや、やっぱりいい。気にしないでくれ。じゃ」

何事も無かったかのように歩き去ろうとしたサスケを今度はカカシが捕まえた。

「よくないよ!気になるデショ、サクラのことなんだし」

「あー……だから、オレの言ってる意味がわかんなきゃそれでいいんだよ」
「何、ソレ?元彼の余裕か?!」

不穏な空気を纏ったカカシに詰め寄られ、サスケはしぶしぶ口を開いた。

「そんなんじゃねぇよ。ただアイツ………」










そんなもんかねぇ?

カカシは正直なところ、サスケの言い分が理解できなかった。
風呂上りの雫が垂れる頭にタオルを引っ掛けて、カカシはサクラのことを考える。
途端に広がった穏やかな笑みは、カカシを良く知る者でさえ目を疑うに違いない。

昼間のデートも凄く楽しかったよなぁ。

私服のサクラ
あんみつを頬張るサクラ
少し背伸びしてキスを強請るサクラ

「全部、可愛いと思うけど」

声に出してみて、ますますその通りだと思う。
サスケはサクラの何処がいけないというのか自分には分からない。

『ヤキモチ焼きで…』

いいじゃん。
オレ、束縛されるの好き!

『世話好きで…』

男は基本的にマザコンだよね?
ああ見えてサクラのヤツ意外と料理が上手いし。

『言い出したらきかなくて…』

小生意気なところもソソルだろ?

『前面に「好き」を押し出してくる』

犬っころみたいだもんなぁ、サクラの愛情表現は。
ブンブン尻尾振っててさ。
すっごいわかりやすいの!

サスケがサクラのことを『重い』と言った理由、その全てをカカシは否定する。

ま、サクラと別れてくれたことだけは素直に感謝してるけどね。

まんまとサスケの後がまに収まったカカシは、もう誰にもこのポジションを譲る気は無かった。










「今すぐ来て!10数えるまでに来て!!」

突如、鳴り響いた電話を取り上げるなり聞こえてきたサクラの声。
カカシは受話器を片手に時計に目を走らせた。
もう夜中の一時を回っている。
美容のために早寝を日課にしているサクラはとうに眠っていたはずだ。
しかし、カカシの耳元で不機嫌な声は容赦なく続いた。

「…先生、今、そこに誰か居る?」
「そんなわけないデショ。…どうした?」

ヘンな夢でも見たかな?

「今すぐ来て!10数えるまでに来て!!」

カカシの質問には答えず、ただ繰り返される言葉。
こんなサクラのことをサスケは『重い』と感じたのだろうか…?
怒ったような声の向こう側でサクラはきっと涙を溜めているに違いないのに。
気付けないサスケが馬鹿なのだ。
それに、これぐらいの我侭はサクラの魅力の一つだとカカシは思っている。
苦痛だなんて、感じるわけがない。
カカシはいそいそとパジャマを脱ぎ捨てながら、サクラに返事を返した。

「いくらなんでも10は無理だな。50にしてくれないか、サクラ」










「ホントに来てくれるとは思わなかった…」

瞳を丸くしたサクラが慌ててパジャマの裾で目元を拭う。
カカシの予想どおり泣いていたらしいサクラは掠れた声で呟いた。
カカシは泥棒よろしく窓から部屋の中へ滑り込むと窓辺に立ち竦むサクラを軽々抱き上げた。

「来るに決まってるデショ」

カカシの一言に今度は嬉し涙がじわりと盛り上がる。

「…だって、サスケくんは来てくれなかったもの」
「あぁ、アイツはガキだからね。サクラの気持ちを理解できないんだよ。理由はどうあれ、サクラを一人で泣かす男なんて別れて正解!」

裏を返せば『サクラのコトを一番よく理解しているのはオレだ』と言って憚らないカカシをサクラは真っすぐに見つめた。
手を伸ばせばそこにある、カカシの優しさに溺れそうだとサクラは思う。

「で、どうしたの?怖い夢でも見た?」
「ん。せんせぇが浮気してた」
「…なんでそんな夢見るかな」

カカシがサクラに本気で惚れてることは周知の事実だ。
勿論、サクラもわかっているはず。
ありえない話を振られ、カカシはガックリと肩を落とした。

「綺麗な女の人が一緒の布団に寝てたの」
「こんな風に?」

カカシは抱き上げたままだったサクラをベッドの上に降ろすと掛け布団をかけ直し、自らも横たわる。
カカシの大胆な行動にサクラが大声を上げた。

「先生?!」
「…サクラ、ご両親が起きちゃうって」

身動きするたび小さく軋むベットに二人、ひったり身体を寄せ合って…いたずらっ子のようにクスクスと忍び笑う。

「こんな風に一緒に寝たいのはサクラだけだよ。…安心した?」
「うん!」





ただ一つだけ…今のサクラに注文をつけるとしたら。
呼びつけた恋人を傍らに、無邪気に眠らないでくれってことだよな、とカカシは天井を仰いだ。
胸元から聞こえてくる規則正しい寝息をほんの少しだけ恨めしく思う。
あっという間に再び夢の園の住人となってしまったサクラと、月明かりが射すベッドに二人きり。
僅かに花の匂いが漂うこの部屋で…甘い期待してしまうのは、しがない男の性なのだから。
そういうコトがわかる程度にはオトナになって欲しいと思う。
…切実に。

でないと、オレの身がもたないからねぇ。

悶々とした行き場の無い欲望を、サクラの柔らかな唇にキスをひとつ落とすことで誤魔化しつつ…カカシは苦笑する。
もうそろそろ東の空も明るくなってくる頃だろう。

「さて、ぼちぼち帰りますか」










「カカシ先生…また遅刻だってばよぅ」
「先生、サイテー!」
「エーッッ!!そんなぁ…」

サクラの一言に、ガックリと肩を落とすカカシ。
いつもの風景だ。
7班の朝はこうして始まる。

「だって、今日はしょうがないデショ?昨日の夜、サクラが寝かせてくれなかったんだもん」
「ゲーッッ、カカシ先生!それってどういう意味だってばよ?!」
「フフン。内緒だよー」
「誤解を生むような言い方をしないでよ!先生の馬鹿ッッ!」





なるほど、ね。

サスケは少し離れた場所から木に寄りかかって騒がしい3人を眺めていた。
カカシの言う、昨夜の状況ならなんとなく想像が付く。
自分にも経験のあることだ。
夜中にサクラ電話がかかってきて、そのまま明け方までたわいもない話につき合わされたか………もしくは呼び出されたか。

サクラの我侭を苦痛とせずに受け止められるカカシを見て、胸の奥が少し痛くなる。
自分には出来なかったソレを…サスケは年の差だと心の中で言い訳した。
経験の差なのだと言い聞かせてみるものの、疼きに似た切ない胸の痛みはなかなか消えてくれそうにない。

サスケはサクラにだけひたすら謝り続けるカカシをほんのひとかけらの羨望を含んだ眼差しで見つめていた。



サクラに手が届かなくなった、その場所から。












あやふやな話です(笑)
書きたかったのは大人のカカッスィー!
普通に先生っぽい先生…(←なんだソレ?笑)
挫折したサスケはおまけ。

2004.05.31
まゆ



2008.11.30 改訂
まゆ