吐息




「寒いじゃないッ!」

狭いワンルームのマンションに、まだ未開封のダンボールが3つ。
ベランダへ続く大きな窓にはカーテンすらなく、いのは身を震わせた。

「んなこと言っても知らねぇって。別にオレのせいじゃないだろ?」
「アンタのせい!!」

なんでだよ、という突っ込みは心の中で。
口にするといのの機嫌が更に悪くなることは火を見るより明らかなのだから。
シカマルは眉間に縦ジワを寄せるにとどめた。

「コーヒー、まだ?」

何度目かの催促。
つい先ほど、何の前触れも無く押しかけてきた姫君はいつものようにマイペースで事を進める。
…此処はオレの城だというのに。

一度はしてみたかった独り暮らし。
中忍になったことをきっかけにダメもとで親に頼んでみたのだが、それは意外にもあっさりと許可された。
母親曰く『何事も経験』なのだそうだ。
親の有り難味がわかるわよ、特に母親のね!と言われたが…どうだろう?
オレとしては怒鳴り声に追い掛け回されることも無く気ままな日々が送れると期待している。

「へいへい。ほらよ」

シカマルが無造作に差し出した湯気の立つコーヒーを、いのはいそいそと受け取った。
何故か湯のみに入っているコーヒーがシカマルらしくておかしい。
僅かに緊張が溶けるのを感じ…いのは両手で湯のみを包むように持つと、その温かさにほっと息を吐いた。
そして、ぎこちない自分に気付かれないよう伏せ目がちのまま、座布団など在る筈も無い部屋の…冷たいフローリングの床にペタリと座り込む。

「大体、何しに来たんだよ?」

何って…
何って、何よ?その言い方!!
シカマルがいけないんじゃない…
アンタがそんなんだから私は不安なのよ!!

「引越しの手伝いに決まってるでしょう。他に何があるって言うの?」

いのは顔を背けてしらばっくれた。
あくまでも強気の姿勢を崩さないいのにシカマルは肩を落とす。

「お前なぁ…」

大きな荷物はない。
運び込まれたのは布団と小さな冷蔵庫、そしてダンボールが3つ。
もとより手伝いが必要なほどの引越しではないのだから。

「ヒーターは?」

脈絡無く話が飛ぶ。

「ねぇよ」

なんだってこう、女は寒がりなんだ?
男より脂肪が付いてるくせによ…
ていうか、いの。
そんな話題転換じゃ、オレは誤魔化されねぇぞ?

「送ってやっから…帰れ。な?」
「イヤ」

もうすぐ日が沈む。
ここまでくればさすがのシカマルもいのがどういうつもりで此処へ来たのかなんとなくわかった。

でも、自分の思い違いだったら?
押し倒したところでこんなつもりじゃなかったとか言われてみろ、どうすりゃいいんだよ。
だからといって狭い部屋で好きな女と二人きり…手を出さない男なんていないつーうの。
……オレだって例外じゃねぇし。

出来れば気持ちの押さえの効く間にいのにはご帰宅願いたい。
シカマルが促すようにいのの腕を掴んだ。

「折角来てやったのに…帰らないわ!」
「は?なにめんどくせーこと言ってんだよ」
「今日は帰らないの!そう決めてるの!!」

いのの、一世一代の大きな賭け。
それに対してシカマルの中に不意に膨らむ、もっと大事にしたいという気持ちと、誰にも攫われないうちに所有の証を付けたいという相反する欲望。
いのを掴んでいた腕を逆に絡め取られて、あっという間に気持ちが傾ぐ。
近づいた潤んだ瞳にシカマルはチッと舌打ちして…それから諦めたように大きく長く、息を吐いた。

「もう知らねぇぞ」
「…うん」
「後で文句を言っても遅いんだからな」
「うん」
「……途中で待ったは無しにしてくれよ、頼むから」
「うん!」

浅く深く、繰り返されるキスの合間に吐く息は白い。
シカマルは探るような手つきでいのの服に手をかけた。
薄闇の中、白く華奢な身体が浮かび上がる。
自分だけ裸であることが恥ずかしそうに、いのは両手で胸を隠して呟いた。

「…寒い」
「すぐに暖かくなるって…」

ベストを脱ぎ捨てながら距離を詰める。
そして、積み重なったダンボールの影へと静かに二人は身を沈めた。


吐息は重なり熱を生む。
火照る身体はとどまることを知らず…求め合っては痕を刻みつけた。










目が覚めた時、ぬいぐるみを抱いて眠る子供のように、シカマルは腕の中にいのを納めていた。
いのの頭が乗っかっている左の二の腕がやたらとじんじんするが、シカマルは動こうとは思わない。
得も知れない幸福感だけが気だるく漂う。

「寒みぃー…」

視線だけ、朝日の差す窓に向けた。
カーテンのない窓の全面は結露で覆われていて、肌寒く感じられるこの部屋でも外界より温度が高いことがわかる。
頭の中でリプレイされる昨夜の秘め事。
自分達の熱で室温が上がったことを思い、シカマルは恥ずかしさに窓から視線を反らした。

「…可愛かったな」

声に出してそう呟けば更に愛しさが増す。
顔を近づけると、やや乱れた蜂蜜色の髪からは柑橘系のシャンプーの香りがした。
出合った頃はキツイだけの女だと思っていたのに…。
ふと、オヤジの言葉が頭を掠める。
結局のところ、似たもの親子ということか。

手を伸ばせば届く所に転がっている目覚まし時計へと目を走らせた。
何もかもが目覚めるまでには、まだ少し時間がある。
もう少しこのまままどろんでいよう。
目が覚めた時、この勝気なお姫様は自分に一体どんな反応を見せてくれるのだろうか?
シカマルはそんな想像を膨らませて、喉の奥で笑う。

剥きだしの、白い肩が震えた。
シカマルは右手で毛布を掛け直しながら呟く。

「…今日の任務の帰りに電気ストーブでも買って帰るか。めんどくせーけど」









突発SSです。
多分最初で最後の「シカいの」
綺麗なエロを目指してみたんだが…エロくない(笑)
やっぱりどんより鬼畜エロのほうが私らしいかも(←イヤだ、こんな人間…)
ま、とにかく一度書いてみたかったので満足満足。

2004.01.04
まゆ


2008.11.02 改訂
まゆ