深淵




「別れたいのよ」

中途半端に伸びた髪が風になびくのを鬱陶しそうに手で押さえつけながら、サクラはそう切り出した。
突然のことに言葉を失っているナルトに同情など微塵も感じない。

うん。
何も感じないの。
相手を思いやる気持ちなんて…そんなの、とっくに捨てちゃったから。

「ちょっと待ってサクラちゃん!いきなりすぎるってばよッ」
「そう?これでも一晩は考えたわよ?」
「…どうして?もっとちゃんと話し合わないと…オレ、納得できないじゃん!」
「もう遅いわ。だって私、先生と寝ちゃったし」
「……先生?」
「そ、カカシ先生」

ふふふとサクラが笑うその遠く背後に、夕日に染まる銀色の男が見える。
愛読書から顔を上げたその男は昔と変わらない飄々とした感じで…挨拶のつもりか片手を軽く挙げた。

「さすが年を重ねてるだけあってね、セックスはすごく上手だったわ!あんなに感じたの初めてかも」

臆面もなく言い切る少女はもはや少女ではなかった。
あの日から何かが壊れてしまったサクラには既にモラルなど存在しないのだから。

ふと、ナルトはある違和感を感じた。
首筋の太刀傷。
出歩くときはいつも人目に触れないよう隠していたサクラの太刀傷が空気に触れているではないか!

ナルトの視線に気が付いたサクラは右手でそっと傷をなぞり微笑んだ。

『草薙』
その剣をもつ人物は未だ行方知れず…

「私は……」

一度言葉を区切ったサクラはゆっくりと瞳を閉じる。
そして、びナルトを映し出す翡翠の双眸には揺るぎない光が放たれていた。

「私は私を一番にしてくれる男じゃなきゃ嫌なのよ。だからアンタじゃ無理」
「…」
「わからない?『火影』になるような男は駄目だって言ってんの。里の皆に向けられる愛情と私への愛を一緒にされるのはゴメンだし、私に向けられるはずの愛を他の人に分けてあげるなんてもってのほかだもの」

支えてあげられていると、思ってた。
サクラの負った心の傷跡は思いのほか深いことに、ナルトは今更ながら気付く。
噛みしめた唇から血が滲んだ。

「私が言うのもなんだけど…先生、壊れてるじゃない?だから私の気持ちも…私が欲しいものもわかるのね、きっと」

「サクラぁー、行くよー」

タイミングを計ったようにカカシの声が聞こえてきた。

「先生の傍は居心地いいわ」
「…サクラちゃん……」
「一年間、一緒に居てくれてありがとう。じゃあね。バイバイ、ナルト」

歪んだ顔のナルトを置き去りに、サクラが身を翻した。
今度は自分の為に伸ばすのだと言っていた薄紅の髪がふわりと舞って付き従う。

サクラの傷を晒すことが出来たカカシには目に見えない傷も癒すことが出来るのだろうか?
…それとも傷を舐めあうのか?

自分に救うことの出来なかったサクラの後姿がかつての上司と重なって一つになる様を、ナルトは微動だにせずただ見つめていた。










深淵

1 深いふち。深潭(しんたん)。
2 奥深く、底知れないこと。「孤独の―に沈吟する」







補足させてもらうと、サクラちゃんはサスケ王子にマジ殺されかけて一命を取り留めてます(笑)
で、壊れちゃってる…、と。
…スミマセン。
自己満足です(爆)


2006.06.11
まゆ



2008.11.30 改訂
まゆ