溺れる魚





太陽が真上から照らす昼間でさえこの場所は仄暗い。
雲の切れ間の月の光ごときが何の役に立とうか。
暗闇の中、陰を帯びた空気を肌で感じながら…サクラはそろりそろりと水面を進んでいった。

その足元には波紋すら出来ず、彼女の質量を感じさせることはない。
ただ素足に湖面のひんやりとした水温を伝えるだけ。
サクラは湖の中ほどで立ち止まり、ゆっくりと膝を付いた。

窺う水中は暗くて何も見えず…僅かに眉を寄せる。
ここには珍しい魚が棲むと聞いてきたのに。

…皮膚が白く、紅い目の魚…

日の光が届かないため退化した、見えなくなった目と色素の抜けた皮膚。
必要であるものは残り、必要でないものは消える…自然の摂理。



私の心も…?










「こんなところで何してるの」

探したよと笑みを浮かべた男が近づいてくる。
撓る様なその肉体に無駄なものは何一つ無い。
これほどまでに洗練された忍びはいないだろうとサクラは客観的に思った。

白銀の髪と紅い写輪眼…
まるでこの湖に棲むという魚のようだ。

「約束の時間になっても来ないんだもの。…まだ枷を外すのが早すぎたかな?」

物騒な独り言だが、それは決して冗談などでは無かった。
思わずサクラが触れた自らの足首にはつい先日まで人の頭ほどもある鉛の玉が鎖で繋がれていたのだから。

「先生…」
「何?サクラ」

サスケくんの顔を思い出そうとしても思い出せないの。
今はもう……サスケくんが私を呼ぶ声を、思い出せないの。

「…どうして?」
「必要ないからデショ」

のらりくらりと側まで歩いて来た男の顔を見上げる。
それは心なしか不機嫌そうに見えた。

「まだ分かんないのかねぇ、サクラは」

頭は良いくせにとぼやきながら、先生は私と視線を合わせるように屈みこんだ。
そしていつものようにやんわりと押さえつけられる。
…まるで此処がベッドの上だとでも言うように。

「…やめてよ」

首筋にかかる吐息が熱い。
制止の声も空しく、服の裾からするりと手が忍び込んできた。

「やめてったら!」

強くなった声にカカシが動揺することはない。
腹に指を滑らせて胸の先端に辿り着くと…きゅっと摘み上げて喉の奥で笑う。

「本当に止めていいの…?」

私の身体の変化を確かめた上でのからかい口調が頭にくるのに何も言えない。
耐えるように唇を引き締めただけの私に満足したのか、先生は下半身にも手を伸ばした。

「んっ…」

くぐもった吐息が漏れる。と同時に、身体の一部が水面下に沈んだ。
慌てて引き上げたものの、サクラの自慢の薄紅の髪はすっかり濡れそぼってしまった。

「ほらほら…チャクラのコントロールを乱さない。溺れるデショ」

自分のしていることを棚に上げ、カカシは更にサクラの身を反転させる。
抵抗する間もなく獣のように四つん這いとなったサクラはすぐに襲ってくるであろう衝撃に備えて下半身の力を抜いた。







水面下。
ゆったりと泳ぐ白い魚はサクラの想像以上に大きなものだった。
紅い目だけが闇の中で怪しげな光を放っている。
真っ直ぐにこっちを見ていると感じるのは私の気のせいだろう。
だって…あの瞳は何も映すことが出来ないはずなのだから。

魚は二度ほど大きく旋回した後、再び深い水底へと戻っていく。

「あ…」
「余裕だね」

嬌声とは別の、名残惜しそうな声にカカシが腰の動きを早める。
静まり返った湖上に響く肌を打ち付ける音は、サクラの羞恥心を存分に掻きたてると同時に快感の淵へと突き落とした。

「ぁ…んっ…ん」

もっと、
もっと奥まで。

他には何も考えられず…サクラはカカシを求めて腰を掲げる。
自分はもう戻れないのだ。
例え今…彼が目の前に現れ私に手を差し伸べたとしても、カカシの囁きから…カカシの指から逃れる術はない。

鏡と化した水面に映る、快楽を知ってしまった女の顔。
サクラはそんな自分に微笑みながら別れの言葉を呟いた。



「ばいばい。サスケくん」











始まりはどうであれカカシ先生に溺れてしまったサクラちゃの話

2008.0.9.17
まゆ


2008.11.16 改訂
まゆ