思惑




「だからぁー、妊娠したって言ったの。そしたら即OK」

いのの問にサクラは面倒くさそうに答えた。
カプチーノの泡をスプーンですくって口に運ぶ彼女の視線はメニューに注がれている。
二個目のケーキを物色中だ。

「に、妊娠ってアンタ…いつからカカシ先生とそういう関係になってたのよ?」

カカシとヤったという以前に付き合っている報告すら聞いていなかったいのは少し寂しい気持ちになった。
そりゃー…サクラが全てを自分に話す義務はないけれど、それでも親友としてショックは隠せない。

「ヤってないわよ」
「…え?」
「先生とセックスしてないって言ってるの」
「はぁー?!まさか他の男との子供…?」
「ブッブー。それもハズレ。誰ともヤってませんー。だって私、まだ処女だもん」

処女って…アンタ…
じゃ…妊娠って何なのよ?!

「…あの、サクラ…意味がわかんないんですけど?」
「全てはカカシ先生と結婚するために決まってるじゃない」
「そっか…じゃなくて!そもそもアンタ達って付き合ってたの?」
「全然」

頭がおかしくなりそうだ。
いのはイライラと髪をかき上げて情報の整理に努めた。
要するにサクラは付き合ってもいない男(この場合カカシ先生だが)に妊娠したから結婚しろと詰め寄った挙句、了解を得たということになる。

「…そんなに結婚したいの?妊娠したと嘘をついてまで?」
「うん。カカシ先生と、ね」

どうやら『結婚』よりも『はたけカカシ』に重点があるらしい。
いのは少しだけ安心した。
誰でもいいから結婚がしたいのと、はたけカカシだから結婚したいのとでは雲泥の差がある。

「でも何でカカシ先生なのよ?私達からしてみればオジサンじゃない。おまけに…いつもエロ本片手に歩いてて胡散臭いったら!」

いのの意見にサクラはふぅっと大袈裟な溜息を吐いてみせた。
まるで馬鹿かにした表情で目の前の親友を見る。

「いい?カカシ先生は超優良物件なんだから!!先生が木の葉でもトップクラスの忍びなのはいのだってわかってるでしょ?」
「そりゃー、知ってるけど。それを言うならウチのアスマだってあの濃いガイ先生だって大差はないでしょうが」
「でもその中で暗部経験者は?」
「え?カカシ先生って元暗部なの?」
「そ。死亡率80%の暗部を五体満足で任期を終えてるのはカカシ先生を含めて片手ほどよ。未だに勧誘が来てるらしいわ」

確かにそれはちょっとスゴイ。
言葉を失ったいのに、サクラはにっこりと微笑みかけた。

「実力ピカイチ。ああ見えても仲間思いで信頼もあるし、教師としても申し分ない。普段はとっても優しいし…結構お金も持ってんの」
「…お金?」

なんだか雲行きが怪しくなってきた。

「そう!この間カカシ先生の家に行った時たまたま通帳を見ちゃったのよねー」
「…本当に、たまたま?」
「たまたま。偶然」

サクラは片手を上げてオウム返しのように繰り返したが…絶対嘘だといのは思った。
そんないのの思いを知ってか知らずか…サクラは声を潜めて話を続ける。

「それに…これが一番重要なんだけど。カカシ先生の素顔って意外に格好良いの」
「…アンタの好みの顔だったんだ…」
「まぁね」
「あ、そう…」

いのは全て納得した。
何かの拍子にカカシの顔を見てしまったサクラが一目惚れをした挙句、結婚と言う暴挙に出たというのが真相らしい。
結局、サスケを追い掛け回していた頃となんら変わらないのだ、この子は!
でもそうするといのには結婚に応じたカカシの真意がわからなかった。

「じゃあ何でカカシ先生がアンタと結婚することを了承したのかしら?」
「さぁ?」
「…アンタね。そもそも妊娠なんて嘘、ばれるに決まってるでしょうが!どうするつもり?」
「ホントのことにする」

それだけのことよと微笑まれ、いのはどうでもよくなってきた。
もう…サクラの好きにすればいい。
後で揉め事が起こっても知らないフリをしよう。
そう心に決めて背もたれに身を任せて天井を仰ぐいのの耳をサクラの更なる策略が掠めていく。

「結婚式は一ヵ月後だけど、婚姻届は今日この後二人で出しにいくのよ。だって先生の気が変わったら大変だもの。それからー…夜は先生の家に泊まるつもり!あ、いのは基礎体温付けてる?私は毎朝測ってんだけど、なんと今日排卵日なのよね。ナイスタイミングじゃない?中に出してもらえれば絶対妊娠するって!オジサンって言っても先生だってまだ二十代後半なんだし三回はイケるでしょ?一回で約一億だからその三倍…三億の精子…ふふふ。我ながら完璧な計画だわ!…あ、すみませーん。苺のモンブラン、一つ追加でお願いします」

通りかかったウエイトレスにケーキを注文するサクラに、私は何から突っ込めばいいのだろう?
『セックスすれば処女ってばれるんじゃないの?』…か、それとも『排卵日に中だししても100%妊娠するとは限らないって!』…か、はたまた『三回って…どっからきてんの。処女の台詞じゃないわよ』…か。
しかし、いのの口を吐いて出たのはウエイトレスに対する追加注文だった。

「…私、ブラックコーヒー」










「春野が妊娠?!ま、まさかお前、教え子に…」
「手なんかだしてないって」
「なんだ。相手はお前じゃないのか…じゃあ何で春野と結婚することを承諾した?」
「だって。サクラが可哀想だろ。一人で子供を育てるって大変なんだぞ?サクラ…堕ろしたくないって泣くし」

よくよく聞けば春野はカカシに妊娠した経緯を『任務で』としか話してないらしい。もちろん相手の男も『知らない人』だ。

「カカシ、それって騙されてるんじゃないのか?」
「まさか!サクラはそんな子じゃないよ。有り得ないデショ」

どうだかねぇ。
子供だって所詮女は女だからな…狙った獲物を狩るのに手段は選ばんだろ?
そうは思ったものの、アスマは口を閉ざした。
妊娠と言うからには数ヵ月後に必ず答えは出る。
それを待てばいいのだから。
春野の腹がデカくなればビンゴ、小さいままだと騙されたということに…いや、ちょっと待てよ?
カカシの奴、今はヤってないって言ってるが結婚するとなると…ヤルだろ、やっぱり。
てことは、だ。
腹がデカくなってもカカシの子という可能性も十分にでてくるじゃないか。
…春野サクラ
侮れんくノ一になったな。

「お前、春野のこと好きか?」
「もちろん。子供の父親になってあげようと思うくらいには」
「…十分だわ。数ヵ月後、楽しみにしとく」

アスマは深く吸い込んだ紫煙をゆっくりと吐き出し、カカシの肩をぽんぽんと二度叩いた。










2007.03.21
まゆ



2009.05.06 改訂
まゆ