目の前に深い穴がある。
私は立ったままその穴を覗き込んでいた。

懐かしい過去の景色が浮かんでは消える不思議な穴。
サスケくんに掴みかかってるナルトだったり、呆れ顔の先生だったり。
・…笑ってる、私だったり。

もっとよく見ようと一歩前に踏み出したら、不意に後ろから抱きしめられた。
回された腕はサスケくんのモノだ。
私が間違えるはず無い。

サスケくんの腕に手を添えて肩越しに振り返ろうとした、その時。
『ありがとう』の言葉と共に、私の身体は深い穴へと突き落とされた……










「ちょっと!サクラ、聞いた?サスケくんが戻ってくるんですって?!」

蜜色の長い髪をひとつに束ねたいのがものすごい勢いで走ってきた。

「らしいね」
「…らしいね、ってアンタ・…嬉しくないの?」
「嬉しいわよ」
「…ふーん。気の無い返事ねぇ。私にはカカシ先生という素敵な彼氏がいるので関係ありません、てか?」
「そんなこと…」
「じゃ、早く行こうよ。先触れの仲間はもう帰ってきてるんだから!さっきナルトも阿吽の門へ走っていったわ」

言いよどむサクラの腕を引き、いのは強引に方向転換させた。
やはり乗り気でない様子のサクラに溜息を吐く。

「サクラにとって…もう過去の人かも知れないけどさ、仲間じゃん。サスケくんもサクラが出迎えてくれたら嬉しいと思うよ」

諭すようにそう言われ、サクラは少しだけ笑った。
そうかな?と呟きながらいのを伺い見る。

「「キレイさっぱり忘れてたりして?」」

お互い息の合った台詞に吹き出しつつ、門の方角へと顔を上げた。
もう既に人だかりが出来ているのが見て取れる。

「ほら、行くわよ!」

小走りに走り出すいのに引きずられるようにしてサクラもその後に続いた。












両脇を上忍に固められてサスケは木の葉の里の門をくぐった。
里を抜けたのはいつだったか。
変わらない里の風景に、サスケは目を細めた。

抜け忍として始末するより『うちは』の血をとるか…

自分が殺されず此処まで連れられたことを考えるとそう判断するのが妥当だろう。
冷たく整った顔が皮肉気に歪んだ瞬間、サスケは身体に大きな衝撃を受けた。
がっちりと羽交い絞めにされて動けやしない。
太陽の光に反射してキラキラ光るその金髪はサスケにとって『正』の象徴。
サスケは彼の途切れ途切れの嗚咽に半ば呆れ返って呟いた。

「ウザイぞ。ウスラトンカチ」
「うるせぇ…」

いつまでたったもはがれないナルトの肩越しに、一人の少女を見つけた。
まっすぐにこっちを見ている。

髪が伸びたな。

それが第一印象だった。
しかしサクラを頭の中で認識した途端、次々に思い出される記憶に胸がチクリと痛む。
腰まで伸びた薄紅の髪は二人の間に流れた時間を見せ付けていた。

「…サクラ」

声は届かなくともその唇の動きはサクラに伝わった。
サクラは一瞬だけ泣きそうな表情を見せた後、サスケの方へ近づこうともせず静かにその場を立ち去った。










仄暗い穴の中、片目だけ開いてたの。
上から土を被せられたけれど、片目だけ開いていたのよ。
こういうの、生き埋めって言うのかしら?



彼の『ありがとう』は『さよなら』の同義語だと暫くしてから気が付いた。
サスケは全てを捨てて行ったのだ。
深い穴に私ごと、少しの未練も残さずに……

なのに今頃になって…どうして戻ってくるの?






サクラは扉の前で呼吸を整え、呼び鈴を押した。
呼び鈴を押したのはただの礼儀。
扉には鍵が掛かっていないことも、中にカカシが居ることもサクラは知っている。
ノブを回して勝手に部屋へと上がり込むと、案の定、奥から声が聞こえてきた。

「どうした?」
「…どーもしないよ」

サクラの沈んだ声に軽く溜息を吐き、カカシはサクラ曰く『青少年育成に悪影響を及ぼす本』から顔を上げた。
僅かな動きにソファーが軋む。
座ったままのカカシに近づくと、サクラはそのまま身を委ねた。

「抱いて」
「…いいよ」







「…今更デショ。ね、サクラ?」

その台詞にはカカシの全ての想いが込められている。
サクラは何も応えず、ただひたすらその広い胸にしがみ付いた。

穴の中で生き埋めにされ、身動き一つ出来なかった私を助け出してくれたのはカカシだ。
そのはずだった。
しかし今日、彼を一目見て…サクラはまだ自分が穴の中に居ることを自覚した。
仄暗く冷たい穴の中。
唯一自由な片目をギョロつかせ、彼を待っているのだ。
膝をついて泣きながら…私の許しを請う、サスケくんを。



「オレはサクラを手離す気、無いから」

シンと静まり返った部屋に、カカシの声だけが無機質に響いた。








Now why you stroke me down?
You gave me no sign.
Now why you let me drown?Why?
You just left me six feet under ground.
I'm burning at the sight of the light.
I'm down here six feet under.
Buried alive,with one open eye......

6 FEET UNDER / ANA JOHNSSON

カカシ、不憫な…。
でもきっと大丈夫。捨てられないと…思うよ。多分。

実はサイト三周年で。
フリーにしようと思ったんだけど…こんな暗いモノはいらんでしょう。(笑)
つうことでこっそりUP。

2004.12.19
まゆ


2008.11.16 改訂
まゆ