死体ごっこ。




今日の月は格別だった。

大きなまるい月はやわらかな黄色い光で夜道を照らし、時折吹く春風がそこら中に咲き乱れている薄紅の花びらを舞い上がらせる。

「夜桜で一杯やるのもいいなぁ」
狐…と思われる面をつけた男が誰に聞かせるともなく、ぼそりと呟いた。
つい先ほど任務を完了し、里へ戻ってきたばかりのカカシには明日から三日間の休みが与えられている。

とりあえず、今日はゆっくり寝て…花見は明日だな。

大きなあくびをしながら森の中へと入る。
忍犬を数匹飼っている為、カカシは里にある自宅の他に森の中にも住まいを持っており、誰にも邪魔されたくない時間をすごす時は大体こちらの家に居た。
森の入り口にある桜並木を通り越し、奥へと進む。
普段は鬱蒼としている森の中も今日は月の光で幻想的な雰囲気を漂わせていて…
何気なく見やった視線の先に一際目立つ桜の大木が映る。
カカシはその桜の木に引き寄せられるように近づこうとして、不意に足を止めた。

なんだ、アレ。
…って、子供…だよな?

まだ年端もいかない少女がひとり、仰向けに寝転んでいた。
四、五歳だろうか?
ご丁寧に両手は胸の上で組まれていたが、その手が規則正しく上下していることから正常な呼吸が行われていることが解る。
少女の薄紅の長い髪が、降り積もって出来た花びらの絨毯と同化するように広がっている様は一枚の絵を見ているようでとても美しかった。

「何やってんの?」

少女は不意に掛けられた声に驚く様子もなく、瞳を閉じたまま言葉を返す。

「死体ごっこ」

…はい?
今、何て言った?

「あなたが…わたしの王子さま?」

続けざまにされた質問に言葉が返せないでいると、少女が瞳を開いた。
透き通ったガラスのような瞳は新緑の色。

上玉だ…

「…? わたしが待ってるのは キツネさんじゃ、ないの」

少女は覗き込んでいたカカシを見るなり訝しげに眉を寄せると、すぐに瞳を閉じてしまった。

「…待ってるのは王子様?」
「そうよ」

ナルホド。
で、『白雪姫』のマネなんだ…
それにしても、『死体ごっこ』はないでショ?
子供ってホント、何考えてんだかわからん。

くくくと可笑しそうに笑うと、カカシは面を取り…ついでに面布も引き下げた。
額当ては…どうしようかと迷ったが、左右色の違う瞳では怖がらせてしまうと思い、付けたままにしておいた。

近くに人の気配もないし。
この小さなお姫様…お持ち帰り、しちゃってもイイよな?

イタダキマス。

カカシは小ぶりなやわらかい唇に啄ばむ様なキスを一つ落とし、少女の反応を待った。
ゆっくりと開かれる大きな瞳にカカシが映る。

「王子さま なの?」
「そ。だからオレと一緒に行こう?」
「うん!」

疑うことを知らない少女をひょい、と抱き上げるとカカシはそのまま、更に森の奥へと姿を消した。










どちらかと言えば、ナイスバディなお姉さまが好みだ。
オレはロリコンなんかじゃない。
断じて…そうじゃない、と…思う。


「お城じゃないの?」

そっと降ろされたログハウス風の家の中を見回しながら少女は首をかしげた。

「んー、お城には悪い魔法使いがいるんだよ。だから今はココに住んでるんだ」
「…王子さまも たいへんなのね?」

くぅ。
小さな音は少女のお腹から聞こえた。

「お腹減ってる?」

笑いながら聞かれて、少女は真っ赤になって俯く。

「サクラ…夜ごはん たべてないの。ひとりで『死体ごっこ』してたから… だって、みんなイジワルなんだもん。いっしょに遊んでくれないし。パパとママはね、お水飲んでフラフラなの。お花を見るっていってたのに、ぜんぜん見ないし…おじさんとおばさんも同じなの。あ、でも、男の子はやさしかったよ。ん、と。町内会ってなに?」

恥ずかしさも手伝ってか、サクラは一気に捲くし立てた。

…要するに、今夜は町内会の花見なわけだ。
両親は酔っぱらって娘をほったらかし。
他の少女達は男にモテルこの子を仲間はずれにしている、と。

少女…サクラの言ってることを頭の中でまとめながら備え付けの棚を開ける。
いつも外食で済ませている為、出てくるのは非常食の缶詰などでろくなものがない。
とりあえず、これなら…と、コーンポタージュのレトルトを見つけ取り出した。

「サクラ、っていうの?」
「うん」
「サクラ…ポタージュスープ、飲める?」
「大好き!」

嬉しそうに微笑むサクラはまるで天使のようだった。

カワイイなぁ、ホントに。

最初は、何をどうこうしたい訳ではなかった。
…ただ単に傍に置いておきたいという気持ちで攫ってきたハズ、だった。
でも、今…それ以外の何かがカカシの心の奥で広がりを見せる。

十年後のサクラだと今すぐ押し倒してるんだけど…



鍋に水を汲み、火にかける。
カカシはスープを温める準備をしながら、自分の後をちょこちょことついて回るサクラを椅子へと座らせた。
程なく、温まったスープの皿をサクラの前に置き、カカシもその隣に腰を降ろす。
子供用の小さなスプーンなどあるはずもなく、カカシはサクラの手に余るスプーンを優しく取り上げた。

「はい、あーん」
「サクラ、自分でたべれるよ」
「いいから、ほら…あーん」

カカシが口を開けると、つられるようにサクラも口を開ける。
でも、大きなスプーンにすくったスープは多すぎて。
サクラがコクンと飲み干した後、口の端から零れて落ちた。
それをすかさずカカシが顔を近づけて舌で舐め取る。
サクラはびっくりして瞳を丸くしていたが、別に嫌悪感はないようだ。
カカシは嬉しそうにそれを見て取ると、再びスープをすくってサクラの口へと運ぶ。
少し強引に差し込まれたスプーンがカツッと歯にあたり、先ほどより多くの量のスープがサクラの口角を伝って、短いスカートから剥き出しになっている小さな膝小僧に落ちた。
カカシは当然のように屈み込むとそれも舌先で舐め取る。
さらりと青銀の髪が太腿に流れて、サクラはくすぐったさに身を捩った。

「やん」
「イヤ?」

甘ったるいサクラの声に興奮し始めている自分に驚きながらも舐めることを止められず、カカシの舌は徐々に上へ、スカートの中へと移動する。

「そんなとこ舐めたら だめよぅ。きたないのっ」

サクラが押しのけようとして取った行動に、カカシの頭は逆に上から押さえ付けられた。
離れそうにない青銀の頭をみて、サクラの様子が変わる。

「ふぇっ…」

泣く一歩手前の声。
カカシは急いで顔を上げると謝った。

「ごめんね?もうしない」
「…ホント?」
「ホント、ホント」

苦笑するカカシを見て安心したのか、サクラがスープを催促した。
サクラの口へとスプーンを運びながらカカシの頭に浮かんだ言葉は…

光源氏…『紫の上計画』だった。










「あ、これイイね。いや…こっちも捨てがたい」

午前10時…開店したばかりの洋服店の中。
嬉々として子供服を物色している怪しげな男。
もちろん私服姿にサングラスという格好ではあったが、まさかこんな男が暗部だとは誰も想像しないだろう。

赤い色。
一般的に合わせにくい色ではあるが、淡い桃色の髪と透けるような白い肌を持つサクラには似合うハズだ。
カカシは店の人に赤いワンピースを包んで貰い、家へと急いだ。



昨晩、ポタージュスープを飲んだ後お腹が一杯になって落ち着いたのか、こてんと眠ってしまった小さなお姫様は朝になってもまだ起きなくて。
ちょうどいいから今のうちに買出しを、とカカシは一人で里へ出てきていた。
買い物も終わり、一般の人なら一時間かかる道のりをカカシは十分足らずで戻りながら、これからのことを考える。

さて、どうしよう?
何から始めようか…?

オレの好みを刷り込んで…
オレの理想の女を造るために!





「ひっ…く…ふぇ……っっ」

家の中から洩れてくる微かな泣き声。

「ヤバ」

カカシは買ってきた食材と洋服ををテーブルにのせると、急いで寝室へと駆け込んだ。
目を覚ましたサクラがベットの上でペタリと座り込んで泣いている。

「ゴメン…サクラ」

ベットの端に座りそっと引き寄せ、背中を撫でる。

「だぁれも……いな…かっ…たのー」

よほど心細かったのか、なかなか泣き止まない。
カカシはポケットから飴玉を取り出すと包みを開け、そして…自らの口に含んだ。

「サクラ…飴、好き?」

問いかけに顔を上げたサクラの小さな顎を支えると、やさしく口付ける。
ほのかにイチゴの味のするキスにしゃくりあげるのを止め、大きな新緑の瞳が不思議そうにカカシを見た。

くぅー、イイね!
この上目遣いが…ッ

「なめる?」

カカシはサクラの口には大きすぎる飴玉を噛み砕き、小さくしてから再び口付けた。
今度はすぐには離れず、飴玉のカケラをのせた舌先でサクラの口腔へと割って入る。
一旦、びくりと引っ込んだ可愛らしい舌が…イチゴの味に惹かれてやってきた。
カカシが小さな舌を巻きつくように絡め取りその上にカケラを乗せてやると、サクラは嬉しそうに微笑み、唇を離す。
しばらくの間、サクラはもごもごと口を動かしていたが、小さなカケラはすぐに溶けてなくなったらしい。

「もっと ちょうだい」

サクラは自ら顔を近づけて、飴玉をねだる。

ホント、仕込みがいがある…

カカシは満足げに笑い、すっかり泣き止んだサクラを膝の上に抱きかかえた。
試しに今度は口付けせず、飴玉を乗せた舌をぐっと突き出してみる。が、サクラは躊躇いもなくそれを咥えると、ちゅっと軽く吸い上げた。

…タマンナイネ?



「…何、やってるんだよ…お前……」

突然掛けられた声にカカシが驚き振り返る。
その声は寝室の窓の向こう側…外から聞こえた。

「…アスマ、か」

暗部へ入る前に上忍任務で何度か一緒に仕事をとたことがあるアスマは、カカシにとって数少ない友達と呼べるヤツだった。

「邪魔すんなよ。何か用か?」

カカシの一言にアスマが黙って何やら投げて寄越した。
広げてみると、それは任務について書かれた巻物で…笑顔のサクラがアップで写っている写真が添えられていた。

「オレの今日の任務なんだが?」

子供がいなくなった親としては捜索願を出すワケで。
当然、サクラの親も例に洩れることなくそうしていた。

「悪いことは言わねぇから…返した方がいいぞ?」
「ヤダ」
「ヤダ…ってお前、子供じゃねぇんだからよ。…な、お嬢ちゃんだってパパとママんとこ帰りたいよな?」

突然現れた男に驚き、サクラはカカシの胸にしがみ付いていたが、『パパとママ』と聞いて急に恋しくなったのだろう…『うちへ帰る』と泣き出してしまった。

「どうしてくれるんだよ、アスマ!!」

理不尽なカカシの怒りにアスマは肩をすくめた。
大体、一番悪いのはカカシだ。
『誘拐』の刑罰はかなり重いはず…

「…な?見なかったことにしてやるから…」

いつの間にか部屋へ入って来ていたアスマがサクラを抱き取ろうと手を伸ばす。
カカシはするりとそれをかわし、かっくり肩を落とした。

「ちぇっ。わかったよ、返せばいいんだろ?準備するからあっちで待てって」

何の準備なんだか…

逆らうのも面倒なので、アスマはカカシが指差したドアから多分リビングへ続くだろうと思われる廊下へと足を運んだ。
二人だけになった寝室にサクラのしゃくりあげる声だけが静かに響く。

「サクラ、今日は朝から泣いてばかりだ…」

薄紅の髪に、愛らしいおでこに、涙を溜めた新緑の目じりに…カカシはやさしくキスをする。

「パパとママの所へ返してあげるよ」

抱きかかえられているサクラはカカシを仰ぎ見る。

「…王子さまもいっしょに…帰ろう?一緒じゃなきゃ、イヤ」

可愛いことを言ってくれる。

「オレはねぇ、ほら…悪い魔法使いを退治しに行かなくちゃいけないんだよ。だから…待ってて?」
「…むかえに きてくれるの?」
「もちろん!サクラはオレのお姫様だからね」

カカシの言葉にサクラは安心したように微笑んだ。

でも。
子供の記憶なんて、とても曖昧。
約束なんてすぐに忘れちゃうだろう?
……オレのことだって。

だから封印するよ?
何一つ色あせないようにオブラートで何重にもくるんで。
再び出会うまで、記憶の奥底に……

「サクラ、まってるからね?」

甘えた囁きを漏らすその唇に呪術をかけ、自らの唇でそれを塞ぐ。
カカシが顔を離した時、サクラは眠りに落ちていた…

「あーぁ…赤いワンピ、着せたかったのになぁ…」












「毎回毎回、ロクな任務がないわね…」

今日の任務は畑の草抜きだった。
午前中のノルマが終わり、やっと昼食をとったところで…気分転換を図ろうとサクラは近くを散歩していた。

「わっ、キレー」

丘を下った反対側の斜面には、色とりどりの花が咲き乱れていてサクラの目を奪った。
ごろりとその上へ寝転び胸の上で両手を組むと、昔流行った遊びを思い出す。
『白雪姫ごっこ』とか、『眠り姫ごっこ』と呼ばれたもので、ひたすら王子様を待つだけという…今考えれば何が楽しいのか解らない遊びだった。
ふふふと思い出し笑いをした後、サクラはぽかぽか陽気に瞳を閉じた。

「何やってんの?」

突然、上の方からカカシの声が降ってきた。

「…内緒」
「ふーん?でも、それ…『死体ごっこ』デショ?」

死体ごっこ…先生、そう言った?
何で知ってるの?!
だってそれは…私が勝手に付けた呼び方だよ!
今まで誰にも、言ったことナイ……

目を開けるとニヤニヤと笑う先生の顔が息が触れそうなほど真近にあり、思わず突き飛ばす。

「セクハラ!!」
「痛いよ、サクラ…」

わざとらしく痛がるカカシの次のセリフにサクラは目を剥いた。

「キス、しようと思っただけのに…」
「!!わ、私の王子様はサスケくんよっっ」
「はいはい」

相変わらず、口を開けば『サスケ、サスケ』と煩いなぁ…

「サクラ、イチゴの飴…舐める?」

カカシが差し出した手のひらには、飴の包みがちょこんとのっていた。

「わー…貰う!」

サクラが早速包みを開けて口の中へ飴玉を放り込む様子を、カカシは満足気に眺めていた。



あの日かけた封印の術を解くカギは…『イチゴ味のキス』

王子様を間違えている、あわてんぼうのお姫様にキスをしよう!

とびきり甘いイチゴ味のキスを!!

もうそろそろ、オレのことを思い出して?



さあ、あの日の続きを始めようか…










2002.03.23
まゆ



2008.11.16 改訂
まゆ