楽園 3



週の半ば、水曜日の昼下がり。
まだベッドの中でくつろぐ紅を電話のベルが無情にも妨害する。
「はいはい。今日は紅さんお休みの日ですよー・・・」
寝返りをし、薄い掛け布団を頭から被る・・・が、鳴り止まないベルにガバッと上体を起こした。
「休みだって言ってるでしょ!!」
それでもしぶしぶ電話に出るあたり紅の人のよさが伺える。

「はい、紅ですけど・・・あら、はたけさん!」
『・・・何言ってんのよ、紅。』
「はたけさんで合ってるでしょ。」
『アンタにそう言われると違和感あるのよ。』
「フフフ・・・それにしても久ぶりねぇ。元気だった?」
『もちろん。』
「で、どうしたのよ?」
『・・・何が?』
「とぼけなくてもいいじゃない。どうせ何か話す為に電話かけてきたんでしょーが。」
『・・・ホント、紅って何でもお見通しよね、私のこと』
「アンタがわかりやす過ぎるのよ。」
『ははは。よく言われるわ!・・・カカシ、浮気してるみたいなの・・・。』
「ふぅん。また?・・・今度のはどこのホステス引っ掛けたのよ?」
『・・・違う。』
「?」
『いつもと、様子が違うの・・・。』

こちらも、いつもと違う親友の様子に紅はそっと息を吐いた。

   ・・ややこしいことになりそうだわ・・・。



カカシの浮気癖は今に始まったことじゃない。
紅がカカシと知り合ってから女性関係のネタは尽きたことがなかった。
それもさすがに結婚後は数が格段に減ってはいたが・・・全く無くなった訳ではないし、それはあの子も承知の上での結婚だったはず。
紅もカカシには事あるたびに嗜めてはいるが、あまり意味をなしていないと思う。
『ゲーム感覚でオンナと遊ぶ』のだ、カカシは。
バレたら終わり。・・・もしくはシちゃえばお終い。
実際、今までの浮気も後を引くことなく実にあっさりとしたものだった。
それが今度ばかりは・・・様子が違う、らしい。


あの子の話をまとめるとこういうことだ。
まず、帰宅時間。
これがまた不思議なものでいつも一緒。
遅くもなく、早くもなく・・・まぁ、残業があるときは除き、大体夜の9時半から10時と一定しているらしいのだ。
いままでこんなことはなかった。
また浮気?と、いつものように探りを入れても『そんなんじゃない』の一点張り。
いつもなら『どうして?』とカカシの問いが返され、あの子が『理由』を答えて『当たり』ならそこですぐに『お終い』になるハズなのに・・・今回はそうはならなかった。
何かを隠してる様子ではなく、どちらかと言えばカカシ自身戸惑っているように見えるという。
そしてなにより雰囲気がやわらかくなった・・・誰かがカカシを変えている、とあの子は断言する。


電話を切る直前、あの子が呟いた言葉がしばらく紅の頭を離れなかった。

『本気、なのかもしれないわ・・・』










昼休み、いつものように4人でお弁当を食べた後、サクラは話し込む3人の輪からそっと離れてケータイを取り出した。

   メール、着てるvvv

急いで受信箱を開け、中身を確認するとサクラは満面の笑みをこぼした。
『今日、ご飯食べに行く?』
その短い文を何度も読み返し、また微笑む。


メールを打っているのだろう、親指を忙しく動かすサクラを3人は気付かれないように見ていた。

「・・・サクラちゃん、最近秘密主義だってば・・・。」
「そんなかわいいモンじゃないでしょ、アレは。」
「そーだな。今日・・・ヤルか?」
サスケの言葉にナルトが思い切り頷く。
「やるやる!!やるってば!!」
「こら!声がでかいぞ!ウスラトカチ。」
ナルトの頭にゲンコツを入れながらサスケはいのを振り向いた。
「お前はどうする?」
「・・・行くわ。」
いのの歯切れの悪い態度に少しばかり眉間にシワを寄せたが、サクラが戻ってくる気配を感じて急いで話を取りまとめる。

「じゃ、今日の放課後・・・みんなでサクラをつけるぞ。」





サクラの異変に真っ先に気が付いたのは当然ながらいのだった。
よく二人で行っていた放課後の食べ歩きもショッピングも格段に回数が減っていたし、何より着る服の好みが変わったのが一番の理由だ。
・・・まさか、と思う。

   まさか・・・あの男と?
   でも、それしか考えられない・・・。

午後からの授業に集中できず、シャーペンを指でくるくると回す。
行くと答えてしまったものの、いのはどうしてもサスケの案に乗り気にはなれなかった。
知ってはいけないことを知ってしまう、そんな気がして。

いや、もう自分は知っているのだ。
・・・ただ、気付かないフリをしているだけなのだから。

少し離れた教室の窓から空を眺める。
澄んだ青い空に羊のような雲が緩やかに流れるのが見えた。










午後の全ての授業を終え、ざわつく教室の中。
先生との挨拶もそこそこに、カバンを抱え込むとサクラはいのを振り返った。
「いの、私・・・用事あるから先に帰るね!」
「・・・ウン。」
じゃ、と小走りに走り出すサクラを見届けた後、サスケへと視線を向ける。
サスケがゆっくりと頷いた。

「・・・いくぞ。」





   あ、あれ・・・この間一緒に買った洋服・・・。

いのが心の中で呟く。
駅のトイレから出てきたサクラはすっかり私服に着替えられていた。
ご丁寧に靴までもはきかえられている。
サクラは建物の影から覗く3人には気付かず、制服が入っているだろう紙袋とカバンをコインロッカーへと押し込み、チラリと腕時計に目をやると慌てたように歩き出した。

「かっわいー!!サクラちゃん♪」
間抜けなナルトの言葉にサスケは感情のこもらない鋭い視線を向ける。
服など・・・そういう問題ではなかった。

   ・・・誰に、逢うんだ?
   そんな格好で?!

サスケの眉間に寄せられたシワがさらに深く刻まれた。





「カカシさん!!」
慣れない高さのミュールで駆け寄るサクラがちょっとしたアスファルトのへこみに足をとられ、倒れ込むようにカカシへと飛び込んだ。
「おぉっと・・。大丈夫?サクラちゃん。」
「はい!」
「ははは。元気だねー。今日は制服じゃないんだ?」
ふわりとカカシのニオイに包まれて頬を染めたサクラが上目使いに訊ねる。
「・・・ヘン、ですか?」
「なに言ってんの。可愛いに決まってるデショ。」


イイコイイコと髪を撫でるカカシの指には・・・左の薬指には有るべきはずのリングがはまっていない。
偶然再会したあの日、冗談交じりにカカシが消してしまったから。
当然といえば当然なのだが、どうしても指輪を気にするサクラの目の前でカカシはリングを外すのではなく、忽然と消して見せた。
手品師がよくコインを消してみせるアレと同じ。・・・タネのあるマジック。
しかしサクラはただ、困ったように微笑んだだけで・・・それについて何も言わなかった。
そして、今に至る。


「んもぅ、子ども扱いしないで下さい!」

   拗ねたように怒るサクラもすごく可愛い。
   ・・・オレもいい加減ヤラれてるよなぁ。

カカシは苦笑するとサクラを促して歩き始めた。
「あのね、・・・私、いつも制服だったでしょ。」
「うん?」
「目立つよね?なんだかすれ違う人にジロジロ見られてる気がしてたの。」

   真剣に、そう思っているのだろうか・・・この子は!!
   目立っていたのは制服のせいだと?!

「ん〜・・・みんなが見てたのはサクラちゃんが可愛いからデショ。」
「また、そうやってからかうんだからッ!」
「ホントのことだよ。ホラ、今だって見られてる。」
カカシの視線の先を辿ると確かにこちらを向いた何人かを確認できたが・・・
「・・・カカシさんを見てるんだよ。」
「へ?なんで?」
「なんでって・・・カッコ・・」
カッコイイからに決まってる、そう言いかけてサクラは口をつぐむ。
大きなショウウィンドゥに映る自分達の姿は、高いヒールを履いても有り余る身長差、私服を着てもなお滲み出る年齢差が浮き彫りにされていて・・・悲しくなったから。

「・・・私たち、どう、見えるのかな?」
「もちろん、美男美女のカップル♪」
目を伏せて呟く独り言も聞き逃さず、すぐさま返された言葉は・・・サクラが求めていたもので。
オンナの扱いに慣れているカカシにサクラは『泣き笑い』で笑った。


   嘘を吐いてこのまま騙していてね?
   もし、このまま貴方と始まることになったとしても・・・・
   私・・・かまわない。
   かまわないから・・・。





「チッ、見失った!」
この広い街の中、闇雲に探してもどうしようもない。
立ち止まったサスケにナルトが声を荒げる。
「どーすんだよ!さっさとアイツぶっ飛ばさないからこんなことになるんだろッッ」
「うるせーお前みたいに猪突猛進じゃ、無理なんだよ!!」
ああいうオトナは・・・と悔し気に小さく付け加える。
「とにかく、駅で張るしかねー。コインロッカーに制服が入ってるからな、戻ってくるだろ?」
来た道を戻りはじめるサスケをナルトはしぶしぶ後から追いかける。
立ち止まったままのいのに気付き、ナルトが振り向いた。
「いのちゃん?どうかした?」
「・・・なんでも・・ない。」
かろうじてそう答えたいのはその場に倒れそうになるのをなんとか踏みとどまる。
予想が現実となり・・・悪夢を見ているようだった。

   自分が何をやっているのかわかってんの?!   
   あの男・・・結婚してるんでしょう?
   ねぇサクラ!
   馬鹿なことはよして!!!






2006.06.17
まゆ